刀匠との対談
桜花さん達を工房に残し、商談用の部屋へと案内された私たち。
対面の床に直に胡座をかいて座ったサイクロプスの鍛冶師……ネフリム師が、真っ先に口を開き話を切り出しました、
『それで、わざわざこのような異形の鍛冶師を訪ねて来たってぇ事は、やはり武器が要り用か?』
「はい。私の剣と、イリスの杖を打っていただきたくて参りました」
ネフリム師の問いに、兄様が返答する。
以前の『死の蛇』との戦闘の際に、『アルヴェンティア』という稀なる剣を有していたレイジさんを除き武器を失った私たち。
今回彼を訪ねた最大の目的は、その失った武器の代わり……そして、より上等な装備を鍛えてもらう事です。
その言葉に、ネフリム師は若干の渋い表情をした後、口を開きました。
『そうか……剣であればいくつか見繕ってやるのは構わねぇが、杖……魔導器の方は専門外だから間に合わせになるぞ?』
「はい、お願いできるのであれば」
「それに、間に合わせなどと、とんでもない。ネフリムさまの魔導器作成の技術は素晴らしいものです。その腕を見込んで、どうかお願いします」
そう言って私が頭を下げると、彼は照れた様子で頬を掻いていましたが、どうやら満更でもないらしい様子でした。
それに、私が言ったことは嘘ではありません。専門ではないとはいえ、彼の魔導器作成技術は武器製作のために研鑽を積んだものです。
こと武器の形を取る魔導器作成に関してであれば、他に並ぶ者の居ない技術者だというのも……彼が制作しレイジさんが所有するあの『アルスレイ』の事もあって……私たちはよく知っているのですから。
……そう、あの魔剣についても、主目的の一つです。
「それともう一つ……いえ、二つですね」
そう言って兄様のマジックバッグから取り出したのは、真っ黒い剣と、鞘に入ったままの白い大剣……レイジさんから預かって来た『アルスレイ』と、『アルヴェンティア』です。
『……これは……こっちの黒いほうは見覚えがあるな、これは我の作った魔剣か』
「はい……事情がありまして、今の私達はこの剣を打ってもらった時ほどの力がありません。そのためこの剣の力を十全に振るう事ができず……あなたの傑作、すでに完成形である品に手を加えろという失礼を承知でお願いしたい。少しでも使用時の負担を軽くできるように、リミッターを設けて欲しいのです」
そう言って、膝に手をついて深く頭を下げる兄様。私もそれに倣い、
それは、渾身の一振りをデチューンしろという、最高峰の職人に対してあまりにも失礼な要求。
今この場で叩き出されてもおかしくないという覚悟で、二秒、三秒と沈黙だけが流れていく時間を固唾を呑んで耐えます。
……そうして、ようやく動きを見せたネフリム師の表情は……しょうがねぇなぁ、と苦笑じみたものでした。
『それは、まぁ……このシリーズは我もちぃとばかしやり過ぎてしまったかな、と思わなくもなかったから、構わんが……わざわざそんな手間ぁ掛けてまでして、わざわざ使う必要があるものなのか?』
完全な状態の性能が未知数なアルヴェンティアはともかく、アルスレイに関しては……神に等しい力を持つ真なる竜を討伐し、その力を組み込んだ武器など、人の領域で暮らしていく上では完全にオーバースペックです。
過剰な威力に、過剰な代償。それは文字通りの
しかし……
「はい……きっと、必要になります」
訝しげな彼の言葉に、はっきりと告げる。
それは、確信めいた予感。
『……ふむ? 何やら事情があるみてぇだな。で、こっちの白い剣の方は?』
「こちらは、純粋に修繕をお願いしたいのです。入手した際にはもう、破損していましたので」
そう告げて、兄様がこちらに目線を送る。
それに頷き、私とレイジさんにしか抜けないその白い剣を鞘から抜き、台の上に置きます。
『これは……この剣は!?』
鞘から抜き放たれたアルヴェンティアを見た瞬間、ネフリム師が卓へと飛びつき、その刀身を大きな単眼で凝視していました。
『……これは、間違いない、伝承にあるセイブザクイーンが一本か……!? この剣を抜けるという事は、イリス嬢、お主はもしや……』
呆然と呟く彼の声に、頷く。
