帰還

 脚の一本と尾を失いバランスを崩した『ドゥミナス=アウストラリス』の巨体は……今はどうにか体勢を立て直そうとして、牽制に雷光を放ちながらもがいている。

 巨体が予測不能なランダムパターンで暴れているため、不用意には近寄れずにいる中……


「レイジ、その姿は……そうか、お前はもう、決めたんだな?」

「ああ……俺は、ずっとイリスと一緒に居る。今までと同じようにな」


 ソールの問いにそう答えて、皆を背にかばうように立つ。

 そんな俺の隣に、輝く翼を背負ったイリスが並んだ。そして二人見つめ合い……頷き合う。


「あいつは……フレデリックは、俺たち二人でやる。ソール達は外の皆を頼む」

「はい……フレデリック首相は、おそらく私一人を狙って来るでしょう。その私が皆についていく訳にも行きませんので……皆を、お願いします」

「……ここは任せて先に行け、はコテコテな死亡フラグだぞ?」

「はっ……そんなん、今の俺には効かねえよ」


 ソールの軽口に、苦笑して返す。

 なんせ、最愛の女の子に受け入れてもらえたのだから、今、俺の気力は有り余って限界突破している。負ける気がしないとはこの事だ。


「そうか。分かった、また後で」

「ああ、任せろ」


 そう言って、軽くハイタッチしてソールと別れ、ようやく起き上がったドゥミナス=アウストラリスと対峙する。



 そんな中、俄かに騒がしくなり、剣戟の音が響いて来る大闘技場の外。


「どうやら後詰の……和解したフォルスさん達を筆頭に、海風商会の人達が到着したんだと思います」

「そ……そうなのか?」


 思わず聞き返した俺の手に触れて、はっきりと頷くイリス。

 フォルスの奴と和解し協力関係となったというのも気になるが……


「はい、だから任せておいて大丈夫。今はあの人に集中しましょう」

「……ああ、分かった」


 その巨体が災いし、足が一本無くなった事でかなり歩行がぎこちなくなったドゥミナス=アウストラリスへと向き直る。


『何故だ、何故ここまで何もかも予定通り上手くいかない……!』


 苛立たしげに、機体内から聞こえてくるフレデリックの声。


『これも全て……レイジと言ったな、貴様の……貴様の存在が……っ!』

「もう止めましょうフレデリック首相、趨勢は決しました!」


 未だ怨嗟を吐き出す奴に、イリスが制止の言葉を投げかける。そんなイリスは本当に優しい奴だと思う。だが……


『ああそうだとも、もはや全て明るみに出ることは防げず、何もかも終わりだ! だがそれでも己が役目だけは、せめて貴女の身柄だけは頂いていく……!!』


 自暴自棄そのものと言った様子で、吐き捨てるように叫ぶフレデリック。

 そんな奴をイリスはいまだ説得するつもりらしいが……おそらく無駄だろうと剣を構える。生憎と、俺はそこまで優しくはいられない。


「そんな……たとえアクロシティの傀儡だったのだとしても、統治者としてのあなたの評判は決して悪くはなかった、慕われていたはずです! そんなあなただって、人々を危険に巻き込むようなこんな事……!」

『甘いぞイリスリーア王女! あなたは、よっぽど生温い性善説の中で生きてきたらしいな……!』

「……っ」

『それは上からそう指示されていたからの上っ面に過ぎん! その裏で私が何人、邪魔な者達を始末してきたと思……ぐうッ!!』

「お前、少し黙れよ」


 ――殲滅者スレイヤー、起動。


 だが、もう世界から色は失われない。この最適を求め暴走する理性を御する要領はすでに掴んだ。


 発動と同時に、失った脚の分余計な負担を受け悲鳴を上げていた脚の一本を、すれ違い様に斬りとばす。


「……我流剣技、『疾風』……ッ」


 視界に赤い光が奔り、敵機体の弱い場所を縦横無尽に絡め取る。それに従って駆け、剣を振るう。


 ――刹那に六閃。


 ほぼ同時に全ての脚の関節を断ち切られた巨体が、ズズン、と地響きを上げて地に落ちた。


「悪いなイリス、俺は奴を許さない。奴は、俺にとってはおまえを不幸にするだけの悪人だ……!」

『黙れぇッ! 私は、は傀儡となるべく育てられ、与えられた職務を全うし……世界を調停するアクロシティの手足となる、私にあったのはそれのみ! 何が悪だ、貴様のようないくらでも道を選べる若造に、何が分かる……ッ!!』


