巨人族の伝承

『うむ、うむ、やはり可憐な少女に着せる上で、下心が透けて見えるような丈の短い破廉恥なメイド服など邪道! 本来の作業着の目的に忠実、かつ慎ましやかで清楚なロング丈こそ至高よ……!』

「え、えぇと……喜んでいただけたのでしたら、良かったです……?」

『うむ、我、大歓喜である!』


 感激に涙すら浮かべんとする勢いで、彼……ネフリム師は、私の周囲を位置を変え角度を変えて、手にした機械……自作したというカメラのような魔導機のシャッターを鳴らし撮影を続けています。


 そんな彼に苦笑しながら、厨房から持ってきた茶器で紅茶を淹れる。ローランド滞在中に行われた様々な指導の中で、お茶を淹れる事に関してもみっちり仕込まれたので、こうした事には少しだけ自信があります。

 そんな所作もたいへんお気に召されたようで、お嬢様風なロリータ衣装を纏ったキルシェさんの前にお茶を出した時などは、少しそのままで、と何枚かツーショットを撮られたりもしました。

 あまりに嬉しそうにしてくれるので、つい、本職であるお城の使用人として働いている方々の動きを思い出しながら、写真映えが良くなるようにサービスなどもしてしまいました。


 ……ちょっと楽しいかも。


 自分の所作一つでこうも喜んでもらえていると、なんだかモデルになったような気分で、少し癖になりそうでした。


 そうしてお茶会を演じたり、お嬢様に扮したキルシェさんの髪を結ったりと、色々な主従の真似事をして……最後には少しだけ悪ノリしてしまい、抱き合って二人で少しだけ淫靡な……といっても、ボタン一つ二つ外した程度でしたが……ポーズを撮って撮影会は終わりました。


 ちなみ撮影後、ネフリム師は天を仰ぎその大きな目を手で覆って……


『……おおぉぉぉ』


 と呻き声を上げています。どうやら感極まってしまったみたいですが、これでおそらく頼みごとは達成で良いでしょう。


「ふぅ……恥ずかしかったです……」

「でも、姫様も後半は結構楽しんでいましたよね?」

「そ、そんな事は…………ある、かも、ですね……」


 撮影のためにノリノリで胸元付近まで外してしまったワンピースのボタンの事を思い出し、慌てて上まで閉め直しながら、悪戯っぽい表情でこちらに笑い掛けるキルシェさんになんとか返答します。


 そんな彼女も、僅かに火照った胸元がちらちらと覗く、かなり際どい場所まで外したボタンや、ホックとファスナーを緩めたスカートを直しながら……って。


 今更ながら、なんて事をしていたんでしょうね、私たち……!!


 撮影中の雰囲気に流されての悪ノリは、落ち着いた頃に反動として返ってくる。

 そんな苦い教訓を得て、このネフリム師の趣味への協力は終わりました……この日は。





 ――そうして後から襲ってきた羞恥心に悶えのたうち回るのも、どうにかひと段落して。


 ネフリム師用の特注のカップ……私が抱えるくらいの大きさですが、それでも彼が持つとまるでコーヒーのクリームの容れ物のようです……に紅茶を注ぐと、改めて真面目に相談をする雰囲気となりました。


