学園祭
――杜乃宮学園、学園祭当日。
高等部一年生の教室が並ぶ三階では……一つの教室が、大混雑していた。
そこには……明らかに通常の高校生とは一線を画す、美しい所作で仕事をこなすロング丈のメイド服の、見事な銀髪をした少女の存在があった。
それが立って歩いて働けるのが嬉しくてたまらないといった風情の笑顔で接客するものだから、客、特に男たちはデレっとした表情になるのもやむなし、であった。
ただ……その首に巻かれている、メイド服という服装からすると場違いなスカーフと、なぜか教室内のあちこちを移動する微かなモーター音に、首を傾げながら。
――なんかお姫様が接客してる。
そんな評判は瞬く間に学園祭に沸く校内を駆け巡り、生徒、その関係者、問わずに評判の喫茶店へと殺到する。
そうして……文化祭初日にして、ぶっちぎりの売り上げを叩き出したイリスたちのクラス『1-A』なのだった。
◇
――喫茶店といっても、安全の観点から火は使えません。
メニューは事前に皆で作った簡単なケーキと、業務用のソフトドリンク。
それでも途切れることのない来客に、すっかり私も含めたクラス一同、目が回るような忙しさを潜り抜けてハイテンションになっていた……そんな時です。
「お疲れ様、イリスちゃん。頑張ってくれてありがとうね、そろそろ休憩に入っていいわよー」
そんな気風のいい少女の声が聞こえた周囲の客から「えぇー!?」と抗議の声が上がる、が。
「ええいうっさい、この子にだって学園祭を楽しんでもらいたいの、イリスちゃん目当てならまた明日に来なさい!」
そう客たちに啖呵を切る少女に、周囲の客も「それじゃぁしょうがないな」と、ちょっとだけばつが悪そうに引き下がる。険悪な雰囲気にならないのは、からからと笑っている少女が本当に怒っているわけではないということが、一目見ればわかるからなのだろう。
はー、と社交性の高いその女の子を眺めながら、胸に銀の盆を抱え、ただしきりに感心している私でしたが。
「ほらほら、イリスちゃんも休んだ休んだ。立ってるとまたあなた目当てのお客さんに注文されるわよ?」
「えっと……私は別に、もう少し働いても。せっかくこうして皆と仕事できるようになったのがとても楽しいんです」
「うっ、いい子過ぎて許してあげたいけど……でもだーめ、
そう言って、戸惑う私の肩を押してぐいぐいと楽屋へ押し込む彼女……このクラスの学園祭実行委員長として皆のリーダーをしている後藤さん。彼女の言葉に、私ははっと気付きます。
「え……もう、そんな時間ですか?」
「そだよー。そろそろ二時間と少し経つし、もうバッテリー危ないんじゃない?」
「あっ……本当です、楽しくてすっかり見ていませんでした」
この強化外骨格を快く貸し出してくれたアウレオさんたちには、注意事項として内蔵しているバッテリーパックによる連続稼働時間は約三時間……できれば猶予をもって二時間くらいに見てほしいと言われていました。
見れば、首輪型のAR端末により視界端に投影されている映像の中で、バッテリー残量を示す電池のマークは残り20%、赤く表示されていました。
「う、これじゃ無理はできませんね……申し訳ありませんが休憩させていただきます」
「はいはい、いってらっしゃい。婚約者さん、ちゃんとエスコートしてあげるのよ?」
「あ、ああ、勿論」
少女にビシッと釘を刺され、しどろもどろになっているのは……ちょうど迎えに来たのか、控室となっている更衣室前の廊下を歩いてきた玲史さん。
最強の守護者様も形なしなその様子に思わずクスッと笑いながら、委員長に促されるまま控室へと戻り、強化外骨格を外してメイド服から学校の制服へと着替える。
委員長に手伝ってもらい車椅子へと座り直し控室の外に出ると、すぐ隣で待っていたレイジさんがさっと車椅子を押してくれます。
