対峙

「ここが、十王の間……」

「ああ、正直、僕も入るのは初めてだ」


 呆けたように周囲を見回している私たち。


 ――誰も入った事がないという、十王の間。そこは薄暗い照明下では反対側の壁が視認できないほどにとても広い、ドーム型の部屋でした。


「そして……」

「は、ようやくここまで届いたぞ、十王……!」


 そう、リュケイオンさんが睨んだ先に、悠然と待ち構えていた『彼女』は居ました。






「ここまでです、十王様。もう終わりにしましょう」

『『『……フレデリックですか。愚民どもの中では使える男だと思っていましたが、とんだ見込み違いだったみたいですね』』』


 そう吐き捨てたリィリスさんの姿をした十王が、ゆっくりと目を開く。

 そんな彼女は、フレデリックさんを一瞥しすぐに興味を失ったように目線を外すと、次に私の方を見てきます。


『『『私たちに協力しなさい、御子姫イリス・アトラタ・ウィム・アイレイン』

「……なんですって?」


 唐突な第一声に、私は眉を顰めますが……しかし『彼女』……リィリスさんの姿をした十王が、気にした様子もなく話を続ける。


『『『私たちに協力し、この世界を守護する手伝いをなさい。そうすれば、外で暴れている反逆者たちのことも水に流し、この場は見逃してあげます。貴女も、戦争は本意ではないでしょう?』』』


 そう、何やら上から目線で提案してくる十王に……私は、深々と溜息を吐いてから、口を開きます。


「お断りします」

『『『何故ですか、貴女も、いや貴女だからこそ、皆が傷付いているこのような諍いなど本意ではないでしょう?』』』


 まるで諭すように語りかけてくる十王。

 ですが、その言葉はまるで心に響いてこない。なぜならば……


「それは……あなたが守りたいと思っているのが、この世界ではないからです」

『『『……なんだと?』』』


 ひくり、と私の言葉に不愉快そうに眉を顰める十王。

 ですが、私と、彼らの目的は、決定的に相容れません。


「あなた達の守りたいものは、ただ恐れ敬われる、そんな自分たちの椅子だから。あなた達はこの世界のことなんて、なんとも思っていない」


 自己顕示欲と承認欲求の肥大した怪物。

 手段も目的さえもすでに見失い、『この世界の主』という立場に拘泥した彼らは、表面上は世界のためと言っていても、その目的は根底から違う。


「だから、私は……」


 そこで、不意に私の口が止まる。


 この相容れない感覚は、そうした理屈とは関係がないように思える。そんな胸のうちの引っ掛かりが、賢しげな言葉を並べる私の口を止める。


「いいえ……そうじゃない、私は」


 もっと、至極単純な理由。つまり……



「そう――私は、あなたが嫌いです」

『『『…………は?』』』


 本当の本当に溢れ出た私の本心から来る言葉に、十王がまるで、鳩が豆鉄砲を食ったような顔になる。


 そんな姿に、本当に意外なのですが、私は胸がすく思いを感じながら、話を続ける。


「生まれてくる前の私から全てを奪い、両親を不幸にして、今もお母さんの体で好き勝手なことを喋っている……そんなあなた方のことは、心の底から軽蔑していますし、女の子の体を乗っ取って悦に入ってるのすごく気持ち悪いですし、単純明快にあなた達のことが大嫌いです。というか、お母さんの顔でその薄ら笑いは本っ当に気持ち悪いので、やめてくれませんか?」

『『『な……』』』


 堰を切ったように、すらすらと言葉が出てくる私の口。溜め込んだものを吐き出すたびに、だんだん心が軽くなってきている気がしますが、決して憂さ晴らしではありません。


「あー、イリス?」

「もうちょっと、何というか、手心を……な?」


 なんだかレイジさんやソール兄様をはじめ、仲間たちも唖然としているような気がしますが、知ったことではありません。それくらい、この場で吐き出したい鬱屈した想いは積もりに積もっていたのです。


『『『な、なんだそれは、嫌いだからとかそんな子供のような理由で……』』』


 狼狽した様子の十王。しかし、そんな姿がまた私を苛立たせるのです。


「ここまで悪し様に罵られるとは思いませんでしたか? 私は従順で優しいお嬢様だとでも思っていましたか? ああそれともずっと他の人には媚びへつらわせてきたから真正面から文句を言われるのは慣れていませんか? そんなだからし、し、んですよ」