頼みごとをする彼に隠し事をするのは憚られ、実際に見てもらうべきだと思い、羽織っていたパーカーを脱いで背中に意識を集中させます。
もうすっかりと慣れたもので、望んだ瞬間私の背中から光が生まれ翼を形作り、その余剰分が薄暗い洞窟内を眩く染め上げました。
……近頃、この翼の光がやや白味が増してきた気がします。
『おぉ……これは紛れもなく、伝承に残る光翼族の光……まさか、我が生きている間に目にする事があろうとはなぁ』
興奮気味に私の姿を見つめていた彼は……しかしすぐにその目に憐れみの色を浮かべ、口を開きました。
『分かっているたぁ思うんだが……いつまでも、隠しおおせるものではないぞ?』
「……はい、分かっています」
事実、まだ確たる証拠こそ出回っていませんが、最近、街での噂の中で、光翼族の話が囁かれている事が少しずつ増えて来ていました。
たとえ実際に目撃した兵士達に箝口令を敷いても完全に情報をシャットアウトする事は難しいでしょうし、実際に異変を解決した事実がある以上は、その場で何かがあったという憶測は当然飛び交っていたはずなのですから。
『ならば、我からは何も言うまい。だが……正体を隠すか、あるいは露見してでも信念に従うか、その選択を迫られる覚悟はしておくように、な』
そのネフリム師の言葉に、頷きます。
今まで隠してこられたのは、偶然と幸運に恵まれたからであり、今後もそうであるとは限らないのだから。
『ふぅむ……事情は分かったが、しかし解せん。わざわざこの剣を修繕し、アルスレイをまともに使用できるようにリミッターを設けて欲しいなど……お主達、何を相手に戦おうってぇんだ?』
「それは……」
……私たちの今までの戦いを、彼に話して聞かせる。
数度の『世界の傷』によって変質した怪物達。
本来の生態とは異なる、おかしな動きが見られる魔物達。
そしてなによりも、あの『死の蛇』との出来事。
そうした物を話し進めるにつれて、彼の顔には真剣な色が深まっていきました。
『むぅ……各地で頻発する異常に、復活した『死の蛇』とな。お前さん達が大変な事に足突っ込んでしまってるってぇことは良くわかった、我の力が要るというのならば、力を貸そう』
「……よろしいのですか?」
『うむ、世界に何やら不穏な空気が立ち込め始めているってのは、我も薄々と感じてはおった。いくら偏屈な職人気質の連中ばかりな我らとて、世界の行く末に無関心という訳ではない。それに……』
そこで一度言葉を切った彼は、優しく、気遣わしげな色を湛えてこちらを見た後、言葉を続けるます。
『頼み主が光翼族で、それを守護するのに力を貸して欲しいとあっては、断るなどできまいよ。できる限りの協力は惜しまぬつもりだ』
「で、ではこの件は……」
『ああ、任せてもらおう。この仕事、このネフリムがしかと引き受けた。いくつか足りぬ素材があるためその調達を頼むことになるが……』
そう、巨大な体躯、厳つい顔にもかかわらず穏やかさすら感じさせる優しい笑みを浮かべ、力強く頷くネフリム師。その返答に、ここへ来た目的が無事達成できた私達も、ほっとひと息つきます。
『……それで、できれば、そう、できればで良いのだが』
……来た。
予想は出来ていたため心の準備はしていましたが、流れが変わった事を察し、ビクッと肩が震えました。
『その礼にと言うのもなんだが……少しだけで構わねぇ、我の望みも叶えてくれんかのう……?』
そう言った彼の顔は……今までの威厳などどこへやら。デレっとした様子で、だらしなく緩みきっているのでした。
「……はぁ。本当にあの人は、相変わらずですね」
深くため息をつきながらワンピースの肩紐をずらすと、ぱさりと乾いた音を立てて床に落ちる。
下着姿になった途端、外気に晒された薄い肌を洞窟内の涼しい空気が撫で回し、思わずぶるりと身体が震えました。
頼みごとをする立場なのはこちらであり、その要件を快く引き受けてくれた返礼としては相当に容易い部類の要求ではあるので、彼の望みを叶えるのは
……今、私達が居るのは……無数の服、それも女児や少女物の衣装にあふれたファンシーなドレスルーム……信じがたい光景ではありますが、ここもネフリム師の工房の中にある一室なのです。
