船上、決着

 フォルスの呼び出した『フェンリル』が消え去った時……船上の様子は一変していた。


 ただの余波だけで、真夏だというのに甲板を真っ白に覆い尽くした霜。


 そして……ブレスの直撃した甲板前部は、無数の氷柱に覆われ、ズタズタに引き裂かれた氷結地獄と化していた。


「……は、ハハハッ、アハハハ、どうですか、これが私の力、私のォ……!」


 甲板の上、全て白く凍りついた絶対零度の空間の中で、常軌を逸した哄笑を上げながら、勝ち誇ったように宣っている、霧の向こうに居るフォルス。


 だが……


「私の…………あ……ぇ……?」


 不意に、ポロポロと、フォルスの目を伝う涙。


「そうだ、星露、星露はどうした、そこに居るのか……? 私は一体、何を……していたんだ……?」


 一転し、動揺も露わにするその姿に、周囲も戸惑っているみたいだった。


 だが……






「生憎だが、まだ終わって居ないぞ、フォルス……!!」

「な……っ!?」


 瞬時に懐へと飛び込むと、フォルスは驚愕の表情を浮かべていた。

 だがそれは、すぐに別の表情となり……


「少し眠っていろ……この、馬鹿野郎!!」

「ぐ……ふっ!?」


 咄嗟に反応できず棒立ちしているフォルスの鳩尾に、雷光を纏う『アルスラーダ』の柄を叩き込む。

 フォルスは一度呻き声を上げると……そのままズルズルと膝をつき、以降起き上がってくる様子は無かった。


 倒れる前、最後に見えた表情は……諦観と、安堵。そう見えたのだった。


「え……あれ、金剛石の騎士……だよな?」

「えっと……総大将、なんです?」


 敵味方、両陣営からザワザワと上がる戸惑いの声。

 それも致し方なし、今の私は、頭をすっぽり覆うアーメットまで備えている、フルプレートアーマー姿なのだから。


 三重のシールドと『黒星』、それらと併せてこの鎧のおかげで、あの『フェンリル』の吐息すら正面から耐え切るという堅牢さを発揮したのだった。


 鎧各所に仕込まれた特殊な格納のエンチャントにより、普段のブレストアーマーから『ウェイクアップ』のコマンドワードで一瞬で変化する。

 これが、桜花さんに頼んで作ってもらった、『アルゲース魔導甲冑』の真の姿だった。


「フォルスさん……!」

「おっと、治療が済むまで絶対に起こすなよ?」

「は、はい、すみません……」


 思わずといった様子で咄嗟にフォルスに駆け寄り、介抱する星露へと釘を刺しておく。まだ先程見えた結晶の影響下にある以上、彼はまだ危険な存在のままだ。


 フォルスは彼女に任せるとして、周囲を見回すと……フォルス側の『海風商会』所属プレイヤーのほとんどは、先程のフォルスが呼び出した『フェンリル』の攻撃にすっかり呆然としている間に拘束され、無力化されていた。


