選択の時

 

「あの光は……」

「闘技場の方ですね……皆、大丈夫でしょうか」


 一通り皆の治療を終えて、戦意がまだある『海風商会』のメンバーを乗せイスアーレスへと取って返す船の上……そんな私達の前方に見えてきた大闘技場では、今まさに異変が起きていた。


 その天井を突き破り天を貫く光の柱に、船員の皆が騒然となり、船首に立って先を見据えていた兄様も、その光景に顔を顰めます。


「随分と大変な事になっているな……無事だといいんだが」

「急ぎましょう。空を飛ぶのは兄様の方が早いです、先に行って皆を助けてあげてください」

「……良いんだね?」


 心配そうにこちらを見る兄様に、一つ頷く。

 今まで沢山の猶予を貰ったのだ、決心はできている。


「はい……もう、隠しておける状況でもないですから」


 以前ネフリム師に言われた、選択の時。

 思っていたよりは少し早かったけれど、今がその時なのでしょう。


「……分かった。あまり気負わないで、私は……私達はいつも一緒に居るから」

「ええ……では、行きましょう」

「ああ……『リリース』!」


 兄様の掛け声と共に、種族特徴解放によってその背の翼が三対に増える。

 合わせて、私も背中に光翼を出現させ、宙に浮かび上がる。


 途端、背後から聞こえる人々の騒めきをあえて意識しないようにして、ここまで船を出してくれた船員達へと感謝を込めて笑いかける。


「お世話になりました。皆様も、どうかお気をつけて」


 この後、他の戦力となる方々を街へと送り届ける手筈となっている彼らの無事を願いつつ、すでに先行した兄様を追って高度を上げる。


 ぐんぐんと流れていく景色。急速に眼前へと迫る大闘技場では、どうやら火の手が上がったらしく、煙が上がっていた――……







 ◇


 ――視界一杯が、光の奔流に呑まれた世界。


 昔見たロボットアニメの中で、主人公の少年が視界一杯のビームに晒されるシーンがあったが、これは……あまりにも恐ろしい、そりゃもう戦いたくないと言いたくなるわと、場違いな事が脳裏をよぎる。


