救出2

時系列が「暗中と光輝」直後まで飛びます

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 怒りで腸が煮えくり返りそうだ。台に押さえつけられ倒れ伏すイリスは、頬が殴られて腫れ、全身も痛々しい傷が覆っている。元が白く透き通る肌色をしていただけに、あまりの痛々しさに気分が悪くなる。到底間に合ったとは言い難いが、本当に取り返しのつかない最後の一線だけは辛うじて無事、そういう非常に危ういタイミングだったらしい。



「馬鹿野郎、怯むな! そいつを助けに来たってんなら、人質に……!」

「ああ、悪いけど……それ、無理だわ」


 倒れているイリスの周囲に、突如、不可視の盾……ソールの魔法、『インビジブル・シールド』が展開される。直後、けたたましい破砕音を上げて、窓が粉微塵に砕け散る。


「いで、いでで!?……ぎぃあ!?」

「ぎゃあ、おかしら……がっ!?」


 イリスを避け、降り注ぐ砕片にたまらず頭を庇ったあいつを押さえつけていた取り巻きに、次の瞬間、窓から飛び込んできた人影……ソールが襲い掛かる。着地の衝撃を回転で逃しながら一人目、左の男の首を引き裂き、回転が止まった瞬間、即座に踏み出してすれ違いざまにもう一人の心臓を一突き。瞬く間に二人に致命傷を与えたソールが、あらかじめ外していたらしい左肩のマントをばさりとイリスの裸身に被せ


「……『フォース・シールド』ぉ!!」


 盾を、力いっぱいに床に突き立てる。やや先端の尖ったその盾は、石造りの床を穿ち、その盾を基点に、イリスを守るように防壁が張られる。『フォースシールド』。自身の盾の周囲に非常に耐久力の高い障壁を発生させるナイトロードのスキル。盾を手放してしまうというタンク職には致命的な欠点があるものの、要人の防御にはこれ以上ないほど強固で、これでもはや周囲の男たちはあいつに手を出せない。


 この屋敷に突入する際、見えた光にイリスの居場所は二階の一室であると把握済みだった。俺が正面から突撃し注意を引き付けている間に、ソールは裏に聳え立った崖から飛び込んで敵からイリスを隔離。策と呼ぶのもおこがましい力技だが、こいつ本当にタンク職かと思わざるを得ないさすがとしか言いようのない早業に、瞬く間に最大の懸案事項、あいつの安全は確保され、これでもう気兼ねする必要はない。突然の形勢逆転に誰も動けない中、俺とソールは悠々とイリスを背後に庇う位置でお互いの背中を預ける形で構えを取る。


「ここから一人も逃がすつもりはない。私のイリスを傷付け辱めたお前たちを……生かしておくつもりなど毛頭ない」

「同感だ、今更許しを請えると思うんじゃねぇぞ……!」


 先程のイリスの無残な様は目に焼き付いていて、今でも新たな怒りを沸々と湧き上がらせている。今この時は、武器を握る手に迷いも躊躇いも無く、この怒りを発散すべくお互い狙い定めた相手に猛然と飛び掛かった。


 

 周囲は瞬く間に阿鼻叫喚となった。縦横に駆けまわるソールの剣が閃くたび、あちこちで鮮血が舞い、断末魔の悲鳴が上がる。宣言通りこの連中を一人たりとも逃がすまいと、逃げようとする敵をあいつが優先的に狙っているのならと、俺は武器を構え交戦の意志を見せたやつを反応を許さず、あるいは構えた獲物ごと、切り伏せていく。瞬く間にそれなりの広さを持った部屋は血の海となり、立っている人間が一人また一人と急速に減じていく。


「相手は二人だぞ、何やってやがる!! くそ、なんでこんな辺境にこんな奴らが居やがる! ……イリス? そうかよ、こいつが噂に聞く『宝石姫』かよ……! どおりでやたら綺麗なお姫様かと思ったら、マジモンじゃねぇか……!!」


 聞き捨てならない言葉が賊の親玉の口から出る。宝石姫というのはゲームでの公式が押し付けた愛称みたいなものだったはずだ。それが、この世界でも知られている……まさか、あのゲームの中での出来事がこの世界にも何かしらの影響を与えている……?