「ふぅ……どうやら、戦闘は終わったみたいだな」


 すっかり騒ぎの沈静化した中で、背後から掛かる声。


「ハヤト、無事だったか。イリスは?」

「大丈夫、ちゃんと見つけて連れてきた、今は階段のところに座らせているよ。ただ……」

「ただ……」

「……まぁ、実際に見てもらうほうがいいか」


 そう言って先導するハヤトについていくと……


「イリス!」


 船室へと降りる扉を開いた直後、下り階段に座っているのは見知った、だがなによりも見たかった後ろ姿。


 こちらに気付いて振り返ったその体を、鎧で痛くしないように優しく抱きしめる。


「兄様……本当に、ご心配をおかけしました。助けに来てくれて、ありがとうございます」

「うん……遅れてごめん。無事でよかった、本当に……だけど、それは、何?」



 体を離し、イリスの一点を凝視しながら問いかける。


 階段に膝を揃えて座っているイリスには焦りの様子は無い。

 だが……その胸元の開いたドレスの、露出した胸元中央、心臓直上。そこには……いつか見た、禍々しい紫色の結晶が根を張っていた。


「イリス、その胸の結晶は……」

「大丈夫です、侵食は止まっていますから。他には何もされていません」


 そう言って私を安心させるように微笑むと、イリスは首に鈍く光る金属の輪に触れる。


「なんでもこの結晶も魔法の物品で……魔消石の効力下では活動が止まるらしくて、この首輪のおかげで、今は何ともありません」


 そう語るイリスに、今は何か無理に耐えている様子は無い。どうやら本当に大丈夫なようだった。

 一瞬その痛々しい様子には動揺したが……はぁぁ、と深々と安堵の溜息を吐く。


「でも、よくそんな事をしてくれた人が居たね?」


 目的を考えれば、そのままイリスの自我を奪って自分の傀儡にした方が事は楽だった筈だ。

 魔力こそ封じられるとはいえ、まだ首輪のほうがずっとイリス側にだけ都合が良かっただろうに。


「……石を植えられた後、一度正気に返ったフォルスさんがつけてくれました」

「そうか……」


 奴も、あの結晶のせいで……あるいは、これまでの自身の所業による罪悪感もあるのだろうが……暴走していた節がある。

 そんな中、一瞬でも支配に抗ってイリスを助けたというならば、あまり責めるのも酷だろう。


 もっとも――フラニーさんと一緒に、私も一発くらいは殴り飛ばすが。


 それだけは決して譲らないと心に決めつ、魔法を封じられ歩けないイリスの軽い身体を横抱きに担ぎ上げると、皆へと次の指示を出していく。

 斉天と戦う事になっているレイジの方は心配だが、何はともあれイリスの治療をしなければ何もできない。


「近くの港町に、アンジェリカ嬢が待機している。彼女に頼んで解呪してもらう」

「はい……その、彼も一緒に」

「分かっている。星露もそれで良いな?」


 私の言葉に……顔を涙でぐしゃぐしゃにした星露が、しゃくり上げながらもこくんと頷くのだった。




「それで……大将はもう居ないが、お前達はどうする、続けるか?」


 周囲を睥睨して尋ねる私に、皆、ぶんぶんと首を振って降参の意を示すフォルス側のプレイヤー達。


「それで……あの、俺たちは一体どう……」

「安心して欲しい。私たちは、事が大事になる前に納めるために来たんだ。イリスが無事だった以上は悪いようにはしない」

「では、俺らは……姫様を誘拐した罪とかそういうのは……」

「ああ、お前たちを利用した者の存在もある、重罪とはしないと約束する。それでは船を操作できる者は、港町に向かって……」


 戦闘はこれで終わり。

 皆、緊張感から開放されて、安堵した……その瞬間だった。



「皆さん、伏せて!」


 突然、船上に響き渡るキルシェさんの警告。

 直後、『バハムート』の口からブレスが放たれたかと思うと、飛来した何かを上空で撃ち落としたらしく、立て続けに炸裂する衝撃と、激しい揺れ。


 ――ついに来たか!


 空を仰いだ先の光景。

 その異様な様を見て、腕に抱いたイリス共々息を飲む。


「あれが今回の件の全ての黒幕……アクロシティ……なの?」


 呆然と呟いた、イリスの震え混じりのか細い声。

 無理もない、イリスは私達と違って、相手の戦力についての事前情報は無いのだから


 だが……私だって、その事前情報が間違いであって欲しかった。


 眼前に広がる景色いっぱいに浮かぶのは……流石にイリスがいるこの船を直接攻撃はしてこないものの、次々と雨のような威嚇射撃を行なっている、巨大な黒い船体。


 それらは事前の情報に違わず……二十隻の飛空戦艦が、こちらへとゆっくり進軍しているのだった――……

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