剣聖 vs 騎士王②
立て続けに会場を揺るがす、黒星と剣軍がぶつかり合い、対消滅する衝撃。
観客席から無数の悲鳴が上がる中、その七つの衝撃の中心で、私の左手にあるアルトリウスを軸に形成された『エッジ・ザ・ライトニング』と、レイジの左手の『剣』がぶつかり合い、八つ目の衝撃が私達の中間で炸裂した。
身体を叩く衝撃による痛みに耐えながら、それに乗じ距離を取……
――ったら、負ける。
それは、直感。
だが、絶対的な敗北の気配に、ぐっと下がりかけた脚を叱咤し踏み止まる。
「『スパイラル・チャージ』……ッ!!」
理屈も、何もあったものではない。こんな物はただの、直感任せのブッパでしかない目標も何も無いがむしゃらな突き。
しかし、螺旋を描いて雷光を纏う、抉りこむような刺突の先で、衝撃を突き破って突っ込んで来るレイジの姿が現れた。
その驚愕に見開かれた目がすぐに鋭く細められ、アルヴェンティアを構えるレイジの腕が、矢のように引き絞られる。
「『イグナイテッド・チャージ』……ッ!」
全く同じ軌跡、同じ軌道で放たれた、こちらのドリルのように穿ち進む雷光の逆回り、リーマーのような螺旋を描く爆炎。
ぶつかり合い、両者拮抗したその一撃はお互いに絡み合い、喰い合い、やがて消えた。
だが、それでも私たちは止まらない。間近に迫ったお互いの顔に向けて、頭を振り下ろし……
――ガンッ、と凄まじく痛そうな音が、会場に響いた。
一瞬意識が飛びそうになるほどの衝撃。
視界の端に小さく映るイリスが、顔を青ざめさせ口元を覆っているのを見るに、どうやらそれほど遠くまで音が聞こえていたようだ。大したものじゃないかと思考の隅で考える。
しかし、まだ止まるわけにはいかない。
仰け反った反動で、さらに頭を振りかぶり、全く同じ動作をしているレイジに向けて、再度振り下ろす。
――ガキィン!! という、おおよそ人体がぶつかり合ったとは思えない硬質な音が響いた。
しかし、それは額に闘気を集中させた結果。
額が破れ粘性のある液体が鼻梁を伝うが、一発目よりむしろダメージは小さい。
だからこそ、見えた。目と鼻の先にあるレイジの目、そこに浮かぶ色に。
――楽しいな。
そんな、このような殴り合いをしているというのに、子供が遊んでいるような真っ直ぐな目。
その目に苦笑を浮かべつつ、三度目の頭突きに備えて振りかぶり……
「『インビジブル・シールド』……ッ!」
振り下ろす……そのギリギリ直前に展開した私の魔法障壁に、レイジが目を剥いて振り下ろしかけた頭突きを止めた。
――あいにく、私はレイジみたいな熱血漢じゃない……!
倒れる最後の時までこのままパチき合うなんて、痛そうな真似は絶対にゴメンだ。
「負けてから、『正々堂々正面から全力でぶつかったなら悔いはない』なんて、真っ平御免なのよ、私は……ッ!!」
吠えながら、足の止まったレイジの、魔法障壁の陰という死角……足元からすくい上げるような、左右二連の斬撃。
慌てて飛んで避けたレイジが、空気が弾ける音を鳴らしながら宙を蹴って離れていく。
…………え? 何それ?
