王都イグドラシル
「おぉ……凄い、凄い……!」
「すっかりはしゃいじゃってまぁ……」
「だって……これぞファンタジーって感じなんですよ!」
呆れたような声で語りかけてくる兄様に反論しながらも、私は窓に張り付いて、外の景色を眺め続ける。
「あー……お前、王都大好きだったもんなぁ」
「はい……それが、こうして現実の物として足を踏み入れ事ができるなんて……っ」
ようやく興奮も落ち着いて、座席へと戻り、今見た景色を脳裏で反芻しながら胸に手を当てて、ほぅ……っと溜息を吐く。
それだけの光景が、今私達が乗っている街の中心へと向かう魔導LRV……コメルスにあった物と同型の車両です……の車窓から広がっていたのでした。
――ここは、ようやく辿り着いた私達の旅の目的地……ノールグラシエ王国の王都。
北大陸北部に穿たれた、広大な凍結カルデラ湖の上に建造されたこの都市。
湖の外縁をぐるりと囲むように引かれた環状線沿いに発展した、中〜近世風の建物が立ち並ぶ新市街区を抜けると……その湖上に広がっていた風景は、ファンタジー世界の空中都市そのものでした。
何かが落下した跡と言われている、深い深い孔が穿たれた、その都の中心部。
何か魔法的な力によって凍結したとしか考えられない、どこまでも透明な溶けない氷を湛えるその湖。
その内部には『世界樹跡』と呼ばれている、石化した樹木のような質感の素材でできた遺跡が、放射状に広がっています。
その遺構を基部として、空中を覆うように蜘蛛の巣状に張り巡らされた空中回廊群は、まるでドームのように、広大な湖を覆い尽くしていました。
そのドームの上が、主街区。
白い足場のいたるところに植えられた、樹木や観葉植物、色とりどりの花々。
余裕を持って配置された、曲線を多用した白亜の建物。
まるで塩湖に満ちる水のように、青空を映して細波のよう揺らぐのは……ほの蒼く輝く、魔法の膜です。
上から見たその様相は、ほぼ空中都市のそれ。
少し足場の外を覗きこめば、はるか下の湖面が見えるという恐ろしい光景ではあります。
しかし、そんな風景を見ているはずの街の人々は、平然としていました。
それもその筈で……彼らは皆、その人口の大半がここかアクロシティに集まっていると言われている、背中に翼持つ種族――天族であるからでしょう。
本来の住処であるアクロシティの閉塞感を嫌い、飛び出した天族達が作り上げた学術都市。
彼らは放浪の末、極寒の地の中にあって何故か常に温かな空気に覆われている凍結した泉へと辿り着き、そこにあった遺跡を宿にして探究を続けたそうです。
その地を礎として発展した、魔法王国の中心……それがここ、『王都イグドラシル』。
そして、それらの中央に鎮座するのは、遺跡中心部直上に建造された蒼く輝く結晶塔。
そこがこのノールグラシエ王国の中心、この世界で最も美しいと評される王宮『クリスタルパレス』……その尖塔でした。
そして……今私達が目的地として向かっているのは、その主街区の下に広がる氷結湖の上。
魔法において、アクロシティにあると言われている中央魔導研究所と並んで、世界最高学府と名高い王立魔法大学院。
そして、ノールグラシエ王家の居城にして、北大陸の政治の中心である王城『クリスタルパレス』本棟を有する、『神樹区』と呼ばれる区画です。
そんな事を考えながら、魔導LRVの窓から景色を眺める中で……ふと、疑問が湧き上がります。
「ですが、主街区よりも下に国家の中枢が鎮座しているのは大丈夫なのですか? 上から危険物を投げ入れられたり、あるいは崩壊でもしたら……」
「いいや、その主街区の下にあるというのが実は重要でな」
微笑ましいものを眺めるような視線をこちらに送っていたアルフガルド叔父様が、私の疑問を受けて口を開きます。
「この湖を覆う建築物、それ自体が魔力回路を構成していてな……湖の底から循環している魔力が通っており、常に魔力障壁のようなものを展開しておるのだよ」
「いわばこの湖を覆う街の全て、それ自体が宮殿を守護する防御魔法そのものなのですよ」
「は、はぁ……」
「勿論、有事の際には民たちを宮殿周囲のシェルターに緊急退避できるようになっておる」
そう陛下が指差した先には……確かに、非常口らしきピクトグラムが記載されていました。
「街そのものが、魔法陣を構成しているのですね……凄い発想ですね……」
「うむ……凄まじきは先史文明の技術力よな」
叔父様がサラッと口にしたその一言に、私は目をパチパチと瞬かせる。
「え……これは、ノールグラシエ王国で建造したのでは無いのですか?」
「はは……だったら誇らしいのだがな。王都外縁はともかく、この中心街はまだ『世界の傷』発生前に建造された遺構だと伝わっておる」
そこで、一つ言葉を区切る叔父様。
その目は、遠く南……アクロシティの方を見つめていました。
「アクロシティ……あの都市に害する存在を灼き尽くす
「あ……」
過去、まだ今のように安定していなかった争乱の時代。
ある時ふと現れた人物……齢70近い老人だったと伝わっています……の手によって、一つに制圧された当時の東の諸島連合。
我こそがこの世界の支配者にならんとするその老人の侵略の手は、次に世界中心にあるアクロシティへと向かい……しかし街を包囲したその諸島連合の船団は、ただの一瞬で乗員ごと塩の塊となって海に沈んだのだそうです。
それが、アクロシティの絶対防衛圏『天の焔』
