繋がる絆
――ノールグラシエ王国、北端の軍港『ノールポイント』
――停泊中の、イスアーレス所属強襲揚陸艦『プロメテウス』甲板。
「お待ちしておりました……無事のご帰還、嬉しく思います、御子姫様」
いくつもの赤い魔法陣が展開するその光景をアイレイン教団教皇ティベリウス三世が、嬉しそうな表情で呟きながら、じっと見つめていた。
◇
まるでフルダイブする時のような暗転の後……眠りから覚めるように、意識が浮上する。
「お待ちしておりました……無事のご帰還、嬉しく思います、御子姫様」
語りかけてくるのは、優しげな男の人の声。
ゆっくり目を開くと、そこに居たのは……
「教皇様……では、私たちは」
「はい、皆様無事に、こちらへ移動成功いたしました」
周囲の風景……氷山を背景に、流氷に囲まれた海の上に浮かぶ大船の甲板という『テラ』ではあり得ざる風景と、もはや懐かしく思える装備類を纏った皆の姿に、『帰ってきた』という実感がじわじわと湧き上がってくる。
「イリスお姉様!」
「きゃ!? ゆ、ユリウス殿下?」
周囲を囲む大勢の中から真っ先に飛び出してきたのは、小柄な人影。
三ヶ月ぶり、記憶よりも結構大きくなったその人影は、ユリウス殿下。その後ろからは、呆れたような表情でついてくるアンジェリカちゃんの姿もありました。
「驚いた、殿下、大きくなられましたね」
「えへへ……でも、スノーほどじゃなかったです」
そう照れ臭そうに言って、私から離れると、今度はスノーの首筋の毛に顔を埋めて抱きつくユリウス殿下。スノーも満更でもないみたいで、ふん、と自慢げに鼻を鳴らしていました。
そんな、微笑ましい光景の傍で。
「……レオンハルト様。ご無事で、本当に良かった……!」
「ああ……君も、よく私の元へ帰って来てくれた。これほどまでに誰かが隣に居ない事が恐ろしかったのは初めてだった」
お互いの存在を確かめるかのように触れ合いながら熱く見つめ合うのは、再会した恋人同士であるティティリアさんとレオンハルト様。
「それにそのお腹は、もしや私の?」
「えっと、その……この大事な時にお手伝いできなくてごめんなさいというか、なんと言うか」
もうだいぶ目立つくらいには膨らんでいるお腹を抱いて、ティティリアさんは真っ赤になって、レオンハルト様に頷く。
一方で彼は……少し痩せたでしょうか。おそらくずっと最前線に居たであろうその体には、細かな負傷の跡が見られますが……しかし、大きな怪我もない様子に、目に見えてホッとしているティティリアさん。
そんな彼女をすっぽりと覆い隠すようにして、レオンハルト様も感極まったように彼女を抱き締めていました。
「そうか……ありがとう。大丈夫だ、お前がただ私を信じて帰りを待ってくれるだけで、私はもはや誰にも負けるものか」
「……はい!」
そう、今度こそ熱い抱擁を交わすティティリアさんとレオンハルト様。
それを、やれやれといった様子で眺めているのは、アルフガルド陛下ですが……
「あ、叔父上。私もこちらの女性と婚約いたしましたので」
「むぐっ!? お、お前もかソールクエス……い、いや、聡明なお主が選んだのならば私は何も言うまい……うちの王子王女は皆貰い手が決まるのが早いのぅ……」
ミリィさんと手を繋いだまま、もう片手をひょい、と挙げて爆弾発言する兄様に、アルフガルド陛下が面食らいつつ、寂しそうにしつつ、どうにか飲み込む。
そして、その後ろから、総大将らしく立派な服に身を包んだ姿で現れたのは……帝国皇帝、フェリクス陛下。
「いいなぁ……俺も早く、帝都に残して来たイーシュに会いたいぜ……」
「皇帝陛下……相変わらずお姉様にぞっこんなんですね」
「おう、勿論だ。たとえ太陽が落ちようが、俺のあいつへの愛は熱を失うことなんか無いからな」
はっはっは、と大笑しながら惚気ていた皇帝陛下ですが……不意に真顔に戻ります。
「……うちの工房謹製、虎の子のカレトヴルッフ三式、稼働可能な全てを使用できる者へと提供した。これが最終決戦ならば出し惜しみはすまい」
そう告げるフェリクス皇帝陛下の背後には、国を問わず機械式銃剣を携えた者たちが、ずらっと並んでいました。
「もちろん、短い期間ながら可能な限りの戦術教導は行った。自動機械たちを相手にする際は、私たちを存分に頼ってくれて構わない。なあお前ら」
「ええ、もちろんです!」
「伊達に地獄の特訓を潜り抜けてきていませんよ!」
そう言って、ニッと悪戯小僧のような笑みを浮かべる皇帝陛下に、背後の兵たちも鬨の声を上げる。
一方で……
「全く、帝国の若君はまだまだ小僧じゃなぁ」
「巫女長、壱与様まで……」
呆れた様子でフェリクス皇帝陛下の横から出て来たのは、巫女長である壱与を先頭にした、華やかな巫女服と千早を纏う楚々とした一団……東の諸島連合から加勢に来た巫女の方々。
