初詣
――大晦日、そして元旦は支倉家にお世話になってのんびりとした時間を過ごし、今日は一月二日。
そんな、寝正月を過ごした者たちもぼちぼち起き出してくる日の朝方の時間帯、支倉家にて。
「お待たせ、柳ちゃんの支度、済んだわよ」
「お、お待たせしました……」
玲史さんの母、由奈さんに玄関から押し出されるようにして、皆が待つ庭へと出て行く私に……周囲から視線が集中する。
――今の私……だけでなく、この場に集う人たち皆、普段は絶対に着ないような色とりどりの和服姿なのでした。
この日は……皆で初詣。
私の場合は……髪型は横髪を少しだけ残し後ろで纏められているため、普段は髪に隠れているうなじのあたりがちょっとスースーとします。
また、着ているものは桜色をした吉祥模様の小紋。外は寒いため、その上には紺の羽織を肩にかけています。
生憎と今年はM県は12月が記録的な大雪だったこともあり、今も外は一面真っ白な雪景色。
初詣客で混雑していることが予想されるため、神社も雪除けはされているとは思いますが……それでも足元は滑るだろうということで安全面を考慮し下駄ではなくブーツとなりました。
――そう、ブーツ。今回も、以前学園祭のときににお借りした強化外骨格を着用していますので、歩いて参拝に行けるのです。
「あらまぁ、お日様の下で見るとやっぱり素敵ねー柳ちゃん」
「あ、ありがとうございます、由奈さん……」
着物の着付けをしてくれた由奈さんに、お礼を言います。
が、しかし……その最中から「娘に着付けしてあげるの夢だったんだけど、うちは男の子一人だったからねぇ」と言っていたのもあり、彼女は今ちょっとテンションが高くなっていて、ちょっと圧倒される。
「……ね、お義母さん、って呼んでもいいのよ?」
「ぅ……はい、お義母さん」
上目遣いがちにそう告げてくる彼女に、やや引きつりながらも言われた通り呼び名を変えます。
流石に、昔からずっとお世話になっている、元親友の母親相手に『お義母さん」はまだ少し恥ずかしいけれど……嬉しそうに「はい、お義母さんですよー」とニコニコしている彼女を見れば、まぁいいか、とも思えるのでした。
「それで……玲史ってば、何をダンマリしているのかしら?」
「え、あ、ああ……何が?」
そんな彼女の視線が、不意に玄関脇でボーっとしていた玲史さんに向けられます。何だか少し呆れているみたいで、ちょっと怖い。
「何が? じゃないでしょう。あなたのお嫁さんがおめかししたのよ、言うことがあるでしょうが」
「お義母さん、まだちょっとそれは気が早い……!」
まだ婚約者であってお嫁さんではないと主張しましたが、スルーされました。
そんな玲史さんはというと……
「……んなもん、言わなくてもわかんだろ」
「言ってもらった方が嬉しいに決まってるでしょう?」
「う、くっ……」
由奈さんの言葉に、ぐうの音も出ずに黙り込む玲史さん。一方で私はぐいぐいと彼の前まで背を押され、緊張と期待から、固唾を呑んでその言葉を待つ。
「その………………綺麗だ、すごく」
「あ……はい、ありがとうございます……玲史さんも格好いいですよ?」
「あ、ああ……」
そう、すっかり照れた様子でそっぽを向く彼は……今は紺の着物と羽織り、そして臙脂のマフラーというこちらも和装でした。
「……さてはあんた、
「うるせえ!?」
何か由奈さんと揉めている玲史さんをよそに、周囲の、やはり和装を纏う皆を見渡す。
さて……なぜ、このような着物が用意されていたのかというと。
「ごめんね柳君。家内はずっとみんなで初詣に行くのを楽しみにしていたから、ちょっとはしゃいでいてね」
「いいえ、気にしないでください、史朗おじさま。私、むしろ嬉しいです」
「そうかい、なら良かった。それも、このような素敵な着物を用意してくれたあなたのおかげです……アウレオ・ユーバーさん」
