姫様と呼ばれるプレイヤー

 北の大陸ほぼ全域を収める、ノールグラシエ王国。


 国土の大部分は雪と氷に覆われる極寒の地で、北部には何千年に亘り溶けたことのないという世界最大の泉が鎮座し、王都はその分厚い氷の上に存在するという不思議な立地をしている。


 何故、そのような構造なのか……一説では氷面を古い地下遺構が貫通しており、その遺跡を抜けた先、湖底には旧市街地が存在しているらしい、との情報がNPCの会話に存在する。

 なんらかの事情によって退去せざるを得なかった人々が、湖面の上に顔を出した遺跡の上に作り上げたのがこの国の王都ではないか、という設定である。


 この世界の現在実装されている四つの大陸の中では、魔道技術に秀で、希少な魔法を学ぶことができるイベントが存在するなど、魔法職が多く拠点にする地方である。


 そんな国であるが、国土の南の方は比較的温暖であり、大体日本でいう北海道くらいの気候となる。

 ゲーム内の季節はおおよそ現実とリンクしているため現在初夏に差し掛かった頃であり、ちらほら涼を求めてこちらに拠点を変更する者などで俄に人通りが多くなりつつあった。



 そんな北大陸の最南端、四大陸の中央に位置する島に鎮座する『アクロシティ』へと通じる大規模転移ポータルを備えた交易の街『コメルス』がある。


 この街の中央には転移ゲートを備えた広場があり、そこから南北に大通りが伸びて、その周辺に様々な露店が立ち並ぶ商業の街だ。

 ちなみに設定では裏通りの先には色町などもあるらしく、事実、路地を奥に奥にと進むと柄の悪いNPCが増え猥雑になっていくが、全年齢対応のこのゲームではそこまでしか実装されていない。

 大陸間の移動が容易な立地で、中央に鎮座する『アクロシティ』での商売は許可を受けるのが難しいこともあり、プレイヤーの露店で賑わう町となっている。






 ゲートを抜けて街に足を踏み入れた僕は、ゲーム内では一か月日ぶりの日光の眩しさに思わず目を瞑る。

 明るさに目が慣れ、視力が回復するまでじっと佇んでいると、周囲のプレイヤーの喧騒が大きくなっていくのが聞こえた


「……なぁ、あれ姫様じゃね」

「あ、ほんとだ。久しぶりに見たなぁ。今まで何してたんだろ」

「そりゃレベル上げだろ、支援職は大変って言うし……あー、それにしても小さくて可愛いなぁ」


 ……しまった、人前に出るのが久々すぎて、やたら目を引く自分の姿を忘れていた。




 そういえば姿を隠すための外套はここ最近の狩りで破損していて使用不可となり、故障アイテムとして装備から外れてインベントリに格納されている。

 現在の自分の姿は高レベルのビショップ用の装備の、フリルをふんだんに使用した『メイデンドレス』なる可愛らしい白いドレス姿。

 そんな目立つ格好を、人通りの多い中央広場で晒していた。


 視力が回復したころには時すでに遅く、周囲を見渡すとすっかり注目を浴びていた。

 何年経っても、一人の時にこれだけ視線が集中するのはどうしても慣れず、内心盛大に顔を引きつらせる。


「あ、姫様、俺たちこれからギルメンとレベル上げ行くんすけど、一緒にどう……っすか?」


 周囲から一斉にに集まる「何抜け駆けしてんだテメェ!」という圧力の篭った視線を受け、やや怯えたように声をかけてきた一人の男性プレイヤー。


  ごめん、もう終わってるんだ、と馬鹿正直に言うわけにもいかず、どうにか慌てて猫を被りなおす。


 ……ちなみに友人には「白ネカマモード」などと呼ばれているが、否定できないのが辛い。


「……えぇと、すみません、今日はもうプレイ時間制限ギリギリなもので」


 両手をおへその前あたりで組み、視点をやや足元に落とし、ややうつむき加減で申し訳なさそうにしゅんとしているように「見える」ように意識して返答すると、目の前のプレイヤーは周囲の視線が気になるのか焦って周囲を見回す。