ゲーム時、最初に彼の頼みごとを引き受けた時には、その『巨人の刀匠』という厳つい肩書から連想するにはあまりにギャップのある趣味嗜好に膝から崩れ落ちたものです。
どうやらこちらでも変わらずだという事に、はたして安堵すればいいのか、あるいはまたも崩れ落ちればいいのか……いまひとつ分かりません。
「あの、姫様? いくら夏でもここは気温も低めですし、早く着替えないと冷えますよ?」
「分かっています、分かっているのですが……」
「大丈夫ですよ、あの方は、いやらしいことは絶対しませんから」
「ええ、それは分かっていますし、理解していますけどもぉ……」
とはいえ、渋っていても先延ばしにできるわけでもなし。
渋々と備え付けの椅子に腰掛け、選んできた服とセットになっていた、可愛らしいフリルとレースに彩られた少女物のガーターベルトとストッキングに脚を通し始めます。
……あのネフリム師は、重度の可愛い物、というよりも、
ただし、彼にとっての可愛い少女と言うのは、あくまでも見て愛でる物。その信念は正しく
事実ゲーム内でも指一本触れられたことはありませんし、キルシェさんの話を聞く限りこちらの世界でもそれは変わらないようでした。
が、それはそれ。ゲームの時はイベントでやや過激な格好をした時ですらまだ抵抗感は薄かったけれど、生身となった今では恥ずかしくてたまらないのです。
――彼は、あくまでも刀鍛冶。
だというのに、己の職に関係無くただ好きなだけという一点で、有り余る
……ここに、ミリィさんだけは連れてきてはならない。
きっとロクなことにはならないという確信と共に、そう心に強く誓いました。
「……姫様は、『Worldgate Online』の時にお姉ちゃんのお師匠様に面識があるんですよね?』
「ええ、まあ。あの人は、レイジさん……えぇと、今日は来ていないもう一人の仲間の武器を作ってもらうクエストの、重要人物でしたから」
「ああ、宝石姫を守護する二人の『騎士様』の、もう片方ですね?」
「……その呼び名は改めて言われると恥ずかしいので、ちょっと……」
ちなみにレイジさんは、私の渾名である宝石姫にちなみ、『
そんなことを思い出してしまいげんなりとしている私を見て、キルシェさんはおかしそうにくすくすと笑っていました。
「……キルシェさんは、案外楽しそうですね」
「そうですか? んー……そうかもですね」
さほど抵抗感もなさそうにフリルパニエとスカートを身につけ始めながら、彼女が苦笑します。
……というか、普通に一緒について来たものだからスルーしてしまいましたが。そもそも彼の頼みの対象は私一人なので、彼女が今ここに居るのは自主的なものなんですよね。
「将来夢が叶ったらこういう服を着たりもするかもしれませんし、予行練習と思えばあまり気にならない、ですかね」
「……歌手になりたがっていた、って聞きましたけれど」
どちらかといえば物静かで奧手な印象のある彼女ですので、正直意外な夢ではあります。
ですが桜花さんの話を聞く限り、それはふわっとした願望ではなく、真面目に目指している夢らしいです。
「うん……養成所なんかにも通わせてもらっていましたし、最近……ここ数か月は歌もトレーナーさんが吃驚するくらい上達して、もうちょっとで話がまとまっていたかもしれなかったんですよ、これでも」
そう、照れながら笑うキルシェさん。
だけど、その顔がすぐに翳ります。
「でも、そのせいでお姉ちゃんは罪悪感を感じてしまっているみたいで……お姉ちゃんは何も悪くない、どうしようもない事なんですけどね」
それでも、恐怖心から自らの武器を持つことが出来なくなった桜花さんは、元の世界へと戻るために行動できない事を気に病んでいるように見えるのだと。
そう言ったきりキルシェさんは黙り込んでしまい、気まずい沈黙が部屋を支配します。
それにしても……ふと、自分の胸部をぺたぺたと触ってみて、続いて目の前で着替えの最中のキルシェさんのほうを眺める。
――何故、私が出逢う女性達は揃いも揃ってスタイルの良い方々ばかりなのでしょうかね……!?