『『『む、が、ぐ……っ!?』』』


 私の言葉を受けて、まるで槍が突き立ったかのように身体を震わせて、うめく十王。


 いい気味だ。

 ざまぁみろ。


 そんな、ものすごく意地の悪い思いが胸のうちに湧き上がり、すっと気分が晴れるのでした。


「くっ、はは、ハハハ! こいつは傑作だ、いや、うちの娘はなかなかいい性格に育ったな、なあリィリス!」


 お腹を抱えて爆笑しているのは、リュケイオンさん。もはや彼は取り繕うこともせずに、十王を指差して笑い転げていました。


「というわけで、すみません。やってしまいました」

「はは、いいや、よく言った!」


 交渉の余地をぶん投げてしまったことを、ペロッと舌を出しながら謝る私に……しかし満面の笑みで答えて、すぐ前に剣を構え立ち塞がるレイジさん。

 他の皆も同様に、次々と戦列に並びます。




 その私たちの視線の先で、十王は怒りに肩を震わせて、こちらを睨んでいました。もはや、戦闘回避は不可能でしょう。


『『『……よく分かりました、私たちは相容れない。ならば排除するまでです』』』


 据わった目で私を睨んでいた十王が、そのまま数歩後退する。


 すると、彼女の足元、床下から現れたのは、半球の下半分のような機械の上に設られた頑丈そうなシート。それは……まるで、ロボットのコックピットのような座席でした。


『『『さぁ、来るが良い、“デウス・エクスマキナ・マザー”!!』』』


 彼女がその手を掲げると、まるで部屋そのものが変形するように壁が姿を変えて、コックピットシートを囲むように組み上がっていく。


 床と一体化した蛇の尾のような莫大な量のコード束と、その上に鎮座する女性的なシルエットをした、白に金色のラインが走る本体。

 背負っているのは、おそらく防御ユニットの群体である、翼のようなもの。

 腕は直接本体にはつながっておらず、無数の巨大な腕が、周囲を浮遊している。


 それは……巨大な、機械の女神。


『『『よもや、使う日が来るとは思いませんでしたが……対真竜さえ想定したこのデウス・エクスマキナ・マザーの力、受けてみるがいい……!』』』


 拡声器で増幅された十王の咆哮とともに、マザーと呼称された機体から、莫大なエネルギーが放出されました。


『なるほど、このような物を……!』

『どうりで、ケージを構成している結界維持のエネルギーが足りてねえわけだぜ、こんだけネコババしてやがればなぁ!』


 そんなマザーを見て、血相を変えたのは、ソール兄様とスカーさんの身に纏うドラゴンアーマー、フギンさんとムニンさんの姿を取った立体映像。


「あの、フギンさん、ムニンさん、それは……」

『はい、おかしいと思ってはいたのです、たった数発本来の仕様にある兵器を運用しただけでエネルギー不足になるなんて、と』

『これが、その答えだぜ。こいつら、自分のおもちゃ用に結構な量ギッでいやがったんだ』

「あなたは、どこまで……っ!?」


 判明した事実に、マザーを睨みつける私へと、しかし十王から嘲の声が投げつけられる。


『『『おっと、破壊するつもりですかね? この機体は天の焔の制御装置も取り込んでいますから、破壊したらアレは二度と使えませんよ?』』』


 そう、勝ち誇ったように嫌らしい高笑いを上げる十王でしたが、しかし。


「それは、いい事を聞いたぜ、好都合じゃないか」

『『『……何だと?』』』


 先頭で剣を構えたレイジさんの言葉に、十王が戸惑いの声を上げる。そんな彼の眼前で、私たちは次々と、己が武器を構えていきます。


「つまり、あれをぶっ壊せば、もうあのトンデモ兵器は使えないって事なのにゃ?」

「そう、そして――僕たちの世界に、あんなものはもう必要ない!」


 そう確認すると同時に、早速強力な魔法を唱えはじめたミリィさんと、そんな彼女を守るように盾を掲げ立ち塞がるソール兄様。


「あら、じゃあ遠慮なくぶった斬ってもいいのねぇ。斬り納めには丁度良さそうな相手で嬉しいわあ」


そう嫣然と笑って、刀の柄に手を添え構える桔梗さん。


「はっ、お前さんらにはありがたいブツだったんだろうがな、生憎と俺らにとっては、あんなもんはどうでも良いものなんだわ、これがな!」

「そうだ、あんな力に頼らなくても、俺たちはきっとやっていけるはずなんだ、ならこの場で使えなくしてやる事に何の問題もあるものか!」


 一切の躊躇なく銃を、短剣を構える、スカーさんとハヤト君。


「ま、誰か一人だけが握る全てをひっくり返すことのできるスイッチなんて、バカが罷り間違って手にしたりしたら世界の破滅ですからね」

「ああ、だったらそんなもの、最初から有るべきではないであるな!」

「微力ながら、援護します、フォルス様」


 そう皮肉を吐いて、魔法により死神の鎌を取り出すフォルスさんと、拳を打ち合わせて意気込む斉天さん。そしてそんな彼らの援護に回ることができる場所へ並ぶのは、フォルスさんの隣で戦えるのが嬉しそうな星露さん。


「つまり……全然、ぶっ壊して問題なしね!」

「把握しました、唱霊獣、喉が枯れるまで維持して全力で当たります!」


 そう言いながら、桜花さんとキルシェちゃんは、私を守るように、私の隣に立ちました。



「ってわけだ……イリス、あれ、やっちまっていいんだよな?」

「はい……皆さん、全力であの機体を破壊して、中にいる十王を引き摺り出してください!!」


 そうすれば、あとは私がこの本を使用すれば良い。鞄の中身の重さを確かめながら、はっきりと皆に頷きます。


「それじゃあ……皆、最後の戦闘だ、行くぞ!!」

『応!!』


 ソール兄様の号令に、皆の咆哮が唱和して――この戦争、最後の決戦が幕を上げたのでした――……

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