光翼族の再臨
『アー、本当ヒデエ目に会っタゼ』
「……そんな事言って、楽しそうに見えたけどね、クロウ?」
『イヤ全然楽しくネーシ。コイツら全部中身の無ぇ人形ジャネーカ』
「だろうね……」
そう呟いて眺めるのは、一面の火の海。
海面に浮かぶ無数の飛空戦艦の残骸……しかしそこに、人を始めとした生物の姿は無い。
おそらくは、管制全てアクロシティ本土から行われている遠隔操作だ。あの街の連中が、命を張って外に戦いに出てくるとは考え難い。
だが……それでも、目的は十分に達成できた。
『そんデ、目的のブツは手に入ったのカヨ?』
「……ああ、問題ない。損傷は激しいが、二十機分繋ぎ合わせれば少しの間誤魔化すくらいは大丈夫だろう」
そう言って取り出して見せたのは、つぎはぎだらけの歪なオーブ。
……先程、海に落下したアクロシティの飛空戦艦から抉り取って来たものを集めたものだ。
――これは、アクロシティの周囲に張り巡らされた、
雑に配線をつなぎ合わせただけではあるが、一度くらいは誤魔化せる程度に形にはした。
『ソイツぁ良かったナ? コンだけ働かされテ、収穫無しジャやってらんねーカラナ』
「まあ、駄目だったら別の手段を探すだけさ」
遥か昔、『この世界』ができる前に作られたというその機能を、今のあの街を支配する者たちでは弄られない以上、一朝一夕で対処される事もあるまい。
ましてやそれが、頭が平和呆けした老害共だというなら尚更だ。
そんな事を考えていると……ふと、懐かしい気配。
「これは……あの闘技場の方か」
どうやら、身に覚えがある
『オット、どうやらあるじサマは可愛い娘サンが気になるみたいダナ!』
「……別に」
『ハイハイ、そういう事にしといてヤルヨ』
「クロウ……黙れ」
『オット、怖イ怖イ』
茶化した様子にムッとするが……ムキになればなるほどこいつは調子に乗るという事くらい、長い付き合いだからよく理解している。
自分にだけやたらお喋りな相方に……僕は、深々と溜息を吐くのだった――……
◇
街へと続く橋を渡り切ったところ……以前、屋台でアイスクリームを食べた広場は今、大闘技場から避難して来ていた観客達でひしめき合っていました。
「イリス、レイジ!」
「兄様、そちらもご無事で!」
駆け寄って来るのは、最後尾に居た兄様。そのすぐ後ろをついて来ていたのは、やはり同様に後ろを守っていた桔梗さんでした。
「あんたも、手伝ってくれてありがとな」
「いいえぇ、私も久々に刺激的で楽しかったわぁ」
「本当に、助かったよ……それでレイジ、フレデリックは?」
「ああ……機体自体は破壊したし、追ってはこれないと思うが……生死までは確認する余裕は無かった」
「爆発はしていなかった様子でしたから、おそらくは脱出したのではと……」
不安が半分、願望が半分……そんな感じの思いで伝える私達に、兄様はそうか、と一つ頷いただけでした。
「……まあ、仕方ない。それより無事で良かった、二人とも」
そう口元を緩める兄様に、私とレイジさんはようやく、緊張に凝り固まった頬を緩めるのでした。
――と、思ったのも束の間。
「イリスちゃん!」
「きゃ……!?」
「無事で良かったにぁあああ!」
「わぷっ!?」
物凄い勢いで抱きついてくる、二人の女の子の影に、目を白黒させながらもどうにか口を開きます。
「てぃ……ティアちゃん、それにミリィさんも……ご心配をおかけしました」
「本当よ、姿が見えなくて気が気じゃなかったんだからね!」
「怪我はしてないかにゃ!? お肌に痕が残るような事はない!?」
「お、落ち着いて二人とも、大丈夫、大丈夫だから……!」
混乱しながらもどうにか二人を宥めようとしていると……更に、新たな声が掛けられます。
「皆それだけ心配していたのですよ。勿論、私も」
「レニィさんも……ご心配をおかけして申し訳ありませんでした」
「いえ……それよりも、レオンハルト様が武具店の一つを借りて人払いしています。お召し物を変えましょう」
「あ……」
前夜祭に着ていたドレスは、汚れこそ『ピュリフィケーション』で浄化したものの……どう足掻いても戦闘用ではありえないその繊細な衣装は、度重なる戦闘ですっかり破れ、擦り切れていました。
「……ごめんなさい、せっかく用意してくれた素敵なドレスを駄目にしてしまいました」
「イリスリーア様がお気になさる事ではありませんわ。請求ならば、そちらの狼藉者に」
「……返す言葉も無いですね」
更に新しく、今度は男性の声。
苦い顔をして現れたのは……一歩引いた位置に星露さんを従え、すっかり元の起業家の様相へと戻ったフォルスさんでした。
