クリスマスパーティー
「「「メリークリスマス!!」」」
パン、パンと、部屋に鳴り響くクラッカーの音。
テーブルの上にはピザやチキンなどあちこちから買い集めてきたご馳走様が並び、その中央に鎮座するのはクリスマスケーキ。
――今日は12月25日、クリスマスです。
昨日、クリスマスイブは、それぞれ家族や友人と過ごしました。私も、クラスメイトの皆に送別会を開いて貰ったり、支倉家で玲史さんの家族と一緒に夕食を共にしたりと楽しい時を過ごしました。
そして今日はここ――アークスVRテクノロジー本社の一室を借りて、私達『WGO帰還者』皆で集ってパーティーを開いていたのでした。
『あーあ、そっちは良いなぁ』
部屋に据えられたモニターに映るのは……こちらに飛ばされずに向こうに残ったキルシェさん。その後ろには、茫然と座り込んだままの桜花さんの背中も見えます。
この映像は、アウレオさんや満月さんの努力の甲斐があり、もうだいぶ安定した『テラ』と『ケージ』の双方向通信。
――あのアクロシティ屋上の決戦時、タナトフローガの背に乗って難を逃れた彼女たちは、フギンさんムニンさんら真竜の二人と共にイスアーレス所属の旗艦『プロメテウス』に収容されたらしい。
真竜二人に中継してもらうことで、彼女らもパーティーにオンライン参加しているのでした。
「あはは……でも、通信が繋がってよかった。そちらは大丈夫ですか?」
『うん、今のところ特に問題はないかな。十王は自分から仕掛けるつもりは無いみたい。平穏そのものよ』
そう、近況報告を済ませる。あとは……
『もー、お姉ちゃんもいい加減立ち直りなよ』
『うん……』
キルシェさんに呆れたように言われて、こちらは諦めたようにもそもそと起きあがってくる桜花さん。
どうして、彼女がそんな抜け殻みたいに覇気が無くなっているかというと。
「あー……その、なんかごめんね?」
『いや、いいわ……正直、どこかでそんな気はしてたし……』
申し訳無さそうに謝罪する綾芽に、桜花さんはこの話はおしまい、と未練を振り切るようにかぶりを振る。
彼女は、おそらくは惹かれていたと思われるソール兄様の中身が綾芽……同性だった事を知り、真っ白に燃え尽きていたのでした。南無。
ちなみに綾芽はというと、隣に座る梨深ちゃんとピッタリくっついて『あーん』しあっているものだから、罪作りというか何というか。
――我が妹ながら、いつか刺されないかと心配になるなぁ。
そんな他愛もない事を、私は隣で犬用のチキンを夢中で頬張っているスノーの背中を撫でながら考えるのでした。
「しかしまあ、こう顔を合わせるとなんだか不思議な気分ねぇ」
そうのんびり呟いたのは、中身はただのジンジャーエールのはずなのにやたらと妖艶にグラスへ口をつける、烏の濡れ羽色のロングヘアの、一見清楚そうに見える高校生くらいの美人さん……桔梗さん。
「まあ、一風変わったオフ会だと思えばよろしいのではと」
そう相槌を打つのは、フォルスさん。名前は秘密なのだそうで、キャラ名で呼んでほしいとのことでした。
こちらはやり手そうな精悍な顔にシルバーフレームの眼鏡を光らせ、仕立ての良いジャケットをパリッと着こなした、青年実業家という言葉がぴったり当てはまりそうな人でした。
ゲームキャラの姿しか知らなかった一同が、リアルで一堂に会する。その光景はまさしくオフ会そのものです。
「ただ、斉天さんが居ないのは残念ですが……」
ちなみに現在ティティリアさんは、
そんな彼女や、お仕事中の緋上さんや満月さんら開発関係者を除けば唯一、この場に姿のない斉天さんを思い、私は呟くのですが……しかし。
「居るわよ?」
「え?」
思わぬ綾芽の言葉に戸惑う私に、玲史さんが肩をトントンと叩き、点いたままのテレビを指差す。
そこには……何故か格闘技の勝利者インタビューの映像が流れていたので、私は何故、と首を傾げていたのですが。
