霊峰グレイヴヤード
温泉を堪能し、しっかりと休養をとった翌朝。
私達はアマリリス様に呼ばれて、昨日と同じ部屋へと集まっていました。
そんな中、私達をぐるっと眺めたアマリリス様が満足げに一つ頷くと、言葉を発しました。
「お主らには、我と共に老いぼれ竜のところに向かって貰おうと思っとる」
「私たちだけ……ですか? 『黒影』の皆さんや、トロールの方々は?」
この場に集められたのは、上座に居るアマリリス様とアシュレイ様以外には、私と兄様、レイジさん、それとミリィさんにスカーさん、ハヤト君、斉天さん……つまり、『テラ』から来たプレイヤーのみ。
「要らん要らん、連中……
「ええ、やめておいたほうがいいでしょう。幸い、あそこならば戦闘になる危険もないでしょうな」
そう、頷き合うアマリリス様とアシュレイ様。
「まぁ、お主ら『テラ』からの放浪者でなければ招かれまいからな。どのみち他の者達は連れていけんのじゃ」
「危険は無いのですか?」
「もちろん、登山の関係上そういった危険はあるがの……あんな場所、魔物も近寄ったりせんわ」
そう言って、一度言葉を切るアマリリス様。
「霊峰グレイヴヤード……
――本当に、ろくに装備もないまま出立してしまった私達。
アマリリス様の案内で、雪原を一刻ほど北上した時……ふと違和感に気付いた時には、景色が一変していました。
そこは――すでに、山の中腹あたり。
「……て、テレポート?」
「うむ。真なる竜どもが数多居る霊峰じゃ、招かれざる客はこの時点で弾かれ雪原を彷徨う羽目となる。この程度のデタラメに驚いていたらキリがないぞ?」
「そ、そうなんですか……これは驚いたな」
「デタラメにも程があんぞ……」
「こ、この世界の真竜って一体……」
「いいから行くぞ、お主ら」
ざく、ざくと、凍りついた雪が僅かに積もっている山道の上を歩く私達。
「凄い……こんなに一面真っ白なのに、全然寒くない」
今の私達の服装は、普段の冒険装束の上に寒冷地用の外套を被ったのみ。
私自身、クラルテアイリスの上から外套を纏っただけだというのに……せいぜいが、真冬の東北の街くらいと、寒いことは寒いけれど、このような標高の雪山では絶対にあり得ない程度でしかありません。
「うむ。まあ、ここは青い月……『アイレインの月』の真下に入ったからのぅ。我にでもこのくらいの
そう、愉快げに私達が戸惑う様を眺めるアマリリス様。
「そう、それだ、分からないのは!」
「何で俺たち、
食って掛かるのは、ソール兄様とレイジさん。
他の皆も……
「うぅ、頭がおかしくなりそうな光景にゃ……」
「あ、あれ落ちて来たりしねぇよな?」
「俺もグラフィックデザイナーとして結構有名な筈だが、こんなん想像した事もねぇ……」
「かかか、何と面妖な眺めである事か!?」
……と、このように皆、混乱の最中にありました。一人、斉天さんは楽しげでしたけれども。
そう……今の私達は、まさにはるか上空に浮かぶ二つの月の一つ、青い月を、比喩でも何でもなく下から眺めるような真下へと入り込んでいるのです。
「何でも何も、あの青い月はいつもこの『グレイブヤード』の直上に静止しておるのじゃぞ?」
「で、ですが他の場所からは、全然こんな近くには見えなかったんですが!」
「うむ。あの青い月が正しく見えるのは、この山からのみよ。強力な認識阻害が張り巡らされておるからの」
「……何故、そのような」
わざわざ多大な労力を払ってまで隠匿するという事は……あまり、見つけられたくない何かがあるという事。
「まぁ、このような足場の悪いところで長話もあるまい。はよう登ってそこで話すぞ」
「それもそうですね……」
うっかり足を踏み外しでもしたら、笑い話にもなりません。
