3 管理人の御役目
静けさを取り戻した庭で、鳳凰が軽く息をついた。
トントンと飛び跳ね、己が寝床――石灯籠へと向かっていく。
火をともす場所――
「ぴぴ!」
「おやすみ、鳥さん」
鳳凰の言葉はわからない。
が、こちらも麒麟と同じく幾度も山神が通訳してくれたのと、わかりやすい仕草ゆえにほぼ理解できていた。
火袋の中にはクスノキの葉を敷き詰めてあり、その上にふかふかの座布団が置かれている。
鳳凰はその座布団の中央に身を
慕ってくる鳥――鳳凰曰く『我が子』たちから頼られてしまえば、律儀で几帳面な鳳凰は無下にはできまい。
少し張り切りすぎたのだろう。ゆっくり休んでくれたらいい。
湊は手早くいちご大福を平らげた。糖分補給を終えたなら、仕事の時間だ。
楠木邸の管理人のお役目。それは、家内外の維持管理である。
この家の買い手が現れた際、いつでも明け渡せる状態にしておかなければならない。
ゆえに常日頃から清掃に励んでいるのはいうまでもない。
家の中では、極力汚さないよう気を遣って生活し、水回りなど使用後は必ず拭き上げるくらいだ。
そのせいもあり、気軽に過ごせる縁側で過ごす時間のほうが長いのだった。
なお、退去命令が下された場合、当日にでも速やかに出ていけるよう、物も増やさないようにしている。
ともあれ、いくら鳥たちが行儀よくとも、そこは野生動物。彼らの去ったあと、クスノキの周囲には羽根やフンが落ちているものだ。
まず風のみで羽根やフンをあらかた取り除く。
湊がクスノキを指差すと、指先から風が放たれた。その威力は至って穏やかで、ゆうるりと渦巻く風がクスノキを取り囲んだ。
最近、クスノキはこの風の繭に包まれるのがお気に入りだ。湊は決してその枝葉を傷つけぬよう、最大限に注意を払い、やわらかな風に調整していた。
湊の生み出す風は、大本である
気まぐれで与えられた風の力を己がものにすべく、眷属たちの創った神域でさんざん偽物の木を刈りまくった。
しかしその後は、風の切れ味は上げていない。
もっぱらクスノキの清掃用だったり、荷物を運ぶ際に浮かせてみたり。いかに便利に遣いこなすかだけに努めていた。
風のみで汚れを取り除き、次いで樹冠部分と地面の落ち葉及び羽根を地面にかき集める。
終わった拍子に、御池の中の応龍が水を飛ばしてきた。それを風で巻き込み、今度は霧状にしてクスノキを包んだ。
御池の水で洗浄である。
「龍さん、ありがとう」
ばちゃん。応龍が尾で水面を打って応えた。毎回、さりげなく手伝ってくれている。
気の利く御方だと湊は思っている。
その身の青が示すように物静かで、物腰もやわらかい。やや酒癖が悪いものの、庭を漂うだけだ。さしたる問題でもないだろう。
さておき御池の水は、神の水である。
元から山神の力が入っており、さらには霊亀、応龍が住んでいる。そのせいで不思議な力を有している。
湊が護符作成時に使用する時には、その祓う力を増幅させ、さらには使った筆の汚れも浸けただけで落とすという万能具合。
「どんな成分が入ってるんだか……」
思わず、つぶやく。草餅を食みながら、山神がにんまりと眼を弓形にした。
クスノキは、湊が種から育てた木だ。
毎日欠かさず水をやり、手塩にかけて育てた。我が子のように大切に思っている。
なんといっても、通常の木とは異なり、完全に自我を持つのも大きい。細かいニュアンスはわからずとも、意思の疎通が図れるのだから。
そんなクスノキが回る風に枝葉をゆらし、喜んでいる。自ずと湊も笑顔になっていた。
そろそろいいかと風を消した時、ポテッと枝からスズメが一羽落ちてきた。
「まだ、いたのか!」
風を止めた湊が、クスノキのもとに駆けつける。
根のあいだに落ちたスズメは微動だにしない。目を回し、気絶させてしまったのかもしれない。
覗き込んで見ると、穏やかな顔つきで胸のあたりが上下している。
「……まさか、これって……寝てる?」
スヤスヤとおやすみのようである。
「呑気なやつだな。俺が触ったらよくないよな……どうしよう」
頭上でさわさわと葉音が鳴った。
クスノキが何か語りかけてくれているようだが、詳細までは知れない。
「そやつは放っておいて構わぬ。お主の風は心地よいから、眠りに誘われただけであろう。じきに目が覚めよう」
「心地よいって……弱めてはいるけど、自然の風に比べたら強めだと思うけど」
「神木も喜んでおるだろう」
「特別なクスノキだからだと思ってた」
「癒やされると云っておるぞ」
ざわっと賛同するように枝葉が動く。湊がクスノキを見上げ、幹に触れた。
その感触は固くとも、じんわりとあたたかい。クスノキ全体がそうで、むろん地を這う根もだ。
根のそばにいるスズメも心なしか心地よさげに見えた。このまま放っておいても大丈夫だろう。
スズメをそのままにして、湊は集めた落ち葉類を片付けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます