5 ちょっとした有名人
「あ、あった、いつもの洗剤」
目当ての詰替え用洗剤がドラッグストアの棚に一個だけ残っていた。それを湊が買い物カゴに入れる。
「これで最後だよ。じゃあ帰ろうか」
「ぴ〜」
肩でわずかに羽を広げるピンクパールのひよことともに、レジへと向かっていった。
お目当ての物が最後の一個で手に入る。
人はそれを『今日はツイている』といい表すことが多いのではないだろうか。
己の思うまま、すべてのことが運んだ場合も『ツキまくっている』などと表現するかもしれない。
鳳凰を筆頭に幸運を引き寄せる四霊によって、ツイている状態が当たり前となってしまった湊でも、やはり喜ばしいものだ。
所望する物を求め、店舗を梯子するのは誰でも嫌なものだろう。
レジカウンターの向こうで、店員が商品のチェックに没頭している。買い物カゴをカウンターに置いても、こちらを見ようともしない。
「すみません、レジお願いします」
面を上げた店員が湊に気づいた瞬間、飛び上がりそうなほど驚いた。
「えっ!? ……あ、はい、すぐにっ」
しばし湊を凝視したあと、慌ててレジを打ち出した。
時折、鳳凰は出かける時についてくる。その際はいつも、山神といる時と同じように、自ずと人が避けてくれる現象が起きる。
ゆえに店員も鳳凰は視えておらずとも、鳳凰がひっついている己に気づかなかったのであろう。
そう内心で納得した湊の肩で、鳳凰が両眼を眇めた。
平日午前中の商店街通りは閑散としている。
自由業でもある湊は、もっぱら平日にしか買い出しには赴かない。神々によってごく自然に人が避けてしまうゆえ、気を遣い休日を外しているせいでもあった。
あと数歩で横道が交差する場所に差しかかろうとした時――。
「ピッ!」
鳳凰が鋭く鳴いた。
肩口を見やれば、横道前にある角の店を片翼で指している。その先には、店頭にいくつも並んだ
鳳凰は人の手によってつくり出される伝統工芸品を好む。気になったのだろう。
鳳凰のため、店へと寄る。
数秒後、横道を猛スピードの自転車が走り抜けていった。
「こっち? それともこっち?」
それに湊は気づかない。
小物入れを両手で持ち、片方ずつ鳳凰に見せていた。
店に寄っていなければ、自転車との衝突は免れなかっただろう。
危険回避は日常茶飯事。幸運の引き寄せによる効果である。
鳳凰は眺めるだけでわりと満足してくれるため、買うこともなくその場を離れた。
機嫌よさげにぷわぷわ毛を膨らませているひよこと、アーケードの切れ目、横断歩道へと近づく。
するとタイミングよく信号が青に切り替わった。
これも、いつものこと。信号のみならず、どこであろうと『待つ』という行為はしなくて済むのだった。
ついでにいえば、やや気管支が弱い湊は実家にいる時、季節の変わり目にはよく体調を崩していた。
けれども、この町にきて、正確には霊亀が庭に住むようになってから一度も病気になっていない。
もちろんケガもしていなかった。
商店街を抜け、のんびり進んでいると、道の角にある酒屋が見えてきた。
戸口のガラス扉全面にデカデカと『抽選会実施中!』のポスターが貼られている。
やや足早になった湊が素通りしていく。
鳳凰も特に反応しない。最近、なるべく抽選が行われている場所には近づかないようにしていた。
なぜなら、絶対に当たるからだ。
だいたい毎回、毎回当たるほうがおかしいに決まっている。下手に不正など疑われたならたまったものではない。
湊がここまでツイているのは、当然、四霊が勝手に加護を与えているからである。
しかも一匹どころではなく四匹分になる。生半可な幸運引き寄せ具合ではなかった。
大変ありがたい。ありがたいが、もう少し加減してほしいのが本音だった。
しかもそれだけではなく、幸運以外のモノも引き寄せていた。
多種多様の野鳥だ。
湊の前後左右、上空。塀、店の屋根、電信柱、電線、至る所に大小さまざまな鳥が止まっている。
そして一羽残らず湊を注視している、ようにしか見えない構図になっていた。
「あ、
「おお、今日もすげぇ数の鳥従えてんな」
道行く人々にひそひそささやかれてしまう。
誤解である。
だが
実際は、その肩にいる鳳凰のご機嫌伺いのために馳せ参じているのだとしても。
いかんともしがたい誤解だが解く気はない。
というより、視えない人々の勘違いは解けるはずもない。
鳳凰と出かける際のお約束である。
湊一人の時にもそれなりに鳥は寄ってくるが、その時の比ではない。
時に珍しい野鳥まで駆けつけてくるため、鳥好きの会の者たちまでも、カメラ片手に集まってくる事態となっている。
素知らぬ顔をした湊が、堂々と胸を反らしているひよこを伴い歩いていく。そのあとを粛々と鳥たちが追いかけ、羽音も遠ざかっていった。
その様子を数人の地元民が遠巻きに眺めている。
「圧巻だよな。大名行列みてぇ」
「おもしろすぎる。オレさ、鳥遣いの人がくるの結構楽しみにしてんだよね」
「俺も」
そんな楽しげな会話は、湊には聞こえていない。
地元民たちにちょっとしたイベント扱いされていた。
トンカントンカン。商店街を抜けた所で、小気味よい木を打つ音が聞こえた。
音の方へと近づくと、家を建設中だった。
まだ骨組みだけの状態で、真新しい木肌がまばゆい。二階建ての家屋らしき天井部に立派な
金物を一切用いず、接合部分に
木組みの住まい。今時では、かなり珍しいだろう。
思わず立ち止まった湊が、ひととおり眺めやる。
楠木邸より、縦も横も奥行きもある。
「……二世帯住宅かな。広くて立派な家ができそうだ」
「ぴ!」
鳳凰も身を乗り出し、熱心に見つめている。
かぶりつきの姿勢に湊が笑う。
「いかにも鳥さんが好きそうな家だよね――」
いいかけた途中、やや離れた場所で作業服の翁がよろけるのが見えた。
長い木材を肩に担いだものの、支えきれなかったらしい。
湊が片腕を払い、風を放つ。
「うおっ」
風の塊で押された翁が体勢を持ち直す。すんでで事なきを得た。
「大丈夫かよ、親方! あっぶねぇとこだったぞ!」
「親方ー、腕痛いんでしょ、無理しなさんな。それにもう歳なんだからー」
「うるっせぇッ、これぐらいどうということはねぇに決まってんだろ!」
屋根の上から見ていたらしき若手の大工たちに、翁は威勢よく啖呵を切った。
しかし木材を地面に戻す。その置き方はやや乱暴だった。投げやりというより、持ちたくても持てないのだろう。
案の定、上腕をさすっている。
その広い背中から荒くれ者の気配が漂っている。声をかけようものなら怒鳴られそうだ。
黙って去ろうとした湊と振り返った翁の目がばっちり合った。合ってしまった。
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