繋がる世界

 ――I県、最南端の街。その駅のホーム。




「そう……行くのね、隼人」

「ああ、母ちゃんごめん。どうしても、やらないといけない事があるんだ」

「……やっぱり、あの人の子供ね。決めたら頑固なところなんてそっくり」


 苦笑して、諦めたように呟いた彼女は、今から旅立とうとする我が子を抱き締める。


「なるべく、早く帰って来なさいね」

「ああ、わかってるよ」


 もう一度強く抱きしめられるのに合わせ、隼人もそんな母を抱き締め返し、離れる。


「親父も。見送り、あんがとな」


 そう隼人は、少し離れた場所で母子の別れを見守っていた父にも、頭を下げる。


「……隼人。お前は本当に立派になったな。男子三日会わざればというが、本当に立派になった」


 そう言って、唇を噛みながら隼人の頭を撫でる彼の父。その顔には、引き留めたい心境をギリギリと押し込めているような苦渋が滲んでいた。


 決して、愛想の良い父ではなく、むしろ不器用で息子との距離感を計りかねているような父だった。

 だが……それでも彼は、不器用なりに笑顔を浮かべ、隼人の頭をグリグリと撫でる。


「だがな……それでも、お前は私達にとっては我が子なんだ。だから、必ず帰ってくるんだぞ」

「……ああ、分かったよ、父ちゃん。母ちゃんも、俺、行ってくるよ」


 そうニッと笑いながら告げて……少年は、丁度ホームへ到着した新幹線へと飛び乗るのだった。






 ◇


 ――M県南西、隣県との県境となっている山脈の麓にある、田舎町。




「……行くのか?」


 一人の青年が、神社の裏手にある寂れた剣道場、その庭の奥まった場所に抜き身の白刃を携えて佇む一人の少女へと、語りかける。


 歳の頃三十前後、一つの神社を預かる身としてはまだまだ若い、神職の男だ。


 そんな問い掛けをしてくる青年に……さらしに道着姿という格好の黒髪の少女が、今の今まで振っていた刀を懐から取り出した懐紙で拭う。


 その周辺に転がっていたのは……無数の、鋭く断ち切られた竹の山。その本数たるや、果たしていつからここで刀を振っていたのか。


「ええ、行くわぁ。お兄ぃもいつも道場を貸してくれて、ありがとうね」


 従兄妹である神主の青年にそう頭を下げる少女……桔梗は、手にした白刃を布で拭き清めたのち、納刀する。




 ――少女が刃物に魅入られ、鋭い刃を以て何かを斬ることに興奮を覚えるようになったのは、果たしていつの頃だっただろうか。



 小学校を卒業する頃にはすでに、いつもナイフ類を忍ばせていなければ落ち着かなくなっていた事は覚えているのだが、切っ掛けが何だったのかはもう思い出せない。それくらい幼い頃だった。


 そんな、決して周囲にぶつけるわけにはいかない、しかしいつ爆発するか分からないその衝動に誰よりも早くに気付き、それを隠れて発散する場を用意してくれたのは、堅物のはずのその従兄妹。