「クソッ、しくじったぜ……そんな爆弾抱えた女なら遊んでねぇでさっさと犯っとくべきだった……そうすりゃせめてもの冥土の土産になったってのに……よお!!」


 破れかぶれになった親玉が、突然立ち上がって不意を突くつもりだろう、錆びた剣を手に襲い掛かってくる、が、あまりにも遅い。ゲームの時の一つのスキルの感覚を思い出し、脳裏に浮かべる。俺の剣が眩い闘気の光に包まれる。剣聖技、『閃華』。俺の習得していた技の中で、最大の威力を持つそれで迎え撃つ。軽く相手の剣の軌跡の内に体を潜り込ませると、すれ違い様にわき腹を浅く薙ぐ。見た目は軽傷に見えるが……これ以上は必要ない。


「がっ!?、だ、だがなぁ、この程度……で、……でぇ!? なんだ、こ……ぎっ、がぁ! ああああぁぁぁ!!?」


 先程薙いだ傷口から、その内に残してきた俺の剣に注いだ闘気が迸る。ぼこりぼこりと膨れ上がった傷口はみるみる爆散し、あとには大きく質量を減じながら上下に分かたれた奴の体が二つ、びちゃびちゃと粘着性のある音を発する塊をまき散らしながらどさどさと重たい落下音を上げて地に落ちる。その時にはすでに、その目には光は宿っていなかった。


「ひぃ!? お、お頭!?」

「ま、待ってくれ、降参する!! だから命は、命だけは……!」


 その凄惨な死に様に、周囲が一斉に腰を抜かし許しを請い始める。なんだかで、一人を無残に始末することで周囲の意気を挫く方法があると聞いたが、どうやら怒りのままに最大威力の攻撃を叩き込んだことで無自覚にそのような効力を発揮したらしい。あまりに身勝手なことを宣う男たちに吐き気がする。


「……いいだろう」


 ぼそりと呟いた声にほっとした空気が一瞬流れる、が


「あいつがやめてと言った際に、やめた奴だけ助けてやる」


 次の言葉で周囲が凍り付く。そうだろう、そんな奴がこの中に居るはずが無いし、わざわざ一人一人確認を取るつもりも毛頭ない。ああ、あまりに身勝手だ。過ぎた怒りはかえって冷静になるらしい。自分でも相当ヤバい目をしているのだろうなと何故か冷めた思考で考えつつ、未だ言い訳をしようとしているもの、他者に責任を擦り付けようとしているもの、逃げ出そうとしている者、全てまとめて順に斬り捨てた。



 全ての掃除が終わるまで、5分とかからなかった。

 







 未だ眠ったままのイリスに、寒くないようにソールのものに加え俺の外套も取り出して包む。先ほど見つけたイリスのものと思われるポンチョも、汚れや損傷もさほどなさそうだったのでさらにその上に被せしっかりと包む。そのまま抱き上げると、まるで羽根のように軽く、ちょっとしたことで壊れそうなその体に、どれほどの責め苦を受けたのかを思うと心苦しくなる。なまじ容姿が完璧に整っているだけに、殴られ腫れた左頬が痛々しい。


 こうしてイリスを取り戻し、冷静になってくると、今までの自分たちの様がとても恐ろしいような気がしてきて、今更ながら人を殺したという事実が胸に圧し掛かって、手が震えてくる。こうも容易く人を殺めることをできる力を、つい昨日までは一般人だった自分が、ほんの数刻で自分が手にしたことが何か恐ろしいことに思えてならない。


 しかし……だがしかし、今腕の中で安堵したように寝息を立てている、この今では少女になってしまった存在の重さと体温を感じると、見知らぬ悪人を手にかけたことなど些末事に思えてくる。この力が無ければ、きっとこいつは失われていたのだから、と。決して間に合ったとは言い難い。柳の時の心的外傷を考えると、今どれだけ心に傷を負ったか不安になるが、それでもどうにか取り返しのつかないことだけは避けられたのだ。