「弁済については、また後ほど。ひとまずお詫び代わりにお召し物を用意させて頂きましたので、今はこちらをどうぞ……星露、頼みます」
「はい! 姫様、行きましょう!」
今はすっかり元気を取り戻し、明るい表情で衣装の包みを携えて駆け寄って来る星露さん。
どうしたら良いか、確認のためレニィさんへチラッと視線を送ると……
「……口惜しいですが、私どもの荷物は皆塔へ残したまま。ここはお言葉に甘えておきましょう」
「わ、分かりました……」
そう、苦々しい表情で頷いて返すレニィさん。
そんな彼女の様子に苦笑しながら手を引かれ、私は着替えのためにと屋内へと退散するのでした。
着替えを済ませ、ようやくドレスから比較的カジュアルな服になった事で人心地ついたところで、皆の元へ戻る。
フォルスさんが用意してくれたのは、胸のヨーク切り替え、それと袖周りの白が眩しい、落ち着いたグレーのシックなワンピース。腰を後ろで絞る大きなリボンが可愛らしい衣装でした。
「お綺麗です、イリス嬢」
「あ、ありがとうございます……」
にっこりと微笑み、そう褒め称えてくるフォルスさんに……レイジさんの腕から覗き込むようにして、礼を述べる。
何故、こうなっているかというと……
「てめぇはイリスに近寄るな」
「ですが、服を用意したのは私ですし、ひと目見て賞賛の言葉を送るくらいいいではありませんか」
「うっせえ見んな」
……と、そんな調子で私を背に庇ったレイジさんが、フォルスさんを威嚇しているからなのでした。
まあ、仕方ないのかな……そう苦笑します。
「ふむ……盛り上がっている中で申し訳ないのだが、そろそろ良いだろうか?」
「あ、申し訳ありません、陛下」
歩いてくるアルフガルド陛下に、慌てて姿勢を正すレイジさん。
そんな彼に構わないとばかりに軽く肩を叩いてから、陛下は私の方へと歩いてきます。
「イリスリーア。身嗜みは整え終わったかね?」
「あ……はい、もう大丈夫です」
そう言って、アルフガルド陛下の前で軽くターンし、今の装いを披露して見せる。
それをニコニコと表情を緩め眺めていた陛下でしたが……すぐに真面目な顔で、傍にいたフォルスさんへ向き直ります。
「フォルス、と言ったね。君には色々と思うところはあるが……今は、目的を同じくする同志だと信じていいのだな?」
「ええ……今回のアクロシティの所業には、私も心底頭に来ています。元々向こうの息が強い通商連合では難しいでしょうが、今後は向こう……西大陸での支持基盤を少しずつ削いでいってやろうかと。その為ならなんだってやってやりますよ」
「そ……そうか、頼もしい限りだ」
眼鏡を輝かせ、凄まじく邪悪な笑顔を浮かべているフォルスさんに、若干引き気味に返事をするアルフガルド陛下。
どうやら彼も、今後は心強い味方になってくれるらしいです。
「さて……今回最大の被害者である観客達に、事情を説明しなければならないのだが……」
気まずそうに、私から目線を逸らして告げるアルフガルド陛下。
この後待っている憂鬱なイベントに、思うところはありますが……だからといって、逃げてもおそらく納得はされないでしょう。
「……良いのだな?」
アルフガルド陛下の問いに、頷く。
もはや、隠していて事態を収拾するのは不可能なのを承知の上で、この場に来たのだから。
「……手を」
「ありがとうございます、レイジさん」
さりげなく差し出されたレイジさんの手を握り、エスコートされるようにして、居並ぶアレフガルド陛下やフェリクス皇帝陛下の横へと並ぶ。
「さて……避難して来た方々には、今回、このような事態に巻き込んでしまった以上、事情を説明せん訳にはいくまい。少し長くなるが、聞いて欲しい!」
語り出したアルフガルド陛下の声に、広場の皆の視線が集中します。
そこで語られるのは、大会の裏で動いていた陰謀と、その首謀者である西の通商連合、ひいては更に裏で糸を引いていたアクロシティの所業。
その中には当然、私の誘拐の件も含まれており……何故、という疑念の視線が、私へと集中する。
「……皆の中にも、目にした者が多数いるであろう中、隠し立てもできまい。今から語る事は……どうか、冷静に受け止めて貰いたい」
そこで言葉を切り、いいな、と目で語りかけてくるアルフガルド陛下。その視線を真っ直ぐに受け止めて、私は頷きます。
そうして……陛下が、重い口を開きました。
その事実を、初めて公式に伝えるために。
「我が姪イリスリーアは……世界から失われたと思われていた、光翼族だ」
アルフガルド陛下に促され、私は最低出力で光翼を解放します。
広場に舞う、無数の白い光の羽根。
途端に、一層強くなる人々のざわめき。