 だが……桔梗は常々感じていたのだ。自分は、現代社会に馴染めない鬼子である、と。


「なぁ、全部終わったら、ちゃんと帰ってくるんだよな?」

「……さあ? 両親にさえとっくに見限られた私には、向こうにしか居場所が無いんじゃないかしら?」


 自虐的に曰う桔梗に対し……その表情を目にした青年は。


「……そんな事は無い、まだ俺が居るだろう!」


 青年が咄嗟に叫びながら、衝動的にと言った様子で桔梗の身体を抱き締めていた。

 驚いてパチパチと瞬きをしている桔梗に……彼は、絞り出すような声で語りかける。


「……頼む、俺のために帰ってこい。居場所なら、俺が作ってやる」


 ……それは、非行を繰り返してついには家族にすら見限られた桔梗にとって、初めて投げかけられた「ここに居てもいい」と許しをくれる言葉だった。


「……お兄ってば物好きねぇ。私みたいな殺人衝動を発散するために代償行為でエンコーなんてした人格破綻者を、よりにもよって口説くなんてさぁ」

「……かもな。我ながら、悪趣味だとは思うよ」

「うん、ほんと、馬鹿よねぇ」


 そのまましばらくの間、おかしくてたまらないと言った様子で、桔梗は笑う。


 笑って、笑って、笑って……やがて彼女は、晴れやかな顔で頷いた。


「……分かった。そんなお兄ぃに免じて、帰ってくるわぁ。頑張って繋ぎ止めてね?」

「……ああ!」


 悪戯っぽく囁いた桔梗に……青年は、はっきりと頷くのだった。






 ◇


 ――アークスVRテクノロジー、開発室。




「俺の仕事は、全部副主任の瀬山に引き継いだ。これで俺が居なくても仕事は回るだろ」

「うん……ご苦労様、緋上君」


 名残惜しそうに仕事場のパソコンの電源を落とした緋上に、背後でそれを見守っていた畠山が頷く。


 そうして……彼は、すっかりと凝った体をゴキゴキ言わせながら立ち上がると、畠山の前に立ち、その肩を抱いて頷いた。


「それじゃ……そろそろ時間だ。畠山さん、俺、行ってくる」

「ええ、緋上君、いってらっしゃい。帰りを待ってるわ」

「……ん、二人?」


 首を傾げる緋上だったが……しかし彼女は、自分の下腹を押さえ頷く。それだけで何が言いたいのかを理解した緋上の顔に、じわじわと喜色が覆い尽くしていった。


「そうか……そうかぁ! あー、もー、すげえ元気とやる気でた、本当に、ありがとう……!」

「きゃ!? ……もう、緋上君ってば大袈裟なんだから」


 突然抱きついて来た緋上に驚きの声を上げた畠山だったが、すぐに相合を崩し、彼の背をぽんぽんと叩いてやりながら苦笑する。


「へへ……できれば、女の子と男の子、二人欲しいな、俺は」

「もう緋上君ってば、気が早いわよ?」


 呆れたように頬を抓る畠山だったが……しかしそんなじゃれ合いも、にへらと緩む彼の顔を締める事はできなかった。


「それじゃ……今度こそ本当に、行ってくる」

「ええ、行ってらっしゃい、気をつけてね」






 ◇


 ――アークスVRテクノロジー本社ビルの中の、空き部屋の一つ。




「いやぁ、お熱い方々は羨ましいですねぇ」

「はは、全くだ」


 隣の部屋から聞こえて来た会話に、苦笑しながらそう曰う人影が二つ。


 控え室として解放されていたこの部屋で、こちらに別れを惜しむ者もいないためにひと足先に来ていたフォルスと、同じく早く来ていた斉天こと空井悟が、特に気負った様子もなくのんびりと会話をしていた。


