――

繋がる世界

 

「ぅ……」


 ゆっくりと浮上する意識。

 ぼんやりとした視界の先にあったのは……不規則に虫食い穴が空いたような、トラバーチン模様の白い天井。


「ここは……けほっ」


 すっかり渇いた喉で声を出したため、思わず咳き込む。それも落ち着いて、周囲を見回すと……


「……病室?」


 それも、どちらかというと『テラ』のものに近い。白いカーテンが掛かる窓の外に広がる景色は、高層ビルが立ち並ぶやはり私達が見慣れていたはずだった街並みが広がっている。


 ここがどこで、今どういった事態なのかが理解できず、混乱していると……


「あ……イリス、目が覚めた?」


 それは、もう懐かしささえ感じる、聞き慣れた女の子の声。



「え……綾芽!?」

「ああ……そっか、そういえばこの姿を見るのってもう数ヶ月ぶりだもんね」


 照れたように苦笑し頬を掻きながら近寄ってくる、艶やかな黒髪を切りそろえたその女性は……紛れもなく、二十年以上も苦楽を共にしてきた妹の姿。


「それじゃ、ここって……」

「うん、そう。地球……東京にある病院だよ」









   Worldgate Online ~世恢の翼~

             最終章 『世界、繋げて』






 もはや懐かしいとさえ思える、ザワザワと騒がしい駅構内に、カラカラと、タイルの凸凹に車輪が引っかかる音が響く。


「……ひゃっ!?」


 そんな駅の二階出口から外に出た途端、頬を撫でたのは、予想外に冷たい空気。


「おっと……意外に寒いな。イリス、大丈夫か、上着出そうか?」


 私が座る車椅子を押していたレイジさんが、私の方へ心配そうな声を掛けて来ます。


「だ、大丈夫です、レイジさん。ちょっと驚いただけですから」

「ああ……こっちはもう、秋も終わりに差し掛かってたんだな」


 記憶にある最後の光景では、道を行き交う人々は半袖の薄着が多かったのですが……今はすっかり長袖の人ばかりで、中にはもう薄手の上着を纏う人もちらほらと見かけられる。


「……随分と、懐かしい気がしますね」

「そうだな……向こうに行ったのは、夏が始まったあたりだったんだよな」



 ――だいたい、季節二つ分。



 長いようで、色々ありすぎたせいで短かったような、そんな数ヶ月間のうちに……まるで私達を置いてけぼりにするように、すっかりと街はその雰囲気を変えていました。


「しっかしまあ、周囲からの視線はどうにかならんかねぇ」

「あ、あはは……」

「しょうがないでしょ。あんた等が目立たない訳ないんだから」


 呆れたように言うのは、すぐ後ろをついてくる艶やかな黒髪の女性……綾芽。



 周囲から私達へと向けられるのは、不躾な興味本位の視線。

 それもやむなし……今のレイジさんは、身長180センチのモデルみたいに長身な赤毛の男性であり……私に至っては、車椅子に座る銀髪の女の子。そんな私たち二人は、明らかに日本人ではない外見をしているのですから、目立つなという方が無理でしょう。


 ですが、今はもう、その程度で動じたりはしない。『向こう』の世界で鍛えられた私はすっかり神経が図太くなったみたいで、思わずクスッと笑ってしまい、皆に変な顔をされてしまうのでした。





 ――あの日、アクロシティ屋上にて『天の焔』に曝された私達。


 咄嗟に放った私の『ガーデンオブアイレイン』による抵抗も虚しく、圧倒的な出力差により瞬く間に天の焔によって掻き消されるはずだった私達の命は……だがしかし、何故かこちら、『テラ』側の日本の離島、『神那居島』という東京の南の海にある小さな島へと打ち上げられていたのだそうです。


 それを発見した島民の通報によって、都内の病院へと搬送された私達でしたが……その漂流者は皆、数ヶ月前の集団神隠し事件により忽然と姿を消した人々なものだから、世間では大騒ぎとなったそうでした。


 ……実際、テレビを点けると今も、ニュースはしきりにその話題が繰り返されています。


 それでも、どこからか働いた圧力のおかげでマスコミの取材は自重するようにということになったらしく、桔梗さんやハヤト君をはじめとしたあの最終決戦の場にいた『プレイヤー』たちは一度それぞれの家へと帰っていき……一週間遅れで私が目覚めた時には、皆すでに居ませんでした。


 例外は、行方不明者リストに居なかった三人……銀髪の少女と赤毛の青年、そしてもう一人、





「ふわぁ……仙台って初めて来たんだけど、話には聞いていたけど、本当にペデデッキが広いんだねぇ」

「まぁ、面積で言うと日本一らしいからな」


 駅を出てすぐに広がる、広大な高架歩道ペデストリアンデッキに感嘆の声を上げる少女の声。

 おっかなびっくりついてくるのは、ちょっと日本ではあまりお目に掛かれないような金髪の美少女……ティティリアさんでした。


 他の皆は綾女同様に、での元の姿へと戻っていたらしいのですが、私とレイジさんを除き、何故か、唯一元の姿へと戻れなかった彼女は家に帰るに帰れず、ひとまず私達の家へと招待したのですが……



「しかし……帰ってくるなり職場から呼び出しとはね」

「まぁまぁ、もしかしたら事情を聞かせてくれるかもしれませんし……」


 忌々しげにスマートフォンを睨む綾芽を宥めながら、私も自分のスマートフォンを手にする。


 ……すっかりと大きくなってしまい、手に合わなくなったこの携帯端末。


 それを両手で持って操作しながら開くのは、メッセージアプリ。そこには新しく、『アークスVRテクノロジー』という名前を付けていた宛先からのメッセージが、一件届いていました。


『事情を説明する、出社してくるように』


 そんな簡素な中身のメッセージを受けて、私達は今、帰宅ついでに職場へと向かっているところなのでした。







「あの、本日約束していた者ですけど」


 すっかりと高い位置になってしまったインターホンに向け、声を掛ける。


『あら、お嬢さん、どなた?』


 すぐにインターホンから聞こえてきたのは……プランナーの畠山さんの声。あまりにも懐かしくて、思わず鼻の奥がツンとしましたが、堪えて返事を返します。


「ええと……こんな声ですが、私、玖珂です」

『……玖珂君!?』


 驚きの声と、椅子を蹴倒す騒がしい音がインターホンの向こうから聞こえてきて、なんだろうと綾芽と顔を見合わせる。


 ところが……直後ビルの自動ドアが開いて、息を切らせた畠山さんが飛び出してきた。


「えっと……お久しぶりです、畠山さん」

「ご無沙汰していました、どうもご心配をお掛けしました」


 慌てて飛び出してきた畠山さん……記憶より少しやつれた気がする……に、綾芽と二人で頭を下げる。


「……本当に、玖珂君なの?」

「あはは……姿は、すっかり変わってしまいましたが……きゃ!?」


 苦笑しながら、畠山さんへと返事をすると……不意に、感極まった様子で私へと抱きついてきた彼女に驚いて、思わず悲鳴を上げてしまう。


「本当に……本当に無事で良かったわ、玖珂君。お帰りなさい……っ!」

「……はい、ただいま帰りました」


 こちらではもう天涯孤独だと思っていたけれど、それでも私にはまだ、「お帰りなさい」と言ってくれる人が存在した。

 それが嬉しくて……私も思わず、畠山さんに釣られて涙を流すのでした――……





【後書き】

作中の季節は、だいたい十月中頃でしょうか。

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