私の手に伝わる、片手ですっぽりと覆えてしまえる程度でしかない慎ましやかな膨らみの、辛うじて柔らかな感触。
視線の先で着替えているキルシェさんの、今は惜しげもなく晒された肢体のある一点……小柄なはずなのに豊かに実っている、可愛らしい水色の下着に包まれたそこを、心の奥から湧き上がってくる負の感情を乗せて凝視します。
時折サイズを確かめてくれているレニィさんは、これでも少しずつ育って来ていると言ってくれていますが……記憶にある母親の体型を思い出してみると、怪しいところです。
この体の元となったアバターを作成したのは綾芽ですが、そのモデルは綾芽の記憶にある最も可憐な女性……母だったと聞いています。
事実、私の容姿に残るその母の面影は姿見を見ているとよく分かるのですが、そんな母は二児の母とは思えぬほど、とても可愛らしくスレンダーな体型の女性でした。
その遺伝子をこの体が受け継いでいる可能性がある以上、期待はできない気がします。
後の望みはもう一人の母とも言うべきあの人ですが……まぁ、うん。記憶に朧げに残るあの人の姿から、そっと目を逸らします。
……やはり、大きなほうが好まれるのでしょうか。
そういえば、以前うっかり見てしまった、玲史さんの部屋のベッドの下の引き出し……の下の隙間にあった
「……あの、姫様、なんでそんな絶望感に満ちた目でこっちを見ているんです……?」
「……あ、いえっ! なんでもありません、ええ!」
「なら良いんですが……いつまで下着姿でいるのもなんですし、早く着替えてしまいましょう……ね?」
「そ、そうですね……あはは……」
何故かすっかり怯えてこちらを見ているキルシェさんに笑って誤魔化し、あらかじめ並ぶ衣装の中から選んで来た服を手に取ります。
着る衣装は任せるという事だったので、私は遠慮なく最も露出の少なそうな衣装……黒いワンピースと白く清潔なエプロンで構成された、古式ゆかしいロングスカートのメイド服を選びました。
コスプレのようで恥ずかしいことは恥ずかしいですが、露出はほぼ無いだけずっとマシです。
立ち並んだ衣装の中には、精緻なレース編みで作られた、ほとんど透けている薄手のベビードールと下着のセットだとか、大事な場所を申し訳程度に毛皮で隠しているだけのデンジャラスでビーストな衣装だとか……しかも、小さな少女用のサイズなため犯罪臭が半端ありません……もありましたが、見なかった事にしました。
あれを、今のアバターではない生身で着る勇気はありません。
――ちなみにキルシェさんが選んだのは、まるでどこかのお嬢様のような、精緻なフリルで彩られたロリータファッションでした。
「だって、ほら、たとえフリでも……本物のお姫様を従えて身の回りの世話をしてもらえる機会なんて、すごく貴重じゃないですか」
「……えっと、私は自意識が庶民なので、そんな大層なものでは無いですよ?」
そう、屈託無く笑いながら言う彼女に、苦笑しながら返す。
……最初は清楚で儚げな女の子だと思いましたが、彼女、なかなかどうしてイイ性格をしている子だなと思うのでした。
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