妄執の果てに

 

『『『――おのれ、よくも……だが天の焔がなくとも、この空間は私たちのものだということを忘れるな……!!』』』

「いえ、それはどうですかね?」

『『『――何っ!?』』』


 ガチャガチャと、部屋の壁面から現れるのは、防衛用のセントリーガン。

 しかしそれらは、フレデリックさんがパチンと指を鳴らした瞬間動作を狂わせる。


「どれだけ準備期間があったと思っていますか、すでに一般の防衛装置などコントロールは掌握済みです」

『『『フレデリック、貴様……!』』』


 そう告げるフレデリックさんの背後では、彼の同志たちがセントリーガンの破壊をすすめていました。あれは任せて問題ないでしょう。


『『『くっ……だがしかし、天の焔は失ったとはいえ、このマザーの火力、甘く見てくれるな……!』』』

「おっと、彼女には、もう二度と手を出させはしません……『デモンズウォール』!!」


 無数の腕が、その掌が、私たちの方を向く。その掌にあったレーザー発振器から放たれた、光の槍。


 だがそれらは、フォルスさんの呼び出した、巨大な『口』の悪魔に吸い込まれ……


「……お返しです、遠慮なく受け取りなさい!」


 そのまま、同じ軌跡で撃ち返された。

 それらはまだ同じ位置に滞空したままだったマザーの無数の腕、その掌の半数以上のレーザー発振器へと直撃し、爆炎を上げる。



『『『お、おのれ……ならば、直接物理的にその壁を打ち砕いてくれる、御子姫イリス・アトラタ・ウィム・アイレインごとな!!』』』


 そうヒステリックに叫ぶ十王の指示に、周囲の腕はこちらへ殺到します、が。



「やらせないわよ……『インパルスドライヴ』!!」


 私の方へと迫る腕、その先頭の一本はしかし、飛び込んできた桜花さん、その振りかざした槍、『アルスヴィクト』の穂先から放たれた無数の床から突き上げるような閃光に飲まれ、轟沈していく。そして……


「イリスちゃんは、私たちが守ります……お願い、バハムート!」


 そんな桜花さんの作った隙に、キルシェさんが呼び出した唱霊獣の王『バハムート』が、大きく羽ばたく。

 するとそこから無数に放たれた火箭が迫る腕に着弾し、次々と落下していった。


 だけど、それでもまだ浮遊するマザーの腕は、半数は残っている。そこへ殺到するのは三人の人影。


「いざ、道を切り開く! 『四神円舞』ッ!!」


 入れ替わり立ち替わり4つの属性を纏いながら、色とりどりの軌跡を描き斉天さんの手足が繰り出される。

 それは非常に美しい舞のように、しかし次々と迫る腕を破壊しながら、まるで暴風のように腕を打ち落としていった。


「ああ、俺が、俺たちが姉ちゃんや兄ちゃんたちの道を! 食らいやがれ、『刹那』ッ!!」


 ハヤト君が無数に背後に展開した影の刃が、複雑な軌跡を描きながら、斉天さんさえ追い越し駆けるハヤト君の勢いのままに飛翔する。

 それはまだ掌部レーザー発振器が無事だったマザー腕、その今まさに閃光を放とうとしていた発振器へと突き刺さり、腕は爆炎を上げて轟沈する。


「あらぁ、お熱いですわね二人とも。私としてはぁ、最後の相手が斬れないことが少し欲求不満気味なんですけどぉ」


 そんなことを曰う桔梗さんは、腕の中を縫うように凄まじい速さで駆け回る。その最中、無数の剣閃が閃いて、彼女が通り過ぎた後少し遅れ、腕が断たれたレーザー発振器から爆炎を上げて沈んでいった。


 三人が次々と撃破していったせいで、あれだけあったマザーの腕は、もうほとんど沈んで無残な残骸を晒していた。


「だから、サポートに回ってあげるわ。ほら騎士様たち、いきなさぁい!」


 そう促されるままに、レイジさんとソール兄様が、マザーへと駆ける。


『『『く……来るな!?』』』


 迫るレイジさんとソール兄様。そんな姿に怯えの声を上げた十王。慌てたように、マザーの両肩に担ぐように背中側から倒れてきて展開したのは、大口径レールガンの砲塔。


「邪魔は、させないにゃ!」

「援護します、行ってください!」


「「いっけぇ、『フォトンブラスター』ッ!!」」


 ミリィさんと星露さんから同時に放たれた光の奔流が、狙い違わずそれぞれマザー両肩の砲身に直撃し、バチバチと臨界状態にあったそれらは轟音と共に爆発し、沈黙する。


『『『おのれぇ……!!』』』


 もはや悪あがきとばかりに、開いたマザーの口の部分からまたも発振器のようなものが現れる。


 それは、以前見た『ドゥミヌス=アウストラリス』も備えていたものに酷似した……



「……荷電粒子砲!?」


 すでにチャージされていた砲身に、全てを消しとばす破滅の光が宿っている。放たれた場合、まともに受ければチリも残らない光が。


「――させるかぁっ!!」


 咄嗟に投げられた、ソール兄様の十字型の大盾。

 その剣先のように尖った盾は、兄様とレイジさんの前方の床へと突き立って……


「『フォース・シールド』ッ!!」


 巨大な障壁が、突き立った盾を起点に展開する。

 直後、眩い閃光がマザーの口から放たれ障壁へと着弾し……そして、荷電粒子の槍はやがて拡散して消え去り、ソール兄様の盾はほとんど融解しながらもその役割を完遂し、耐え切った。


