先王の書斎
広い離宮の中……私が夢で見た、先王アウレオリウスと若き日の母が仲睦まじく歩いていた経路を辿り、長い螺旋階段を降った先。
「……ここか」
「はい……行き止まりですね」
そこには……ただ、直径三メートルくらいの円形の空間があるだけの地下室でした。
「やはり、ただの夢、だったのでしょうか……」
呟きながら、部屋の中心へと一歩踏み込んだ、その時。
「うわっ!?」
「きゃあ!?」
瞬時に、目も開けていられない程に眩い光に包まれた私達。
ようやく眩んだ目が回復し、次に見えた周囲の光景は……山のような蔵書を納めた、広大な書庫に変化していました。
「これは……図書館か?」
「さっきまでとは違う場所……もしかして今の光は、テレポーターでしょうか?」
時折古い遺跡などで見かける、瞬時に人を別の場所に移動させるその装置。私達は、おそらくそれを踏んだのでしょう。
「みたいだな……部屋を見た感じだと、ここは『世界樹跡』遺跡の中か……?」
レイジさんが言う通り、この『世界樹跡』遺跡に酷似した、石とも木材ともつかない不思議な材質でできた部屋。その中に整然と立ち並ぶのは、見上げるほどに高い書架の列。
都市部の大手本屋をスケールアップしたようなその光景は……ゲームだった時にあった、あるエリアを思いださせました。
「ここは……まさか、幻想書庫?」
――幻想書庫。
世界各地に点在する、誰が用意したかも定かではない書が無数に納められた図書室。
ゲーム内では、時折見つかるテレポーターから飛べるエリアだったその場所は、しかし基本的には読めない本が並んでいるだけであり、せいぜいがスクリーンショットの撮影に利用されるだけだったという、大した人気のないエリアでした。
……あと、たまに貴重な魔導書をドロップする魔本系のレアエネミーが沸いたりとか。
「なんでこんな、王家の離宮地下なんてところに……」
「いえ、もしかして、ここを隠すために作られた離宮なのでは?」
「あ、ああ、そうか。そんな可能性もあるな」
そんな話をしながらも、誘惑に駆られて頭上遥か高くまで伸びる書架に手を伸ばし、手近な本を一冊取って開きます。
ゲーム時代は、読めない本をなんとか読もうと、有志が躍起になって文字の解読を進めようと試みていたみたいでしたが……それは、大した結果も出ていなかったはず。
それも今思うと当然で……解読される事が大前提にあるゲームの架空言語とは違い、こちらは実際に使用されていた、そもそも法則の違う言語だったのですから。
だけど、今ならばもしかして……そう思って、書庫から抜き出した本を、二人でパラパラとめくってみます。
しかし……
「……ダメだな、やっぱ読めねぇ」
「そんな……それじゃあ、私達に与えられた知識とは別の言語?」
この世界に来た際に、どうやらこちらの語学の知識は頭に叩き込まれたらしい私達は、今この世界で使われている文字は違和感なく読み書きできます。
それでも分からないという事は、知識の外……私達が知り得る限界である、旧魔道文明期以前の文字という事。
高度な専門知識が必要になるであろうそれを、今から解読するにはあまりにも時間が足りません。
「もっと探索してみよう。先王が足を運んでいたのなら、他に何があるはずだ」
「は、はい!」
本を書架の元の場所へと戻し、レイジさんの横へ並んで奥に歩き出す。
そうしてしばらく進んでいると、やがて、他とは雰囲気が違う一角が広がっていました。
「……人が寝泊りしていた痕跡だな」
警戒しつつも先にそのスペースへと踏み込んだレイジさんの呟き通り、本棚に埋もれるようなその空間には、空きスペースに詰め込まれたようなベッドと机。
そして……明らかに後から持ち込まれたらしい、周囲の物とはデザインが違う本棚。そこに並んでいたのは……
「これは……書斎?」
「やっぱり、アウレオリウスって奴のか」
「……はい、そうみたいですね」
レイジさんの問いに、著者の欄に記されているその名前を確認し、頷きます。
どうやらここは先王……父が入り浸っていた際に使用していた書斎のようでした。
「えっと……『先史文明崩壊の顛末と、ギヌンガガプ発生についての文献の調査報告書』……?」
