一緒に。

 ああ……これはもう、どうやっても誤魔化しが効かないな。そうどこか達観した心境で、私は唄を紡ぎ続けていた。


 ――今、ここに展開しているこの唄は、つい最近目覚めた超広域脈動回復魔法『キルヒェンリート』という……光翼族、その中でも御子姫にのみ許された治癒魔法。


 私の声が届く範囲内に対し、治癒のみならず体力や魔力を賦活させ、悪条件を抑制するという場を展開する……『ゴッデスディバインエンブレイス』すら凌駕する回復魔法。


 それを発動しながら……眼下に広がる光景を眺める。




 その場に居る全ての人々の怪我が、綺麗さっぱりと拭い去っている事に安堵するも……その全ての視線が、驚愕と共にこちらに集中しているのをひしひしと感じていた。


 その人々の映るのは――畏怖。


 大会中、司会のお姉さんにからかわれていた時などに観客席から感じていた、微笑ましいものを見るような視線はもう、そこには無かった。


 ……それが、覚悟して選択したのだとしても、少しだけ寂しい。




 そんな感傷を心のどこかで感じながら、ゆっくりと地に降り立った……その時でした。


「……イリス!」

「きゃっ!?」


 降りてきた直後、誰かに駆け寄ってきた勢いのまま抱き締められた。

 驚いて悲鳴を上げましたが……そこに居たのは、ずっと会いたかった人。私はその胸に体を預けるようにして身を寄せる。


「馬鹿野郎……心配させやがって……」

「……はい。ごめんなさい」


 震えているレイジさんの腕と声に、心配を掛けた事を申し訳なく思う一方で、安堵している自分が居る。


 そうしてもう一度強く抱き締められた後、名残り惜しむようにしながら離されました。


「約束通り……優勝、してきたぞ」

「あ……」

「だから、今度こそ言うからな、いいな、言うぞ?」

「ど……どうぞ……」


 こちらの肩を掴み、真っ直ぐ見つめてくるレイジさんの顔に、ドキリと心臓が跳ねる。

 そしてこの後、何を言われるのかも想像がついた。それは……あの大会前夜、彼が言いかけた言葉の続き。



「俺と……結婚を前提に、お付き合いしてください」

「……はい。不束者ですが、よろしくお願いします」




 それに対して今回は……不思議なほど躊躇いなく、そう返事を返すことができたのでした。





 シン……と静まり返った空気の中。

 さて、お付き合いする事になったのはいいけれど、この後何を言えばいいのだろう……と、恋愛に疎いのが災いして頭を悩ませていると。


『えぇい、貴様ら……状況を弁えろ、馬鹿にしているのかッ!?』

「危ない!!」


 突如、我慢の限界といった様子の怒声と共に、蠍型の機体……『ドゥミヌス=アウストラリス』の尾の先端から放たれた閃光。

 だがそれは、間に割り込んだソール兄様の盾、その前面に展開された『フォース・シールド』に弾かれる。


 それで思い出したかのように、慌てて逃げ始める人々の悲鳴が再び場を満たした。


「ここは引き受ける、やる事があるならさっさと済ませるんだ!」

「あ……ごめんなさい!」


 兄様の怒鳴り声に私も今の状況をようやく思い出し、慌てて周囲の皆へと『マルチプロテクション』を展開する。

 周囲を舞った白い羽が皆に数枚ずつ纏わり付いたのを確認し、歩み出そうとしたその時……レイジさんに肩を掴んで引き寄せられた。


「待て、イリス。頼みがある」

「レイジさん、何を……」

、使えるんだよな?」

「あ……はい。ただ、あれを使うとレイジさんは」


 ……今後、間違いなく元の生活には戻れなくなる。


 俯きながらもそう続けようとした口が……そのレイジさん当人の指で、そっと押さえられました。


「言ったろ、ずっと側に居てやるって」

「レイジさん……いいんですか? これを受け入れると、もう玲史さん……『支倉玲史はせくら れいじ』には戻れなくなりますよ?」


 最後の確認として、彼の本名をあえて口に出します。




 この世界に来た時に変質し、二度と『玖珂柳』には戻れないであろう私と違い、皆はまだ元の世界に戻った時に、元の姿に戻れる可能性があります。


 だけど……おそらくは、これを行使してしまえばレイジさんも私と同じように変質させてしまうであろう事が、今の私には分かります。


 姿も……も。



 もしもそれに少しでも躊躇いが見えるようならば、この話はもう終わり。

 そう思ってあえて口に出した向こうでの名前でした。しかし……


「それでも俺は、お前の側に居たい。まあ……家族に説明するのはちょっと大変かもだけどな」

「……っ」


 少しおどけて言いながらも、レイジさんの真っ直ぐ見つめてくる目には、一切の迷いがありませんでした。


「分かりました……レイジさんの人生を、私にくださいますか?」

「ああ、代わりにお前の人生を俺にくれ。他の奴には絶対に渡すものか」


 その言葉に、思わず真っ赤になって俯いてしまう。


 ふわふわとした幸福感と、苦しい程の胸の鼓動。

 嬉しい……そう、嬉しいのです。


「……分かりました」


 ならば、もう迷うまい。

 目を閉じて、祈るように手を組みます。


 発動条件は、粘膜による接触と、体液交換。

 そして……お互いに、心から信じている事。


「えっ、と……お願いします」

「お、おう……」


 背伸びして、やや屈んだレイジさんの首へと腕を回す。

 それに合わせて背中へと回されたレイジさんの腕の感触に身を委ね、そして……自分の舌先を、僅かに犬歯で噛み破る。


「こんな時ですが……約束通り、あの時の続きですね?」

「ああ……そうか、確かにそうだな」


