お茶会

 前もってウィスパーチャットにより連絡していた待ち合わせ場所の、NPC経営の喫茶店。

 その上空に到着し、高度を落としてふわりと着地。その際浮き上がるスカートを押さえるのは忘れない。



 ーーふふふ、期待するのは解るがそう簡単に見せると思うなよ、こっちをガン見してた男ども。



 と、ちょっと照れた感じを織り交ぜて微笑みつつ、周囲の視線を向けてきているものに小さく手を振るなどサービスを振りまきつつ、裏ではそんな黒いことを考えながら目的の人物に居るテーブルに向かう。


 そこに居るのは赤色の髪の、引き締まった体つきの精悍な人族の青年。

 そして、やたら堂に入った所作で紅茶を啜っている、僕のキャラを数年だけ年長にして目つきを鋭くした感じの、王子様然とした天族の青年だ。


 普段はどちらも鎧を纏っているのだが、今は街中ということで、布製の鎧下だけを纏っている。

 青年のそのカップを傾ける様があまりに決まっているため周囲の女性たちの視線をほとんど集めているせいで、横で気まずそうにしている赤髪の青年の様子に、ついつい悪戯心が首をもたげ始める。


「お待たせしました、ソール兄様。お久しぶりです。レイジさんもご壮健のようで何よりです」


 軽くスカートを摘まんで膝を曲げ、微笑んで軽く会釈をする。

 頬杖を突いたまま鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をして固まっているレイジとは対照的に、僕の意図に気が付いた王子様……ソールがニヤリと口の端を吊り上げ、立ち上がって軽く頬に手を当ててわずかに僕の顔を上に向かせる。腰に手まで回してるんだからノリノリだ。


「おや、イリス、久しぶりだね。また少し綺麗になったかな? なぁレイジ、君はどう思う?」

「……うぇ!? あ、うぅ、えーと、なんというか……」


 普段の僕らであれば、こんな風に気取った会話はしない。

 急につき合わされてしどろもどろになっているレイジに、追い打ちとばかりに僅かにコテンと首をかしげ、じっと目を見つめて続きの言葉を待つ。


 レイジはしばらく挙動不審に視線を彷徨わせ、あー、だの、うー、だのうめき声を漏らした後。


「だぁぁあああ! やめろお前ら、妙に様になっててマジで反応に困るんだよ!!」


 とうとう爆発してしまったレイジに、僕ら二人は堪え切れずに肩を震わせるのだった。






「で、レベルはどうなったの、『お兄ちゃん』?」


 ソールがそんなことを聞いてくる。

 王子様然とした容姿から出てくる言葉としては実に違和感半端ないけれど、こいつの中身は僕の妹の綾芽だ。


「ん、カンストした。今日はもう時間がないから、転生イベントは明日かな」


 口調は崩しつつ、周囲の目を考慮し上品な仕草に見えるよう心掛けながら紅茶を啜る。

 メニューを選んで精算を押すだけでストレージの所持金から料金が引かれ、待ち時間無しに目の前に現物が出現する手軽さはこのゲームの利点だと思う。

 味覚エンジンによって脳内で再生されたその味と香りは現実で口にするものと遜色なく、舌の上で十分に香りと渋みを味わってから嚥下する。

 ちなみに現在はパーティチャットに切り替えているため周囲に声は届いていない。仲良くお茶を楽しみながら談笑しているだけに見えているはずだ。


「……しかし、悪かったな、レベル上げに付き合ってやれなくて」


 申し訳なさそうに言うレイジ。半年前にすでに何度もやりあって結論は出したはずなのに、どうしても心残りになっているらしい。


「何度も言ってるけど、それは言いっこなし。仕方ないよ、競争、激しかったんでしょ?」


 ソールはタンク職の花形であるナイト系列。レイジは全職でもプレイ人口で1・2を争う剣士系列だ。何かと天才肌であるソールはしれっといつの間にかユニーク職となっていたが、レイジは本当にギリギリのタイミングだったらしい。そこに僕という足手纏いを加えていては、まず無理だったことは想像に難くない。