『『『――バカな!? くっ、砲身が焼けついても構わん、もう一度……』』』

「させるかよ、『デトネーター』ッ!!」


 もう一度チャージを始めたマザーの口へ、狙い澄ましたスカーさんの一射が眩い雷光を纏って突き刺さる。

 その一撃は、マザーの頭部内部でその威力を解放し、ひとたまりもなく吹き飛ぶマザーの頭。


『『『し、障壁……!!』』』


 ついに全ての火器が沈黙したらしきマザー。慌てた様子で周囲にバリアを展開し始めるが……だがしかし、兄様たちの方が早い。


「貫け、『ライト・オブ・ダークネス』……ッ!!」


 黒い闇の螺旋を纏ったソール兄様がまだ展開しきっていないマザーの障壁へと衝突し、障壁は、粉々に砕け散った。


「レイジ!!」

「ああ、任せろ……『唯閃』!!」


 反応など許さない。

 そんなレイジさんの神速の剣閃が、マザーの胸部ハッチを切り裂いた。


「おら……てめぇの役目だろ、さっさと助けてこいよ、『お義父さん』!」

「貴様にそう呼ばれる義理は無い……!」


 切り裂かれたハッチの隙間に、上から降ってきたリュケイオンさんの黒い大剣が捩じ込まれ、抉られる。


『『『ひ、りゅ、リュケイオン、やめろ、くるな……!?』』』


 そんな十王の懇願など耳に入らない様子で、バキバキとハッチをこじ開けるリュケイオンさん。

 やがて、十分な広さの口が開いたハッチに腕を突っ込んだ彼の手が、中から一人の小柄な少女の胸ぐらを掴んで引き摺り出す。



 こうして……全ての武装を潰された『デウス・エクスマキナ・マザー』は完全に沈黙し、戦闘は終結したのでした。


 ですが、本題はここから。


 リュケイオンさんに引き摺られて私の前に連れてこられた十王から、お母さんを解放しなければなりません。


『『『だ……だが、それでどうするつもりだ? お前たちは、この女を殺せまい!』』』


 リュケイオンさんに身動きできないよう腕を拘束され、狼狽しながらも、これ以上の手出しはできない私たちの様子に一転し勝ち誇ったように語る十王でしたが……


「最後通牒です。その身体を、お母さんに返してください」


 告げる私を憎々しげに睨む十王。その答えは、口に出さなくても明白でした。


「そうですか……では、仕方ありませんね」


 私は、マジックバッグから、今までずっとしまっていた黒い書を取り出して、眼前に浮かべる。


『『『な……なんだ、その本は。白の書……いや、まさか』』』

「白の書を元に複製した魔導具、黒の書です。用途は、あなたなら説明するまでもないでしょう」


 そう告げると同時に、十王の眼前に浮かび上がった『黒の書』がひとりでにページをめくり始め、その白紙のページに次々とびっしり情報が書き加えられていく。


 それは……眼前で愕然としている、十王の魂の情報。これが全て書に刻まれた時、彼らの魂は書に封じられる。


『『『や……やめろ、やめてくれ!』』』


 以前、私に対して使用した経験があるだけに、即座にそのことを理解した十王が暴れ始めた。

 だがしかし、非力な御子姫の細腕では、拘束しているリュケイオンさんを振り払えるわけもなく、蒐集は無慈悲に進んでいく。


『『『か、考えなおせ御子姫イリス・アトラタ・ウィム・アイレイン! 魂を抜き取って封じるなど、赦されざる所業ではないか!?』』』

「あなたが、あなたたちが、それを……!」


 あまりにも身勝手な言葉に思わず激昂しかけた私でしたが……しかし、その表情を見た瞬間、怒りは霧散する。


『『『や……やめろぉおおおおッッ!!』』』


 そんな断末魔の声を上げたのを最後に、くたりとリィリスさんの体が力を失い、リュケイオンさんに抱き止められる。


 それっきり、シン……と静まり返る部屋。どうやら十王の魂を抜き取るのは、成功したらしい。


 ――後で、アマリリス様に頼んで何か悪さができないものに移してもらいましょうか。


 そんな、十王の魂への恩赦について考えていた、そんな時でした。






『『『終わって、なるものか……!』』』

「何っ!?」


 封じられたはずの書が、黒い焔によって燃え落ちる。その場に現れたのは……


「――『傷』が!?」


 パキンと空間が割れて、姿を表す『世界の傷』。そこからずるりと、何かが這い出してくる。


『――ガァウ!!』

「あ……ありがとう、スノー。だけどこれは……」


 直後、私めがけて放たれた何かを、スノーがその死を司る魔眼で滅ぼし防いでくれた。

