突破

 

「……この『ケージ』世界の端の縮小、ですか?」


 他には私と教皇様しか居ない小部屋で、アシュレイ様から飛び出したのは、そんな話でした。


「うむ。このような時に伝えるべきか少し迷ったのだが……やはり、御子姫様や教皇様にはお伝えしておくべきかと」


 彼の話によれば、西の辺境地域、元のトロール族の住処より更に西の方で、最近急激にこの『ケージ』と『テラ』を分かつ境界線が縮小して来ているとのこと。


 しかも、駐在させていた調査員の連絡によれば、明らかに『傷』の発生に連動して縮小しているのだと言う。現に、大量の『傷』が発生した三ヶ月前のアクロシティでリュケイオンさんとの戦闘時には、かなり境界が内側に迫ったのだ、とのことでした。


「……あるいは、領域の維持が困難になって来ているのかもしれませんね」

「教皇様?」

「『傷』が開いた時は、それ以上広がらぬように『ケージ』の領域は自己修復を試みます。その際に『傷』の展開時に食われた膨大なエネルギーを、管制塔であるアクロシティから補填するのですが……」


「昔、東の諸島連合を制圧しアクロシティに反乱を仕掛けた、『弾正』と名乗る何処からか現れた老人がいました。その際ついには『天の焔』を持ち出す事態となったのですが」


 その話は、私も以前に聞いたことがありました。なんでも大軍を率いアクロシティへと迫り、しかし『天の焔』の威力を前に近寄ること叶わず全滅したと。


「……あるいはその時からもう、アクロシティで生産しているエネルギー供給が、領域の維持まで追いつかなくなっている可能性はあり得ますね」


 顎に手を当てて、深刻な表情で考え込んでいた教皇様が、ポツリと呟く。


「十王たちは、この事は……」

「把握していない可能性が、高いでしょうね。いずれにせよ、もうあまり『天の焔』を使わせる訳にはいかないでしょう」

「アクロシティに向かう上では一撃は覚悟しなければならんが、今回がラストチャンス……失敗したら後がない可能性も、考えねばならんな」


 ここに来て現れた、新たな懸念材料に、ふぅ、と一つ溜息を吐いて気分を切り替える。


「そうですか……分かりました、心に留めておきます」

「うむ、すまないな。剣聖などと煽てられても、こうした時にはお主に任せることしか出来ぬ。どうか許して欲しい」

「いいえ、これは私の役目ですから」


 申し訳無さそうに語るアシュレイ様に、大丈夫と頷きます。


「さて……そろそろ向こうの防空圏も近付いてきましたし、戻りましょう」

「はい。まずは、やるべき事を成功させましょう」


 教皇様に促され、持ち場へと戻る。

 やるべき事は変わりません、まずはリィリスさんの体を奪ってアクロシティを不法占拠している十王を排除すること。


「その後は……」


 ――もし、今回の話が推測通りならば。


 私はなんとなしに、首にかけていた結絆石のペンダントを、ギュッっと握りしめるのでした。





 ◇


 ――私たちが乗る『プロメテウス』は、もうコメルス近海まで来ていました。



「こちら、強襲揚陸艦プロメテウス、私はノールグラシエ国王アルフガルドだ。コメルスのターミナル、聞こえるか?」


 私たちが居るブリッジでは、アルフガルド叔父様が、最後の指示を出す為に、各国からの連合軍本部となっている大陸縦断鉄道のターミナルへ通信を送っています。


『こちら本部防衛隊長官、『青氷』団長のクラウス、問題なく聞こえています、どうぞ』

「これより、我らは決戦に入る。予定通り外の無人機械群は任せたぞ、陽動でいい、決して無理はするなよ』

『了解しました……陛下、それに御子姫様も、どうかご武運を』


 そんな短い会話が終わり、通信が切れる。


「では……ネフリム艦長、私は艦の防衛装置起動のため、シールドジェネレータへと向かいます」

『うむ、向こうですでに待機している、東の巫女どのらにもよろしくな。武運を祈る』


 さっと、特別製の巨大な艦長席に座るネフリム師と敬礼を交わし合う叔父様。


「んじゃ、俺も行くとしよう」

「では、私も」

「北の辺境伯、お前はまず嫁さんに言う事があるんじゃないか?」


 フェリクス皇帝陛下と共にブリッジから出て行こうとしたレオンハルト様でしたが、その皇帝陛下に押し止められ、ブリッジに残る。


「全く、あのお方は……ティティリア」

「あ、はい!」

「……行ってくる。お前はこの艦で待っていてくれ」

「……はい。いってらっしゃいませ、旦那様」


 そう、もう一度きつく抱擁を交わし、レオンハルト様もブリッジから出て行った。

 その背中が見えなくなっても、しばらく閉まったドアを眺めていたティティリアさんでしたが。


『彼女……辺境伯夫人をサブオペレーター席に。空きは残っているからな』

「えっと……私が?」

『お主の声は綺麗で、しかもよく通る。指令を読み上げるのを手伝って欲しい』

「……ありがとうございます、ネフリム艦長」


 そう礼を述べて、サブオペレーター席に腰掛けるティティリアさん。


 そうして皆が持ち場についたとき、動きがありました。


 コメルス港から次々と反時計回りにアクロシティへと進む、フランヴェルジェ帝国の飛空戦艦とノールグラシエ王国の魔導船。


 明らかに陽動の動きだが、しかし対処しないわけにはいかないアクロシティから、次々と無人機械の飛空戦艦が、艦艇が、蜂の巣をつついたように発艦していく。


 続いて、コメルスのターミナル上にある軍事基地から、無数の火砲が無人機械群へと襲い掛かり……逆に空中戦艦を始めとしたアクロシティ側からも、上空から地上へと砲撃が始まる。



