18 同類たちとの出会い
いつもなら門番よろしく待ち構えている店員――鞍馬
接客中のようだ。
商品が少ない展示場のような店内の中央で、女性と向き合っている。
鞍馬店員がすかさずこちらを認め、声を掛けてきた。
「おはようございます。奥の部屋へどうぞ」
あえて名を呼ばないのは、他者がいるからだろう。そのあたりは徹底している御仁である。
こちらに背を向けていた女性が振り返った。
「あっ」
湊はつい短音を発してしまった。
彼女自身ではなく、その肩であぐらをかいている存在に驚いたからだ。
小人の神である。
みずらに、白い衣袴。腰に帯、ひざ下と手首を紐で結び、いかにも神様な出で立ちだ。
にこにこと笑い、手を振ってくれている。
『やあ』
気さくな神のようだ。はじめましてというと、笑みを深めた。それから急に真顔になって、
『持ってきたのは、木舟か!?』
と訊いてきた。ものすごい食いつき様である。
なぜ木舟をつくっているとご存じなのか。
疑問に思うも、訊ける雰囲気ではない。
身を乗り出したため、女性がすっとその下に手のひらを添わせた。
ともあれ、湊は眉尻を下げた。
「申し訳ありません。今日持ってきたのは、木舟じゃないんです」
『そ、そうか……』
あからさまに肩を落とされ、いたたまれなくなった。
毎回同じではおもしろくなかろうと、あえて別物にしたのが仇となったようだ。
「次は木舟にしますね」
『おお! ならば、帆のない丸木舟にしておくれ。
「私がね」
ふんぞり返る小人神を見ながら、しれっと女性が口を挟んできた。
二十代半ばであろう。
痩身にこざっぱりとした服装をまとい、化粧っけもあまりない。長い髪もただ一本に結んで背中に垂らしているだけで、おしゃれとは無縁のようだ。
しかしながら、妙に目を惹く人物であった。
雰囲気が清廉といえばいいだろうか。その存在のみで他者を惹きつけるモノを持っている。
注意深く見れば、その身をうっすら神気が取り巻いていた。
ああ、そうかと、湊は唐突に気づいた。
鞍馬店員が以前、湊を見るだけで、神域に住まう者だとわかると言っていたことを。
この女性もそうなのだ。お仲間らしい。
謎の感動を覚えたが、いきなりそんなことを言うのもいかがなものかと、まずははじめましてとあいさつをした。ついでに名乗り合った。
女性――
「うちの神様がよその神様が乗っている木舟を見て、ほしがったんですよ。わざわざ入手先まで聞きだしたみたいで……。それでここに来たんです」
「あー、ありがとうございます。次は必ず持ってきます」
と言いつつ、湊はやや冷や汗をかいた。
なにせ、あの時の木舟は飾りとしてつくったにすぎない。実際に舟として利用するモノがいるとは予想外であった。
「あれらはなんの問題もなく走れると云うたろうに。四霊らの抜け殻を張っておるゆえ大海原に出ても決して沈まぬであろうよ」
足元から見上げる山神の言う通り、霊亀と応龍の抜け殻を帆として張ったのだ。二艘あり、一艘は播磨の父のもとへ、もう一艘はどこぞの神のモノになったようだ。
松江と小人神はないとわかると、また来ますとにこやかに告げ、出ていってしまった。見送っている最中、湊は思い出した。
「あ、そうだった。鞍馬さん、弟さんが外に来てますよ」
向き合った鞍馬は笑顔から一転、苦虫を百匹くらい噛んだかのごとき渋い顔となった。
「愚弟とお会いになったんですね。なにか失礼なことをしませんでしたか……!」
完全に保護者の立ち位置である。
「いえ、特にありません」
歓迎できないあだ名で呼ばれたくらいである。
鞍馬店員は大げさなくらい安堵した表情をみせた。
「では、弟をしばき倒しに、いえ、少し話してきますので――」
兄弟関係を如実に表す台詞で、湊はややあ然となった。
