12 異色のバディ爆誕
――悪霊を祓い、そこから脱出してみよ。
空から降ってきた祖の神の声を、湊は播磨と地面に折り重なった状態で聞いた。
上にいた湊は慌てて、離れた。
「うおっ、すみません播磨さんっ」
「――いや、いい。怪我はないか」
とりあえず、痛むところはない。しかと両足で立てる。
「どこも痛くありません」
「そうか」
答えた播磨はすでに立ち上がっており、服についた土を払っている。涼しい顔をしていることから、どこも痛めた所はないのだろう。
驚きでしかない。
靴底に感じるのは、固い土の地面である。見上げても、どこにも穴はない。今しがたそれなりの長さの筒状の中を通り抜けたような感覚があり、そのあと地面に勢いよく落ちたのだ。
そう、播磨は湊のクッションになったと言ってもいい。にもかかわらず、ピンシャンしている。
「播磨さんは、頑丈なんですね……」
「――まぁ、俺は純粋な人間じゃないからな。それより、なぜ君もここに入ってきたんだ?」
いまさら隠すことでもなかろう。
「俺、神域に引き寄せられやすい体質なんですよね。なので引っ張り込まれちゃいました」
あはは、と笑うと同情的な視線を向けられた。いたたまれなくなって、話題を変える。
とにもかくにも、現状把握であろう。
「ええと、さっき神様はここから脱出してみろっておっしゃっていましたよね」
「ああ、その前に悪霊が襲ってくるようだがな」
同時に四方を見渡す。ひどく不自然な空間であった。
足元は土がむき出しの一本道だ。大人十人は並んで歩けるであろう幅はあるが、その両端には何もなく、ただ白い面となっている。上空も同様だ。
道の後方は数メートルほどで途切れており、その先もただ白い。
一方、前方の道の先には門がある。
屋根付きの御大層な外見で、その両側は築地壁となっており、その向こうに屋根瓦が見えた。
まるで真白の空間に、ただ木造建造物の模型を置いてみましたという具合であった。
神域に引っ張りこまれたりお邪魔したりといった経験豊富で、いまや神域ソムリエといっても過言ではない湊は眉根を寄せた。
「俺、いままで結構な数の神域を見てきたんですけど、ここはなんかこう、やっつけ仕事といいますかなんといいますか……。すごく手抜きな感じがします」
「なんだかすまない」
「あ、いや、こちらこそすみません。言いすぎました……」
播磨に謝られても困るうえ、何より神域内の会話や行動は、その神域をつくった神には筒抜けである。言動には細心の注意を払わねばならない。
なお現在のんきに会話できているのは、悪霊がいる様子がないからだ。
佇む播磨は閉ざされた門を注視しており、湊も倣った。
「あの門から先に悪霊がいるんですかね」
「おそらくな。ただ、入った先に脱出できる場所があるかはわからないが」
「え!?」
驚愕すると、播磨は横目で見てきた。
「祖の神はひねくれているから、いかにもありそうな所にはないかもしれない」
「――なかなか大変そうですね」
時間がかかりそうだ。
とはいえ神域内の時間経過は神の思いのままで、遅くすることも早くすることも可能だ。
しかしながら外界にいる山神を長時間待たせることは考えにくいため、穴に落ちたその瞬間に戻されるかもしれない。
そんな思考をめぐらせていると、播磨が言った。
「君はここにいてくれ」
「いえ、俺もいきます。あ!」
当然のように反対するも、湊は眼前で両の手のひらを広げる。
「ペンがないんだった……」
「そうだろうと思ってな」
一応持参してきていたのだが、それはバッグとともに食堂の椅子に置いてきていた。
書ける物がなければ、祓いの力は発揮できない。役に立たない。足手まといにしかならない。
湊が視線を落とすと、
「だから、ここで待っていてくれ」
と告げた播磨が門へと向かった。
その時、反対側の道が消えていくのを、湊は視界の端で捉えた。
「播磨さん、待ってください!」
ぴたりとその足が止まるや、道の消失も止まった。
「どうした?」
「播磨さんの歩みに合わせて反対側の道が消えていったんです」
播磨が無言でこちらへ戻ってくる。歩いた分だけ、道の先が延びた。
「たぶん播磨さんが門の向こうにいったら、この道消えるんじゃないですかね……」