「ああ、ご、ごめん、リアルだともう夜遅いっすもんね……それじゃ、また機会があったら協力するっすよ」


 しどろもどろになって謝罪する彼になんだか申し訳ない気持ちになる。

 下心の有無はさておき、根底にあるのは親切心なのだろうから。これで周囲に何か言われたりしたら申し訳ない。


「はい、今回は無理ですけど、もし次の機会があればその時はよろしくお願いしますね」


 顔を上げ、僅かに首を傾げてふわりと軽く微笑みかけ、呆けている彼に軽く会釈をして立ち去る。


 内心と言動が違いすぎてキモい? 世の中得てしてそんなもんだ諦めろ。僕は学校では「清楚なお嬢様」で通っている妹の真の姿を散々家の中で見知っているので早々に諦めた。


 公式のイベントに駆り出されるようになって、運営の人たちに「イメージを崩さない言動を心掛けろ」と口を酸っぱくして言われているのだからしょうがない。

 この縁で、リアルのほうでも専属契約を受けて仕事を斡旋してもらっている身なのだから、こちらに拒否権はないのだ。


 やや広めのスペースを見つけてとてとてと移動すると、そこで広場を振り返って背中の翼を広げ


「お騒がせして申し訳ありませんでした、それでは失礼します」


 と、スカートを軽くつまんで会釈し、翼をはためかせてふわりと舞い上がる。


 天族でも街中で飛んで移動するものはあまり居ない……普通に歩いたほうが楽だからだ……が、僕は事情があってこちらのほうが楽なのだ。

 街中で特に用もなく浮遊状態になるのはあまり周囲にいい顔はされ難いのだが、僕の「事情」は割と広く知られているため、周囲からは「気をつけてー」などの温かい言葉をかけられる。その声に、にこっと微笑み小さく手を振って返すと、目的の場所へ向かうため高度を一気に上昇させた。











 回復職不遇の中に、プレイヤーの間で『姫様』とあだ名される有名な回復職のプレイヤーがいた。


 とはいえ、下心を抱えて接近してきた男を囲い、女であることを利用し周囲の男に貢がせるネトゲでよく居るアレではない。

 むしろ、彼女はちやほやされて囲まれるのはあまり得意ではなく、下心から接近する者たちより無償で贈られる物品は絶対に受け取らないことで有名であった。


 彼女を有名人足らしめているのは、キャラクターレベルとプレイヤースキル両面で、希少なエンドコンテンツにも耐えうる最高レベルの回復職であるということもあるが、それ以上にその容姿……アバターの完成度であろう。




 最初にその名が現れたのは、第一回の公式主催のアバターコンテスト。

 当初はどうせ企業制作の物が表彰台を占めるはずとプレイヤー全員がやや白けた表情で眺めており、事実、趣味の個人制作と、仕事として金と時間と人員を投入した企業制作ではその完成度の差は大きく開いていた。


 そんな中、彼女が現れた際は騒然となった。


 果たして、そのアバター制作にはいったいどれほどの時間と情熱を傾けられたのか。




   ――きめ細かく、さらさらと流れる腰まである白銀の長髪。


 ――妖精もかくやという、どこか現実味の無い儚げで今にも溶けて消えてしまいそうな繊細な顔。


 ――150cmあるか無いかぐらいの小柄な体躯は触れれば折れてしまいそうなほどに華奢で。




 滑らかできめ細かな白磁の肌も、一からテクスチャを描き上げたらしく、周囲と一線を画す質感を纏いながらもギリギリで世界観から浮かない……そういうレベルに収まっていた。


 天族の特徴である背中の真白い翼(驚くべきことに、そちらもパッと見では分からないが、至近距離で見比べるとふわふわ感がまったく違うというさりげない手が入っていた)も相まって、まるで天使が降臨したような可憐な様に周囲はただ食い入るように見つめていた。

 そんな彼女の仕草は楚々としてかつ非常に可愛らしく、どこかのお嬢様だと言われれば納得してしまいそうなほど。


 ……唯一欠点らしきものとして、足が不自由なのかどこかぎこちない歩き方が目につくが、それもまた庇護欲をそそると評判であった。






 また、男性の部でも一人のプレイヤーが注目を浴びる。


 先ほどの女性の部の少女と兄妹らしく、その作りは非常によく似通っていた。身長は170そこそことそこまで高くないが、中性的な容姿にはよく似合っていた。

 肩のあたりで切り揃えられた、癖の無いサラサラとした銀髪に縁取られた容姿は微かに先程の少女との類似点を残しながら、こちらは端正な貴公子然とした外見と立ち居振る舞いに、女性陣の羨望と男性陣の嫉妬の視線を一身に集めることとなる。


 二人でいる際の仲睦まじい兄妹そのものである振る舞いは、何人か気絶者を出すほどの破壊力があったと語られる。







 ……結果、並みいる企業制作のアバターを押しのけて男女の部双方を二人で独占。


 運営の思いつきにより、後日好きな国の王族であることを示す称号を授与され、こうして設定上でも公認の、北の大陸を占める魔法王国ノールグラシエのお姫様と王子様になってしまう。


 また、さらに後日、公式主催のレイドイベントにおいて重要な役にプレイヤーながら抜擢され、度々半公式キャラの扱いを受けることとなり、名実ともに「姫様」として扱われるようになっていった。




 こうした出来事でアバター制作者たちはいつか自分もと奮起し、様々な趣向を凝らしたアバターを制作するものが次々と現れ、以降ゲーム内の顔面偏差値が上がってしまったとも言われている。




 ――北の宝石姫、イリス・ノールグラシエ。




 北を舞台にした公式イベントの際には、一プレイヤーでありながら度々イメージイラストも飾ることもある、健気で儚げなお姫様。実は開発中の高性能AIを搭載したNPCだとか、そんな噂もちらほら散見されるが……




 ……そんな『姫様』の中身が僕であることは、本当に、本当に申し訳ないと思っている。

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