この世界において、長きに渡りアクロシティが不可侵の最高権力を保持している理由でもありました――……
◇
叔父様に色々と教えてもらっているうちに、主街区中央の環状路へと到着した魔導LRV。
そこにある移動用ポータルで、神樹区へと降りた私達ですが……
「はぁ……まだ、足元がふわふわしています」
「足場の無いエレベーターというのは、ざ、斬新でした……」
「はは、皆、なかなかの狼狽振りだったからな。何、すぐ慣れる」
青い顔で口元を抑える私達二人……いえ、後ろからついてくるレイジさんやミリアムさん達、元プレイヤーの一同も……の様子に、苦笑しているアルフガルド叔父様。
「皆様も、顔色が優れませんね。とりあえず身を休める場所を用意してきますから、ひとまずはここで安静になさっては?」
「お……お言葉に甘えさせて頂きます……」
見かねたアンネリーゼ叔母様の労りの言葉に、皆を代表して、城門前広場の噴水へと力なく座り込んだスカーさんが、弱々しく返事を返す。
「それにしても……はぁ、下から眺めるのもまた格別な光景ですね……」
頭上、主街区の切れ間から差し込んでいるのは、障壁を通った事で蒼く照らし出された無数の光の柱のような陽光。
その光が照らすのは、世界一美しいと言われる結晶の城。この光景に感動するなというのは、酷というものです。
そのあまりに幻想的な光景に、ほぅ……と感嘆の吐息を漏らしますが……そんな時、背中から声が掛かります。
「ソールクエス、イリスリーア、あなた達二人は大丈夫ですね?」
「あ、は、はい!」
「大丈夫です」
「っと、俺も大丈夫……だ!」
「はい、ではあなた方は私について来てください」
元々ノールグラシエの血筋なせいか、比較的余裕のある私達。それと、一つ気合を入れて立ち上がったレイジさん。
三人で、先導するアンネリーゼ叔母様について行った先には、一軒のお屋敷…… いわゆる離宮と呼ばれる建物がありました。
「あれ、ここは……」
「ん? イリス、どうかしたか?」
「あ、いえ、なんだか見覚えがある気がして……それより、叔母様を待たせるのは良くないですね」
レイジさんの問いかけに曖昧に濁した返事を返し、門に入っていくアンネリーゼ叔母様を追いかける。
城壁に沿う形で併設された、その庭園付きのお屋敷。
人が暮らしている様子はありませんが、その庭や外観はよく手入れされていて、荒れている印象はありません。
そんな庭を進んだ先……王宮と同じ作りになっている外観のお屋敷の扉を、アンネリーゼ叔母様がどこからか取り出した鍵で開錠し、その鍵を私に握らせてきます。
「あなた達二人の部屋も、王宮に用意はさせていますが……こちらの離宮は、あなた方がご友人の方々と自由にお使いなさいな」
「本当に……ありがとうございます、アンネリーゼ叔母様」
「いいえ、礼ならば陛下に。あの方が、あなた達に拠点が必要だろうと用立ててくれたのですから」
そう柔らかく微笑み、荷解きや身の回りの片付けもあるでしょうから、また夕食の時に会いましょうと言い残して、立ち去るアンネリーゼ叔母様。
「さて……それじゃ、私は表で待っているミリアム達を呼んでくるかな」
「あ、それじゃ俺も……」
荷物をエントランスホールに下ろし、首や肩を回しながら歩き出す兄様。
それを、慌てて追いかけようとするレイジさんでしたが……すぐに、当の兄様に手で制されました。
「いいや、私一人でいい。レイジはイリスと二人で中の散策をして来たらどうだ、二人だけで見て回れるのは今だけだぞ?」
「おま……っ」
「ちょ……兄様!?」
思わず抗議するも……兄様は、ははは、と笑いながら立ち去ってしまいました。
「全く……あいつめ。余計な気を回しやがって」
「本当にもう。最近、お節介が増してません?」
「……ははっ」
「……ふふ」
二人、頭を突き合わせて兄様に対する愚痴を言い合い……やがて、何故かそんな事を一緒にぼやいている事がおかしくなって、つい二人で吹き出す。
「あ。それなら、少し行ってみたい所があるんです」
「……んぉ? 構わねえけど、イリスも初めて来たんだよな?」
「ええ……だけど」
エントランスホールの中心まで進んだ私は、その場でくるりと一回転し、周囲を見回します。
そこに広がっていた光景は、
思い出すのは、すでにずっと昔に思える「僕」だった頃の記憶。
まだ最初の街に居た頃、最も不安定だった頃に見た、夢の記憶。あれは、確か……
「多分……ここ、以前に夢で見た場所なんです」
「……夢?」
「ええ……母さんと、父さんの」
勿論、ただの夢である可能性が高い事は重々承知しています。だけど、何故か無性に心がざわつく。
そんな私の状況を察しているのか、レイジさんも特に異論は挟んできませんでした。
「分かった……行こう」
「はい。私の記憶が確かなら……多分、こっちです」
頷くレイジさんが、まるでエスコートするように差し出す手。
一瞬だけ気恥ずかしさに躊躇したものの、すぐに今は恋人同士なのだからいいかと思い直してその手を取り、歩き始めるのでした。
辛うじて脳裏に残る、夢の中の風景。
その中で仲睦まじく歩いていた、両親の幻影を頼りにして――……
【後書き】
イリスの見た夢というのは、第19部分にあります。回収まで本当に長かったですね……
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