なんとなく、気が惹かれた本を一冊手に取って、その革張りの丁装の書をパラパラとめくる。
「なになに……『もし私に何かあった時、後に訪れる者のために、ここに私が各地で調べた事を纏めておく』……?」
「……当たり、か」
「そうみたいですね……」
そんな手書きの前置きに、緊張に震えそうになる指を宥めすかし、さらに頁をめくる。
そこに記されていたものは……
◇
――こうして、先史文明は
何か欲しいものがあれば、その場で創り出せるという、神の如き全能の御技。
それによって繁栄したかに見えた文明だが……しかし、無から有を生み出す事など本当にできるのだろうか。
その答えは、創造魔法が大衆へと広まってからおよそ一世紀が経過した頃、突然開示された。
彼らの文明の終焉という、おおよそ最悪の結末を代価として。
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こうしてアーカーシャの研究に直接携わっていた賢人達『十王』の手により体系付けられ、やがて大衆へと広がった創造魔法……無から有を生み出すその魔法は、その利便性と万能性故に、最初こそ疑問視していた者たちにも瞬く間に受け入れられて広まっていった。
もはや、この世界には貧困も不満も無く、欲しいものは自由に作り出せばいい……そんな世界では、争いを起こす意味も消失した。
労働すらも過去となったその世界の人々は、自由になった時間を思索に当て、様々な物を生み出した。
それはもはや、『もしかしたらこういう事もできるのでは?』と好奇心のまま試す遊戯だったことが、文献の内容からは見て取ることができる。
……皮肉なものだ。
この『創造魔法』という全能の力は、彼らから物の道理を理解し、未知に対する畏怖を抱く思考を奪った……闇弱をもたらしたのだから。
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終わりの発端は、小さな空間の裂け目。
創造魔法のそれまで浮き彫りにならなかった欠点。
無から有を生み出す……それはすなわち、世界を好き勝手に増築する事、言い換えれば、その創造分だけ世界を新たに作る事に他ならない。
だがそれは、現実世界にて生み出した物質の分だけ、人の知覚が及ばぬ場所で、虚数空間に広がる反世界を同時に生み出していたと予想される。
そうして釣り合いを取るために生まれ、彼らの住まうこの星の内部に蓄積し、滞留していた反世界。
肥大したそれはやがて、容器が決壊するようにして境界を超え、現実世界へと雪崩れ込んでいった。
そこからの崩壊は、速やかに進んだ。
あらゆる武器も、兵器も、魔法も、この厄災に対して効果は無かったという。
何故ならば……それは、『世界』という概念そのものなのだから。どのような手段を持ってしても『世界』そのものを破壊するなど、出来はしなかった。
記録に記されているそれを私は、侵食する異世界『
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◇
「何でも創造できる魔法……とんでもねぇな」
「……この、『
「そうみたいだな……傷、ってのもよく言ったもんだ」
頭を突き合わせ、書を読み進めながら、その中身について二人で話し合う私達。
ギヌンガガプ……確か、北欧神話における、まだ何も無かった世界に一つだけ口を開いた裂け目の名前だったと記憶しています。
なるほど……この世界を書き換えようとする反世界の名として、相応しい名前に思えました。
「剣でも魔法でも倒せないか……まあそりゃ、世界を斬れ、なんて言われても無理だよな」
「ですが、この時点では光翼族は……それどころか、天族も魔族も出てきませんね」
「そういや、たしかにそうだな」
二人、首を傾げながら、パラパラと頁をめくる。
この書には記載は無いのか、そのあたりの話は見当たらないなと諦め始めた……そんな時。
「……あら、これは」
「ん、どうした?」
「いえ……最後の数頁だけ、やけに殴り書きで書いてあって」
何だろうと好奇心に押されるまま、さらにページをめくる。そこに書いてあったのは――……
◇
