巨人の刀匠

 皆が揃った卓へと運ばれたのは、大きな平鍋のパエリアに、カジキマグロ……によく似た魚……のムニエルに玉ねぎとトマトたっぷりのソースを掛けた物、それと大きなボウルに盛られたシーザーサラダ。


 見た目にも彩り鮮やかで、加えて部屋中に立ち上るオリーブオイルと大蒜にんにくによる良い香りに、お腹が空腹を訴えます。


「どうぞ……おかわりもいっぱいありますので、遠慮しないでね?」


 そう言いながら、甲斐甲斐しく皆にパエリアを取り分けてくれるキルシェさん。

 皆に皿が行き渡り、揃って「いただきます」をした後、辛抱たまらず具の海老と一緒にご飯を掬って口に運びます。


 ……しっかりと下処理された魚介は臭みも無く、ぷりぷりと心地よい食感と芳醇な旨味が口内に広がります。

 ちょうど良い加減に炊かれたご飯も魚介と野菜の旨味を良く吸って、一口ごとに混然一体となった味の奔流が襲い掛かって来て……


「……凄い、美味しいです!」

「そ、そうですか……?」

「ああ、是非とも後でレシピを教えて貰いたいくらいだ」


 兄様も、大絶賛していました。

 それを聞いたキルシェさんは、真っ赤になりながら、「それじゃ、メモ用紙を取って来ます」と、パタパタと自室へと入って行ってしまいました。

 その様子を見て、兄様が私の耳元で小声で話しかけて来ます。


「キルシェさんは、なんだか上機嫌だな?」

「ふふ、それは先程、兄様と桜花さんがしていた会話の声が大きかったからですね」

「ん? ああ、聞こえていたんだね」


 やや離れて座っている桜花さんを横目で確認すると、彼女は黙々と、自分の器によそわれたパエリアを口に運んでいます。ですが先程工房の方から聞こえてきた、慌てたような声。


 ――あの子の料理は美味しいから……


 その桜花さんが発した声が聞こえた途端に、キルシェさんに浮かんだとても嬉しそうな顔。

 それは、慕っている義姉に褒められた事への喜びが溢れんばかりで、おそらく尻尾が生えていたらぶんぶん振っていた事でしょう。


「……ほんの少しだけ、お互い素直になればいいんですけどねぇ」

「全くだ……けど、それはあの二人の問題だからな」


 そんな風に二人こっそりと話し、内心で、はぁ、と溜息をつくのでした。












 その後もつつがなく食事は進み、卓に並んだ料理が全て私達の胃の中に収まった後。

 食事を終えて案内されたのは、桜花さんの工房の裏手にある岩山を、ぐるりと回り込んだ先でした。


 人里離れた場所ながら、人々によって踏み固められたらしき道を進んでいくと、その山肌にぽっかりと空洞が口を開いていました。


「これは……洞窟ですか?」

「昔は大きな坑道だったらしいけどね。鉱石を掘り尽くして廃坑になっていたところを広げて、自分の住処にしたんだってさ」


 やる事が豪快だよね、と笑っている桜花さん。

 ですが、周囲は石材で補強され、所々魔導具の光が灯った坑内は明るく、換気が行き届いているのか息苦しさなども感じられません。

 そして太陽の光もほとんど差さないその洞穴内部は、カラッと涼しく、とても快適な環境でした。


 そんな中、ふと、外壁に掛けられた薄い真鍮製のプレートが目に飛び込んできます。


「……あ、こんな場所に、『ネフリム刀剣工房』って書いてありますけども……看板?」


 しかも、その看板には精緻な細工まで施されており、製作者の技術の高さがこれだけでも見て取れます……しばらく手入れしていないらしいため、土埃を被ったままでしたけれど。