そう、史朗さんは今度は少し離れた場所に佇む、日本人離れした体格と銀の髪を持つ男性へと告げる。
「……そうね、私からも、ありがとうございます」
「……いや。せめて喜んでいただけたのであれば、幸いです」
史朗さんと由奈さんが、複雑な表情を浮かべながらも頭を下げたのは……こちらも羽織姿のアウレオさん。
「……妹が、あなた方にずいぶんと世話になっていたようで。何をいまさらとあなた方には思われるかもしれませんが……本当に、感謝しています。それと、娘を見守っていただいたことも」
そう言って、胸に手を当てて深々と頭を下げるアウレオさんに、ふぅ、と玲史さんの両親二人揃って肩の力を抜きました。
一朝一夕に解けるわだかまりではないでしょうけれども……それでも、親の間でも歩み寄りが始まっているのを見て、私と玲史さんもホッと安堵するのでした。
「……で、ちゃっかり綾芽も便乗しているんだね、梨深ちゃんまで巻き込んで」
「当然よ、折角だしね」
「あはは、御相伴に預かってます」
同じく和服で綺麗に着飾った綾芽は胸を張って堂々と曰い、その隣で梨深も申し訳なさそうにしながらも満更でも無さそうなのでした。
◇
――M県市街地の中、電車で数本先にある県内でも有数の大きな神社。
今日は一月二日ということで、初詣客に賑わう随神門へと向かう参道で……参拝の人混みの中、私は予想もしていなかった人物から声を掛けられました。
「あ、居た! ユーバーさん!」
「え……後藤さん、それに皆まで!?」
声を掛けて来たのは見知った顔……杜之宮で同じクラスだった女の子たちでした。
「元気そうで良かった! うわー、綺麗な着物。素敵!」
「後藤さんや皆も、元気そうで何よりです。この神社へ初詣に来ていたんですね」
「ええ、お正月までは日本に滞在しているって、あとここに初詣に来ることも聞いていたから、もしかして会えるかもってみんなで来ていたんだけど……学校が終わってもまた会えて嬉しい!」
そう言って、感極まった様子でぎゅっと抱きついてくる後藤さんを筆頭に、クラスで仲良かった子たちが詰め寄ってくる。
――どうしよう、彼女たちとも一緒に行ってもいい?
そう目で尋ねる私に、アウレオさんは頷く。
「かまわん、一緒に来てもらうと良い。友人は大切にするべきだ」
「は、はい」
「君たちも……娘と仲良くしてくれたようで、本当にありがとう」
「い、いいえ、ユーバー教授! むしろ私たちこそ、こんないい子とお友達になれて嬉しかったくらいで!」
慌てた様子でそんなことを曰う後藤さんに、アウレオさんはふっと表情を緩め、もう一度「ありがとう」と頭を下げる。
そんなこんなで、まだ少し恐縮しながらも、彼女たちが私の傍らを歩き始めた。
そこからは、女三人よればなんとやら。
冬休みの宿題に四苦八苦しているという愚痴。
皆の、クリスマスはそれぞれどう過ごしたのかの雑談。
誰と誰が冬休みに入ってから付き合い始めた等の恋話。
日本を離れ、私はこの後はどうするのか。
女子高生が集まっての話題は尽きず、時折屋台から漂ってくる香りやおいしそうな食べ物に目を奪われつつ、気が付けばもう本殿前に並ぶ参拝客の列の最後尾に来てしまいました。
「……きゃ」
「おっと……足元結構滑るな。ほら、手貸せ、離れるなよ」
「あ……ありがとう、ございます」
足元で凍って硬くなっていた、踏み固められた雪に足を滑らせ、転倒しそうになったところを玲史さんに支えられる。
そのまま剣ダコでゴツゴツした手に手を握られて、心臓が早鐘を打つようになる中でもゆっくりと行列は進み……長いようであっという間だった時間は過ぎ、気付いたらお賽銭箱の前。
あらかじめ用意していたお賽銭を投げ入れて……私は、手を合わせて願い事をするのでした――……