「この私、ノールグラシエ国王アルフガルドが、その事実を秘匿していたのは事実だ。だが……通商連合盟主フレデリック、およびその背後に控えるアクロシティが、皆を人質にその身柄を略取せんとした事、私は許すつもりはない」
そうして深々と溜息をついた陛下が、更にポツリ、ポツリと呟き出す。
「イリスリーアは……確かに光翼族かもしれぬ……だがそれ以前に一人の娘、我が妹が遺した、私の姪であり家族なのだ……」
最後にそう伝えるアルフガルド陛下の、ぎりっと握りしめられる拳と、絞り出すような声。
その様子に呑まれたように、広場はシン……と鎮まり返っていました。
「……これに関しては全て承知の上で私、フランヴェルジェ帝国皇帝フェリクスも同意した。詳しくは今後の協議の上だが……おそらく今回の件に関しては、フランヴェルジェ、ノールグラシエ、両国からアクロシティへ強く抗議する事になるだろう」
鎮まり返った中で新たな言葉を続けたのは、隣に控えていたフェリクス皇帝陛下。
「おそらく、私たちアイレイン教団もそこに連名すると思います」
さらに、背後から控えめに伝えたのは、聖女達の長であるマリアレーゼ様。
あとは、東の諸島連合がどう動くかは未知数ですが……それと西の通商連合を除く全ての勢力の代表が、反アクロシティを唱えたという……この世界の人々にとっては異例の事態となっていました。
「最後にもう一度。諸君らについては……本当に、巻き込んですまなかった」
そう頭を下げて謝罪する陛下の姿に、ざわざわと広がる戸惑いの声。
……無理もないでしょう。
この世界にとって、アクロシティはずっと『調停者』であったのです。
それが今回の騒動を引き起こし、あまつさえ彼らは実際にその身を危険に晒されたのですから。
どちらを信じれば、何を信じれば良いのか、すぐに答えを出せるはずがありません。
そんな、混乱した場の中……
「あの……申し訳ありませんが、一つよろしいでしょうか」
不意に上がったのは、聞き覚えのある、よく通る女性の声。
「あなたは……」
「はい、皆様のお耳の恋人、大会司会のシルヴィアです……レイジさん、先程の決勝では自分の仕事を全う出来なくて申し訳ありませんでした」
「い、いや、それは気にしていないんだが……」
戸惑うレイジさんを他所に、私へと真っ直ぐ視線を向けている彼女。いったい何の用だろうと首を傾げていると。
「それで……重ね重ね申し訳ありません、用事があるのは私ではないのです……ほら、おいで?」
そう言って、今度はざわつく観客達の方へ向かって誰かを呼ぶ彼女。
「あの……」
やがて、シルヴィアさんに促されておずおずと進み出てきたのは……ユリウス殿下よりもまだ幼い頃と思しき、小さな女の子でした。
戸惑いを見せながらも、その女の子がシルヴィアさんに肩を押され、私達のすぐ前まで歩いて来ると……勢いよく頭を下げたと同時に、後ろ手に隠していた何かを私へと差し出しました。
「……イリスリーアさま、たすけてくれてありがとう! あと、チャンピオンさんとけっこんおめでとうございます!」
「あ……」
思わず、差し出されたものを見て声を漏らす。
女の子がキラキラとした憧憬の眼差しと共に差し出したのは……小さな、ほんの小さな白い花。
「……これ、私に?」
私の問いに、精一杯という様子で何度も頷き、顔を真っ赤にしてその花を差し出す女の子に……周囲の空気が弛緩し、今この場を満たしていた緊張感が霧散していくのを感じました。
「……ありがとうございます。すごく嬉しい」
周囲が優しく笑っている事に首を傾げている、きっとここまで逃げてくる道すがらで探していたのだろう、小さな花を差し出す女の子。
そんな女の子の頭を万感の思いで撫でながら、その花をありがたく受け取る。
……事実、この小さな一輪が、この時ばかりはどんな豪華な花束よりも、ずっと嬉しく思えたのでした。
……この小さな少女の、ほんの小さな勇気と優しさに、本当に救われた気がしたのでした。
「そ……そうだよな、おめでとう、姫様!」
「ああ、そうだ、めでたい!……んだよな?」
「え、ええと……ありがとうございます?」
疑問混じりな皆の祝福に、私自身も戸惑いながら返事をすると、さらに大きな歓声と、周囲に伝播するように、広がっていく「おめでとう」の声。
やがて、誰かがお酒を持ちこんで、あとは転げるように酒宴へとなだれ込んでいくまでに……さほど時間はかかりませんでした。
そんな……緊張感に欠けた喧騒。
たとえこれが、光翼族の再臨という事態に混乱したこの場を誤魔化すための、一時の空騒ぎだったとしても……皆の祝福とその笑顔に、私は救われた思いがしたのでした――……
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