そうして名残惜しそうなクラスメイトに見送られ、私たちは来客の人で賑わう構内を散策する。
「午前中にお店に来た綾芽や梨深ちゃんは、まだ学校を回っているんでしたっけ?」
「ああ、校庭の方に居るってよ。屋台巡りしてるんじゃないか?」
「それじゃ、とりあえずは合流しましょうか」
「おう、了解」
そう、校舎の外へと繰り出すのでした……が。
「やっぱり注目されるよなぁ」
「まぁ、こんな見た目ですからね。でもこのくらい気楽なものですよ。だってこちらでは、ちょっとだけ特殊なカラーリングをした普通の女の子ですからね」
全周囲から突き刺さる、好奇の視線。
車椅子が珍しいのか、見た目だけなら外国の女の子が珍しいのか、あるいはその相乗効果か。二度見、三度見も珍しくなく、視線を巡らせるとだいたい誰かと目が合います。
ですが、学校ではよくほかのクラスから見物に来る人もいるので、一か月もすればすっかりこのような視線にも慣れました。くすくすと笑いながら、一応部外者ゆえにすこし気まずそうな玲史さんに返事をします。
……が、その表情が少し曇ったのを見て、少し失敗したと思うのでした。
「……そうだな」
「……向こうに帰ったら、お互いにもう『普通』ではいられませんからね」
そして、どういった結果をたどるにしても、このような自由な時間はもう訪れないでしょう。
「では……最後の猶予期間、目一杯楽しみましょうか」
「……ああ、そうだな!」
ぱん、と手をたたいて気分を切り替えた私の言葉に、玲史さんの脚も、少し早まるのでした。
「あ、イリスー、こっちこっち!」
校庭をきょろきょろと眺めていると……そんな呼び声と共に、見慣れた黒髪の女の子が二人近寄ってきます。
ですが、その後ろで「あ、おい」と二人に何か言いかけながら、しかし私の後ろにいる玲史さんの姿を見かけそそくさと退散したのは……
「えっと……ナンパの男の人?」
「そうなの、困っちゃうよねぇ」
「まぁ、綾芽ちゃんは可愛いもんね」
「はー……ほんっと面倒。早く『ソール』に戻りたいわ」
よほど対応が面倒なのでしょう。ばりばりを苛立たし気に頭を掻く綾芽でしたが……しかし。
「……でも、あっちはあっちで女の子に囲まれませんか、王子様?」
「そうなのよねぇ……」
私の言葉に、がっくりと肩を落とす綾芽。そんな様子を、梨深ちゃんは少し後ろで苦笑して眺めていました。
「……で、どうする? あんた達のお邪魔なようなら私たちは私たちで退散するけどぉ?」
「そっ……!?」
ニヤニヤしながらの綾芽の言葉に、思わず驚いて変な声が出る。
「……そんなことは無いですから、せっかくの機会だし一緒に回りましょうよ」
「はいはい、意地悪が過ぎたわ、ごめんごめん」
そういって、拗ねたふりをして頬を膨らませる私の頭を撫でてくる綾芽。その様子に、私はずっと気になっていたのですが……
「……綾芽、こっちでも完全に私を妹扱いしてない?」
「むしろ、私としてはずっとお姉ちゃんって呼んでほしいんだけど」
「目がこれ以上ないくらいマジですね……」
何やら闇を感じさせる、その見ようによっては病んでいるように見えた瞳に……怖くなった私はそれ以上の追及はしないし、甘んじて妹役を受け入れることも誓うのでした。
「はは……それで、どこに行く?」
「はい、私は焼きそばを所望します!」
「おっけー、それじゃ適当に探すかぁ」
玲史さんの問いかけに、真っ先にしゅばっと手を挙げて答える私。『向こう』には焼きそばに該当する料理がなかったので、先ほどからいずこかから漂ってくるソースの焼ける香りにもう辛抱ならないのです。
そんな、目を輝かせてやきそば、やきそばと連呼する私の様子に皆が苦笑しながら……私たち四人は連れ立って、運動部による屋台村化している校庭を回り始めるのでした――……
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