 どこか羨望のような色を帯びたような、フレデリックの叫び。

 全ての脚を失い、すでに歩行機能は失われた機体で、尚も下部ブースターの青白い炎の軌跡を描き、突っ込んで来る。


 その、もはや砲身が焼きつき放てないはずのビーム発振器が、バチバチ雷光と悲鳴をあげている様は……


「自爆する気か、往生際の悪い……!」


 だが、退けばイリスを巻き込みかねない……ならば俺に退くという選択肢は無く、自分の身で受けなければならない。


 そんな、俺が避けることは決して出来ないというところまで読んでの行動であると瞬時に理解した。


 だが……それは、俺一人ならば、だ。


「……レイジさん、これを! 『エンゼル・ハイロゥ』!!」

「……ッ! 任せろぉおおッ!!」


 瞬時にイリスの意図を理解し、眼前の空間に手を伸ばす。


 そこに生まれたのは、本来であれば指定した定点で展開するイリスの『エンゼル・ハイロゥ』の魔法の萌芽。

 それを無造作に掴み、迫る半壊したドゥミヌス=アウストラリスへとフリスビーの要領で全力で投げつけた


 これは、俺がイリスの騎士として、その力へ干渉する権限を得た事で可能となった荒技。

 その展開前のリング型障壁は、投擲した事によって飛翔しながらドゥミヌス=アウストラリスに迫り……炸裂した。


『ぬ、おおおおぉ……ッ!?』


 移動しながら展開する、俺とイリス以外には起点操作が不可能である強固な結界が、巨大な機体を巻き込んで、バキバキと硬いものが砕ける音を撒き散らし、圧し砕きながら壁へと激突する。

 内圧に耐えきれなくなったビーム発振器から爆炎が上がるが、だがしかしそれは『エンゼル・ハイロゥ』の結界に遮られ、爆発音だけが虚しく響いた。


『何故だ、何故このドゥミヌス=アウストラリスが! アクロシティの技術の粋を集め建造され、授けられたこの機体がこうも……ッ!?』


 ノイズ混じりのフレデリックの声が、途切れ途切れに聞こえてくる。

 やがて、広がっていく障壁の圧力に耐えかねた外壁が崩落し……脚を失い、最後の移動手段であるブースターにも不調を来したドゥミヌス=アウストラリスの巨体は、押し出されるように断崖絶壁から落下して……


『おのぉおおれぇええェ……ッ!?』


 怨嗟の、あるいは悲痛な叫びにも聞こえるフレデリックの絶叫を撒き散らしながら……巨大な水柱を上げて、海中にその姿を消した。



「……っし、一丁上がり。残っている人達を誘導して、今度こそ退散しようぜ」

「……はい」


 悲しげにフレデリックが消えていった壁の大穴を見つめていたイリスの肩を叩き、促す。


 外から聞こえていた戦闘音は……すでに、完全に止まっていた。











 ◇


 ――もっと、何かやれる事は無かったのだろうか。



 そんな事をグルグルと考えながら……私はレイジさんに手を引かれるまま、未だに展開されたままだったティティリアさんの『ウィニングロード』の光の橋を渡り、外壁を回って大闘技場入り口へとたどり着く。


 そこで、私達を待っていたのは……



「イリスちゃん……!」

「おねえさま、無事で良かった……!」


 真っ先に飛び出して来たのは、最も『ウィニングロード』に近い場所で私達が戻ってくるのを見守っていたイーシュお姉様。

 そして、彼女と寄り添って待っていた、先に合流していたユリウス殿下でした。


 飛びついて来たイーシュお姉様の豊かな胸に顔を埋めるように抱きしめられ、腰にはユリウス殿下に抱きつかれて目を白黒させていると……頭上から聞こえて来る、鼻を啜る音。


「良かった……ユリウスも、イリスちゃんも、本当に無事で良かった……!」

「イーシュお姉様……ご心配、おかけしました」

「えへへ……ごめんなさい、おねえさま」


 ユリウス殿下と二人、イーシュお姉様の両手に抱かれながら、感極まって泣きだしてしまった彼女の背中をポンポンと叩いて宥める。


「全く……お姫様が危険な場所に残るって何よ?」

「まぁ、私も少々お転婆に過ぎると思うが、言ってやるな」


 ちくりと嫌味を刺して来るのは、ユリウス殿下と共に合流していたアンジェリカちゃん。

 そんな彼女を、すっかり体力も回復したらしいアルフガルド陛下が、苦笑しながら窘めていました。


 そんな時、一歩前に出たレイジさんが、土下座するのも辞さないとばかりの勢いで、陛下へと頭を下げる。


「あの……申し訳ありませんでした、陛下! あのような公衆の面前の場で勝手な事を……っ!」

「はは、良い、許す。詳しくは後でレオンハルトも交えて話す事になるが……私の方こそ、イリスリーアの事、頼んだぞ」

「は……はい……俺の人生、全てを賭けて!」


 顔を上げ、真っ直ぐにアルフガルド陛下を見つめて言うレイジさん。

 その様子を満足そうに笑って眺めている陛下の様子に、私もホッと安堵するのでした。





「それで……兄様達は?」


 傍で「うむ、仲良き事は良き事かな」と親族の触れ合いを嬉しそうに眺めていたアルフガルド陛下に、この場に居ない人々のことを尋ねます。


「うむ……彼らは今、街まで避難している民達を護衛するために、先に広場へ向かう橋を渡っておる。あの改心したという西の商会の連中や、活躍の場を失って燻っていたエキスパートの部の者たちも協力してくれておる」

