世界を繋ぐ楔  


 ティティリアさんの件はひとまず保留となり……次に私は、玲史さんと共に開発室へと呼ばれました。



 そこでは……



『お久しぶりです、御子姫様』

「え、教皇様!?」


 アイレイン教団の実質的なトップ、そして真竜パーサ様の幻体である教皇様が、画面の向こうからにこやかに挨拶をしてきたのでした。





 ◇


「……では、現時点で十王に動きは無いのですね?」


 各国の軍はそれぞれ自領に退去……そして展開する国軍を囮に、秘密裏にアクロシティにデータの存在しないイスアーレスの新造艦『プロメテウス』へと戦力を集めているという三国。


 それに対して……アクロシティは全ての戦力をシティに集め、籠城の構えを取っている、とのことでした。



『私たち真竜は、向こうが最高権限を持つ御子姫リィリス様を抑えている以上は、より上位権限を有する貴女が帰還しない限り動くことはできませんし……今の十王がリィリス様の身体に居る以上は、向こうの弱点も貴女と一緒ですからね』

「つまり……直接戦闘には向いていないという事ですね?」


 私も、リィリスさんも、自衛能力は極めて低く……そのために私にとってのレイジさん、リィリスさんにとってのリュケイオンさんという、身辺を守護する騎士が必要だったのですから。


『はい、これは治癒に特化している御子姫の宿命みたいなものですからね。特に十王側は、アクロシティの戦闘要員がフレデリック総司令官と共に失踪したため、自律兵器以外の戦力もほぼ無い状態ですから』

「つまり……私や、害意がある者がいた場合、下手に征伐に出て身の回りの護りを薄くするよりは、自律兵器に手間取っている間に『天の焔』で焼き払えば良い、というわけですか」

「でもよ教皇様、それは、向こうにとっても三国にいくらでも準備時間を与えることにならねぇか?」


 そう、疑問を口にする玲史さんですが……しかし、教皇様は苦い顔で首を横に振りました。


『残念ながら……彼には、天の焔の他に、もう一つ最強の武器を手にしています』


 そう、深刻な表情で語る教皇様。それは、つまり……


「……時間、ですね?」

『はい。天の焔の威力は、すでに民衆に示されました。あとは、いつあれが空から狙っているかという圧力を掛け続けるだけで、我らの側は疲弊し……やがて世論は、こんな状況が続くくらいならばと恭順を望む者が増えていくでしょう。そしてそれは、私たちの側が有利になる時間よりも、ずっと短い』


 全てを変える超兵器は、実際に撃つ必要は無い。ただその脅威をチラつかせ、いつでも撃てるということを仄めかせるだけで良い……こちらの世界で言う核兵器と同じ理論でした。


 実際、すでにそんな声は出始めていますと、そう締める教皇様の言葉に、重い沈黙が降りる。


「全く、男らしくない連中だぜ」

『はは、それはそうでしょう。でなければ、女性の体を奪って盾にするなどとてもとても』


 玲史さんの愚痴に、穏やかな微笑のまま、さらりと猛毒を吐く教皇様。


「……あんた、結構言うな」

『ええ、私も怒っていますので。女性は尊重する主義なんですよ、私』


 そう語る教皇様でしたが……たしかに、彼は教団の中で女性の学業を推進し解放論を唱える、正しい意味でのフェミニストであった事を思い出す私なのでした。





 ……と、お互いの状況について情報交換をした後。


 私は、ここまでずっと疑問だったことを口にします。


「それで……何故、そちらと通信が?」

「それは、新しい『ワールドゲート』の起動テストだからです」


 そう返事を返してきたのはこちら側、今もパソコンに向かい作業をしている満月さんでした。


「今は、僕が向こうで学んだ知識も投入して、テイアとの相互リンクのテスト中です」

「相互リンク?」

「ええ。今までの『ワールドゲート』はこちらから『白の書』を酷使して無理矢理通信を割り込ませることで皆さんの転送をしていましたから、書を設置してあるサーバーに掛かる負荷が非常に強かったんです。だから、一度転送してしまうとそのたびにダウンしてしまい、しばらく使用できなくなっていました」

