剣聖 vs 騎士王①

「それでは……いってらっしゃいませ、二人とも」

「ああ」

「行ってくる」


 私の言葉にそれぞれ緊張した様子で返事をした二人が、それぞれ歩き出す……へ。


 そんな二人を、通路の先に姿が消えるまで見送った頃。


「……イリスリーア殿下、そろそろ貴賓席へ」

「……はい」


 背後に控えていたレニィさんと数名の騎士に促され、すっかり慣れてしまった貴賓席への道を戻る。


 そこには、心配そうな顔をしたアルフガルド陛下とアンネリーゼ妃殿下が、そわそわとしながら待っていました。


「おお……戻ったか、イリスリーア」

「やはり、二人の事が心配ですか?」

「はい……ですが、二人が承知の上で決めた事なので、きちんと見届けるつもりです」


 その真っ直ぐ彼らの方を見て告げると、王妃様が、私のことを労わるように軽く抱きしめてくれます。


「全く……これだから男性というのは困ったものです。私達の心配など御構い無しなんですから」


 昔はあなたもそうでしたねと、横にいるアルフガルド陛下に視線を送る王妃様。

 そんな視線に困ったように目を逸らしているアルフガルド陛下に思わず苦笑しながら、私も自分の席に着く。


 その陛下たちとの間が、妙に寂しく感じられた。

 本来、そこに居るはずのユリウス殿下の姿が無く、椅子が一つ空席なせいだ。


「それで、陛下、王妃様……その、ユリウス殿下の事は……」


 昨夜、ユリウス殿下とアンジェリカちゃんが、姿を消した。


 騒ぎの中でもたらされたのは、スノーが届けてくれた、ハヤト君からの無事を知らせるメッセージと……何か事件に巻き込まれて戻れないという事。


 スノーにはそのまま子供二人の護衛を頼んで戻ってもらい、今はこうして何事も無く続けられる武の祭典へと出席していた私たちでしたが……


 それでもやはり、実の子が行方知らずな陛下たちは心ここに在らずという様子でした。なので心配して声を掛ける。


「うむ……確かに心配だが……」

「あなたの信頼する子が護衛についているのでしょう、ならば信じます」


 そう毅然とした態度で答える王妃様でしたが……それでもやはり、お二人に滲む心労は隠せていませんでした。


「いけませんね。ユリウスの事を実の弟のように可愛がってくれている貴女も……いえ、貴女こそ心配事が私達などより多いでしょうに」

「彼らは……やはり、本気でぶつかり合うつもりなのだな」

「ええ……一度決めたら譲らない人達ですから」


 そんな二人の労りの言葉に、苦笑して返す。

 丁度、そんな時だった。


『――大変長らくお待たせしました、大闘華祭、フレッシュマンの部もいよいよ大詰め、準決勝となる今日ぶつかり合うのは……まずは今大会を良い意味で荒らしてくれたこの二人、ソールクエス殿下とレイジ選手だぁ……ッ!!』


 司会のお姉さんの声と共に、会場が熱狂的な声援に包まれた。そんな中、選手入場口から姿を現わす二人。


 ――本当に戦うのだ、あの二人が。


 そんな実感と共に胸を締め付けられる思いがして、ギュッと服の胸元を握って動悸を鎮めようとする。


 二人の間に流れるのは、今は信頼ではなく緊張した雰囲気。


 そのいつもと同じはずなのに違う二人の姿を、貴賓席の手摺を手が白くなるほど握りしめて、身を乗り出すようにして眺める。




 ソール兄様……綾芽はPvPが好きではないため、てっきり「お互い消耗し合うのは無駄だ」と言い出して、適当に見栄えの良い闘いを演じて退場するつもりだと思っていました。普段ならばそうした筈です。


 だけど……先程纏っていた張り詰めた空気が、今日は本気で戦うつもりなのだと語っていました。

 そして……それを、レイジさんはどこか嬉しそうに受け止めていた事も分かった。




 だから、見守る事にした。聖女のお姉様方の所に出向き、この試合後の治療だけは私にやらせてほしいと頼み込みもして。


『それでは……双方、気合い充分と言った様子ですので、早速始めていきましょう! 準決勝第一試合……レディ、ゴー!! ってきゃあ!?』


 司会のお姉さんの掛け声に被せるように、試合開始のゴングが鳴る。


 それとほぼ同時に……炎と雷、異なる属性を纏って目にも留まらぬ速さで飛び出した二人がリング中央でぶつかり合い、発生した熱と突風に会場中から悲鳴と歓声が上がるのでした――……