 そんな、まともに浴びれば即座に消し飛ぶ破壊の光は……だがしかし、外側へ逸れていき、俺たちに触れる事なく後方へと流れていく。


「……陛下!?」

「ふ、はは……若者達に任せてばかりではと思ったが、なかなかこれは……!」


 閃光に臆さず俺たちの前に立ち塞がった背中……それは、観客の誘導の指揮をとっていたはずの、アルフガルド陛下だった。


 円錐……笠のように編まれた堅牢な魔法の障壁が、受け流す角度を調整し観客へ余波が届かないよう荷電粒子の本流を受け流しているのは分かる。


 だが……流石にこれは分が悪いのか、その額には汗が滝のように流れていた。




 無限に続くようなその時間は……だがしかし、やがて光の奔流がその勢いを弱め、周囲の光景が見えてくる。


「こいつは……」


 体感時間は長くても、おそらく実際は十数秒程度。その短時間で周囲の光景は一変していた。


 赤熱化し、すぐに冷えて色を失っていく熱で溶けた床。

 背後にあった観客席には余波であちこち穴が空き、飛び散った荷電粒子の仕業か、あちこちから火の手が上がっていた。


 石造りの建物はともかく、内装は可燃物だ。絨毯などを介し、燃え広がる速度はかなり早い。

 炎と、観客達の悲鳴。その地獄が顕現したような光景に汗が伝う。


「さすが魔法王国の長。お一人でこの『ドゥミヌス=アウストラリス』の全力射を防ぐほどの魔法障壁を展開されるとは」

「ぐっ……くっ……フレデリック、貴様……!」


 魔力の急激な消費で膝をつく陛下。

 その姿を見下し、嘲笑うかのように再び手を掲げるフレデリックとの間に、咄嗟に剣を構えて体を割り込ませる。


「ですが、次を防ぐ余力は無いと見ました……次で終わりです、次射準備!」

『警告。粒子加速器の冷却が不十分。次発まで……』

「構いません、彼らを撃てば、あとは何とでもなります!」

『了解』


 砲身がイカれるのも厭わずに、即座に次発の準備を始める機体。そのフレデリックの判断の速さに、心の中で悪態を吐く。


 咄嗟に後ろの二人を振り返るも、スカーさんは弾が、ミリアムは魔力が尽きているらしく、どちらも焦った様子で首を振る。


 あとは……あと一撃、一か八かであの発振器へと一撃叩き込めば、運が良ければ……あるいは悪ければ……誘爆させられるかもしれない。


 同じ考えに至ったらしい桔梗さんとうなずき合い、脚になけなしの力を込める。


「……二人とも、待て」

「止めないでくれ陛下、このままじゃ……」

「そうよぉ、絶対死ぬより、少しは助かる見込みがある方を選ぶのは当然よねぇ?」


 飛びだそうとしたその時、俺たち二人の動きを制する手。

 それは、まだ荒い息を吐きながらも最前に立つアルフガルド陛下だった。


「……若い者が無為に命を散らすものではない」

「だけど……」

「それは……私の役目だ。次の一撃は、我が名に掛けてたとえこの身の魔力を搾り尽くしても防ぐ。君たちはこの後に備えていなさい」


 そう言うや否や、魔法の詠唱を始めてしまう陛下。


「な……駄目だ、あんた王様だろうがっ!?」

「そうだな……無責任と謗られるかもしれない。だが、後を託せる若者も育っている。仮の王が退場するというだけの事だ……っ!!」


 そう吠え、先程と同じ防御魔法を完成させてしまう陛下。


「……イリスリーアを頼んだぞ、青年」


 最後、そうポツリとアルフガルド陛下が呟いたと同時に……敵機体中心に、臨界まで高まった破壊の光が瞬いた――……










「それは困ります、叔父上。私はまだ王になるとは言ってませんよ」

「……何!?」


 ――光が放たれる寸前、突如目の前の地面に突き刺さったのは、空から降ってきた十字の形をした盾。


 突如の事に驚いているアルフガルド王を尻目に、その盾を基点に張られた力場と、さらにその前に展開したもう一つの不可視の魔法障壁。


 それは『フォース・シールド』と『インビジブル・シールド』。俺がよく見知った、何度も俺たちを救ってくれたその二つの防御魔法。


 直後、再度世界が光に満たされた。

 再び何分にも感じるかのような数秒の時間が経過し……世界に色が戻った時、俺とアルフガルド陛下の前に、見知った姿が立ち塞がっていた。



 場が硬直する中で……ふぅ、と場違いな溜息が一つ、乱入者から発せられる。


「陛下……いきなり今日から王位を任せるなどと言われても、勉強も引き継ぎも説明も無しに丸投げされてもはっきり言って迷惑です」

「う、うむ……た、たしかにそうだ……な?」


 突然正論で詰められて、戸惑いつつもカクカク頷く陛下。

 その様子に満足したらしい彼が、よろしい、と大きく頷いた。


「……ソール!」

「ああ、待たせたな。なんだレイジ、ずいぶんとボロボロじゃないか」


 ずいぶんと久しぶりに見るような気がする、青味がかった白銀のフルプレートアーマーを纏った姿、その中性的に整った顔。

 そこに浮かんだ不敵な笑みに、これまでの緊張がふっと緩む。


 そして……


「私の仕事は、きちんとこなしたぞ……来たな」


 どうだとばかりに自慢げな表情をしたソールが、上を仰ぎ見る。

 釣られてそちらを見ると、こちらも随分と久しぶりのような気がする、だが何よりも望んでいた姿が、舞い降りて来ていた。




 ――歌が、響く。


 ――闘技場の中を、風が吹いた。




 全身から苦痛が消え、疲弊していた体が力を取り戻す。圧倒的なまでの、治癒の力が場に満ちていく。


 おい、あれはなんだ?

 天族……いや違うぞ!

 あれは……光る、羽根?


 ざわざわと、避難中の観客達が足を止めて騒ぎ出す。中には、平伏しようとする者までも。


 そんな彼らを他所に、舞い降りてくる光。


 以前にも見た純白の光翼、同じ光で形作られた杖を携えたイリスが……ゆっくりと、天井の穴から降りてくる。


 纏っているのは、攫われた時のままの、だがあちこち破れ、すっかりボロボロになったドレスだ。

 しかしそれは、舞い降りてくる少女の神秘性を損なうには至らず、むしろそんな姿で尚も神聖さの陰らぬその威光を、さらに引き立てているように思えた。



 そんなイリスは今、目を閉じて、不可思議な言語で編まれた歌を響かせていた。




 その唇から澄んだ歌声が紡がれ場に響くたびに、イリスを中心に淡い緑色に輝く風が吹く。

 その風に優しく撫でられると、それに触れた全ての人々の傷がたちまち消えていく。


 それは……この大闘技場内全てを柔らかく包みこむように、広範囲に渡って吹いていた。


 さらにはいかなる原理か、燃え広がっていた観客席の炎までが鎮まっていく。



 ――おお……おおお……っ!!



 周囲で高まっていく、人々のざわめき。中には感極まって、膝を着いて祈りを捧げ始める者までいる。


 そして……


「馬鹿な……私が、この私が、彼女を見てだと……!」


 蠍型の機体から、戸惑ったようなフレデリックの声。今、その機体はまるで戦意を失ったかのように、その動きを止めていた。


「これが……御子姫……いと尊き光翼の姫……」


 そう、フレデリックでさえも戦闘を忘れ、呆然と上空を満たす光、その中心にいる少女を仰ぎ見ていた。




 そんな光景を、歌を止めゆっくり目を開いて眺めながら……イリスが、寂しそうに微笑んだ。


 そんな表情をするイリスの姿が、今にも消えそうな程に儚く見えて……俺は、気がつけばその着地地点へと駆け出していた。



 ――お前の役目だろ?


 ――ああ、分かってる。



 すれ違いざまに目が合ったソールと、そんな目配せを交わしながら。





 今この時……イリスはおそらく人々の信仰対象となっている。


 そして……は、残酷なまでにイリスを『人間』ではいられなくしてしまう。


 ――この広い広い空の下に、ひとりぼっち。


 そう月光に照らされて、満天の夜空を見上げ寂しそうに呟いていたのを、俺は声をかける事も出来ずに木陰から覗き見ていた。


 ……それは、果たしていつの事だっただろうか。




 今度こそ、俺はすぐその隣へ行かなければならない。


 そして一人にはしないと安心させ、抱きしめてやらなければならない……そう、俺はこの時強く思ったのだった――……

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