私みたいに背に翼がある訳でもないのに、エアダッシュとか始めましたよこのお兄さん。
呆気にとられかけるも、離れてくれるのならば好都合だと瞬時に気を取り直して詠唱を始める。
――きっと、その時の私の顔は……まるで「計画通り」とでも言いたげな悪い顔をしていた事だろう。
「……――
詠唱が進む。
その私が唱えている魔法に、上空に居るレイジの目が驚愕に見開かれ、慌てて突っ込んで来るが、もう遅い。私の背に、複雑な魔法陣が拡がった気配を感じた。
「――
――閃光。
人の背丈を優に超える紫電の束が、会場を真っ白に染め上げ、一斉に放たれた。
――前衛職には使用出来るはずがない、二次魔法職の最高位攻撃魔法。それは当然、タンク職である私に使用出来るものではない……筈だった。
実際、職の恩恵で自動的に習得した物ではない。レオンハルト辺境伯から『フルインストール』を模倣する過程で、一から魔法理論を学び覚えた成果の一つ。
イリスから聞いた加護紋章による補助の無い、全てマニュアル操作の大魔法だ。
収束が甘い。
ロスが多い。
魔力伝導効率が悪い。
他にも問題点を挙げればキリがないだろう。
辛うじて起動できたというだけの、本職であるミリアムが見たら、鼻で笑うであろう程度……おそらく威力的には本家の十分の一もあればいいほうであろう、その魔法。
だが……広範囲に突き進むその閃光を、空中で逃れられる術はない。
たとえどれだけ劣化していようが、人一人気絶させるには十分すぎる威力を持ったその閃光が、レイジを飲み込んだ。
――勝った。
そう、高揚感と僅かな後悔が胸に去来した、その時だった。
閃光……八条の、まるでレイジを中心とし蜘蛛の脚のように広がった閃光によって、雷光が千々に引き裂かれたのは。
「……今日二度目の……剣……軍……?」
呆然と、上空に居るレイジが振るったアルヴェンティア以外の、七閃の光剣を眺める。
雷光に飲まれる瞬間に『剣軍』を呼び出して、その剣を前方に円錐形に並べて雷光を凌ぎ、弱まった瞬間を狙って切り払ったのだと、そんな理論的なことはすぐに理解した。
確かに魔法の力場であり、本質的には防御魔法に近いあの技ならば、理論的には可能であろうという事も、理解できる。
だが……それは、あまりに信じがたいことでもあった。
レイジの切り札である『剣軍』は、再使用までの時間が長い。それは、私の『黒星』と同じ、だいたい丸一日。
故に、もうあれが来る事は無いと、先入観によってすっかり思いこんでいた。それはまるで、私が『ライトニング・デトネイター』を隠していたのと同じように。
よく見れば、その『剣』一本一本はとても短い。長さもまちまちで、最長でもせいぜいショートソードくらいしか無い。
それは、レイジがこの技を加護紋章の補助なしで、マニュアル起動した事を示していた。
……だが、ただ一閃をアルヴェンティアを含め一瞬で八回。
雷光を切り裂くため、ただそれだけを行うには、十分だった。
何という事はない……私は、先程のだまし討ちと全く同じ事をレイジにやり返されたのだ。
――敵わないなぁ……
そんな事を考えるも、戦闘はまだ終わっていない、慌てて構え直す。
「ソールッ!!」
「っ、レイジ……ッ!!」
こちらを飛び越えて、背後に着地するレイジ。
慌てて振り返り、剣を振るう。
その時にはもう、視界の隅にはこちらに迫って来ているレイジの姿があった。
――静寂。
こちらの剣は、レイジの両肩を貫くかなり手前で止まっていた。
対してレイジの大剣は……こちらの喉元、紙一重の位置に、切っ先を固定していた。
「……参った、私の負けだ」
これが殺し合いならば、私が先に動こうがレイジの剣は私の命を奪うであろう。完敗だと苦笑して、両手の剣を手放し降参する。
「私に勝ったんだ。絶対に次も勝てよ、レイジ」
「……ああ、わかった」
レイジに向けて拳を突き出すと、額から血を流しながらもニッと少年のような笑みを浮かべ、ごつんと拳を合わせて来るレイジ。
――終わった。
人前で、人間相手に戦う事の緊張から解き放たれた解放感と、等量の悔しさから、全身から力が抜けて座り込む。
今回は特別だ、もう、こんな事はやりたくない。
やはり私はPvPは嫌いなんだと思い知った。
『決着ーッ!! 凄まじい、お互いの意地がぶつかり合うような両者譲らぬ大激戦でしたが、制したのはレイジ選手ーッッ!!』
興奮気味な司会のお姉さんの、試合終了のコール。
同時に、会場を今大会で最も大きな拍手が埋め尽くし、私の大会は終わりを迎えるのだった――……
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