Worldgate Online ~世恢の翼~

@resn

『Worldgate Online』

 そのゲームは一人の天才から生まれたという。


 とある大国で、ある時突然世に現れた『アウレオ=ユーバー』という一人の天才科学者だ。


 その出自を知るものは不思議と誰もおらず、それまでほとんど目立った成果を出していなかった無名の者だった彼。


 そんな彼が忽然と出現し、一躍有名になったのは、停滞していた分野であった脳内の信号の解析を成功させ、魔法のような新技術によって、当時半ば夢物語と諦められつつあったフルダイブ型のVR機器を突如完成させてしまったことである。


 しかし、様々な分野で応用の利くはずのその技術を、彼は特定の分野で追求することしか興味を見せなかった。

 数々の画期的な医療関係の技術を世にもたらした後は、その利権を自身の目的に必要な最小限度だけ残しあっさり売り払ってしまった。


 莫大な資産を手にした彼はそのまま日本へと渡り、過去にゲームハード販売実績を持つとある企業の門を叩く。

 先進的なものを好む気風のあったその企業の援助を受けて、自らの資産を投げ打ちゲーム開発の会社を創設、新しいタイプのゲーム……フルダイブ型VRMMOの制作に没頭した。




 ――そうして、数年の月日が流れる。




 彼のもたらした新技術によってAR・VR技術が発展し、世の中が目まぐるしく変化していく中……彼の名前は流れの中に埋没していった。







 そんな彼の名前が再び登場したのは、あるゲームハードが発売された時であった。


 彼が再び世に出てくるまでの間、他社でもフルダイブ型VRゲームの研究は行われていたが、資金や技術の問題から世に出てきたものはいまいちパッとせず、半ば諦観の思いのまま、いつか夢のようなゲームが登場するのを世のゲーマーは待ち続けていた。


 そんな中での突如フルダイブ技術の基礎を作り上げた彼の名前を背負ったゲームハードの登場に、世の中は俄に期待を募らせ……そして実際に姿を現したソレは、そんな彼らの期待に報いるには十分、いや、期待を遥かに超えるものであった。


 機器の処理能力不足によるラグはほとんど存在せず、通信環境さえ十分であれば快適に動くハード性能。

 探索しきれない広大なフィールドを有する異世界、精巧で美麗な広く視界に広がる風景。

 同時発売された世界初のフルダイブ型VRMMORPG『Worldgate Online』と合わせ、こぞって買い求めようとするものが後を絶たなかったが、何故か制作者であるアウレオの意向により出荷数がかなり絞られ、数年単位の在庫不足に陥るほどであった。


 また、このゲームでは、公式から提供される素体をもとに、サイズ・体形・容量制限の範囲内であればどこまでもカスタマイズできるキャラメイクの自由度の高さなどから話題を呼び、人気に拍車をかけた。


 とはいえやはり素人が手出しするとそのほとんどは満足した出来にはならず、ごく一部を除き、公式で提供される素材(とはいえそれだけでも凄まじい自由度を誇るが)か、企業などが営利目的で作り上げ販売するデータを購入するしかなかったが。







 ――それから7年。


 そんな騒動も今や過去の出来事であり、ハードの普及は進み、開発ツールや基幹プログラムが公開されたことによって各社様々なフルダイブVRMMORPGを世に送り出し、新しい物好きが方々へと分散していった。


 そんな中で、最古参のVRMMORPGとして落ち着いた雰囲気を纏い始めた『Worldgate Online』であるが……ここ数か月で俄に活気を取り戻していた。


 初期は80であったレベルキャップが幾度かのバージョンアップにより徐々に解放され、今年初めの調整により上限は110へと上昇した。


 それと同時に電撃発表された「転生システム」の実装。これまでに習得したスキルはそのままに、高い成長補正を持った上位種族となってレベルを1へと巻き戻し、新しく追加された三次転生職へとクラスチェンジできる……という、昔のMMORPGではありふれた珍しくないものであったが……真に騒動が激化したのは、これまでと比較しても遥かに膨大な必要経験値という壁を乗り越え最初の転生職が現れた、実装から三か月後であった。


『ユニーク職』


 このゲームで最初に選択できる、人族、天族、魔族の三種の各種族の各職業ごとにそれぞれゲーム全体で一人だけに与えられる、ゲーム内で唯一自分だけの職業。

 最初の転生職へと至った者から報告されたその存在により、そうした「特別」に憧れるゲーマーたちはこぞって狂乱の様相でレベリング競争を始める。


 人気の狩場は瞬く間に怒声飛び交う修羅の地と化し、パーティ募集は効率第一。

 他者を蹴落としたい者も大量発生し、一時ゲーム内の治安が著しく悪化する羽目となってしまった。


 ……尤も、そんな中で栄冠をつかんだ者たちは、そのほとんどがそうした醜態を横目にストイックに研鑽を積んだ者たちで占められていたのは皮肉であったが。


 そんな騒動も、半年が経過した今ではおおよその職でユニーク職が埋まったことでなりを潜め、再びゲーム内では平穏が戻り始めていた。






 ……そんな中、まだ誰も到達しておらず、当人たちも半ば諦めのムードを漂わせながら死んだような目で狩りを続け、職業掲示板ではずっと葬式ムードが流れている職が存在した。