「ああ、実際、ソールが居なかったら無理だったろうな、空いてて美味い狩場を見つけてきたのもほとんどこいつだし、こいつじゃねーとあんな激しいペア狩りなんざ無理だ無理」


 当時のハイペースを思い出し、げんなりしている友人。

 当時は常に目の下にクマを作ってげっそりしていた。冬休みの間僕らの家に泊まり込んで二人レベル上げに没頭しているとき、大量のエナジードリンクの缶に埋もれて青い顔をしているのを発見した時は本当に死ぬんじゃないかと本気で焦ったものだ。


「ふふん、感謝なさい?」

「あー、はいはい感謝してますよっと」


 勝ち誇った様子のソールに、ふてくされた様子で乱暴にカップの中身を飲み干すレイジ。そんな気やすい様子に、ついつい頬が緩む。


 彼らの誘いを断って一人で行動を始めて以来、ゲーム内で一緒になっても何かと気まずい雰囲気が付き纏ってどこかギクシャクしていた。気にしなくてもいいと何度も言っていたのだが、どうにも彼らは僕を置いていくことに罪悪感が消えなかったようだ。


 そんな空気もようやく彼らに追いついたことで弱くなり、また以前の関係が戻ってきたことが嬉しくてたまらない。思わず頬が緩むのを感じつつ、僕はもう一口、お茶を楽しんでほっこりするのであった。






「しかし、お前……こっちでの言動、本当に女の子らしくなったな……さっきなんかも笑う際、口元に指を添えたりしてたが、あれ、無意識でやってるのか?」


 そんなことを急に宣う友人に、そういえば、確かにとふと気が付く。


「あー、うん、さすがに七年もやってると、咄嗟でも自然にそうなるね……」

「当り前よ、私の最高傑作が、雑な男っぽい仕草をするなんて絶対認められるもんですか」


 そう、僕たちの使っているアバター、つまり3Dモデルの制作は目の前の妹の手によるものである。

 当時13歳のはずの妹が、何かに憑かれたように分厚い専門書を片手に鬼気迫る表情で制作ソフトに向き合っている様は兄として非常に心配であったが。

 しかも時々どこか遠くを見て怪しい笑い声をあげているものだから尚更に。デュフフとかそんな感じの。


 テクスチャは妹がキャラ制作に要した三ヵ月の間、二人で議論に議論を重ね、何度も細かく調整し、重ねてみては気になる点を修正し……を気が遠くなるほど繰り返して僕が一から描き上げたものだ。


 そうして完成した僕の使っているこの『イリス』は、妹曰く「自分が全力で愛でたい理想の女の子を作った」のだそうだ。

 そして妹の使っている『ソール』は、僕の意見を取り上げつつこちらもまた妹が自分の好みを加えて作り上げたものだ。

 完成し、最初にお披露目した時の友人の呆けた顔はちょっと面白かった。




 ……本来であれば僕がソールを、妹がこのイリスを使っていたはずなのだが、どうして交換する羽目になったのかというと、「最初の職業選択を間違えた」としか言いようがない。


 お互い選んだ職業にまったく向いていなかったのだが、最初に選択した職業はそれ以降変えることができず、しかもキャラデリしてしまうと僕たちの三ヶ月の努力の結晶がデータの藻屑と消えてしまうということがあり、やむなく交換することになった。


 そう、仕方なかったのだ。妹のほうはノリノリだったが、僕は不承不承だったのだ。とてもとても不本意だったのだ。それだけは声を大にして言いたい。


 ちなみに、僕のゲーム内での言動については、妹の指導の賜物だ。


 過去にとある事件で幼少時に両親を失った僕たちは祖父母の家に引き取られたのだが、その祖父母というのが地元では少し名の知れた資産家であった。


 妹は当時5歳ぐらいの時から礼儀作法に厳しい祖父母に躾けられており、その妹より僕の受けた女性のふりをする演技指導はとてもとてもスパルタだった。特にVRでは些細な仕草から中の性別がバレる可能性が高いため、最初のほうはほぼつきっきりで演技指導が行われていた。