「うむ、決戦となれば我らだけ静観とはいくまい。我々巫女一同、全員の力を投入し、この艦への防護魔法付与は済ませておる。魔力シールド機関の稼働も任せて貰おう、我らの意地にかけて、この船上をこの世界で最も安全な場所としてくれようぞ」
不敵に笑う巫女長、壱与の言葉に、背後に控えていた諸島連合の巫女たちが、一斉に頷く。
「じゃから……そこな不貞の斬り巫女は、しっかり御子姫様のお役に立ってからどこへなりと行くが良い」
「ええ、任せてもらいますわぁ、引退前の最後の仕事だけは、きっちりこなさせていただきますとも」
不意に話を振られた桔梗さんが、清々しい表情で頷きます。その吹っ切れた様子に、私は少しだけ首を傾げるのでした、が。
「そこには、私も加わる予定だ。『
そう、不敵な笑みを浮かべるアルフガルド叔父様。
そして……
「僕も手伝います、父様みたいに誰かを守るのは無理でも、この時のために聖女様たちと修行してきましたから」
「もちろん、私たち聖女団も同行するわ、怪我人は全て任せなさい、後方にまでイリスお姉様の手を煩わせるような真似はしないわよ!」
その隣で、確かな決意を目に宿して頷くユリウス殿下と、アンジェリカちゃん。背後に控えていたマリアレーゼ様を中心とした聖女の皆様も、同じく頷きました。
「となれば……我らも負けるわけにはいくまい」
「……アシュレイ様!?」
そう言って次に一歩前に出たのは、『剣聖』アシュレイ様と魔導騎士『黒影』の皆さん。
「我々『黒影』一同、遊撃隊として御身の力となるべく、馳せ参じ申した」
「というわけで、またよろしく、姫さま」
アシュレイ様に続き、『黒影』の中でもよく私たちに声を掛けてくれたアルノルトさんが軽口を叩き、すぐにアシュレイ様に拳骨を落とされていました。
そんな光景に思わず苦笑しますが……すぐに、真面目な表情へ戻してアシュレイ様に尋ねる。
「ですがアシュレイ様は、体調が思わしくないと……」
いかに国最強の魔法剣士『剣聖』とて、彼は本来であればとうに引退しているはずの高齢。体調を崩し、最近は安静にしていることが増えていたと、通信で叔父様から聞いていました。
それが、このように前線へと出てきて大丈夫なのかと、私は心配するのですが……
「ご心配召されるな、御子姫様。この一戦くらいならばどうにか保たせられる」
「そうですか……決してご無理はしないでくださいね?」
「うむ。まあ流石に私も歳じゃからな。この一戦が終わったならば晴れてお役御免、茶器でも焼きながら楽隠居させて貰うつもりじゃよ」
そう言って……私の隣に侍るレイジさんの胸に、どん、と拳をぶつけるアシュレイ様。
「……故に、この一戦が終われば名実共にお主が『剣聖』じゃ、我が後継として、御子姫様の伴侶として、絶対に死ぬでないぞ」
「……ああ、当然だ」
そう、アシュレイ様の檄に、レイジさんははっきりと頷き返すのでした。
「そんなわけで、我々『黒影』一同ようやく鬼教官から解放されるとホッとしています、ええ」
「む、口はまだまだ未熟みたいじゃなお主ら。よし、やはりまだ現役で居るか」
「そ、それはご勘弁を……!」
余計なことを言った『黒影』の一人の言葉に、戯けた様子で告げるアシュレイ様。その言葉に慌てているその騎士の様子に皆が笑っていると。
「――御子姫様」
「……え、グ=ルガル様!? それに、トロール族の皆様も……」
ティシュトリヤで別れたトロール族の若者まで勢揃いし、私の前に次々と跪く。
「御身のお役に立てるならば、我々にとって最高の誉れ。どうか遠慮なく利用していただきたい」
「……ありがとうございます。駆けつけてくれて、本当に嬉しく思います。どうかその拳、私にお貸しください」
「「「……ハッ!!」」」
巌のような重低音が、一枝乱れず揃って響き渡る。それがとても頼もしく思えました。
「よ、姫さん」
「ヴァルター団長! それに、ゼルティスさんとフィリアスさん、ヴァイスさんやレニィさんも!」
続いて現れたのは、この世界に来てからずっとお世話になりっぱなしだった、セルクイユ傭兵団のみんな。
「ま、腐れ縁ってやつだしな」
「最終決戦でイリス様の側で働けること、嬉しく思いますわ」
「ヴァイスさん、レニィさん……」
すっかり傷跡も目立たなくなった頬のあたりを照れ臭そうに掻き、ぶっきらぼうに告げるヴァイスさんと、私の手をそっと握り、嬉しそうな笑顔を向けてくれるレニィさん。そして……
「俺らは、お前たちの直衛として同行する、よろしくな」
「皆様がたのことは、必ずかの宿敵、十王の元へ送り届けます。大船に乗ったつもりでいてください」
「久しぶりに、また一緒に戦えるね……頑張ろう、ね!」
団長は私のぐりぐり頭をもみくちゃにし、レニィさんに怒られていました。