「俺達は、お前達が戻って来るまでの退路を守るために殿に志願したんだ」


 そう言って背後に兵を従えて歩いて来たのは、周囲を警戒していたらしいフェリクス皇帝陛下。

 近衛の各々が油断なく銃剣を構え、背後に警戒しながら私達の後をついて来てくれているのを見るに……どうやらここからはフランヴェルジェの近衛が守ってくれるらしく、ようやく休めそうだと安堵の息を吐きます。


「フェリクス皇帝陛下まで……ありがとうございます、そして、ご心配をおかけしました」

「何、構わぬさ。戻って来てくれたのだからな」

「ああ、俺の方はそこのレイジに大恩があるし……何と言っても、可愛い義妹の為だしな」


 すっかり仲良さげに肩を並べている両国の陛下に……私も、思わず笑いを漏らしてしまうのでした。





「さて……すまんがイリスリーア殿下、少しの間、妻の事を頼む」

「は、はい……フェリクス皇帝陛下は?」

「ああ、俺は少し、アルフガルド陛下と今後の対応について相談だ……アクロシティとの今後の関係についてな」


 そう言って、一転し難しい顔をして離れていく二人。


 気にはなりますが……まずはイーシュお姉様を安全な場所へ送り届けなければと思い直し、未だ赤くなった目元を拭っている彼女を促して、街へ繋がる橋を歩き出します。


 ……やはりアクロシティとの関係は、今まで通りとはいかないのでしょう。


 今後、どうなるか……最悪、アクロシティを相手に戦争状態へと突入する可能性を考えると、暗澹たる気分にはなってきます。


 ……ですが、今更退くつもりは無い。


 未だ胸に残るレイジさんとの繋がりを感じ、そう気を引き締める。





 そう決意を新たにしている時……不意に、ザッと何人もの人が傅いた音。


 それに驚いて、思わず足を止める。

 突如現れたのは、今まで避難してきた人達のケアに当たっていたはずの聖女の方々でした。


「ご結婚……いえ、まだご婚約ですわね、おめでとうございます、光翼の御子様」

「あ、ありがとう、ございます……?」


 気後れしながら、恭しく祝辞を述べる最年長の聖女の取りまとめ役であるお姉さん……確か、マリアレーゼ様という名前だったはずです……に礼を言います。


 ――正直、苦手なんですよね、この方々。


 準決勝前の折、レイジさんとソール兄様の治療だけは私にさせてほしいと交渉に行った際……彼女たちの静かに殺気立った気配に散々晒されたため、すっかり刷り込まれた苦手意識。


 それが、私の足を少し下がらせるのですが……


「ですが……大会中に拝見した様子を見るに、御子様自身はまだ嫁ぐために必要な勉強が不足していらっしゃるご様子」

「え、あの……?」


 不意に、マリアレーゼ様が顔を上げ、ギラリと眼光鋭く私の方を向く。

 その迫力に更に一歩後ずさった私ですが、それを追うように立ち上がった彼女に手を取られ、優しく包まれました。


「大丈夫、私たちに身を委ねてくだされば、すぐにでもどこに嫁いでも恥ずかしくない淑女にして差し上げますわ」

「え、その……え?」


 一転し熱っぽい瞳で迫る、先程までと違う彼女に目を白黒させていると……すぐに、他の聖女の方々に包囲されました。


「御子様は、花も恥じらう可憐な乙女であるご様子。それは大変に魅力的ではありますが……今後、嫁ぐ以上は殿方を喜ばせる手法も大事になりましょう?」

「ええ、遠慮などなさらずに。指導のし甲斐がありそうな方がいらしてくれて、私達も喜ばしく思っております」

「アンジェリカさん以来、私どもの所に新しい姉妹はいらっしゃらなかったですからね。お姉様がた、私、腕がなりますわ!」

「よもや輝く翼の御子様のお世話ができるなんて……望外の喜びですわ、全身全霊を以って尽くさせていただきます……!」


 淑やかに嫋やかにきゃいきゃいと盛り上がる彼女達の様子に、背中から冷や汗が伝う。

 アンジェリカちゃんが言うには、将来的には貴族などに嫁ぐ事が多いという、彼女ら聖女たち。


 ……内部に独自のえげつない花嫁修行プログラムが存在するというその乙女の園の噂話を思い出し、ひしひしと感じる嫌な予感。


 熱心に語りかける彼女らに気圧され、助けを求めるように彼女達の一員であるアンジェリカちゃんに目を向けると……


「あー……ま、諦めて?」

「そんなぁ……」


 明らかに「巻き込まれたくない」といった様子で放たれたそのアンジェリカちゃんの無情な言葉に、がっくりと肩を落とす。


 助けを求めるように、今度は乙女の集団を前に躊躇し、遠巻きに眺めているレイジさんの方へ視線を向けますが……


「悪い、助けてやりたいが、そういうのはちょっと……機械兵器よりずっと手強そうだ……」

「ですよね……」


 今回ばかりは頼りにならなそうな私の騎士様レイジさんの様子に……半ば諦めの心地で、ため息を吐くのでした――……

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