 ……何やら仲睦まじい様がとても微笑ましいとか周囲に言われていたが、実際はちょっとでも変な言動をしたら周囲の人からは見えないところで折檻が飛んできていたのである。

 その中には失敗続きでキレた妹に「ちょっと変なところを触られた女の子の反応の練習もしてみようか」と人の入ってこない密室で迫られたこともある。途中から記憶がないが。




「……ところで、レイジはいつまで僕の頭を撫でているつもり? 髪型をぐしゃぐしゃにするのは止めてほしいんだけど」


 そう、席に座ってからここまで、僕の頭はずっとレイジの手置き場になっている。


「っと、悪い、ちょうどいい高さで手触りがいいもんだから、ついな」


 などと言いながらなお一層強くぐりぐりと頭を揺さぶってくるレイジに、むー、と睨みつける。


 ……こんな仕草も、少し拗ねたように頬を膨らませ、やや上目遣いで睨みつける、なんていうのを自然にやってしまってるのがなんだかなぁ。

 もしかして妹に洗脳されてないかな? ちょっと不安になってきたんだけど。


 そんなバカなことを考えていた次の瞬間、ゾクリと背筋に悪寒が走る。

 レイジも同様らしく、ギギギ、と音のしそうな動きでソールのほうに顔を向けていた。


 ソールは一口紅茶を含んだ後、こちらに笑いかけてくるが……あ、目が笑ってない。

 口ほどにものを言って『それは私のための頭だから勝手に触るな』と主張している。

 隣ではレイジが冷や汗をダラダラと流しながらガクガク頷いて、そっと僕の頭から手を退けているため、きっと間違ってないだろう。


「そ、そうだ。転生イベントって何するか聞いておきたいんだけど」


 この突き刺すような空気は体に悪い。とりあえず話題を……というところで、そういえばずっと聞いておきたかったことを思い出す。もし何か戦闘でもあったら対策考えておかないといけないし。


「何するっていっても……特に何もないぜ? 変な真っ白い部屋にぽつんと変な本が置いてあって、開くと『力が欲しいか』的なことを聞かれて。職を選んだら一瞬目の前が真っ白になって、それで終わり……あ、レベル低下で今の装備は着れなくなるから、低レベル用の防具と防寒着は用意しとけよ、でないと外出た時に冷気ダメージで死ぬぞ……って、ソール、どうした?」

「え? ああ、うん」


 イベントの話になったとたん先ほどの威圧を引っ込めて黙り込んでいたソールが、もう一口紅茶を含んで舌を湿らせてから口を開く。


「……そのことで変な話を聞いたのよね。学校の友達の話なんだけど。彼女、弟がこのゲームにすっかりのめり込んで勉強しないってずっとぼやいてたんだけど……」


 なんだか物事をズケズケと言う所のある妹にしては歯切れが悪い。黙って二人で続きを促すと、諦めて話し始めた。


「なんでも、転生イベントが終わった後、急に成績が伸びたって言ってたのよね。それも急に学年でもトップクラスに。ずっとゲーム漬けで成績はいつも下のほうを彷徨ってた子がよ?」

「……偶然じゃない? 一段落がついて、ちゃんと勉強する気になったとかさ」


 おそらく一番可能性が高いのはこれだろう、という答えを挙げてみる。一部を除いてほぼユニーク職が出払った今、転生職になった後は特に急ぐ理由も無くなるのだから、そこで我に返って今までの遅れを取り戻そうとした、というのは不思議なことではないはずだ。