ゼルティスさんはいつも通り私の手を取り口を寄せてくるもので、レイジさんやソール兄様にすごい表情で睨まれる。
そして……私を胸に抱きしめて頬擦りしてくるフィリアスさんを、レニィさんに説教されたまま、団長が呆れたように見つめている。
もうすっかり懐かしい気がするそんな遣り取りが嬉しくて、私は不意に視界が滲んだのを慌てて拭います。
「それなら、今度こそ私たちも一緒させて貰うわよ」
「はい、もう置いていかれるのは嫌ですからね」
そんな私に掛けられた、二人の女の子の声。
「桜花さん、キルシェさん!」
「おかえり、イリスちゃん!」
挨拶もそこそこに、駆け寄ってきたキルシェさんと抱き合う。
「それと、私らに協力してもいいってバカも、結構居たわ。せっかく時間もあったから、装備の方はバリバリに整えてやったわよ」
『うむ、我も協力した。そんじょそこらのオートマトンに遅れを取ることもないじゃろう、がっはっは!』
自慢げに桜花さんと、そのすぐ後ろに屈んでいたネフリム師が笑う。
そしてその背後に大勢居るのは……海風商会メンバーを中心として西大陸にいた『プレイヤー』の皆。
そこに以前のような腐っていた様子は微塵もなく、覇気に満ち、上等な装備を纏うその姿は、まるで物語にある精悍な騎士団のようでした。
「うちらプレイヤーも、バッチリ根性も根本から叩き直してやったわ。皆、いい顔をするようになったでしょう?」
「ま、俺たちだってゲームを始めた頃は英雄になりたいって願望もあったのを、皆思い出したんだ。お姫様のために、世界を護って戦うなんざ、最高に燃えるシチュエーションだからな!」
「フラニーさん、それにハスターさんも……」
「って訳だ、元チャンピオンのダンナ。もう、一人で抱え込むのはナシだぜ」
「私ら闘技島の拳士の意地、見せてやらないとね!」
「……うむ、そうであるな!」
そう、斉天さんが、二人とガツガツ拳をぶつけ合う。
そんな、プレイヤーたちの先頭に立つ見知った二人の間から、もう一人の少女が私の横を抜けて――フォルスさんの胸へ飛び込んで、すぐに離れる。
「……フォルス様、おかえりなさい! あなたが不在の間、出来ることは全てやっておきました」
「これは……ありがとう星露。君が副官で良かった。これからもずっと私の側で支えてくださいますか?」
「……はい、任せてください!」
そう言葉を交わし、再度抱き合う二人。
そんな光景を、私たちはただ、温かい目で見つめるのでした。
――この艦の甲板に居る人だけでも、これだけの人数。
その他、周囲にはアクロシティへ輸送のため配備されたノールグラシエの高速艦『デルフィナス』まで、何隻も居ました。
――これだけの人が、待っていてくれた。
感極まり過ぎて固まる私の肩を、ポンと叩いたのは……まるで孫を見るかのように優しく微笑んでいる、教皇様。
「――御子姫というのは、元来から一人では無力な存在です。だから人々と繋がりを持ち、助け、助けられ、縁を結びその先で姫となるのです……あの街にいる十王は、ついにそれを理解できませんでした。ですが、貴女は違う」
――元々、一人では何も出来ない存在だった私が、ついにここまで来た。
それを祝福するように、教皇様は言葉を続ける。
「これだけの縁、結んだのは貴女の力です。ここに至るまでの苦難は全て無駄ではなかった、その証明こそ、所属も国も関係なく集まった、この光景でしょう」
「ええ……本当に」
そう言って、多種多様な人々が集まった甲板を嬉しそうに眺め語る教皇様に、頷く。
『それじゃ、はやく一発ぶちかましに行こうぜ!』
『天の焔の第一射は、私
そう言って船上を旋回するのは、フギンさんとムニンさん、真竜の二人。さらにその上空、雲ひとつなく澄んだ空からは、無数の巨大な影が飛び交っているのまで見えました。
「フギンさん、ムニンさん……分かりました、行きましょう。これが、最後の決戦です!」
「聞いたな皆、錨を上げろ!」
私の言葉に、すぐ後ろに寄り添うレイジさんが声を張り上げる。
巨大な船体が軋み、流氷の中を、ゆっくりと、しかし徐々に加速しながら進み始めた。
その光景を眺めながら……皆に促されるように船首へ押し出された私は、今から向かう進路、南へと手を指し示す。
――リィリス様……いいえ、お母さん。今、助けに行きます。
大きく息を吸い、肺を空気で満たし……叫ぶ。
「――目標、アクロシティ。最大船速、一気呵成に突破しますッ!!!」
――ぉおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!
この日……数時間後に迫った決戦に向けた反撃の雄叫びが、この『ケージ』の空へと響き渡るのでした――……
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