『協力者』

 ――轟音が止み、この世の終わりのような振動が収まる。


 どうにか衝撃に耐え切ったらしいこの『プロメテウス』のブリッジ内で、私は咄嗟にオペレーター席に飛びつくと、艦内の全回線を開いて呼びかけます。



「各部署、被害や負傷者はありませんか!?」


 慌ててオペレーター席から問いかけますが……


『こちら左舷待機室、全員問題ない、行けるぜ!』

『こちら右舷側、問題ありません、いつでも』

『シールドジェネレーター、問題なく稼働しておる』


 次々と流れてくる各所からの報告にホッと一息ついて、すぐに自分の装備、そして鞄内の『書』を確認してブリッジ出口へ向かいます。


 そして、ブリッジから出る前に一つだけ、ネフリム師に恨みがましい目を向け、声を掛けるのでした。


「ネフリム師、帰ってきたらこの件、断固抗議しますからね!」

『うむ、覚悟しておこう』


 ――だから無事に帰ってくるのじゃぞ。


 そんな言外の見送りの言葉を感じながら、ブリッジを飛び出した私は右舷側に向かう廊下を足早に進む。


 そうして、右舷ハンガーに到着した私を出迎えたのは。


「レイジさん!」

「おっと、来たか。しかしまあ、酷い目にあったな」

「ええ、全くです。ブリッジは一番安全な場所だから問題ありませんでしたが、皆の方は大丈夫ですか?」

「ああ、こっちも問題ない、もう皆突入を開始している」

「そうですか……では、私たちも。ここからは、時間との勝負です」


 私たちは、向こうに天の焔の第二射を撃たれる前に十王との決着をつけなければなりません。

 そうしなければ……すでにアクロシティ内部に飛び込んでいるため私たちは狙えないでしょうが、外で陽動している連合軍が撃たれるか、もしくは人質とされるか。


 ――無いとは思いますが、最悪、自爆の可能性もあります。


 そうして速やかに準備をして右舷側ハッチから出たそこは……すでに、無数に集まっている、戦闘用オートマトンとの戦闘が始まっていました。




 双胴船の左舷側に詰めていたフェリクス皇帝陛下の指揮する、対機械に優れている機械式銃剣『カレトヴルッフ』シリーズを主武装とした精鋭も擁する主力部隊は、このオートマトンを蹴散らしアクロシティ内を制圧するために、すでに先陣を切って飛び出している。


 拠点となる『プロメテウス』にはアルフガルド陛下が守衛に周り、魔導騎士『赤炎』の精鋭部隊が守護している上に、東の巫女たちが全力で艦のシールドを展開してくれている。そうそう落とされる事はないはずだ。



「では、御子姫様。私たちも行きましょう。脇目もふらずに進みます、それが皆を救うことになりましょう」

「ええ、分かっています。私たちは……一刻も早く、この戦闘を終わらせます!」


 そして、私たち右舷側に詰めていたのは……レオンハルト様を筆頭に、傭兵たちや闘技島の『プレイヤー』たちで構成された、一点突破で十王の居所を探索、将を討つことを目的とした突撃隊、兼、私の直衛部隊。