――以前触れる機会のあった、『白の書』と呼ばれていた魔導器を調べていく中で、出会った
過去のアクロシティにて、『奈落』を制御できる器を作る実験が行われた。
対処手段のない『奈落』だが、その本質はこちらへと生まれたがっている世界だ。依代となりうる器があれば、それに憑依し、顕界しようとする性質を持つ。
ならば……『奈落』全てを飲み込むだけの器があればどうか。
世界という概念故に手出しできないのならば、個として固着させ、我々と同次元に堕とす事ができれば対処も可能になるのではないか。
それが、当時のアクロシティが考えた事だった。
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幾多の失敗を経て、やがて彼らは用意できる器の中で……あらゆる禁忌を解禁し、考えうる限り最高のものを用意し、最終実験へと踏み込んだ。
その器として選ばれたのは、当代の光翼族の長、御子姫と呼ばれる本来不可侵なはずの存在である少女……の、
その胎児から『白の書』によって魂を抜き取る事によって空の器としたものへ、亡骸に魂を吹き込み蘇生するという今や失われた
また、その制御装置には、『器』ともっとも親和性が高い存在……つまり、
そしてこの実験は……記録の中で唯一、成功したと記されていた。
……だが、これは決して許されざる、あまりにもおぞましい所業だ。
だがしかし、当時の報告書を調べてみると実際に、この時を境に『世界の傷』の発生がそれ以前よりも落ち着いている。
この事を鑑みるに、試みは本当に成功し今も成果を上げていて、その恩恵を我々は知らずに享受している可能性が高い。
……もしこれが本当に、この世界を救う手段足り得るならば。
それに、この手段を応用すれば……
……手段は、ある。
ティシュトリヤの末裔である母の血と、ノールグラシエ王家の父の血を合わせ持っている
そんな
それがたとえ、倫理的に完全に道を外れた所業だとしても……私を無邪気に慕う
この事によって、この先の未来において私は外道として名を残す事となるだろう。だが、もしそうだとしても、私は――……
◇
「……何、これ……」
巻末の、後半になるにつれて記録と言うにはあまりに感情を露わにした筆圧で書かれている、その走り書きに記載されていた内容。
不意打ち気味に現れたその情報、そこに書かれていた内容に愕然としながらも、まるで憑かれたように先を読み進める。
……読み進めようと、した。
「……え?」
報告書の頁をめくろうとした指が、己の意思に反して不自然に跳ね、紙を掴むのに失敗した。
何度か試みても、何故か指が震えて思うように動かない。
それだけでなく、視野が揺れ、視界も暗く狭まった気がする。
「……イリス?」
怪訝そうに問いかけてくるレイジさんの声すらも、やけに遠くに聞こえた。
「はっ……はっ…………は、ひゅ」
息が、苦しい。
だからもっと呼吸しなければと気が急くのに、何故か空気を吸う事ができない。ただひゅ、ひゅ、と引き攣ったような息だけが、やたらと大きく聴こえる。
「……おい、このバカ!」
私の異変を察したらしいレイジさんが、私の手から報告書を奪い取り、私の手が届かない場所へ投げ捨ててしまった。
なぜ、と抗議する暇もなく、気がつくとその腕の中へと抱きしめられていて。
……そこで、ようやく自分が過呼吸を起こしたのだと気がついた。
「れ……じっ、さんっ……いき、できな……っ!?」
「駄目だ喋るな!……いいか、息を吸うな、吐け」
「は……く……?」
そうだ、吸ったのだから吐かなければ。
ようやくその本来当たり前の事に思い至り、肺の中身を吐き出そうとするも、痙攣する胸はさらに空気を求めるせいでうまくいかない。
だがそれでも、少しずつ楽になってきた。
「そうだ、ゆっくり、ゆっくりだぞ。呼吸を俺に合わせろ、いいな?」
言われるまま、咳き込み、痙攣する肺に苦心しながらどうにか息を吐く。
やがて楽になってくると……緊張に伸び切った糸がぷつりと切れるように、私は意識を手放した――……
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