「思えば、私たちの関係も不思議なものですね……まさかこうして共に決戦に向かう仲になるとは、イスアーレスで初顔合わせした時には思いもしませんでした」

「おう、全くだ。今だから正直に言うが、あの時はこのいけすかない眼鏡野郎と思っておったのだぞ」

「私こそ、扱いにくい筋肉ダルマめと思っていましたから、おあいこですね」


 お互いそう毒を吐きあって……不意に、二人揃って相好を崩した。



「お主、この件が終わったらどうするつもりだ?」

「一応は、こちらに戻る気でいますよ。ただ、向こうで一旗上げるのも悪く無いなと迷っていますけど」


 まだ少し迷っていますと、苦笑するフォルス。一方で悟は、何かを考え込むようにしながら、思いの丈を紡ぐ。


「俺は……そうだな。闘技場に残ることも考えたが、もう一つ最近は候補が増えた」

「……ほう、それは一体?」

「うむ……この身、姫様や剣聖のとともに、この世界を護るのに使うのも悪くないかな、とな」

「へぇ、それはそれは……なるほど、たしかに魅力的な再就職先ですね」






 ◇


 ――M県、S市内のとある駅前。




「お待たせ、綾芽ちゃん」

「うん、おかえり。ご両親とのお別れ、済ませて来た?」



 姿を見せた梨深に、綾芽が心配そうな様子で尋ねる。


「うん、もう大丈夫。いつか孫を見せに来るようにと約束させられたけど」

「あはは、玲史さんの家もそうだったわね。親って皆、孫の顔がそんなに見たいものなのかしら」


 支倉家での一幕を回想し、綾芽が苦笑する。

 だが、すぐにその表情は真剣なものとなり、梨深を射抜いた。


「……いいのね、梨深。私に付き合うってことは、もうほとんどこちらの世界には帰って来れなくなるわよ?」

「ええ。私はずっと貴女の側に居てあげる、約束するわ」

「分かった、それじゃ……行こう。ついて来なさい、どこまでもね!」

「うん、貴女の背中は私が守る。どこまでも……にゃ」


 そう語り合い……綾芽の差し出した手を、梨深がしっかりと握り返す。そうして二人は、決して離すまいとするかのように自然とお互いの指を絡めあい、歩き始めたのだった。












 ◇


 M県S市、支倉家。



「――史郎お義父さん、由奈お義母さん、玲介お爺ちゃん、お世話になりました」

「それじゃ、親父、お袋、爺ちゃん、行ってくる」


 玄関先まで見送りに来た支倉家の皆と抱擁を交わしながら、私達は最後の別れを告げます。


「ああ。二人とも、気をつけて。綾芽ちゃんにもよろしくね?」

「……ふん、さっさと行け」

「もう、お父さんったら拗ねちゃってもう。二人とも、ごめんなさいね?」


 ふいっとそっぽを向いている玲介さんに苦笑しながら、由奈さんに向き直る。


「その……家族が増えたら、必ず見せに来ますね」

「ええ、楽しみに待っているわね」


 少し照れつつ告げた言葉に、由奈さんが頷く。

 そうして別れを告げ終わり……私達は、思い出の数多残る支倉家から巣立ち、またあの世界へ旅立つためにアークスVRテクノロジー本社ビルへと向かうのでした。






 ◇


「それじゃ……身体には気をつけなさいよ。もう私は助けてあげられないんだからね?」

「うん、ありがとう、お姉ちゃん。ほら、急がないと飛行機に間に合わなくなるよ?」

「そう、ね……いい、今度帰って来たら必ず連絡しなさいよ、飛んで帰ってくるから!」


 最後に一度抱き締めあい、ティティリアさんのお姉さんが、名残惜しそうにアークスVRテクノロジーの本社ビルから出て行く。


 それを見送って……やがて、ティティリアさんのお姉さんの姿も見えなくなりました。


「それじゃイリスちゃん。行こう?」

「……ええ、そうね」


 スッキリした様子の彼女に手を引かれ、本社ビルの地下にある一室へ向かう。




 そこは……この社屋の心臓部である、メインサーバールーム。


 巨大なスーパーコンピューターや、数多のサーバー群を収めてなおも広大なその空間には、すでに皆が揃っていた。



 そしてもう一つ、飛びついてくる影も。


「はぁ……スノーったら、すっかり大きく立派になったのね」

『わう!!』


 大型犬の中でもかなり大きな方、もはや後ろ足で立てば私どころか玲史さんよりも高いくらいに成長したスノーが、私の隣で澄ました顔をしながらも、褒められたのが嬉しかったのかブンブンと尻尾を振っていました。


 そんな様子に苦笑しながら、周囲を見渡す。



 ティティリアさん。

 隼人君。

 桔梗さん。

 緋上さん。

 フォルスさん。

 悟さん。

 梨深ちゃん。

 綾芽。

 そして……玲史さん。


 こちらに残ってやることがある宙さんやアマリリス様も見送りに来ているため、今この場には、戻ってきたプレイヤー全員が、誰も離脱せずに揃っていた。


「では、我はもう手伝ってはやれぬが、楔としてお主らの道は繋ぎ止めてやろう。頑張ってくるのだぞ」

「皆さん、お気をつけて。皆さんが通る道である『Worldgate Online』の保守管理の事はお任せください」

「はい、お願いします、アマリリス様、宙さん」


 そう見送ってくれる保守担当のお二人に頷いて、私も皆の中心に立つ。それを確認すると、アウレオさんが端末を操作し始めました。


「では……『Worldgate Online』起動する。それと調整していた『黒の書』は、イリス、お前のインベントリに追加しておいたから後で確認するようにな」


 全ての入力を終えたらしく、室内には起動を始めたサーバーとスーパーコンピュータの唸り声が始まった。

 それを確認したアウレオさんが、私達の方へと真っ直ぐに向き直り、そして……


「……今更と思われるかもしれないが、皆、巻き込んだ事に謝罪を。そしてどうか、娘のことをお願いする。この通りだ」



 そう言って、深々と頭を下げるアウレオさん……お父様。



『コード:ワールドゲートを開始します。ゲーム内に有資格者の反応検知出来ず。続けてゲームの外の有資格者のサーチ、および転送開始……』



 そうこうしている間にも部屋の装置は起動音を高め……やがて私達の足元に、いつか見た紅い魔法陣が展開した。


「……以前飛ばされたあの時は、禍々しくみえたんだがな、この魔法陣」

「ええ……不思議と今は、優しく送り出してくれている温かな光のように思えます」

「あはは、本当にね」


 玲史さんと、綾芽と、そして皆と笑い合う。


「――行きましょう。世界を救い、全てに決着を。皆さん……最後までどうか、私に力を貸してください!」

『――応!!』


 皆の声が重なると同時に――私達の体は紅の魔法陣へと飲み込まれ、この『テラ』から消失したのでした――……

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