鞍馬店員は取り繕うように笑みを浮かべた。
「すぐ戻ってまいりますので、しばらくお待ちいただけますか」
「はい、商品を眺めていてもいいですか?」
「ご自由になさっていてください。では」
と早口で言い、鞍馬店員は俊敏に店外へ出ていった。
「全然足音がしなかった……。動きが人を超越してる感じだよね」
後方に鎮座していた山神があくびをする。
「おぬしも日々鍛錬を重ねれば、同じようになれるであろうよ」
「いや、鞍馬さんを目指そうとは思わないけど」
苦笑した湊は荷物を抱え直しつつ、店内をうろつき出した山神を見やる。
「山神さん、いまさっきの小さな神様は、知り合いじゃないんだね」
「うむ。しかし名は知っておるぞ」
「おお、なんていう方?」
「スクナビコナぞ」
「とんでもない
神話絡みにうとい湊でさえ、知っていた。
国づくりに一役買ったとされる神であったのだと。
湊がおののいていると、突如山神が不穏な気配を放った。
穢らわしいモノでも見るような眼で、一角を見つめている。
ディスプレイに通された、赤い玉の連なるブレスレットであった。
赤珊瑚であろうか。
この店で販売されている商品は、神域に住まう人の手によってつくられた物ばかりで、嫌悪感をむき出しにするようなブツはないはずなのだが。
不可解に思い、山神に問おうとしたら、突然店の戸口が開いた。
「おはようございま〜す」
明るい声をあげながら入ってきたのは、若い男子であった。
制服ではないが、高校生であろう。
いかにも文系といった風貌をしている。長めの前髪を払うその仕草を、湊は見ているようで見ていなかった。
その頭上に漂う神の存在が目立つおかげで。
白い体は細長い。∞の字を描き、その中央に鎌首をもたげた頭部には、二本のツノがある。
龍神――白龍だ。
ただし、かなり小さい。応龍より小さいだろう。
その龍神が瞬きをした。
「あらららら、山神ではありませんの。珍しいのではなくて? このあたりにくるなんて」
言いながら宙を泳ぎ、山神のもとへ。
鎮座した山神は顎を上げ、迎えた。
「――たまにはな」
「たまにですって? 数百年ぶりではありませんこと?」
「否、先日も来たぞ」
「なんですって。わたくしに顔を見せにこないなんて水臭いではありませんか」
「寄る気にならぬ。ぬしのとこは水臭いゆえ」
「川は水臭くて当たり前ですわよ」
つんと頭部を上げる女神は、いずこかの川に住まう龍神のようだ。
思っていると、男子に声をかけられた。
「えっと、新しい店員さんですか?」
「いいえ、違いますよ。客でもないんですけど……」
どういったものかと言葉を濁すと、男子は訳知り顔で笑う。
「ああ、つくり手の方ですね!」
当然のように受け止められ、目を輝かせた。
「もしかして、この勾玉のブレスレットのつくり手さんですか?」
男子は、テーブル上の勾玉が目立つ天然石の腕輪に手を添えた。それに意識を向けると、神気を発している。
濃密で重苦しいほど冷涼なそれは、 山神の神気と似ている。いずこかの山の神のモノだろう。
「いえ、俺はこちらには木彫りしか卸していませんよ」
「あ、そうなんですね。このつくり手さんならお礼をいわねばと思ったものでして……」
「このブレスレット、すごそうなご利益がありそうですよね」
「わかります? 実際そうなんですよ。僕の友だちにプレゼントしたら、見事に願いが叶ったんです!」
「それはよかったですね。だったら、つくり手にお礼を言いたくもなりますよね」
「ですよね~」
まるで自分のことのように喜び、笑い合う二人を並んだ山神と龍神が眺めていた。
山神は人間に聴こえない声で龍神に話しかける。
『――よう似ておるわ』
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