 ――街の上で展開される砲撃戦。



 住人は全て避難済みとはいえ、それはあまりにも心痛む光景で、揚陸部隊詰所の映像では私達日本から来た『プレイヤー』は特に、沈痛な面持ちで外の光景を映し出すモニターを睨んでいました。


『艦内の総員に告げる。彼らの献身、決して無駄にはできぬ。我らはそろそろアクロシティの防空圏に触れる、総員着席、シートベルトを忘れるな』


 ネフリム艦長の指示に、艦各所の隔壁が降り、戦闘モードに変化していくプロメテウス。


『機関最大、魔導障壁最大展開、最大戦速にて突っ込むぞ。竜どの、そちらは?』

『問題ない、我々を信じ行くが良い、御子姫、そして人たちよ』


 ネフリム艦長の上空へ向けた質問に、真竜を統括している個体名『ヴォーダン』という一際大きな真竜が、そう通信で先を促す。


「……あなた方の献身にも、感謝を」


 彼らが『天の焔』を抜けるためにやろうとしていることを知っている身としては、ただ、それしか言えませんでした。




 ――そうして、アクロシティ絶対防空圏のラインを超えた時。


「……来た」


 誰かが、恐れと共に呟く。


 みるみる空が割れ、雲を割り、天空一面に広がる巨大な黄金の眼。


 それが、私たちの乗る『プロメテウス』を確実に捉えついてくる。死がこちらを見下ろす、心臓が掴まれるような恐怖。


 そして……その瞳の中心に、光が集まる。


 全てを塩に変え灰燼に帰す、破滅の光。


 だが――真竜たちが数百機、『天の焔』と『プロメテウス』の間を阻むように等間隔で整列する。


 彼らが位相変動盾『ディメンジョンスリップ』を展開した、その瞬間。




 ――まるでその瞬間、世界全てが閃光になったかのようだった。




 光以外、何も見えない世界。


 音すらも焼き尽くされたかのような静寂の世界。


 だが……だがしかし、その光は私たちの乗る『プロメテウス』には届かない。


 上空で、次々と爆散していく真竜たちを、代償として。




 そんな時間が、体感では何十分、実際の時間では一分程度続き――やがてそんな『天の焔』も、ついにその光を失った。



「……抜けた!」


 思わず叫んだ私の声に、ブリッジから歓声が上がる。


『……聞……テウス……ちら、真竜統括個体ヴォーダン。我ら真竜全機の損耗率98%、すまないが、我らはこれ以上君達の手伝いはできない』


 キャノピーから遥か彼方に見える、外装を全て融解させ、半身を消失し落下する真竜の彼……ヴォーダンのそんな言葉に、くっと歯を食いしばり嗚咽を耐えます、が。


『だが、機体は失ったがパーソナルデータは全機無事にテイアのメインサーバーへとベイルアウトした。繰り返す、全機、無事だ』


 そう、もはや半分しか残っていない顔で、確かに彼は微笑んだ。


『だから……安心して、胸を張って前へ進むが良い、御子姫よ、あなたは何も犠牲になどしていないのだから。フギン、ムニン、お前たちも無事ならば行け、最後まで御子姫様をお守りしろ』

『……了解です、最後の命令、確かに受諾しました』

『……ああ、任せておけ』


 彼のそんな言葉に、上空で温存されていた赤と青の見慣れた機竜が、プロメテウスの甲板に舞い降りた。


「よし、このままアクロシティまで突破する! から送られてきた強襲ポイントは!?」

「入力済みです、ターゲット、ロックしました!」


 ピロンと音を上げて、モニターに映るアクロシティの巨大な塔の一箇所に、赤いマーカーが点灯した。


『ハッハァ! この艦が強襲揚陸艦な理由、とくと見せてくれようぞ!!」


 そう言って艦長席に座るネフリム師は、座席の前に迫り出して来た防護シールド付きのボタンを――


『コード:プロミネンス、起動、承ッ、認ッッ!!』


 拳で、シールドを叩き割りながら押した。



 ――嫌な、予感しかしない。



 子供のようにその巨大な一つ目を輝かせている巨人の姿に、絶対ロクなことにはならないと全力で本能が警鐘を鳴らしているのを感じます。


「え、ちょ……待っ」


 静止の声は、すでに遅く。


 ガクン、と強い衝撃があった直後――船体が、前方に展開した渦巻く円錐状の光に包まれる。


 すると、徐々に強くなってシートに体を押し付けてくるGと、流れを早くする風景。


 速度が倍になり、三倍になり……最終的には音速すら突破して、みるみる迫ってくるアクロシティの外壁を皆でひたすら顔を青くして見つめる。



 ――それは……安全装置をかなぐり捨てた、ジェットコースターのように。



 周囲に纏う灼熱の閃光……というかビームシールドというか……が行く手を遮るものを海水だろうが大気だろうが敵機体であろうが全て蒸発させて、戦艦が宙をカッ飛んでいく。



「何を想定してこんな馬鹿みたいな機能積んだんですかこのロリコン馬鹿師匠ぉぉおおおぉおおおおッッ!!?」

『がっはっは、これぞロマンだからに決まっておろう、役に立ったのだから良かろうなのだああああああああああああッッ!!』


 私を始め乗客全員の悲鳴と、ネフリム師の爆笑が響く中――全長数百メートルに及ぶ巨大船『プロメテウス』は、渦巻く光を纏ったまま、埠頭を削り砕きながら、問答無用でアクロシティの外壁へと突き刺さったのでした――……








【後書き】

プロメテウスのサイズは全長500m弱、だいたいラー・カイラムくらい。それがビームシールド纏ってマッハで突っ込んでくるとか、やだ、こわい……。

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