たしか、総合格闘技の試合。しばらく休場していた選手が昨日復帰し完勝という電撃復帰したかと思えば、こんどは突然に電撃引退宣言をしたために、昨日からしきりにニュースで会見を報道しているのを見ていましたが……
「ほら、アレ。今映ってるのが斉天だぞ」
「え、えぇえええっ!?」
玲史さんの言葉に、私は仰天の声を上げるのでした。
◇
テレビの中では、アナウンサーの質問に落ち着いた様子で受け答えしている、彼……『空井 悟』という選手の姿。その振る舞いは格闘家というイメージから来る荒々しさとは無縁の、理知的な雰囲気を発していました。
『それで、空井選手は引退した後の予定などは、すでに決まっているのでしょうか?』
『はは……お恥ずかしながら、行き当たりばったりです。ですが、旅をしようと思っています』
『旅……ですか?』
『はい。自分の身につけた力と技術で何ができるのか、本当に強いということがどういう事なのか……それを探す旅に。そして、その先で何か、守る物を見つけられたらいいなと、そう思っています。ただ、まあ』
『まあ、何でしょう?』
『とりあえずはその一歩目として、
そう告げたのを最後に、斉天さんの……空井悟選手のインタビューが終わりました。
◇
「はー……まさか、こんな有名な人だったなんて」
「だよな、初めて聞いた時は俺もビックリしたもんだ」
いまだ知り合いだった人がテレビに映っているという興奮冷めやらぬまま呟いた私に、玲史さんもうんうんと頷いています。
そんな時。
「世界を、か。実感湧かねーけど、そういう話なんだよな……」
インタビューが終わったテレビをじっと見つめたまま、ポツリとつぶやいたのは……この中で最年少の少年、ハヤト君……飛田隼人君。
「隼人君は……」
「行くよ。もう決めたんだ。親も説得した」
きっぱりと、迷いなく告げる彼に、私は何と声を掛けるべきか考えます、が。
「大丈夫だよ、イリス姉ちゃん。俺、自棄になったわけじゃ無いから。ただ、やるべき事を順番にやる事にしたんだ」
「やるべき事?」
首を傾げ尋ねる私に、彼はまっすぐ私の目を見つめ、頷く。
「ああ……まずは、何はともあれ十王をなんとかして、世界も救う。そのあとはちゃんとこっちに帰ってくるよ。俺はまだまだ子供だから、子供としてやるべき事をきちんと終わらせに」
そこまで言って一度言葉を切り、深呼吸した後……隼人君は、はっきりと宣言する。
「そして……自信をもって自分が大人だって言えるようになったら、今度こそアイニ姉ちゃんを迎えに行くんだ」
……と。
『……だってさ』
『はわ、凄い情熱的な場面に立ち合っちゃった』
「……は?」
不意に、俄に騒然となる通信越しの『プロメテウス』側の人たち。
『その……少年、嵌めるつもりは無かったんだ。ごめん!』
『えっと……その……その時まで、今は聞かなかった事にしておきますね?』
「………………〜〜〜〜ッ!?!?」
申し訳無さそうに、顔を真っ赤にしながら桜花さんの後ろから出てきたのは……当のアイニさん本人。
「あのね、ちょっと前から医療担当として乗艦してたの……ごめんね!」
キルシェさんが両手を合わせ平謝りする中で、ようやく事態を理解したらしい隼人君が、顔を真っ赤にして部屋を飛び出してしまいました。
さすがにかける声も思い浮かばないため、気まずい沈黙が流れました、が。
『……ふふ、そうね。その時をのんびり待とうかしら?』
満更でもなさそうなアイニさんの様子に、『喜べ少年、脈アリだぞ』と、室内に安堵の空気が流れるのでした。
そんな和気藹々とした空間の中。
「……あと、二週間か」
「……ええ。泣いても笑っても、もう時間は迫っているんですね」
なんだかんだで楽しかったこの最後のモラトリアムも、ついに終わる。
運命の日は、刻一刻と迫っているのでした――……
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