 二人でふっと笑いあい、お互いに目を閉じる。


「……あなたに、全てを捧げます。『アドヴェント』……っ」


 祈りを終え、その唇に唇を重ね合わせる。

 そっと私の口内へと侵入してくるレイジさんの舌。その先端をなるべく痛くないように、こちらも恐る恐る噛み破る。


 一秒、二秒……自分の舌とレイジさんの舌、その両方から混ざり合った血の味が、僅かに口内で広がる。


「んっ……ぅ……」


 長く続く口付けに、繋がっている感触に、頭が多幸感でふわふわする。

 やがて……お腹の奥がかっと熱くなる感触が広がった。それを確認して、名残惜しく思いながらも口を離す。



「……どう、ですか?」

「い……いや、特に変化は…………うわっ!?」


 レイジさんが訝しみ、体を見下ろした直後、劇的な変化が現れました。


 突如、その背中から炸裂した突風と、眩い閃光。


 背中に現れたのは、真紅の光――それはおそらく、レイジさんと私の『加護紋章』、その二つが混ざり合ったのだと思しき新たな紋章。

 剣のモチーフを中心として、周囲を十本の翼のような突起に囲まれた意匠の紋章が、まるで翼が生えるようにその背へと浮かび上がっていました。


 それに合わせて、人族の種族特性解放で発現する特徴、手足の光の羽も大きく、眩く広がっていきます。


「……っ、これは……体が軽いし、力が湧いてくる? まるで生まれ変わったような気分だ……」

「格好いいですよ、レイジさん……私の騎士様?」

「お、おう……」


 お互い、気恥ずかしさにはにかみながら、笑い合う。


 ――これが『アドヴェント』……厳密にはスキルではなく……私との契約を結ぶ儀式。


 これを受けた者は『御子姫』の騎士として私との間にリンクを結ばれ、私が持つ権能の一部を限定的ながら行使できるようになる。


 ――私に寄り添う、私と同じ時を歩む存在として。


 いつか感じた『独りぼっち』という感覚は、今この瞬間溶けて消え去った……そんな気がするのでした。





「おいこらレイジ、いつまでサボってる! イリスも二人の世界に浸るのは後にしてくれ!!」

「いい加減、こっちも限界よぉ……!」

「あ、はい!」

「わ、悪い!」


 いい加減しびれを切らした様子の兄様と桔梗さんの言葉に、再び今の状況を思い出して、慌てて抱き合った状態からパッと離れます。


 向こうでは、ソール兄様と桔梗さんが二人、アルフガルド陛下の援護の元で蠍型の機械兵器と激戦を繰り広げていました。


 機動力と小回りを利用して足元を動き回る二人に、あの『ドゥミヌス=アウストラリス』は巨体が災いして対応しきれていないらしい。


 しかし、『フォース・シールド』をこちらに割り振っているソール兄様は盾がありません。


 そんな中で、主砲こそ失ったとはいえまだまだ健在な敵の巨大兵器。

 立て続けに放たれる一本一本が致死の威力を持つ八本足と、尾から放たれる細い荷電粒子の槍。


 それらどうにかを往なし続けている三人でしたが、いつその薄氷のような均衡が崩れてもおかしくない状況でした。


「それじゃあ……行ってくる」

「はい……どうか、ご存分に」


 笑って見送る先で、レイジさんの背に現れた真紅の紋章が光を放つ。



 ――刹那、光跡だけを残して……その姿がブレて消えました。



 次の瞬間……兄様達が対峙しているドゥミヌス=アウストラリス、その八本あった巨大な脚の一本が、付け根から爆炎を上げて、まるで冗談のように宙を舞った。


『……は?』


 機体の中から、呆然とした様子のフレデリック首相の声。

 そこでようやく、脚の一本を失いバランスを崩した機体が擱座する。


「なるほど……イリスから暖かい力が流れ込んで来て、守られているのを感じる。これなら、負ける気はしねぇな」


 そう呟いて、自分の手を握ったり開いたりして様子を確かめているのは、いつのまにかドゥミヌス=アウストラリスの正面に佇んでいたレイジさん。

 ブン……と空気が振動するような音。その手が何かを地面から引き抜いて何度か無造作に振った後、ピタリと構えました。


 その手にあったのは……刀身が身長の倍はあろうかという長さの、元々持っていた『アルヴェンティア』と『アルスレイ』を核として形成された光の剣。



 ――今レイジさんの身に起きているこの形態は、いわば、種族特性解放の更なるバージョンアップ版。


 加えて今のレイジさんは、繋がっている私の魔力を直に受けて、限界を越えた高出力のバフをその身に宿しています。


 それが……私との契約を交わしたレイジさんの、新たな力。


『くっ……新チャンピオン、貴様、どこまでも邪魔を……っ!』

「はっ、邪魔なのはテメェの方だ! 人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて地獄に堕ちろってんだよ!!」

『恋だと……!? そのような浮ついた物が何になる、戯言をほざくな……ッ!!』


 ドゥミヌス=アウストラリスの蠍の尻尾が、その先端に針のようなエネルギーを纏わせて繰り出された。

 しかし、レイジさんが携えた二刀が火花を散らしながらそれを受け止め――あろう事か、完全にその巨大な質量を正面から受け切っていました。


『……バカなっ!?』

「さあ……年貢の納め時だぜ、フレデリック……ッ!!」


 ギンッ、という音が響き、二条の閃光が疾る。

 次の瞬間……今度は半ばから断ち切られた、蠍の尾が宙を舞ったのでした――……







【後書き】

フレデリックさんはキレていい(こら

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