踏み出す足

 ―-高校生活も、早くも一週間が経過したある日の放課後。


「それじゃみんな、授業のあとだけど、もう再来週に迫った文化祭の話し合いをするわよ!」


 今日の授業も全部終わって、いつも通りにそれぞれ部活や帰宅へ向かおうとするクラスメイトたちでしたが……そんな中でこの日はいつもと違い、一人の少女の声に、またぞろぞろと自分の席へと戻っていく。


 そんなクラスの様子に……事情が分からない私は首を傾げ、場を取り仕切っている少女へ挙手しながら質問を投げかけます。 


「文化祭……ですか?」

「あっと……そうだった、イリスさんはまだクラスの出し物が決定したときには、編入していなかったわね」


 はっと、ばつが悪そうに私へと語りかけてくるその少女は、自分がこのクラスの文化祭の実行委員長だと自己紹介したあと、事情を説明してくれます。


「えっとね……うちのクラスは、教室で喫茶店をやることになったの」


「倍率高くて大変だったんだよなぁ」

「やっぱり店舗経営の体験ができるし、何より楽しそうで毎年希望するクラスが多いもんねー」

「下手すると全部店ばっかりになって揉めるから制限を設けられたんだ」


 クラスの皆が一斉に説明をしてくれて、私は目を瞬かせながらもどうにか事情を理解しました。


「それは、とても楽しそうですね。ですが……すみません、私はあまりお力にはなれなさそうです……」


 車椅子で店内を動き回るのは、さすがに店員さんとお客さん、どちらの邪魔にもなってしまいそうです。そのため……残念ですが私は、何か裏方の仕事を探すしかないでしょう。


 ……と、思っていたのですが。


「大丈夫、イリスさんは廊下で客寄せの看板を掲げて笑ってくれているだけでも、集客効果はバツグンだから!」

「は、はぁ……そういうものですか?」

「ええ、もちろん! だから当日はよろしくね!」


 ぐっと拳に力を込めて力説する実行委員長の少女に、私は「いいのかなぁ……」と思いつつも、ただ圧倒されて頷くのでした。





 ◇


「……というわけで、何とかならないでしょうか?」



 そう、目の前で机に肘をつき、私の話を聞いていた人物……私の父親であるアウレオさんに尋ねる。


 私が今居るのは、学園の大学部にある父の研究室。何か文化祭に参加する上で良い知恵がないかと考えて、真っ先に思いついたのがここだったのでした。

 てっきり相手にされないかと思いつつの、駄目で元々な相談でしたが……意外にも、彼は真剣な顔で最後まで私の話を聞いてくれて、その上で何かを思案し始めました。



「……だそうだ。古谷君、私の娘はきみの研究の、絶好の被験者ではないかね?」

「ええ、驚きました。諸々の問題点の洗い直しも終わって、あとは実際の現場での実用性の検証だったのですが……」


 アウレオさんの問いかけに返答したのは……この研究室のゼミ生らしき、同じ部屋で黙って話を聞いていた男女のうち、眼鏡をかけた怜悧な雰囲気の青年のほうでした。


「紹介しよう、彼は『古谷要ふるや かなめ』君。私の研究室の学院生で、私と共同での開発をしてもらっている」

「あるもの……ですか?」

「はい。実際に見てもらった方が早いのですが……茜くん、彼女に、試作機の最新バージョンを。支度をお願いしていいかな、流石にこれは女の子同士じゃないと駄目だろうからね」

「はい、了解です要先輩。それじゃ、えぇと……イリスちゃん。隣の部屋に来てもらっていいかしら?」

「あ、おい……」

「大丈夫よ、彼氏さん。悪いようにはしないからー」


 そう、慌てて引き留めようとした玲史さんをやんわりと手で制して私の車椅子を押し始めた彼女に、私は何がなんだかわからないままに隣室へと連行されるのでした。



 ……というわけで、よくわからないままに何かの実験機械を身につけさせられた私。


 一度制服を脱がせられて、簡易ベッドにうつ伏せに横たわる私に取り付けられたのは……腰から下、脚を後ろから抱くように包み込む、金属のフレーム。

 この結構細いフレームは、しかし腰と膝、そして足首をしっかりと固定しているようで、案外と頑丈そうでした。


 そして……首輪のように首をぐるっと覆うゴツい機械と、左耳にかけられたヘッドセット型の機械。首の機械からはコードが制服の下を通り、腰のフレームへと伸びていました。




「それじゃあ、体を起こしますね。どこか具合悪いとかは無い?」

「だ、大丈夫です……」


 ひとしきり装置を身につけさせられたあとは元通りに制服を着せてもらい、寝そべった状態からベッドに腰掛けるように体位を移動させられながら、気遣わしげな彼女へと返答を返す。

