祭りの終わり
――学園祭二日目。
今日は午後のシフトだった私が、昨日同様にすごい混雑を見せる店内を忙しく歩き回っていると……不意に、肩にチョンチョンと、誰かが突く感触がしました。
「はい、何かご用件でしょうか」
もはや条件反射的に振り向いたそこに居たのは……鮮やかな金髪で周囲からの注目を集めている、小柄で類稀な美少女の姿。
あまり体型の出ない秋物のワンピースとカーディガンという姿をした彼女に、私は思わず驚きの声を上げます。
「ティティリアさん!?」
「えへへ、来ちゃった。イリスちゃんってばメイド服も似合ってて可愛いねー」
そんな呑気なことを言っている彼女でしたが、私は気が気ではなく、あたふたと慌てます。
「あの……一人で出歩いて、体は大丈夫なんですか?」
「もー、気が早すぎるよ、まだまだ先だよ?」
そう、軽く下腹を押さえながら呆れた声を上げるティティリアさんに、私は「そ、そうでした……」と反省します。
そんなふうに立ち話をしていると、私の様子を不審に思い、実行委員長でありすっかり店舗責任者ともなった後藤さんがこちらに来ました。
「ユーバーさん、彼女はお知り合い?」
「あ、はい。お友達で……」
こっそり、尋ねてきた委員長に彼女が妊婦さんであることを耳打ちして伝えます。
すると彼女は「た、大変、こっちにきて、すぐ席を用意するから!」とティティリアさんの背を押していってしまいました。
その剣幕に圧倒されつつ、彼女のために紅茶を淹れ、ケーキを切り分けて配膳する私。
周囲から「友達も可愛いな……」と男の子たちがざわついているのが聞こえますが、ティティリアさんは気にした様子もなく、私が淹れてきた紅茶に口をつけていました。
そんなティティリアさんに……私は周囲の男の子たちには聞こえぬように、こっそり耳を寄せて話しかけます。
「その……ちょっとお腹膨らんで来た?」
「いやいや、それもまだ気が早いから。でも本当に、ここに別の命があるって不思議な感じよね」
「ですよねぇ……」
私の言葉に、お腹を愛しげに摩っている彼女。
特に彼女は……それと私も……本来ならばこうした体験をするはずがなかった側ですから、不思議に思う気持ちが強いのです。
そんなふうに話していると……不意に、慌てて誰かを探している様子な女の人が教室に入ってきます。
黒髪を肩のあたりで切り揃えた、少し気の強そうなキャリアウーマンといった雰囲気の彼女は……私達の方を見るなり、ホッとした様子でこちらへ向かってきます。
「ああ、もう、ここに居たの!?」
「あ、お姉ちゃん」
ちょっと怒った様子の彼女は、私に軽く会釈するとティティリアさんに詰め寄りますが、そのティティリアさんはというと呑気にお茶しながら手を上げます。
そんな彼女に苦笑しながら、私はもう一人分、お茶とケーキを用意しに戻る。
そう……彼女は海外で結婚したという、話を聞いて日本に飛んで来た、ティティリアさんのこちらの世界でのお姉さん。
何日も根気強く話をして、つい先日とうとう折れて仲直りした彼女は……すっかり初産のティティリアさんに対し過保護になってしまっていたのでした。
それはまるで、共に過ごせる残り僅かな期間に全ての愛情を、かつて弟であり今は妹となったティティリアさんへと注ぐように。
「もう……あまり一人で出歩かないで頂戴。まだ安定期前なのよ分かってるの?」
「えへへ、ごめんなさい、お姉ちゃん」
「まったくもう、この子は……甘えてきたら許すと思ったら大間違いなんだから」
ピタっとくっついてくるティティリアさんに口ではそう厳しく言いつつも、しかし満更でもないようで、彼女のティティリアさんを見つめる目は優しい。
すっかり仲良し姉妹といった感じの二人に、私もフッと頬を緩めるのでした。
◇
そんな、ちょっとしたトラブルを迎えつつも……特に問題もなく、夕方四時となって全ての出店が閉店となりました。
