地の底で
相手の魔法詠唱の兆候を確認し、即座に岩陰に隠れてから5カウント。
身を翻し飛び出すと、視線の先、崖下のだいぶ遠くに見える地下都市跡の中で、予想通り僕というターゲットへの視線が切れたため対象をロストした敵……豪華な鎧を身に纏い、漆黒の巨大な剣を持った、しかし四肢の所々の肉が崩れ骨や筋肉のむき出しになった無残な姿の一つ目の巨人……の魔法は発動に失敗し、詠唱時間に加えディレイ分の時間硬直状態に入っている。
少しでもタイミングが早いと沈黙と気絶に加え補助効果をすべて消去などという致命的なデバフを受けるタチの悪い魔法が飛んでくる。
かといってタイミングが遅れると、今度は硬直の解けた相手から手痛い反撃を喰らうため、この瞬間は何度やっても背中がヒヤリとするが、どうやら今回も無事やり過ごせたようだ。
「
歌を紡ぐように僕の口から流れるソプラノボイスが、傍から聞いたら意味のない単語の羅列のような言葉を流す。
これは魔法を使用する際の音声入力のコマンドワードのようなもので……最初は恥ずかしかったものの、慣れるといちいちコマンドやマクロのウィンドゥを眺める必要がなくなり視界を広くとることができるため、覚えている使用頻度の高い魔法はすべて何度も納得いくまで練習し、いつでも呼び出せるようにしている。
この地下に引きこもって早一か月。
何百何千と繰り返した詠唱は凄まじい早口で二秒足らずで唱え終わり、周囲に四本の光の槍が出現する。
使用する魔法は【ディバイン・スピア】という、ほとんど攻撃手段を持たないスキル構成の純支援である僕の所有する数少ない攻撃魔法。
二次職であるビショップの終盤で習得するこの魔法は、やや無視できない長さの使用後のディレイがあるものの、再使用可能になるまでのクールタイムは比較的短く、特定の属性の敵に対してのみ絶大な効力を発揮する。
習得初期では1本しか出せない光槍は、スキルや魔法を使い続けることで上がる熟練度を最大まで伸ばすことで二本に、加えてレイドボスから入手可能なスクロールを二種使用しスキル限界突破をすることで現在の最大四本まで本数を伸ばすことが可能であり、ここまでやれば対アンデッドと悪魔、MPダメージに弱い精神生命体系統に対してのみ全職でもトップクラスのDPS(一秒あたりのダメージ量)を誇るという、プリースト系では破格の攻撃能力を持っている。
それ以外の敵にはMPダメージしか効果はないという問題はあるが、アンデッド系の敵であれば非常に有効な攻撃手段だ。
奴の硬直が終わるまであとおよそ五秒。
システムのアシストに導かれ、射出された光の槍が自動追尾で標的に殺到するのを視界の端に収めつつ、ジリジリとディレイによる硬直が解けるのを待つ……今!
再び動くようになった口で、新たな呪文の詠唱を始める。
今度は【ソリッド・レイ】という、一度だけ物理ダメージを打ち消す魔法だ。
代わりにごく短時間しか持続しない、敵の攻撃に合わせて使う必要のある防御魔法だが、詠唱が短くディレイがないという利点がある。
詠唱が完了し、正六角形を多数組み合わせた光の格子で構成される防壁が前面に展開されると同時に、先ほどのディバインスピアが遠くの標的に命中し、敵のHPが数ドット程度わずかにだが減少する。
続けて、【ホーリーブレス】の魔法により疑似的なHPを追加、耐久力を底上げしておく。
ここでようやく硬直の解けた敵が、足元から岩を掴みあげたのが見え、杖を正面に構えて防御姿勢を取った。
――次の瞬間、眼前に凄まじい速度で飛来した僕の胴体より巨大なサイズの岩が、先ほどの防御膜に弾かれて砕け散った。
……ソリッド・レイの欠点は、高い衝撃属性を持つ攻撃に付随する浸透ダメージとスタン効果は防げないことだ。
おそらくは一撃でミンチより酷いことになるであろう、その攻撃の直撃のダメージこそ無効になったものの……衝撃で僕の小柄な体は数歩後ろにある壁に叩きつけられた。
先ほどホーリーブレスによって付加された追加HPは紙のように剥ぎ取られ、HPゲージが黄色を通り過ぎ赤みの濃いオレンジに染まる。
全身が痺れ、膝を突きそうになるけれど、そこは前もって設置しておいた【レストフィールド】……地面設置、持続型の状態異常治癒魔法により即座に解除される。
こちらはまだ、効果時間は余裕があるので再設置はいいだろうと判断する。その分次の相手の行動まで余裕があるが、欲張ると痛い目を見ることはすでに何度も身に染みてわかっている。