◇
「……不思議なものだな」
「……アウ……えっと、お父様。どうかなさいました?」
来た参道を引き返す帰路の中で、不意にボソリと呟いたアウレオさんに、思わず聞き返します。
「いや……正直、私は神頼みなど非効率的だと思っていた。だが……」
深々と溜息を吐いた彼は、本当に珍しいことにしばらく迷った末に、改めて口を開きました。
「…………今は、なんでもいいから縋りたい気分だ。お前を守ってくれと。なるほどこんな気分か、人が神に祈りを捧げるという事は、とな」
「お父様……」
思わぬ言葉に、目を驚きに瞬かせながら彼の方を見つめていると。
「……イリスはさ、結構、熱心に祈っていたな」
「え?」
今度は私へと不意に掛けられた、反対側の隣を歩いていた玲史さんの言葉に、首を傾げます。
「いや……ただ、何を願ったのか、ちょっとだけ気になってな」
「ふふ、そんな大した願い事じゃないですよ」
どうやら願い事をしていたところを見られていたらしく、ちょっと照れながら、あの時願ったことを伝えます。
「ただ……またいつか、こうして一緒お参りできますように。それだけです」
「そうか……」
そのまましばらく隣を黙々と歩いていた玲史さんは……不意に何かを決心したように顔を上げると、前を歩く史朗さんの肩を叩く。
「悪い、親父。俺ら別行動いいかな?」
「ふう……玲史、ようやくかい? それじゃ、皆一度解散して鳥居前で集合でいいかな?」
「はーい、賛成! ほら、それじゃ梨深、いこ?」
「あ、待ってよ綾芽ちゃん!?」
玲史さんの質問に対する史朗さんの言葉に、真っ先に綾芽が梨深ちゃんの手を引いて行ってしまった。
すっかり二人ともべったりな様子に苦笑しつつ、「それじゃ、いいか?」と尋ねる玲史さんに頷くと、彼に手を引かれるまま、二人でグループから離れます。
そうして手を引かれ連れて行かれたのは……主要の参道からやや外れた場所、本殿の裏手。
「よし……ここなら人は居ないな?」
「あ、あの……?」
まるで暗殺者でもいるかのように周囲を警戒している玲史さんに、私は恐る恐る声を掛けるのです、が。
「……イリス!」
「は、はい!?」
急に、真っ赤になってガチガチに緊張した様子で大きな声を出した玲史さんに、私は思わずビクッと背筋を伸ばします。
「は、話って言うのは……その。本当はクリスマスに渡すつもりだったんだが、うまくタイミングが掴めなかったというか、なんというか……えぇい!」
何かを振り切るような声と共に、バッと玲史さんが私のすぐ前に跪き、何かのケースを私の眼前へと差し出す。
「……これを、嵌めてくれないか? その………左手の、薬指に」
そう、跪いた玲史さんがケースを開けて、中身を私へと見せてくれる。
それは……決して華美ではなく、シンプルながらも美しい輝きを放つ、小さな宝石の嵌った指輪。
それを見て……私は思わず、ふふっと声を漏らしてしまう。
「……玲史さんの手で、付けてもらっていいですか?」
「……ああ、もちろんだ!」
そう言って恭しく私の左手を取り、慎重に指輪を嵌めていく玲史さん。ピッタリと嵌ったその金属の輪を、私は感慨深い想いで眺めていると――強く、抱き締められる。
「……ずっと、一緒にいてくれ。どこに行ってもだ」
「……はい。改めて、不束者ですが末長くよろしくお願いします」
そう返事を返した直後……私の口は彼の口によって熱く塞がれ、私はそのまま身を任せるのでした。
――再び『ケージ』へと帰る日まで……あと、七日。
【後書き】
ちなみにイリスちゃんは玲史さんへのクリスマスプレゼントに、「なんでも一回言う事を聞く」約束をさせられた上で現在保留されています、っていう余談。
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