 そうこうしている間に、準備できたわよと隣室に声をかける彼女の声を受けて、玲史さんたち男性陣もこちらの部屋へと入ってきます。


「あの……それで、この機械は一体」

「これは、彼の卒業制作の一環で、私と共同制作している試作品だ」


 そう言って、アウレオさんは要さんに「発表会の練習だ、君が説明したまえ」と促す。すると彼は頷き、ようやく解説を始めてくれました。


「まず……首の機械は、脳との情報のやり取りをする新機軸のマン・マシン・インターフェースです。ヘッドセットは音声入力用のマイクと、視覚に情報を伝達しARで情報を伝えるためのデバイスになります」


 そう言って彼は、私の首の機械、スイッチらしきボタンを押す。

 すると突然、眼前の何もない空間にパソコンの起動画面のようなものが表示され、私は思わず、わ、わ、と驚きの声を漏らしてしまいました。


「今はまだ試作段階で大型化してしまっているのですが、いずれは小型化して、スマートフォンやパソコンのように普及させられたらと思っています」


 タブレット端末で何か操作しながら、色々と装置の使い方を解説してくれる要さん。

 指示通りにウィンドウに指を這わせると、かすかに触れるような仮想の触感とともに、眼前に浮かぶウインドゥが操作できる。その近未来的な様子に私は思わず「おぉ……」と感嘆の声を漏らすのですが……もしやと思い、質問してみます。


「はぁ……これは、フルダイブVR技術の応用ですか?」

「はい。本人は覚醒状態のまま、視覚や聴覚などの感覚野へと情報のやり取りをする機能だけ限定して作動させています」

「技術的にはフルダイブシステムの下位互換ではあるがな。応用範囲ではこちらの方に軍配が上がるだろうくらい、さまざまなことに利用できる。それこそ世界の有りようが一変するほどな」


 そう、いつもの仏頂面ではなくどこか自慢げに語るアウレオさんに、はー、と思わずため息をつきます。これが、私が初めて見るアウレオさん……父の、本領である研究者の顔だと、今更ながら知りました。


「それでは……この私の脚を覆っている物々しい機械は?」

「下半身のフレームは、君の、怪我によって腰椎で損傷している神経の信号を増幅し、下肢へと伝える役目をしてくれる。また、足りない筋力もそのフレームが補ってくれる。いわゆる強化外骨格というやつですね」

「えっと……パワードスーツ?」

「一応、医療機器として開発しているため、発揮できる力には平均的な成人女性以下のリミッターを設けていますが……概ねそんな感じです」


 そう、眼鏡の位置を直しながらこちらも自慢げに説明してくれる要さん。

 そうこうしている間にも準備は進み、私の視界には『身体データを取得中です』というメッセージと共に、工程が何パーセント進んだかを示すバーが伸びていました。


 やがて数分でそれも終わり、『セットアップが完了しました』という表示と共に……キュイ、と小さなモーター音を上げて、魔法により強化を施していない、動かないはずだった私の脚が、ぴりっとかすかな電気刺激が走ったショックにより、僅かに浮いた。


 驚愕に目を見開く私と玲史さんでしたが、アウレオさんと要さんは、立ちあがってみろと促してくる。

 ベッドの上で姿勢を変え、脚を床に下ろして……恐る恐る、ベッドから腰を浮かす。すると……


「……立てた」


 しっかりと床を踏みしめて、直立する私の両足。


 機械を介して私の意志が私の脚へと伝わって、足りない筋力は機械で補われ、魔法という超常の力による助けが無くとも膝を折ることなく、私の体重を支えていた。

 そのまま、数歩ゆっくりと歩いてみると……やはり、きゅい、きゅいと小さなモーター音を上げながらも、私の思うとおりに脚が動く。


「レイジさん、私、今、魔法抜きの自分の脚で立ててます……!」

「ああ……! マジか、畜生、まじかよ……!」


 十何年ぶりに、自由に力を伝えて動く私の脚。

 感極まって、おもわず玲史さんの懐へと飛び込んでしまった私を……長い間そばで支え続けてくれていた彼も、喜びに震える声を漏らしながら、強く抱きしめてくれたのでした――……

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