『ですので、今度はこちら側とそちら側にテイアの出張端末を用意して、その間で常に細い経路を維持しておくことで転送時の負荷を減らそう、という試みです』


 そう満月さんの後を継いだ教皇様の言葉に……細かな理屈はきっと理解できないだろうと、私は端的に結論について尋ねます。


「それは……成功すれば、もっと頻繁にあちらとこちらを行き来ができるということですか?」

「はい、もちろん限度はありますけどね。だだ……テイアとリンクして経路を維持するには、何か、もしくはがが常に双方で接続状態にある必要があります」


 私の質問に答えつつ、問題点について語る満月さん。その言葉に、真っ先に挙手したのはやはりというか、アウレオさんでした。


「満月主任。それは、スパコン等での代用は不可能なのかね?

「はい……その時々のデータでは測りきれない変化に応じて感覚的に調整を行うことができる、高度な情報処理能力……それも、純粋なスーパーコンピューターではなく、が望ましいと思います」


 そう、苦い表情で問題点を告げる満月さん。


「それは、つまり……」

「はい、向こう側はパーサ様が快諾してくれましたので、こちらに誰か『楔』として残らないといけませんね。テイアと一定以上の縁のある方が」


 となれば、必ず向こうへ行かなければならない私は最優先で却下でしょう。ならば自分が、とは今回ばかりは言えません。

 真っ先に手を挙げようとしていたのはまたもアウレオさんですが……しかし、それを制する人が居ました。


「……ま、我が妥当であろうな」

「アマリリス様?」


 予想外のところから上がった声に、私は思わず疑問の声を上げる。


「我は、お主ら脆弱なヒトに比べたら遥かに耐用年数が長いじゃろうし、遥かにしぶとい生物じゃ。ゆえにポッと死んでリンク途絶、なんてこともせぬからな、楔としては最適任じゃろ?」

「それは、そうですが……アマリリス様は、それでいいのですか?」


 彼女は、私たちよりも生物として遥かに長命、かつ頑強な種族、ノーブルレッドです。

 そのため彼女の言葉には一理ありますが……それは、もう彼女は『楔』の役割を果たしている間、向こうに帰還することができなくなるということ。


 それを、向こうで生まれた方に強要するというのは、あまりにも……と思う私たちでしたが。


「構わん構わん。長く生きた我にとって、未練などというものはあまりない。むしろこちらの方が刺激的そうで良いわい」


 しかし、私たちの心配など無用とばかりに、そう笑い飛ばしているアマリリス様。


「それに……楔から解放されたくなったのならば、のであろう? 『経路』を維持、保守するパーサの爺いと接続する端末を」

「……あの、アマリリス様。それはテイアや真龍種並みの演算能力を保有する情報生命体を創造するということなのですが……」


 何ということもないとばかりに言い放ったアマリリス様に、満月さんが苦笑いしながらツッコミを入れます。


 それは、聞くだけで途方もないことに思えますが……


「フフ、ハハハッ、結構な事ではないか、引退後のついのライフワークとして、実にやりがいがありそうじゃな!」


 そう、呵呵と笑い飛ばすアマリリス様に、皆がしょうがいなぁと苦笑する。


「……仕方ないですね、僕もお付き合いしますよ」

「ああ、私も可能な限り支援しよう」


 そう、満月さんとアウレオさんが同意し……こうして、アマリリス様がこちらに『楔』として残ることが決定したのでした。


「では……そんなわけで、パーサ爺い、やってくれて構わんぞ」


 そう告げるアマリリス様に、画面の向こうで推移を見守っていた教皇様の雰囲気が変化しました。それは……ここからの作業のため、パーサ様本人に入れ替わったのでしょう。


『うむ……では、始めるとしよう。すまぬが他の者たちは数日、この部屋からは席を外してもらいたい』

「という訳じゃから、我はしばらく引き篭もるとしよう。なに、年寄りの長話を聞いておったらあっという間じゃろうがな」


 そう言って、シッシッ、と私たちを開発室から追い出すアマリリス様。そんな彼女に……


「本当に、何から何までありがとうございます、アマリリス様」

「……ふん、良いからさっさと出て行け、馬鹿者」


 深く頭を下げる私に、彼女は照れ臭そうにはにかみながら、そう言ってそっぽを向くのでした。

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