 そんなスノーを感謝を込めて頭を撫でながら、『傷』をジッと見つめる。そこから這い出てきたのは……


『『『――滅ぼされて、なるものか……!』』』


 何人分かの頭と手脚を混ぜ合わせたかのような、無残な姿をした、巨大なファントム。それは……その声は紛れもなく、今しがた書に封じたはずの十王のものでした。


『『『我らは王、ゆえに、偉大なる力を捨て、あろうことかアイレインやアーレスなどを神と崇め奉り、いずれは己が魂すらも捨てて安寧を欲しがる愚かなる者ども、民衆を導かねばならんのだ……!!』』』


『『『だから……その誰よりも眩い翼を持つ身体を我らに寄越せ、御子姫イリス・アトラタ・ウィム・アイレインんンンンンッッッ!!』』』


 標的を私へと変え、殺到する十王。ですが……


「おいおい、そいつぁ……」

「ああ、それは、いけません」


 私の前に立ち塞がるレイジさんとソール兄様に、その怨霊となった者が防がれて、ただ私の方へと届かない手を必死に伸ばす。


 だけど……私は、世快の翼、アイレインの全てを継いだ御子姫。彼らを、浄化し救う者、言うなれば……です。


「本当に、残念です。世界を護りたい、ただその一点だけで、協力する道もあったでしょうに」


 だけど、かろうじて残っていたその道は、もう完全に消え去った。


 手にした杖で、トン、と床を突く。

 それだけで、私から放たれた光が、『奈落』の力を受け膨れ上がった彼ら十王を瞬時に溶かしていく。


 そうして……今度こそ、本当に彼ら十王とは、全ての決着がついたのでした――……





 ◇


 ――何故だ。



 始まりの全ては、民のためだった。

 全てを叶える神の力、創造魔法。


 きっとこれが、皆を幸せにしてくれるはずと信じ、突き進んだ道は……だがしかし、否定された。



 ――何故だ……何故皆が、『私たち』をそんな目で見る……!



 それは、批難の眼差し。

 世界を危機に追いやった大罪人に向ける、蔑むような眼差し。


 一方で、賞賛される元同僚も居た。対等だったはずの彼らから『私たち』へ向けられるのは、蔑みではなく……憐憫の眼差し。



 ――本当に、それだけだったか?



 はっと、不意に過去のことを思い出す。

 そうだ……その中に一人だけ、変わらず笑いかけてくる少女が居た。



 それは……始まりの御子姫、ルミナリエ。



 ――ああ、そうか。この光は、あの少女の光か。



 『私たち』の非人道的な実験にも、「みんなのためになるなら」と、嫌な顔をせずに協力してくれた、あの少女。


 『私たち』とて、決して木の股から生まれ出でた訳ではない。そんな健気な少女に、絆されない訳がなかったのだ。


 そんな彼女に、『私たち』は皆、癒されていたのだ。



 ……当時、真竜たちですら眠りについていたために、すでに、何処にも記録の残っていない話だが。


 『私たち』は、真竜クルナックを害していない。


 逆だ。


 少女を守っていた真竜クルナックが、少女の両親であるアイレインとアーレスが、我々より早逝して居なくなったから、先の創造魔法をめぐる大戦の敗者として隠遁していた『私たち』が表舞台に戻らざるを得なくなった。


 それも全ては――ルミナリエを、あの少女を護りたかったため。


 感謝はやがて信仰に、その信仰もやがては欲望に変わっていく中で、あの無垢な少女一人残されて、果たしてどうして食い物にされずに済もうか。


 あの時の『私たち』はただ本当に、過去、敵味方となった遺恨など関係なく、馴染みの少女を欲望から護りたかったのだ。




 だが……力及ばずルミナリエを失った時に、『私たち』は壊れたのだろう。



 ――愚民どもは、我々が管理しなければならない、と。



 こうして消え行く今ならば分かる……『私たち』の所業は、間違いなく裁かれねばならない。


 ならば、こうしてあの少女の光に包まれて消えていけるなどとは、この身には過ぎた救い、まさに奇跡だと。



 ――だから、ルミナリエの力を継ぎ、『私たち』に触れた少女よ、そんな顔をするな。



 ――君は、間違ってなどいない。これで良かったのだ。




 ――ああ、どうして






 ――『私たち』は







 ――いったい、何を……

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