 そんな、プロメテウスから出た私たちを待っていたのは、何重にも取り囲んだアクロシティの戦闘用オートマトンの大集団。


「っし、先陣は任せろ!」

「おっと、一人いい格好はさせないぞレイジ! フギン、来い!」

『承知!』


 真っ先にレイジさんが、そして並ぶようにドラゴンアーマー化したフギンさんを伴ったソール兄様が、凄まじい勢いでオートマトンの隊列へと突き刺さる。



「はっ、負けてはいられないであるな!」

「ええ、星露、私たちも行きましょう」

「はい、フォルス様! 商会の皆さんも、今こそ特訓の成果を見せる時ですよ!!」

「「「おぉおおおおおおおッ!!」



 レイジさんを追って飛び出していく斉天さんと、触発されたように士気も高く飛び出していく『海風商会』のプレイヤー達。

 ひとたまりもなく瞬く間に殲滅されていくオートマトン部隊の間を、他の皆がさらに雪崩のように突き崩していく。



「西の彼らは『放浪者』たちでしたね……以前見た時とは違い、今の彼らはなかなか精鋭揃いではないですか」

「ええ、元は私たちのいたコミュニティで、本当に一握りの実力者たちだったんです。まともに力を発揮できるならば心強いですよ」


 感心した様子のレオンハルト様に、私も頷き、彼らを讃えます。


 闘技島で燻っていた時はその実力を発揮できていなかった彼らですが、皆が皆、トップごく一部のプレイヤーだけあってその実力は本物です。


「……どうよ、腐ってなくて装備さえちゃんとあれば、俺たちだって戦える!」

「帰還する奴ぁ、帰還前の最後の大仕事だ、お前ら胸張って帰るんだろ、絶対にトチるんじゃないぞ!」


 そうして彼らはレイジさんやソール兄様の穿ったオートマトンの群れの孔をさらに穿ち、こじ開け、切り拓いていく。


 そのまま私を中心とした楔形の隊列を維持したまま、オートマトンの中を駆け抜けて……やがて、突入したプロメテウスを取り囲んでいたオートマトンたちの包囲網を抜け、通路へと入りました。


「……っし、ここは任せて行ってくれ、大将、星露ちゃん、それに姫さま!」

「俺たちはこの通路を守ります、連中にあんたらの背中は絶対に襲わせません!」


 そう言って、通路になだれ込もうとするオートマトンを防ぎ始める『海風商会』のメンバーたち。


「ありがとうございます、絶対に死なないでくださいね!」

「ああ、もちろん!」

「姫さまも、がんばれよー!」


 そんな彼らに礼を述べながら、通路を駆け抜けて進む。


 このまま、一気に……そう歩を早めてしばらく通路を進んだ時でした。


「伏せろ嬢ちゃん!」

「え、きゃ!?」


 曲がり角を曲がろうとした瞬間ヴァルター団長に腕を掴まれて引き戻された直後、凄まじい轟音を上げて飛来してきた何かが、咄嗟に構えられたソール兄様の盾に直撃しました。


「ぐっ……早いし、重いぞこの弾!」

「なるほどレールガンか……!」


 先頭で弾丸を切り払ったレイジさんと、フギンさんの補助を受けで盾で受け止めた兄様が、不意の攻撃に毒づく。


 行手を阻んでいたのは……


「あの形状、まさかドゥミヌス=アウストラリス!?」

「いや、だいぶ小さい、いかにも量産型って感じだな!」


 八歩足の、蜘蛛の体と蠍の尻尾を持つ機体……人間程度までダウンサイジングされていましたか、それはまさしく以前闘技島で戦った『ドゥミヌス=アウストラリス』そっくりの姿をしていました。


「幸い、荷電粒子砲じゃないみたいだが……」

「連射のきくレールガンとか卑怯くさいな……!?」


 おそらくダウンサイジング時に粒子加速器を積むスペースが無かった為でしょう、武装には若干の変化がありましたが、脅威度は相変わらず。

 むしろ、多数の機体で時間差をつけて撃ってきているため、接近するチャンスが掴めない。


 こんなところで時間を食っているわけにはいかないのに……そう爪を噛んだ、そんな瞬間でした。


「御子姫イリス・アトラタ・ウィム・アイレイン! 頭を引っ込めていたまえ、これより君を援護する!」

「えっ……!?」


 通路の向こうからそんな声が響いたかと思えば、量産型ドゥミヌス(仮称)の向こうを塞いでいたはずのゲートが開き……直後、背後からの一斉射により、ひとたまりもなく撃破されていく。