『……魔導鎧を作る許可が欲しい、ね。ま、良かろう。やってみるといい』

「良いんですか、お師匠様!?」


 真っ先に発見したのは、桜花さん。

 兄様の鎧を作らせて欲しいという彼女の頼みは、あっさりと許可されました。


『ああ。今まで許可を出さなかったのは、お前は技術はあるがどこか真剣さが無かったからだ。そんな浮ついた奴に秘伝であるあれらを任せる気はさらさら無かったんだが……』


 そう言って、カップの中身を煽ってから、真っ直ぐに桜花さんの方を見て……その厳つい顔を、ふっと緩めました。


『ちったあ目に光が戻ったみてぇだから、及第点にしといてやる。材料は貸しにしてやるから、やってみろ』

「あ……ありがとうございます!」


 がばっと立ち上がり頭を下げる桜花さん。

 一つの懸案事項が問題なく片付いたことで、周囲の空気もホッと和らいだものになりました。


「……私からも一つ、ずっと聞いてみたかった事があるんです」

『ふむ?』


 そんな中、次に手を挙げたのは兄様でした。

 ネフリム師が話を聞く体勢になったのを確認し、すこし躊躇いを見せた後、口を開きます。


「……今から話す内容が、おかしな事であると言うのは承知の上です。ですが……あなたは、レイジにあの剣、アルスレイを打ったという記憶を間違いなく有していますよね?」

『勿論だ、あの設計は我のオリジナル、他の誰にも打つことなど……』

「それは、いつの事ですか?」

『……む?』

「私達は七年前に失踪し、行方知れずだったはずです。そして、他の方々の話を聞く限り、それ以前にはそもそも武器を必要とする状況とも無縁でした」


 ……これは、今までも何度か引っ掛かりを覚えていたこと。


 私達の存在の事もそう。そもそも本来、私達はこちらの世界には居ない筈なのです。

 ですが、こちらの世界では、私や兄様、それと今はここに居ないスカーさんなどのごく一部の人について、まるで当たり前のように元々この世界に居た事になっている。


 特に、彼……ネフリム師は、ゲームの時にNPCとして存在していたことで交流こそありましたが――いま兄様の告げたように、、のです。


「では……私達は、いったいいつ、どこで出会いましたか?」

『……ふぅむ……我とお主たち、いったいどこで出会ったか、か。それは……………ぬ、ぅ?』


 そんな兄様の問いに、ネフリム師は、何かを考え込むような仕草を見せ……すぐに、頭に疑問符を浮かべ始めました。


『……む? むむ? ……そう言われてみれば、確かに我らが出会っているはずが無いな……?』

「……ですが、あなたは私達の事を以前から知っている風でした」

『うむ。お主達に会った記憶、依頼された記憶、剣を打った記憶はある。不思議な話だが……たしかに会った事は無かった。しかし、たしかに会った事があるのだ。これはどういう事だ?』


 今更まであった人々にも、私たちの過去の記憶を有している人々はいました。

 ですが、今回のネフリム師の反応は、今まで会った人達の中で、初めてのもの。


『ぬぅ……さっぱりわからん。だが、合点がいった物もある。何故、本来であれば作れたはずがないものを作れたのか、と』


 そう言って、彼は指先でコンコンと、卓に置かれた『アルスレイ』の柄、核が収められている場所をつつきます。


『このアルスレイに用いられた竜眼の事だ。これに組み込まれているのは正真正銘、真なる竜の魔眼から採取した最高品質の物……そんなもんをどっかから狩って来てみろ、世界が騒然となるぞ』


 竜殺しなど、まずこの世界では物語の中でのみ語られる夢物語。

 事実、傭兵王が片目だけとはいえ持ち込んだ際は騒然となったからな……と、遠い目をして語るネフリム師。


『だが、何故か事実としてこれは存在する。どっかで真なる竜が狩られたなんて話は無いにもかかわらず、だ。ついでにこれが実在する以上は、我がこの剣を打ったのは妄想でもなんでも無い、事実ってぇわけだ……こっからは我の想像だが、構わねぇか?』


 そのネフリム師の言葉に、皆が頷きます。それを確認し、彼から発せられた言葉は……


『どっかで、書き換えられたんだろうよ、世界の歴史ってぇやつそのものが』

「いや……まさか、そんな……」


 流石に、兄様もそんな馬鹿な、という反応を返す。

 そしてそれは私も、たぶん唖然とした表情をしている桜花さんやキルシェさんも同様でしょう。


『って、言いてぇだろ?  だが、お主らヒトの間ではとっくに失伝したみてぇだが、我らみたいな長命な種族には伝わっている話があるんだよ、これが』


 まぁ、物語を聞くくらいのつもりで聞いてくれ……そう前置きして、ネフリム師が語り始めました。


『この世界が今の形となる以前、この世界はもっと広い世界であり、この世界はそこの一つの大陸でしかなかった、ってぇ話だ』

「大陸……ですか?」

『うむ、そしてその大陸全土を治めていた当時の国では、高度な魔法と、を用いる事によって文明が栄えていたのだそうな。硬く、しかし柔軟に伸びてさまざまな加工ができて、なんでも加工次第では光を蓄えたり重力を操ったりもできたとか何とか……それ自体が優秀な魔力炉、兼、魔力タンクになるなんてとんでもねぇ特性もあって、まぁ、我ら鍛冶に携わるような者には夢のような金属だわな』