「あー、それねー。師匠が言うには暇潰しに作ってみたらしいけど、こんな誰も通らない場所なんかに看板掲げても意味ないよねぇ」

「暇つぶしって……」

「ま、時間感覚が違うからね」


 肩をすくめ、やれやれと呟く桜花さん。

 なんせ向こうは何百年、何千年と生きると言われている巨人種です。そんな彼にとっては、これだけ手の込んだ看板も、ただの暇つぶしの工作なのでしょう。


 そんな事を考えながらもしばらく洞窟を進むと、やがて広い空間に出ました。


 その空間は広さもさる事ながら、中に設えられたあらゆるものが巨大でした。

 炉や金床を初めとした鍛冶道具をはじめ、棚も道具も明らかに人間が使用するには適していない大きさで、まるで自分が小人になってしまったかのように錯覚してしまう。

 そんな中、入口を潜ってすぐの場所に、人間相手のものと思しきカウンターが存在しているのが不思議でした。


「あ……こちらは、私が店番のお手伝いをさせて貰っています」

「あんまり客居ないんだけどねー、お眼鏡に叶う客じゃないとすぐお師匠が門前払いしちゃうから」

「は、はぁ……」

「それで……あなたのお師匠様は、まだ戻っていないのか? 見当たらないようだが……」

「んや、居るよ。多分……資材庫かな、こっちこっち」


 そう私達を先導する桜花さんに続いて、工房から繋がる巨大なドアの一つ……の右下にある、人間用と思しき小さなドアを潜ります。そこには……


「う、わぁ……」

「凄いな……金属の貯蔵庫みたいだが、何という量だ」


 はるか高く、十メートルを優に超えるような棚には、金属のインゴットらしきものが整然と並べられていました。

 しかも鉄だけではなく、様々な輝きを放ち、中にはただのインゴットでしかないにもかかわらず、強い魔力を感じさせるような物まで。


「鉄、金、銀、銅にミスリルも。おおよそ今でも入手可能な金属は網羅してあるって言ってたかな」

「へ、へぇ……」


 歩く中で不意に目の端を掠めた、複雑な波紋模様が入った金属……現代では製法が遺失したという物に似ている気がします……を横目で眺めながら返事をする。


 ……これだけでも、大変な財産なのではないでしょうか。


「あとは、見た目は銅みたいなのに、やたら魔力を感じる金属なんかもあってさ……試しに少し触らせて貰ったけど、引っ掻いても叩いても齧っても、全然傷つかないの」

「銅……ですか?」

「いや、師匠は違うって言ってたけど、教えてくれなかったんだよね。現物もすぐに取り上げられて、手の届かない場所に仕舞われちゃったし」


 それは齧ったからじゃないかな……そう思いつつ、同時に別の疑問も浮かび上がります。

 銅に似た……強い魔力を秘めた金属……それってまさか……


「……あ、あの、それってまさか、オリハル……わぷっ」


 疑問を口にしようとした途端、急に立ち止まった桜花さんの背中に追突してしまいました。


「……だ、大丈夫?」

「……らいじょうぶ、です」


 鼻を打ってしまい、痛みを堪えながら、心配そうに気遣ってくれるキルシェさんに返事を返します。


 ……何を言おうとしていたんでしたっけ?


 朧気に浮かんだ言葉が霧散してしまい、首を捻ります……何か重要な事だと思ったのですが、どうしても思い出せません。モヤモヤしたものは感じますが、しかし思い出せないならば仕方ないと気分を切り替えます。


「っと、ゴメンね。でもほら、あそこに師匠が居たよ」


 そう言って、一方を指差している桜花さん。その指し示す先には、おそらく立ち上がったら十メートルはありそうな巨体が座り込んでいました。こちらに背を向けているその巨大な影は、何かに集中しているためかこちらを振り向く素振りもありません。


「桜花さん、彼は一体何を?」

「ん……多分、今日採取してきた鉱石の精製中みたいだね」

「精製? 炉も無しにどうやって?」

「ま、見ていれば分かるよ、ほら」



 その胸のあたりに掲げた両手の間には、何か黒い鉱石らしき塊。

 それが次の瞬間、不意に黒い炎のような物に包まれて……やがて、ドロリと形を崩して真っ赤に溶け落ち、足元に置いていた砂の台のような物に流れていきました。


「……あれが、一つ目巨人サイクロプスにだけ秘伝として伝わる『黒炎』だよ。あれがあるから、師匠はどんな金属も自在に加工できるんだ」

「……文献で聴いたことくらいはあるが、あれがそうか」


 望む不純物を全て消し去り、極めて高い精度で金属を取り出す、太古の鍛冶の神が編み出したという魔法の炎……それが、彼らの使う黒炎。その炎を自在に操れるため、彼らは神々の子孫なのではないかと言われています。


「羨ましいよね……、私達がいかに良い金属を精製しても、あの人の冶金術には敵わないってんだから……さて!」


 一通り作業を終えたのを見届け、桜花さんが奥へと駆け足で向かっていくのを慌てて追いかけます。


「師匠ーっ! ねぇ、お師匠ー、しぃしょーっ!!」

『あん……?』


 桜花さんの声に、その巨体がのそりと立ち上がり、振り返ります。


 浅黒い肌に豊かな白髪と顎髭。知っている者でなければ恐れをなして逃げ出すであろう強面こわもて

 その顔の中央、種族の最大の特徴である単眼が、ぎょろりとこちらを捉えます。


 そして彼が口を開いた途端、その巨体に相応しい、まるで雷鳴のように腹の奥を震わせる重低音が、ここまでビリビリと聞こえてきた。


『なんだぁ、桜花じゃねぇか。祭りの日にまでこんな穴倉に来てねぇで、ちったぁ遊びに……む? そちらの方々は……』

「あ、こっちはお客さんで、師匠に頼みがあるからってんで連れて……」

「ど……どうも」


 軽くスカートの裾をつまみ膝を曲げ、頭を下げる。横では兄様も頭を下げています。

 そんな私達二人を、彼……私達の探し人、一つ目巨人のネフリム師が訝しげに覗き込む。


 少しの間そうしていると……彼はその大きな単眼を数度瞬きしたのち、厳つい強面を嬉しそうに崩しました。


『……お、おぉ……もしやそなた……イリス嬢ではないか!』

「あ、ど、どうも……お久しぶり……です?」

『うむ、うむ、よくぞ来てくれた、壮健なようでなによりだ。ようこそ小さなお嬢さん。我が工房へ』


 そう、やや気取った様子で歓迎の意を示す彼に、私達は安堵半分、疑問半分の心境のまま苦笑しました。


 安堵は、ヴァルターさんの紹介状を出すまでもなく、どうやら問題なく話を聞いてくれそうな事。


 疑問は……どうやらこちらの世界の彼も、ローランド辺境伯家の関係者などをはじめとする今まで出会った幾人かのように、何故か私達の間には面識があるらしい……それがはっきりとした為でした。

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