「ああぁぁ……お嬢ちゃん……なんて惨いことを……おらは……おらは……」


部屋の外で待たせていたスコットのおっさんが、俺の腕の中で眠るこいつを見て崩れ落ちる。


「……それ以上自分を責めないでくれ、あんたのおかげで最悪の事態だけは免れた……感謝する」

「そんなことねぇ! そんな礼を言われるなんてあっちゃいけねぇんだ……すまなかった、本当にすまなかった……」


 そのおっさんの慟哭はなかなか止まらなかったが、その様子からこいつのことを案じていたのは間違いないのだろう。いつの間にかおっさんに対する怒りは消え失せており、ソールのほうを見ると、これ以上責める気はないと首を振って答えた。なれば、あとはすべてこいつイリスの決めることだ、俺たちがどうこう言う問題ではないだろう。








「すんません……厚かましい願いなんですけども……地下に、あいつらに連れてこられた娘っ子がまだ居るんです……そっちも助けてやっちゃもらえねぇですかね」


落ち着いたおっさんの言うには、近隣の町から攫われた者も居るという。もしかしたら、俺たちの飛ばされたあの町の者も居るのかもしれない。


「……もちろんです、案内してください」

「へぇ、こっちです」


 おっさんに案内されてやってきた地下は、酷い様だった。黴と血と獣欲の残り香で、まともに呼吸するのが嫌なくらい鼻を衝く悪臭が漂っている。中には明らかに「そういう用途」のものであろう器具も散乱し、その片隅、元は実験動物か何かを捕まえておくものであろう檻の中に、数人の若い女性が固まって震えて座り込んでいる


「……こいつは、救えねぇな」


 奴らの行為は多方面に渡っていたらしく、中にはひどく痣や傷になったもの、手足が変形しているもの、欠損のあるものすら居る。もしもっと遅れていたら、イリスもこの中に混じっていたのかと思うと今更ながら心臓が押しつぶされそうな恐怖が湧く。怪我だけであればこいつが目覚めていれば治すことも可能であろうが、かといって力尽き、やや青ざめた顔で静かに腕の中で寝息を立てているこいつを起こすわけにもいかず、目で「ここは任せろ」と言うソールに任せておく。相手が女性なら、あいつのほうが気配りできるだろうし、俺が見ていい物でもないだろう。尤も、今はどちらも男の体ではあるが。

檻の鍵を破壊し、戒めの手枷や足枷を破壊している間、おっさんと俺は扉の外に出ておくことにする。


「で、どうするんだこの娘たち。言っとくけど手持ちに着るものもねぇし、この外を町まで歩くのはいくらなんでも無理だと思うぞ」

「へぇ……町に戻って、町長にでも話せば迎えをよこしてくれると思うんですが……」

「とはいえ、彼女たちだけ残していくのもな……」


薄情なようだが、俺たちにとっての最優先はこいつであり、そして衛生面で不安のあるここから一刻も早く連れ出して落ち着ける場所に行きたいというのが本音だ。宿なりなんなりの安静にできる場所に着いた後でなら報告に行き、その後手伝うのも吝かではないが……


「それじゃ、おらが残って世話してます」

「……大丈夫か? お前だけだと、ほら、報復とか」


 このおっさんはそういう行為には加担していなかったらしく、食事の用意などの身の回りの世話なども行なっていたようで勝手も知っているらしいが、それでも捕まった娘らにとっては憎い賊の一味に違いなく、自由になればどのような目に遭わされるかは分かったものではない。


「……それも仕方ねぇと思ってます。おらがあいつらのやってることを見逃してたのは事実ですし、娘らが俺を殴りてぇ、殺してぇってんならそれも甘んじて受けるべき罪だと思ってます」


 それでも、覚悟の上だと言うおっさんに、俺に言えることはもう無いだろう。


「そうか……悪い、ここは任せる。なるべく早めに迎えをだすように言っておく」

「はい……嬢ちゃんのこと、よろしくお願げぇします」

「言われるまでもねえよ……ちゃんと、生きてこいつに謝れよ」

「ええ、わかっとります」











 こうして、簡単な手当を済ませたソールと合流した俺らは、元来た道を引き返し最初のあの町に戻った。


 やはりここにも行方不明の者が居たらしく、山賊討伐と、捕まっていた娘たちのことを報告したところ、その被害に悩まされていた町長に感謝され、ただちに町の若者たちによる迎えの者が派遣された。




そうして俺たちは、この件の礼にと部屋の一室を宿代わりに借りうけ……イリスが目覚めたのは、その三日も後のことだった。


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