「君も中に入るしかないんだな……」
「――なるべく邪魔にならないようについていきます」
ともに神妙に頷いた。
門の前に二人で立つと、両開きの扉が自動で開いた。
勝手に横滑りしていく様を播磨の後ろから見つめながら、湊は異様に緊張していた。
己が霊障を受けない体質なのは自覚している。
が、ここは神域である。
大量にいるであろう悪霊は、外界のモノとは違うのかもしれず、何が起こるか予想もつかない。一瞬たりとも気を抜くわけにはいかない。
が、完全に開いた扉の向こう、敷地内が見えたところで、湊は面食らった。
少しばかり距離を開け、また門となっていた。左右も囲うように建物があるが、用途はわからない。
「囲いが二重になってるんですね」
「ああ、そのようだな。――絶対に俺より前に出ないようにしてくれ」
播磨はとりわけ驚いた様子もなく、踏み出した。
「わかりました」
返事をしつつ湊も門の敷居をまたいだ。その瞬間、視界が暗くなった。
「ッ」
黒い霧が立ち込めている。そのせいで数歩前をゆく黒衣の播磨も見えづらい。思わず、かき分けるように片腕で払った。
しかし何も効果はない。どころか、べったりと肌にまとわりついてくるようで焦った。
その時、唐突に播磨が呪を唱えた。その身を起点にし、同心円状に黒い霧が晴れていく。後方からではよくわからないが、印も結んでいるようだ。
播磨は見上げている。おそらく築地塀の向こうから、悪霊が襲ってきたのだろう。
改めて湊は己の無力さを痛感した。
黒い霧は瘴気だ。通常であれば、見えないそれがなぜか明瞭に見えるが、ただそれだけだ。
悪霊の気配は微塵も感知できなかった。
「気にするな。君はただ俺についてくるだけでいい」
こちらを一瞥することなく播磨は言った。
「人には向き不向きがある。――それにすべての者が悪霊に立ち向かえるはずもないんだ。それは持って生まれた気質によるところも大きいがな」
「気質ですか……」
「そうだ。いかなる感情に流されることなく、冷淡に他者を切り捨てられるかいなか」
押し黙ると、播磨は新たな門へと歩を進めつつ続ける。
「俺の親族の者でも、悪霊と対峙することがどうしてもできないからという理由で、一般的な職を選ぶ者も少なくない。それにいまは、君の力は必要でもない。これは俺に課された試練だからな。――いや、ただの嫌がらせかもしれんが」
珍しくおどけているのは、こちらを慮ってくれているのかもしれない。
湊も思い直した。そう、これはあくまで播磨の力試しのために神が用意した特殊な領域だ。誰かしらが悪霊に苦しめられているわけでもない。
無理して悪霊に立ち向かうことはないのだ。
門に至った播磨のもとへ歩み寄りながら、湊は明るめの声で返事を返す。
「そ、そうですね――」
が、すぐさまその声と身体は凍りついた。
新たな門扉が開ききる前に、その間から飛び出してきたモノが鮮明に見えたからだ。
それは強大な蜘蛛の形をしていた。
しかし、八つある眼の部分が人面となった異形であった。その醜悪な姿と、一つ一つの顔が浮かべる表情に肌が粟立ち、湊は後ずさった。
恨めしい、憎い、殺したい。
いずれも憎悪の目で播磨をねめつけ、大口を開けている。おそらく叫んでいるのだろうが、幸いにしてその怨嗟の声は聴こえない。
いままさに播磨へと躍りかかるところであっても、湊は直視するのが耐えがたく、目を逸らした。
バシャリ。地面に水が叩きつけられたような音がし、視線を戻す。蜘蛛の形態だったモノが地に水たまりのように広がっていた。播磨が踏めば弾けるように霧散する。
それを見下ろす播磨の横顔は嗤っていた。ここまではっきり笑顔だとわかる表情ははじめて見た。
「まったく霊力の減りを感じないな」
その声にも喜色があふれており、湊は形容しがたい気持ちになった。うれしくてたまらないのだろう。何よりである。しかし悪霊を祓って喜ぶその感情は理解しがたい。受け入れがたかった。
立ち尽くしていると、播磨に視線を向けられ、つい背筋が伸びた。
「先へ進もう」
「あ、はい」
妙に歯切れよく答えてしまった。小走りで黒い背中を追いかけた。
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