 そう語る、ネフリム師。

 たしかに信じがたい金属ですが、この話を聞いて、私は思いました。


 ……やはり似ている。私達が元いた世界の伝承の中にだけある、に、と。


「それは、実際のものなのですか?」

『ある。ちぃっとばかりだが、実物も我は有しておる』


 ふふんと、自慢げな顔で胸を張るネフリム師ですが、すぐに真剣な顔へと戻り続きを語り始める。


『……だが、その国は貪欲に文明を発展させ、最終的に触れちゃいけねぇ世界の真理の扉を開いちまったって話だ。あらゆる生命の魂の記憶が集まり、世界の情報が記され、過去や未来に至る運命が編纂され記録される、全知へと至る場所……』

「……集合的無意識、アカシック・レコード?」

『我ら巨人族の間では、アーカーシャと呼ばれておる。その国の文明はついにそれに接触し、操れるまでになった』

「それは……そんな事が?」


 兄様の訝しげな言葉。

 それが可能ならば、無いはずの物を『ある』事にするなど、容易くできるでしょう。

 ですがそれは、世界を好き勝手に歪める行為です。その歪みを修正するのに、果たしてどれだけの代償が必要か、想像もつきません。


 ……と、思ったのですが。


『別に、今だって我らが使っている魔法だって似たようなもんだろ。世界を書き換えて自分の好きなように操ってるって点では』

「た、確かに……規模は全然違いそうですが、言われてみれば……」


 確かに、見方を変えれば、私たちは普段から何気なく似たような事をしていました。であれば、そうした技術が極まれば、不可能な事では無いのかもしれない。


『欲しいものはなんでも手に入る。死も恐れるものではなくなり、あくせく働く必要も無くなった。そうして、全知全能に手を掛けた彼らは更に急速に栄華を極め……』

「ですが、そのようなもの、人の手には……」

『ま、当然だわな。そんなもん、人どころか我ら物質界に生きている連中には手に余る物だ。めでたく禁忌に触れた文明はしばらく栄華を堪能したのちに、ある時一夜にして滅亡。同時にこの世界は元の世界から隔絶され、残った者たちは罪を背負い生きる事になりました……って締められて終わりだ』


 ……私たちの世界の、例えばバベルの塔の話などに見られるように、高度に発達した文明がある時不意に消滅する、という話は神話などでは良くある話です。


 しかし、これは……この話は、視点が知っているものと違うけれど、


『とまぁ、我が知っているのはこの程度だ。どうしても、我らは自分の興味ある分野の知識に偏っちまうからなぁ』

「いいえ、とても興味深いお話でした。ありがとうございます」

『あとは……ずっと生きている爺さんが居れば、もっと詳しく知っているだろうよ』


 それは、心当たりがあります。以前、今後の指針の助けにとブランシェ様に聞いた……


「北に住んでいるという、エルダードラゴン……ですか?」

『おお、そいつだ。ま、興味あるなら訪ねてみるといいんじゃねぇか?』


 私の言葉に、ネフリム師が、我が意を得たりと頷きます。


 ……やはり、この大闘華祭が終わったら、次の目的地は王都、そしてそのエルダードラゴンの元へ向かうべきですね。


 そう今後の道程を頭の中で組み立てます。

 幸い、今は陛下たちと行動を共にしています。上手くいけば王都へ帰還する際に便乗させてもらえるでしょうから。


 そんな皮算用をつけていると、次に口を開いたのは桜花さん。


「ねぇ、お師匠。その文明で使用されていた金属って、以前見せてもらったあのクッソ硬い銅みたいな色のやつ?」

『……ああ、そうだ。だがあれは使わせねぇぞ、あれしか無いのもあるが、それ以上に軽々しく利用して良いようなもんじゃねえ』

「分かってるよ! ただ、気になっている事があっただけだって」


 その言葉に、私も思うところがありました。

 隣をちらっと見ると、兄様も同様らしく眉を顰めており、どうやらこうした話には詳しくないらしいキルシェさんが一人、不思議そうな顔を浮かべていました。


 一夜にして世界から隔絶された大陸。

 そこで栄えていた文明で使用されていた、力ある金属。


 これは、私たちの世界にもあるに、酷似している、と――……

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