なんだか誤魔化された気もしますが……アマリリス様に促されるまま、山頂を目指して登山を開始するのでした。
「イリス、ここの足場は少し悪いよ」
「ほら、手を貸せ」
「よっ……と。ありがとうございます、二人とも」
少し崩れて緩くなっている箇所を、二人の手を借りて飛び越える。
後ろの方でも、体力の一番ある斉天さんが他の皆に手を貸してあげながら、離れ過ぎずについて来ています。
そして……そんな私達の眼前には、古めかしい石造りの神殿が。
「あそこがひとまずの目的地である、竜信仰者が昔使用していた神殿じゃ。ひとまずあの場所まで向かうぞ」
先導するアマリリス様は、もうここからは案内も必要あるまいと、さっさと先へ行ってしまいます。
その様子はどこか浮き足立っているようにも見えて……昨日温泉で彼女の恋話を聞いていた私が、思わずクスリと笑ったときでした。
「イリス、後ろ、見てみろよ」
「えっ……って、うわぁ!?」
私の肩を叩き、やや興奮気味な声で話しかけてきたレイジさん。
その言葉に振り返ると――そこに広がっていたのは、はるか天空から見下ろすかのような、大パノラマな光景。
空は晴天。
見渡す限り、遮るものは無い。
寒い地方なだけあって空気も澄んでいて――私達が通ってきた『硝雪の森』や……遥か遠くには、うっすらと王都の主街区であるドームさえも見通せます。
ただただ、その雄大な絶景に圧倒される私達。
「すごいな……なるほど、俗世を捨てて修行に入る竜信仰者が居たわけだ」
「確かに……こんな光景を見ちまうと、下界の揉め事なんて些末ごとに見えちまいそうだ」
そうしてしばらく……私達は、その壮大な景色をただ眺め続けていたのでした。
――神殿の中は、古びた石造りの建築物な割にしっかりとした造りになっていて、外の空気も入ってこない暖かな空間が広がっていました。
「アマリリス様、どこまで行ってしまったんでしょう?」
「さあな、とりあえず奥に行ってみよう」
玄関ホールにはすでにその姿もなく、長い廊下を進んでいると……
――まぁたお主は、寝食も忘れて本ばっかり読んでおったな!?
――ああ……ごめん、折角君が食料を持って来てくれたのに。
――全く、夢中になるのはいいが、お主らヒトが脆弱な生き物だと言うのを忘れおって……!
奥の方から響いてくる、言い争いの声。
「えぇと、これは……」
「なんだか駄目男と通い妻みたいな会話が……」
私と兄様が、半ば引きつった笑いを浮かべて見合っていると。
「……この声は!」
「あ、スカーさん!?」
突然走り出したスカーさん。
急な事に驚き、慌てて追いかけた先の部屋では。
「おや。緋上
「やはりお前か……
一足早く部屋に踏み込んだスカーさんが、アマリリス様と話していた男性の肩を気安げに叩いて喜んでいる姿。
「スカーさん、一体……ってあなたは!?」
「ソラさん、あなたもこちらに来ていたんですか!」
その部屋……書庫に踏み込んだ私と兄様も、そこに居た人物に驚愕しました。
銀のフレームの眼鏡を掛けた、柔和に微笑んでいる、空色の髪のプレイヤーキャラ。それは……私と兄様も知っている人の物でした。
「えぇと、お知り合いで?」
呆気に取られている、レイジさん以下『アークスVRテクノロジー』と無関係な他の人達。
その代表として疑問の声を上げたレイジさんの質問に、私はどう答えたものかと少し考えてから、口を開きます。
「え、ええ。彼は
そこで一度言葉を切り、改めて口を開く。
「アークスの、ハードウェア開発部門のホープで……アウレオさんの直弟子の方です」
そう、皆に紹介したのでした――……
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