全てが始まった場所


 外壁から、別の壁の亀裂を潜ってまた内部へ。


 私たちが今居るのは、本来ならば途中、中層でブロック分けされているため直通で登ることはできないようになっている、このアクロシティの地下から頂点までを貫き支える四本の『心柱』のうち一本の内部。


 それでも直径数百メートルの広大な空間内部を、外壁に沿って設置された螺旋階段を登っている最中……防衛システムらしき機動兵器に強襲されていました。



 ちなみに、このような地形ですので足の遅い私はスノーの背に乗せて貰っていました。

 全力で駆けるレイジさんにすら匹敵するであろう速度で流れていく風景。風のように駆け抜ける、すっかり逞しく成長したスノーに私もただただ感動しているのですが、生憎と今はそれどころではありません。


 というのも……眼下、シャフトの空洞の奥から凄まじいスピードでシャフト内部の壁を三機、まるで一つ目の球体から六本の脚が生えたような形状の巨大なロボットが居たからです。


 何故あんな場所を落ちずに走れるか……それはおそらくあの脚の先に重力制御装置を備えており、壁に張り付いているのだと、フレデリックさんが解説してくれました。


 そんなロボットの主武装、巨大な一つ眼から放たれるのは、眩い雷光。

 着弾地点で弾けて激しい光を撒き散らしているのを見るに、直撃したらヤバそうなやつでした。


「うふふ、場所が場所だけにぃ、建物の漏電対策はバッチリってことかしらぁ。当たったらさぞ痺れるんでしょうねぇ」

「ンなこと言ってる場合かよ、逃げろ逃げろ!」


 何やら被虐的な妄想をしているらしき桔梗さんの尻を蹴飛ばしながら、先を急かすのはスカーさん。

 彼はハヤト君と共に、あの丸いロボットが雷撃を放ちそうなタイミングに合わせて苦無や剥き出しの弾丸をばら撒き弾道を誘導してくれていましたが、限度があります。

 そうして防ぎきれなかった分はどうしても、フギンさんの張るシールドや、キルシェさんの呼び出した唱霊獣、あるいはフォルスさんが使役する悪魔に防がせて受け流すしかありません。


 幸いなのは、この空間がそういう場所なのか、高圧電流はすぐに拡散して射程はさほど長くはない事ですが、しかし。


「くそ、追いつかれる!」

「どうする、やはりまず後ろのアレから倒すべきじゃないか!?」


 先頭をひた走り、上からわらわらと降りてくるオートマトンの群れを薙ぎ払いながら、レイジさんとソール兄様が背後を気にしながら言い合いをしている。



「だが、時間が気になる、次の『天の焔』の充填がいつかわからない以上は、進むしかない!」

「なら、嬢ちゃんたちだけ先行させるか!?」

「……やむを得ん、か」


 フレデリックさんとヴァルター団長の言い合いに、レオンハルト様も二人の顔を交互に見て、首肯した。



 ――と、そんな時でした。



「――ならば、一体は我々が受け持とう」


 そんな少しだけ嗄れた男性の声と共に、螺旋階段の横、空洞部分を何かが凄まじい速度で落下していった。


 それは、下から迫っていた球体ロボットのうち一体に『ガァン!』とけたたましい音を立てて衝突したかと思うと、次の瞬間にはロボットの六本の脚のうち一本が切断されて、落下していく。



 その、シャフト上から降りてきた黒い外套を纏った人物は……


「父上!?」

「うむ、こんな場所で会うとは奇遇じゃな、レオンハルトよ」


 飄々と宣いながら、さらに閃かせた軍刀でもう一本の脚を斬り飛ばしているのは、『黒影』の外套を纏うアシュレイ様。さすがに三分の一の脚を喪っては自重を支えられなくなったらしく、落下していくロボットからひらりとこちらへ飛び移り戻ってきました。


 その落下したロボットはというと、空中でひらりと反転するとまた別の面から脚を出し登ってきています。なかなか便利な構造だとは思いましたが、それでも距離は稼げました。


「爺さん、強ぇ……本当に身体悪くして引退すんのかよ……」

「うむ、惜しいのである、ぜひ胸を貸して欲しいところであったのだが……」


 何やら呆れたり感嘆したりしているハヤトくんと斉天さんでしたが、私も同じ気持ちです。


 それはさておき。


 アシュレイ様に続くように、上方から黒い影のワイヤーを使って飛び回るように現れ、ほかの二体のロボットに攻撃を開始したのは……別働隊として先に潜入していた『黒影』所属の魔導騎士の皆でした。