今のうちに回復魔法でHPを全快し、やがて敵がクールタイムの切れた魔法の詠唱を始めた瞬間、再び視線を切るために岩陰に転がり込んだ。
……敵のHPはまだまだ半分以上残っている。
目標まであと少し。そう逸る心を精神力でねじ伏せて、再び脳内でのカウントにだけ意識を集中させた。
「はぁ、はぁ……終わっ……た?」
単調ながらも一歩間違えれば即座に崩れる一連の流れを幾度も幾度も気の遠くなる回数繰り返し……気が付けば眼下遠く、自分が所有する対アンデッド用攻撃魔法の射程ギリギリの場所でゆっくり崩れ落ちる巨人のアンデッドを見下ろす。
精神的疲労にふらつく足元を両手で握った長杖に体を預けることで支え、頭上に燦然と輝くレベルアップのエフェクトを呆然と眺める。
……ステータスウィンドゥを呼び出してみると、レベル欄には現在の職である二次職『ビショップ』のレベル上限、110という数字が輝いていた。
僕に付き合って一緒にレベル上げをする、と食い下がる妹と友人の提案を、自分たちのレベル上げを優先してほしいと断ってすでに半年。
無事自分たちの望む職に就くことができたものの、レベル巻き戻りによって一緒に組むことができなくなったことを気に病む彼らにすぐ追いつくと約束して三か月。
季節は冬から初夏に入り、彼らを待たせている焦燥感を覚えながら、まともにソロ狩りのできるアンデッド系の敵を求めて訪れた廃墟の古代都市のダンジョンにて不注意から落とし穴のトラップにうっかり引っかかった先は、未発見だった東京ドーム二つ分程度の広さの地下都市跡という隠し部屋であった。
鑑定用のアイテムを使用して徘徊していた敵のレベルを見たところ、最高クラスの廃人たちがフルメンバーで狩りを行ってようやく獲物にするような、廃人御用達のエネミーの闊歩するエリアだったようだが……落下先の横穴を抜けた先は、緩めの傾斜のついた壁面の、なぜか存在した変な崖のでっぱりのような、十歩も歩けば端から端まで到達してしまうような、敵の侵入してこない小さな足場であった。
たまたま調整ミスなのか、魔物たちは巨体が災いして洞窟の地下都市の建物の判定による移動禁止領域に引っかかりこちらに接近できず、何故か魔法の射程圏内ギリギリに出現するため攻撃が可能であった。
もっとも近接攻撃が届かないだけで、偶に投げてくる投石に逃げ遅れたりすると、全力でかけた防御魔法の上からでも一撃でHPが真っ赤になるし、状態異常の魔法なんかも飛んでくるので、ここまで一度も死ななかったのは奇跡に近いギリギリのルーチンワークを要求されたけれども。
おそらく本来は近接型の魔物なのだろうから、まともに相対した場合あっという間に殴り殺される未来しか見えない。単調なパターン狩りになっているのは遠くを攻撃する手段に乏しいためであろう。
かなりグレーゾーンな方法で突破したが、実は最初に一度こうして1つレベルを上昇させた……させてしまった後、目にしたことのない桁の経験値が入ってきたことで自分のしでかしたことに恐怖を覚え、場合によってはアカウント削除も覚悟して運営には報告を行なった。
結果、一度は厳重注意に一週間のアカウント一時凍結という、予想よりはるかに軽い処分の連絡が来たものの……何故かその日のうちにその処分は取り消され、そういう仕様だから問題ない、と上からの指示だということで無かったことになった。
首を捻りながらも、罪悪感は残るがありがたく利用させていただき、人気職の本気の狩りに匹敵するペースでとうとうここまで来た。
リアル時間でおよそ三十日と少し。いい加減カビが生えてきそうだ。
あとはイベントさえこなせば、先に転生を済ませてその先で待っている妹と友人にようやく追いつくことができる。
逸る気持ちで二人に今から街に帰ることを伝え、全てのプレイヤーが一日に一度だけ利用できる、任意の訪れたことのある街へと移動できるテレポートゲートを作動させたその時、連続でプレイ可能な時間の上限である八時間まで残り三十分しかないことを告げるアラームが脳内に響いた。
このゲームには、健康に配慮ということで、二十四時間以内に八時間以上接続した場合、クールタイムを十二時間以上設けなければならないという制約が存在する。
……どうやら、今日は残念ながら時間切れのようだ。
予想以上に時間が経過していたことに対する驚きと、目の前でおあずけを喰らった残念さを抱えながら、ゲーム内では久々に顔を合わせる友人の待つ街へと続くゲートへ飛び込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます