最強の矛と盾

「……『ここに全ての集う道照らす光。有れ』……この一戦に全てを賭して、照らせ、『聖戦ジハド』……ッ!!」


 私の背後に浮遊した『アストラルレイザーⅡ』と、そして頭上に冠した『ルミナリエの光冠』が、皆の潜在能力を限界まで引き出して、それぞれ上位種族として覚醒させる。


「よし、これなら……っ!」

「敵首魁、覚悟である……!!」

「さっさと、終わらせるわよ……!」


 飛び掛かるレイジさん、斉天さん、そして桔梗さんの高火力組。

 そのバフも限界まで載せた煌めくエフェクトの攻撃と、マザーの周囲に張り巡らされた障壁がぶつかり合いせめぎ合う……かと思われた未来予測図は、しかし。


「な……っ!?」

「これは、面妖な手答えであるな……ッ!?」

「何、これ、斬った感触が何もないわよぉ?」


 三人の、それぞれ必殺の勢いを込めた一撃は――しかし、障壁に何の手答えもなく素通りした様に見えました。


『『『クク、ハハハ……無駄無駄ぁッ! どれだけ力があろうが、全ての力を吸収し無効化するこの“アブソリュートディフェンス”は、抜けはしない!!』』


『アブソリュートディフェンス……!』

『大シェルター、イグドラシルのあの防衛機構か……!』


 騒然となる、フギンさんとムニンさん。


 以前叔父様に聞いた、ノールグラシエ王都イグドラシルの機構の話。


 確か、受けた外部からの衝撃を全てエネルギーに相転移しエネルギープールに受け流すことで、容量が満タンになるまで全てのダメージを無効化する防御結界。


 イグドラシルのそれはクリスタルパレスを通じ湖に流されそこで保存しゆっくりと消化されているはずですが、こちらは……


「アクロシティそのものがエネルギープールですか……!」

『『『くはは、意外に頭が回るな御子姫、その通りだ! 容量はそれこそ世界を支えることができるだけのもの、貴様らなどに打ち破れると思うなッ!!』』』


 ギリっと唇を噛む。

 それにもし、たとえ抜けるだけの火力があったとしても、それによってダメージを受けるのがアクロシティな以上、私たちにはその選択を取れないのを知っての言葉だと分かってしまう。


『『『そして――ッ! お前たちの小話に最強の盾と最強の矛、どちらが強いか比べる話があったそうだな! 決まっている、なのだとッ!!』』』


 そんな十王の叫びと共に、マザーの腹部装甲が展開する。

 そこにあったのは……知っているものとは全くサイズが違うけれど、それは確かに嫌というほど見覚えのある、眼球のような形の発信器。


「まさか――!」

『『『その通りだ、本来ならば新たに建造など、ましてや起動などできなかったが……ハハハ、この御子姫の体は素晴らしい、全てのセキュリティをスルー可能とは実に気分がいいものじゃあないか!』』』



 天の焔……威力もさることながら、その恐ろしいところは、精密に攻撃範囲を指定できること。それこそ、アクロシティ屋上で戦闘していた私たちを攻撃する際に、アクロシティ本体にはほとんど被害を与えなかった精密性にあります。


 つまり……こんな屋内空間でも、あれは部屋に被害を出さずに私たちだけを狙える……!


「貴様ぁ……ッ!」

『『『フハハ悔しかろうリュケイオン、死の蛇の貴様ならばいざ知らず、今やもうただの光翼族でしかない貴様に、もはやそこまでの脅威はもはや感じぬからなァ!?』』』


 マザーの腹部に集まっていく光。

 だけど私たちには、それを止める術が無い。


『細胞の一片さえも残さずに、全て消え去るが良い……ッ!!』』』


 そんな十王の叫びと共に、全てを無に帰す絶望の光は放たれて……


「いいや……!」

『させません……!』


 そう言って飛び出したのは、ソール兄様とフギンさん。その腕には、接続され固定された、長短二つの穂先を持つ、二股に分たれた巨大な機械仕掛けの槍。


『ヴォーダン様から預かったこの槍、今こそ!!』

「貫け、『ガングニール』ッ!!」

『ディメンションスリップ――全ッ、開!!』


 閃光が、視界を覆い尽くす。


 本来ならばシールドのエネルギーを背後に放出し無効化する構造となっているその『ガングニール』は、マザー用にダウンサイジングされた天の焔とぶつかり合い、そのエネルギーを喰い、ギリギリで持ち堪え……巨大な爆発を巻き起こした。



「――綾芽ちゃん!!」


 ミリィさんの悲鳴が、部屋に響く。

 皆、固唾を飲んで見つめている爆炎の先では……



「……何、情け無い声を出して。それとリアルの名前で呼ぶのはNGだぞ、ミリィ」

「あ……うん、ごめんにゃ!」


 そんな軽口とともに、『ドラゴンアーマー:フギン』を纏うソール兄様が、スラスターの光を瞬かせて帰って来た。


 そんな爆炎の先には……腹部『天の焔』発信機にガングニールを突き刺され、バチバチとショートしているマザーの姿がありました。



『『『おのれ……この天の焔を小型化して搭載するのにどれだけの労力を要したと思っている……ッ!!』』』

「は、そいつはご愁傷様。一発撃っておじゃんとかザマァないね」


 本体を失って機能停止した『ガングニール』の柄をその場にパージしながら、兄様が悔しがる十王に意地の悪い笑みを浮かべ……しかし、すぐに背後に目を遣りフギンさんに問い掛ける。


「さて……フギン、見た感じだいぶヤバそうだが、お前は?」


 そう、あちこち装甲が脱落してこちらもバチバチ音を上げているフギンさんに語りかける兄様に、フギンさんは、無念そうに口を開く。


『……無理、ですね。駆動系の七割応答無し、ジェネレーターに深刻な損傷、出力も上がりません。これ以上の戦闘参加は足手纏いになりそうです』

「そうか……ご苦労だった、あとは任せてお前は離脱しろ」

『はい……ご武運を』


 そう言って、ドラゴンアーマー化を解除したフギンさんは後退していく。



 一方で……



『この瞬間を、待っていたぜ……!』

「大技でエネルギーを大量消費した直後なら……!」

『『『……何ッ!?』』』


 スカーさんと同期した『ドラゴンアーマー:ムニン』、彼女の展開した砲身から放たれた弾丸が、マザーの展開する絶対障壁に直撃する。

 しかしそれは、立ち塞がる絶対障壁に対しあまりにも頼りない一射。弾かれ、無為に散るかと思ったその時……劇的な反応が発生しました。


 障壁が、歪み、捻れ、甲高い破砕音を上げて砕け散る。マザーの『最強の盾』は、あまりにもあっさりとその役割を終えました。


『はっ、この時のために用意しておいた、着弾したさいに保存されている障壁の術式構成本体に、余計な“回転”の構成をデタラメに書き加えて脆弱にするっつう特注のスペルブレイカー弾だぜ!』

「もうそのアブソリュートディフェンスとやらは、クリーンインストールでもしねぇと使えねぇぞ!」


 幾度も再展開しようとして失敗しているマザーに、呵呵大笑して告げる二人。

 なんて恐ろしいことを……顔を青ざめさせ、そう言いたげなプレイヤーゲーム廃人たちだったが、これで攻撃も通るはず。


『効くかは賭けだったが……どうやら性能を過信してアップデートしてなかった奴には効果覿面だったみてぇだな!』

「はっ、最強の矛と盾を持っていようが、結局使い手がお粗末なら大したことねぇな!」


『『『おのれ、貴様ら……!』』』


 苛立たしげに振るわれる、マザーの腕。

 それは、スペルブレイカー弾を撃つためにエネルギーを一時的に空にしたムニンさんには避ける術はなく……


『……あ、やべっ』

「え……うわ!?」



 咄嗟にドラゴンアーマー化を解いたムニンさんが、後方にスカーさんを放り投げ……直後、腕を受け止めたムニンさんから金属がひしゃげる嫌な音が鳴り響くのが聞こえた。


『が、ふっ……あー、やべ、しくじった』

「ムニン、てめぇそんな自己犠牲キャラじゃねえだろ何してやがる……!」

『ハハハ、返す言葉もねぇや。悪いあとは任せる、死ぬなよ』


 そう言って、かろうじてまだ飛べたムニンさんも、この場から離脱する。


 最強の矛と、最強の盾は沈黙した。

 一方で、私たちも超常の存在にはもう頼れない。


 奇しくも、決着は私たちテラの者と、残るリュケイオンさんとフレデリックさんに委ねられ……決戦は、佳境へと向かっていくのでした――……

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