「……少なくとも一機を『黒影』が受け持ってくれるならば、丁度良いですかね」

「……レオンハルト様?」


 何かを決心したような、レオンハルト様の呟き。

 訝しく思い、スノーに並走してもらいその背中からレオンハルト様顔を覗き込むと、彼は私に一つ頷き、告げました。


「ここは私たちが受け持ちます。イリス様は、『放浪者』の皆様と共に先にお進みください」


 そう告げ、次はすぐ後ろを走るヴァルター団長へ話しかけるレオンハルト様。


「ヴァルター団長、『セルクイユ』であちらの一機はお願いします。残るこちらは、我々辺境伯領の兵たちで受け持ちましょう」

「おいおい、こっちは問題ないが、あんたの方は大丈夫かよ。金髪の嬢ちゃんが待ってるんだろ、無茶すんなよ」


 淡々と指示を出すレオンハルト様に、ヴァルター団長が心配そうに言います、が。


「ふっ、愚問ですね……待ってくれている人がいると言うだけで、かくも人は強くなれるのだと――私は今身をもって実感していますよ……ッ!!」


 そう言って、レオンハルト様は振り向きざまの大剣の一閃で――丁度、いつのまにかすぐ下まで接近し、螺旋階段によじ登ってきたロボットの腕の一本を、斬り飛ばしてしまいました。


 その一撃のせいで壁面を掴み損ね落下していくロボットに悲哀を感じたのは、きっと私だけではないでしょう。


「あーはいはい、御馳走。分かったよ、ほら嬢ちゃんたちは行った行った」


 そう呆れた様子で私たちを送り出すヴァルター団長に苦笑しながら、私たちはもう一段、先頭を行くレイジさんたちに追いつくために速度を早めます。


「では我が姫、ご武運を。レイジ君、しっかり姫をエスコートしてくださいね」

「イリスちゃん、また終わったら、一緒にお風呂行こうねー!」

「その時は、私もご一緒します。久々にイリス様の御髪の手入れをさせていただくのが楽しみです」

「お前ら、緊張感ねぇなぁ……」


 そう言って、ゼルティスさん、フィリアスさん、それにレニィさんとヴァイスさんが列から離脱していく。

 その他、同行していたローランドの兵士達や、傭兵団の団員たちも各々が、武器を構えその場に留まりました。


 瞬く間に小さくなっていく、ここまで同行してくれた彼らの姿。


 残るは、私たちテラから来た『放浪者』の友人たちと、案内役であるフレデリックさんの指揮下にあるアクロシティの義勇団、そしてリュケイオンさんだけ。


 すっかり人数も減りましたが……このシャフトの外へ通じているハッチは、見上げればもう目視できる場所まで、すでに来ています。


 目的地――十王が待つ場所までは、もうすぐ側まで迫っていました。


「――皆さん、ありがとうございます! また後で、全てが終わったらまた会いましょう!」


 そんな足止めに残る彼らに礼を述べ、すっかり少人数となった私たちは、更にシャフトを登るスピードを早めたのでした。





 ◇


 そうしてシャフトを脱出したら、そこはもう、最上層にある機密研究区画。


 その一角にある、金属と機械の一部らしきもので覆われた通路。


 いくつもの厳重な、しかし今は解放されている隔壁を潜った先。


 そこは――機械の配線や何らかの機器に埋め尽くされ、中心に人一人を内部に収容できそうな巨大な装置が鎮座する、そんな部屋でした。



「ここは……」

「……長かった。とうとう戻ってきたんだな」


 チラッと隣を歩くリュケイオンさんを見上げると……彼は、万感の想いが篭ったせいでかえってどんな表情をすればいいのか分からないといった風な、まるで迷子の子供のような表情で部屋を見つめていました。




 ――いつか、迎えに来る。


 ――うん、待ってる。




 はるか昔に、ここでそんな約束が交わされたのであろう、以前に夢で見た場所。



「ここが……リィリスさんが、お母さんが囚われていた場所」

「……ああ。あれがお前たちが言う『奈落』内部に干渉するため、リィリスが囚われた装置だ。そして――ここはお前が、本来の自分の身体を奪われた場所でもある」


 そう、中心に鎮座する機械を見上げながら訥々と語る彼の言葉に、私もハッとなる。


 そう……この場所が、私にとっての本当に全てが始まった場所。



「ははっ……正直に言うと、まさかまたこの場所に戻って来られるなんて、僕自身が信じてなんていなかったんだ」


 死の蛇などと恐れられていても、ここまで来られる可能性は限りなく低かったのだと言う。内心の奥底では半ば諦め、自棄になっていたのだと自嘲する彼を、肩に居る蜥蜴クロウクルアフが黙って見つめていた。



 ……だけどそれでも、彼はここまで来た。



 迷って、間違えて、苦しんで……それでも最後は約束を守り、ただ一人、一途に愛した女の子を迎えに来た。


 そんなリュケイオンさん――いいえ、の手を握り、一歩部屋に踏み出す。



「……取り返しましょう。今度こそ、全てを」

「ああ――行こう、十王が居るとするならばこの部屋の先、これまでアクロシティの誰も立ち入ることのできなかった場所……最高執政官室だ」


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