「多分そうだと思うんだけど……何か引っかかるっていうか」

「それじゃお前はどうなんだ? 成績上がったりとかは」

「無いわね。いつも通りよ」


 レイジの問いに、バッサリ切り捨てる。


「いつも通り何も問題ないもんね。ソールは中学からずっとトップ争いから漏れてないし」


 いつ勉強しているのかわからないけど、妹が成績を落としたことは過去に一度もない。天は二物を与えずって絶対嘘だよね。


「あーはいはいそうでしたね主席様。天才様に聴いた私が悪ぅございました」

「そういうレイジはどうなの、何か変わったこととかあった?」


 まさかぁ、という返答を期待しての発言だったのだが。


「…………」


 レイジは予想に反して、手で口元を覆い、何か考え事をするように悩みこんだ。


「……え、何かマジであったの?」

「ああ、その、なんだ……ほら、俺、うちで剣道やってるじゃん」


 レイジの家は剣道の道場だ。そのため小さなころから竹刀を振っており、公式戦には出ないもののかなりの実力を持つ。

 VRMMOではリアルでの経験というのは非常に重大な意味を持つ。まったくの素人と、剣による駆け引きの経験があるものでは当然後者のほうが同じステータスでも遥かに強く、その経験があるレイジはかなりのアドバンテージを持ってスタートしている。


「あー、いっつもあのおっかないじーちゃんに扱かれてべそかいてたわよね」

「そうしてうちに家出してくるのもいつものことだったよね」

「そのじーちゃんに勝った」

「「はぁ!?」」

「ちょ、ちょっと待って、レイジのお爺さんって警察に稽古なんかも付けてる凄い強い人だよね!?」

「え!? 玲史さん去年までボッコボコにやられてなかった!?」

「ああ、そうなんだけど……ってそこまで酷くねぇし! なんか、すげぇ太刀筋がゆっくりに見えてさ、行ける……! って突っ込んでみたら、こう、すぱん、と」


 そういって、胴を払うポーズをして見せるレイジ。


「……こっちで散々剣振ってたから、知らないうちに強くなってたとか……?」


 なんせレベルカンスト付近ともなると人外の動きをしてくる連中が相手だ、知らず知らずのうちに戦闘経験が積み重なって才能が開花した……なんてこともあるかもしれない。


「やっぱそう……かなぁ……」


 どこか納得いかない表情で首を捻るレイジに、僕たちは何か言い知れぬ不安を感じていた。




「っと、悪い! 転生イベント前のお前に言うことじゃなかったな。明日はログイン可能になるまでどうするんだ?」

「あー、えっと。明日は次に予定しているイベントの打ち合わせで、一度顔を出してほしいと言われているからそっちにいかないとかな。今度提出したイラストの修正点なんかも聞きたいし。だから夕方以降になると思う」

「私はその付き添いね。まあ、将来の職場見学にもなるし」


 祖父母が亡くなってすぐ、自分でもちゃんと稼げるようにとそれまで趣味で嗜んでいた絵を仕事にしようと発起し、細々とイラストレーターの真似事をしていた僕は、この縁で時々イメージイラストの仕事を貰っており、妹はまだ大学を2年残しながら、すでにこのゲームを開発・運営する会社に内定が確定している。

 なので結構こまめに訪れては、仕事についての勉強を始めているらしい。


「そっか、それじゃ明日は俺も講義ないし、ついていこうか。中には入れなくても車椅子を押すくらいはできるしな」


 確かに、レイジは体力があるし、ついてきてくれればとても心強い。


「それはありがたいけど……いいの?」

「ああ、任せとけ」

「それじゃ、帰りに荷物持ちも頼もうかしら」

「……お、おう、任せとけ」


 あ、これはついでに重いもの買い込む気満々だな。さすがにちょっと引きつったレイジ。ご愁傷様。

 そんな話をしているうちに、脳内に強制ログアウトまで残り五分のアラームが鳴る。


「っと、どうやら時間みたい……それじゃ、玲史、明日はよろしくね」

「私も落ちるわ、おやすみなさい、玲史さん」

「ああ、柳、綾芽ちゃん。また明日。……また一緒にパーティで遊べるの、楽しみにしてるぜ」


 僕たち三人は、軽く拳を合わせてそれぞれログアウトを実行、現実の世界へと戻っていった。








【後書き】

柳→ソール  綾芽→菖蒲→イリス 

キャラ作成後に交換したためそれぞれお互いの名前のキャラを使ってます。

レイジは本名。


主人公視点ではキャラ交換理由はこうですが、綾芽的には

「計画通り(ゲス顔」

となります

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