 ◇


 立て続けに鳴り響く、刃がぶつかり合う激しい音。

 剣が振るわれるたびに巻き上がる旋風と、それに乗ってまるで精霊がダンスをしているように踊り狂う火花と閃光。

 リング中央に止まり、一息に無数の剣閃を交えるような二人の闘いは、双方が一歩も引かぬ意地と意地の張り合いの様相を呈していた。






 私は、単純に剣で戦った場合、強いのは向こう……レイジの方だと思っていた。

 そして実際にこうして真剣勝負となり、その予想は間違えていなかったと痛感している。


 ――やはり、強い。


 長剣と短剣、取り回しの良い二刀のこちらの方が小回りの効く筈なのに、レイジは大剣を器用に操って、うまくいなしていく。


 こうして相対していると、レイジの戦闘センスというのがいかに非凡なのかがよく分かる。

 どれだけ激しく切り結んでいても、僅かに隙をみせるとその間隙を縫って、こちらの想定外の鋭い攻撃が飛んでくる。

 ここまで、そのせいで何度かヒヤリとするような場面があり、それは徐々に間隔を狭めて襲ってきていた。


 ――怖いな、本当に。


 今はまだ対応できているが、徐々に、こちらの攻撃パターンを見切った行動が増えてきている。

 先程まで有効だった攻撃パターンは数秒後には使えなくなる。徐々にこちらの手が潰されていき、行動の幅が狭まっていく。


「……本当、お前は大した奴だよ、レイジ……ッ!!」


 レイジが、僅かにこちらが追い遅れた隙に、こちらの剣の射程外へと退がるように軸足はそのまま後ろへ踏み込む。

 同時に引いたレイジの『アルヴェンティア』に、チロチロと紅い炎が灯ったのが見えた。


「っ、『ライトニング・ヴェイパー』……ッ!!」

「『砲、閃、華』ァッ!!」


 咄嗟にこちらも剣を引き、雷光纏う刺突を繰り出す。同時に放たれたレイジの剣が、猛火を纏いぶつかり合った。


「……くッ!?」

「……うわ!?」


 お互いの中間で激しくぶつかり合った雷と炎が衝撃に耐えかねて炸裂し、極小規模の核熱マナ・バースト反応を生じさせた。その眩い閃光と高熱を伴う衝撃波に、吹き飛ばされるようにレイジとの距離が離れる。


『おおっと、両者吹き飛ばされた! 双方一歩も引かぬ猛攻でしたが、これは一度仕切り直しか……!?』


 視界のお姉さんの声が、遠い。

 絶え間ない剣戟と、極限まで集中を強いられた事で、まだ始まって数分だというのに息が上がり始めていた。


 こうして離れて対峙しているだけなのに、額から滝のように流れる汗が止まらない。


 一手ミスれば即負ける……そんな強迫観念にも似た重圧が、ただ対面しているだけで、体力を削っていく。


 先程とは打って変わってシンと静まり返った会場は、ビリビリと振動すら感じそうな緊張感に支配されていた。





 ――何故、こんな辛い思いまでして、こんなマジになって戦っているのだろう。




 不意に、首をもたげてしまう疑問。

 分かっているのだ、ここで疲弊するのもさせるのも、得策ではないのだと。


 レイジとイリスの恋路は、自分も応援している。自分たちが戦う必要が、どこにあるというのだ。

 この後控えているのが斉天さんでもハスターという彼でも、きっと苦戦は必至であろう事が予想される以上、こんな試合適当に流して素直に通してやるべきなのだという事は、重々承知のはずなのに。


 だが、今の自分は、自分でも思っていなかった渇望に突き動かされていた。




 ――勝ちたい。この人に。




 ずっと自分たちの先頭を進んできた背中。

 その背中を超えたいという強い欲求が、闘争本能となって心を焦がす。


 あるいはそれは、自分が守りたかった相手を任せる事に対する、意地と嫉妬から来る最後の抵抗……つまり「妹はやらん!」という奴なのかもしれない。


 無意味だ。

 非合理的だ。


 理性は、この闘いに対して全力で非難の声を発している。だが……そんな理性を、今だけは圧し殺す。


「むざむざ負けたいわけじゃないんだ、私も……!」


 睨む闘技場の対面から、七つの光輝が生まれる。

 その輝きに、否が応でも顔が引き攣るのを感じた。


 ――あれは……レイジの『剣軍』!


 視界に映る光り輝く七本の剣、その威力は何度も目にして嫌というほど知っていた。


 故に……それを目にした瞬間、叫んでいた。


「――来い、『黒星』!!」


 私の周囲に出現した、六つの黒い球体。


 それらが宙を飛翔し、複雑な軌跡を描き迫ってくる、レイジの放つ光剣とぶつかり合った。


 だが……剣軍七本に対し、黒星は六つ。

 残る剣軍の一本はどこに……と考えるより先に、叫ぶ。


「『エッジ・ザ・ライトニング』!!」


 手にした剣が雷光の刃を形成する。

 同時に、剣に合わせて突っ込んできたレイジが左手に構えた『剣』を、こちらも左手の『アルトリウス』を軸に作成したばかりの、形成途中の雷光の刃で迎え撃つ。




 ――閃光、そして衝撃。




 立て続けに炸裂した『剣軍』と『黒星』がぶつかり合った結果として巻き起こる衝撃が、その時たしかに、大闘技場を揺るがしたのだった――……

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