 それが支援職、とりわけプリースト系の回復職であった。




 他のゲームでは比較的人気職であることが多いその職だが、『Worldgate Online』においては何故か運営の悪意を感じるレベルで不遇であった。


 まず、VRMMOにおける支援職には致命的な欠点がある。「プレイしていて爽快感が無い」ということだ。

 特に、プリースト系列の回復職は、味方のHP管理や被ダメージの減少といった防的な支援を主体とするため、実際はやることは多い。

 しかし、その働きは目に見えて効果として現れることは少なく、役割は忙しい反面、非常に地味な縁の下の力持ちであり、自分の手で剣を振りたい、魔法をぶっぱなしたい、自分の体を動かして強大な魔物と戦いたい、そういう層には全く見向きもされなかった。


 一つのアカウントにつき一体のキャラしか作成できないことも相まって、常にプレイ人口調査では職別でワーストのトップを争い続けていた。


 さらに人口減少に拍車をかけているのが、このゲームではリアルの性別とは別の性別のキャラでプレイし難いことであった。


 やってやれないことはないが、このゲーム、というよりゲームハードは、購入が公式のオンラインショップによる受注販売しか存在せず、そのためには住民票の写しの提出が求められ、機器にはその情報がインプットされた状態で送付されてくる。


 健康上の理由とやらで、その機器では登録された際に設定された性別しか選ぶことができないようになっていた。


 運営では販売時の制限は付けたもののその後は自己責任という見解を示し、利用制限が設けられているわけではないので他者が使えないことはないが、では女性が自分の個人情報を入力された機器を他者に譲渡するかといえばもちろんそんな者は皆無である。


 つまり、このゲームでネカマをしようと思った場合、決して安くない機器の代金を用意し、ゲームに興味のない知り合いの女性に、「ネカマがしたいので代わりにハードを購入してください」と頭を下げるしかないのだ。これは酷い。壁が高すぎる。この段階で95%の者が挫折した。


 そうした理由によって、このゲームにおいてプレイヤーキャラの男女比は大きく男性側に傾いている。

 どうしてもネットゲームにおける魔法職、とりわけ支援職というのは女の子のキャラでプレイしたい者が多く、やはり男キャラであれば格好良く戦いたい、という願望によって支援職は敬遠されがちであった。


 では、女性ならどうかというと、そのほとんどは厳しすぎる育成難度にほとんどが挫折していくこととなる。

 このゲームには何故か他のMMORPGにはよくある経験値のパーティボーナスが存在せず、レベル差などを加味し修正され律儀に過不足なく分割された経験値がメンバー全員に分配される。

 人数が増えれば増えるほど、一体あたりの入手経験値量は加速度的に低くなっていくのである。


 そして支援職は総じて自己戦闘力は低く、ソロでレベルを上げようとした場合は相当格下の相手を選び雀の涙ほどの経験値を辛抱強く積み重ねていかなければならなかった。


 ゲームが続くことでプレイヤーたちの戦闘力や戦術が向上する中で、レベリングの中心はいかに早く大量の敵を効率的に倒すかというものに移行し、回復職を加えるよりその分アタッカーを追加し回転速度を向上させることが求められた。


 ダメージを受ける前に倒しきれるのであれば、回復職はただ立ってるだけのお荷物になってしまうことになる。


 逆に回復職の仕事が多いパーティとなると、それはつまりそのパーティの戦闘力がお粗末ということになってしまうのだが、そうした連中は総じてその責任を自分以外の他者、それも立場の弱い者に押し付けようとする。


 つまり……必死に状況を立て直そうと四苦八苦していた回復職にターゲットが向けられるのである。


 更に都合が悪いことに、とくに近年では、レベルキャップが100になった時から110が解放されるまでの間に数年の開きがあり、長い倦怠期の中で運営より安価で高性能な回復薬類が実装され、「プリースト系イラネ」という風潮の加速が進んでいた。




 では、そんな支援職は本当に需要が無いかというと、レイドボスなどのレベル上げが完了した後のエンドコンテンツにおいては必須と言えることもあって、需要と供給のバランスが反転する。


 苦難の果てに第一線級の能力を手に入れた支援職を待っているのは、血で血を洗う争奪戦である。

 他人の役に立ちたいと歯を食いしばってレベルを上げた先には、自分の奪い合いでギスギスした戦場と悪質なユーザーによる粘着、熱い手のひら返しという現実を目の前に、ここまで来たにもかかわらず、心折れてログインしなくなった者も多数存在した。




 余談であるが、女性用のプリーストの初期服は人口を増やしたい運営の意向なのか幾度か更新されており、ゲームでもユーザー人気投票衣装部門で上位の可愛さを誇ることで評判となる。


 それに釣られ、ファッションを楽しみたい初心者層がいつも一定数入ってくるものの……レベル上げで夢破れ、キャラを作り直し、自身で苦心して作り上げたかあるいは高い代金をはたいて購入した企業制作の物か、可愛らしいメイキングのキャラがデータの墓場へと消えていく様を、ユーザーたちは「公式ハニートラップ」と呼び、震えて眺め続けている。








【後書き】

選択できる種族について

人族……基本となる人。地味。生命力に優れHP補正が高い

天族……背中に羽根を持つ種族。攻撃性能低め防御性能高め。一定高度まで飛べる。

魔族……頭に角を持った種族。攻撃力高め。唯一青系の肌が選択でき、根強いファンがいる。

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