名残惜しみながらも教室を元通りに戻していき、すっかり普段の教室に戻った中で……
「校内の部、売り上げ一位おめでとー、乾杯!!」
「「「かんぱーいっ!!!」」」
コーラ片手に、乾杯の音頭を取る委員長の後藤さん。
余ったソフトドリンクから各々好きなものを注いだカップを掲げ、皆で乾杯の掛け声と共に飲み干します。
そんな中、充電の切れた強化外骨格を外し車椅子に戻った私も、お茶を注がれた紙コップを空にしてほっと一息つくのでした。
――心地よい疲労感が、全身を包んでいました。
大繁盛するお店を必死に捌き切った私たちでしたが……文化祭実行委員長から、私達のクラスが先輩たちを差し置いて売り上げ一位をマークしたと通達が来たのが、つい先程。
そのため、まだ後夜祭まで時間がある今、教室では「一位おめでとうの会」なるささやかな宴が催されていたのでした。
「いやー、でも惜しいなぁ。ユーバーさんがミスコンに出でいたら、きっと優勝間違いなしだったのに」
「そうしたら、売り上げ部門と合わせてうちのクラスの二冠だったのになー」
そう、残念そうに語る皆。
彼らが言っているのは、今日の一般公開ラストに発表された観客投票による人気投票の話ですが……私は、その投票対象に推薦はされましたが辞退していました。
というのも……
「いや、無理ですって。私、あがり症だからああいう場で笑顔作ったり軽快なトークをしたりなんて出来ませんし……」
中間発表上位には、校庭で行われている文化部の発表ステージでアピールする事になっているのでしたが、私はそれが無理、というのが一つの理由。
元々、私はつい最近まで対人恐怖症だったのです。最近はやむを得ず人前で話すことも多かったのですが、相変わらず人の視線がそれほど得意というわけではありません。
なので、慌てて否定する私でしたが、皆は「そっかー」と生暖かい視線を向けてきます。
「それに……やはり私はあと少しでお別れですから。万が一優勝したにしても、そんな私が『ミス杜乃宮』を貰うのは、やっぱり違うでしょう」
そう、苦笑しながら真の辞退した理由を言う私でしたが……周囲の皆は、ハッとした表情で顔を上げます。
「ああ、そうだったわね……」
「ユーバーさん、二学期いっぱいで……」
私は、あくまでも一時的な在校。
こうして皆とワイワイできる期限は、刻一刻と迫っています。
少ししんみりしてしまった教室内でしたが、そんな空気は私がパン、と手を叩き、霧散させます。
「私……本当に今、すごく楽しいです。皆さんにこうして快く迎えてもらえて、良くしていただいて、本当にこの学校に来て良かったと思っています」
訥々と語る私の言葉に、真剣な表情で耳を傾けているクラスの皆さん。
昔、『玖珂柳』として生きていた頃に一度自ら青春を投げ捨てた私にとって、今はもったいないほどのいい思い出を作らせてもらっていることに……私は改めて背を伸ばし、深く頭を下げます。
「だから……残り半分の期間、よろしくお願いしますね」
……と、心からの笑顔を浮かべて感謝を伝え、皆さんに笑いかける。
静まり返る、教室の中。
「もー、あんたって子は本当にいい子なんだからー!」
「わぷっ!?」
突然、感極まった様子の委員長に抱きしめられ、よしよしされました。
ちょっと気恥ずかしいですが……今はただ、されるがままに。
「私、忘れないから。短い期間だけど、ちょっと変わった女の子と学校生活を送れたこと、絶対に。将来子供ができたら自慢だってしてやるわ」
「……はい。私も絶対に、この短い期間のことは忘れません」
そう、お互い少し目に涙を浮かべながら、彼女と笑い合うのでした――……
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