 そして……そんな斉射が途切れた瞬間、通路に飛び込んできたのは、黒い人影。


「鉄クズ如きが、僕の行手を阻むな……!!」


 禍々しい闇を纏う大剣を振るい、瞬く間に残る量産型ドゥミヌスを葬り去っていく、その人影。


「お前は……!」

「蛇め、このような場所で……!」

「待って、敵ではありません!」


 思わずと言った様子で斧や剣に手を伸ばしたヴァルター団長とレオンハルト様を制し、静かになった廊下へ進みます。


「……お久しぶりです、お父様?」

「……ふん」


 そっけない返事だけ返してそっぽを向いてしまう、その量産型ドゥミヌスを一掃した人物は……私の、三人目のお父様――リュケイオン様でした。





 ――そうして合流したもう一人の人物……先ほど号令を出していたフレデリック様が、道案内を申し出てくれました。



「それにしても、フレデリック首相、まさかあなたが援軍として来てくれるとは。ネフリム師の言っていた『協力者』というのは、あなただったんですね」

「ええ……あの後私は、十王から離反したのち街から逃げたと見せかけて、アクロシティの地下スラム街に潜伏して色々な情報を連合軍に流していたんですわ。私と志を共にしてくれたアクロシティの防衛隊員と共に」


 そうチラッと彼が後ろを見る。釣られて私もそちらを見ると、新たに加わったアクロシティの制式銃を背負う人たちが、その銃を掲げて私へとアピールしていました。


 なんでもこのアクロシティ地下区画には、十王も全ては把握していないほどに、移住希望者が勝手に増改築して暮らしているスラム街があるとのことでした。そしてそこが、絶好の隠れ蓑になったのだと。


 そう、これまでのことを語るフレデリックさんですが……彼は逃亡生活のせいか、無精髭は伸び頬は痩け、以前の恰幅のいい紳士ではなく、すっかりワイルドな風貌のおじさまになっていました。


「……随分と、その、雰囲気が変わりましたね?」

「はは、痩せたでしょう? なかなかイケてるオジさんになったと思うんですが、いかがでしょうか?」

「あ、あはは……口調は、首相だった頃に戻したんですね?」

「ええ、なんだかんだでこれが一番しっくりきましたのでね」


 はっはっは、と笑うフレデリックさん。

 ですがすぐに真面目な顔になると、ポツポツと嬉しそうに語ります。


「……地位も財産も捨てて離反しましたが、代わりに誇りと信頼できる仲間は残りました。ほんまに、スッキリしましたね」

「そうでしたか……お元気で、良かったです。以前アクロシティでは色々とありがとうございました」

「いや、いやいや、もったいないお言葉です」


 照れて頭を掻くフレデリックさんに、私はふふっと軽く笑うのでした。


 さて、フレデリックさんのことはわかりましたが、もっと意外だったのがこの人です。



「それで……リュケイオンさんはなぜ、フレデリックさんと一緒に居たのですか?」

「いえ……まあ、戦力としては役立つかなと、追われていたところを匿っていた次第ですわ」

「それは……大変だったのでは?」

「そりゃあもう。怪我が癒えた後はもう、隙あらば単身十王に殴り込み掛けようとするものだから、気が気ではありませんでした」

「それはそれは……父が、申し訳ありませんでした」

「おい」


 私の言葉に抗議するリュケイオンさん。なんだかんだでちゃんと耳を傾けていたらしい事に苦笑します。


「それと……クルナック様にも、礼をしなければならないですね?」

『んぉ?』


 今の今まで、リュケイオンさんの肩で眠っていた、手乗りサイズの漆黒のトカゲ……おそらく私たちを助けるために力を使い過ぎたのでしょうクルナック様が、怪訝そうな声を上げて私の方を見上げてきます。


「アマリリス様に教えていただきました。天の焔に灼かれる寸前に、あなたが『奈落』に逃してくれたと」

『アー、ならそンな礼ナンテ要らねぇナア。アレはこいつン頼みだったしナ』

「おいバカ蜥蜴」

「お父様の?」

『ンだ』


 抗議するリュケイオンさんをさっくり無視してそう言うと、あとは興味なさげにまた眠ってしまうクルナック様。


 それを見届けて……私は、すぐ横を歩くリュケイオンさんを見上げます。

 しばらく気まずそうに私の視線から逃げていた彼でしたが……やがて諦めたように溜息を吐くと、こちらに向き直ります。


「……なんだ」

「いえ、何も。必ず、お母様を助けましょうね、お父様?」

「……ああ、当然だ。今度こそ全てを返してもらう」


 そう、目に強い光を宿らせ呟く彼に、私は思わず笑いかけるのでした。

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