裸の魔王様

 

「お主らも、考えを整理する時間が必要じゃろう。今日は温泉にでも浸かって、ゆるりと休むが良い」


 この世界が実は私達の世界と源流を同じくしている……その事実に、騒然となる私たち。

 そんな私たちを見かねてそう告げたアマリリス里長の厚意によって、その日は解散となった。




 たとえショッキングな情報があったとしても、温泉を逃すのは勿体ない。


 そんな訳で、私たちはアイニさんの案内で、温泉へと繰り出したのでした。


 ……ちなみにスノーは、どうやら微量に感じる硫黄臭が嫌なようで、アマリリス様の庵に引き篭もってしまいました。残念。






「わぁ……」

「こういう露天風呂は、流石に初体験にゃね」

「ふふ、いつもはちゃんと内風呂もあるからそちらを使うんですが、里長様が客人にはこちらが良かろうとおっしゃいまして」




 アイニさんの案内で連れてこられた、里のとっておきだと言う温泉。


 河原に直接掘られたような穴には石が組まれて浴槽となっており、その中を満たすのは、ほかほかと温かな湯気を立てる……天然の露天温泉。


 一応里側から見えないように簡単な柵は立っていますが、他には足場となる木の渡し板と、棚に籠が並べてある簡素な脱衣所のみという、ほぼ100%天然自然の光景が広がる露天風呂でした。


「これは……少し恥ずかしいですね」


 服を脱ぎ、タオルで体を隠しておそるおそる踏み出す。

 感覚的には、外で裸になったようなもの。そんな罪悪感のようなものが混じった羞恥心を感じながら、湯船に行こうとした、その時でした。


「御子殿はこっちじゃ」

「ひゃ、あ、アマリリス様?」

「すまんが、御子殿は我が借りていくぞ」


 そう、後から来たアマリリス様にグイグイと背中を押されて……気がついたら私は皆とは違う湯船で、彼女と差し向かいで温泉に浸かっているのでした。






「くぅ、この喉がヒリつく感じがたまらんな」


 そう、持ち込んだ酒をぐいっと呷る見た目幼女の魔王様に困惑していると。


「すまんな、お主とは一度話しておきたかったからのぅ」

「私と……ですか?」

「うむ。その前に、我……ノーブルレッドについて簡単に説明しておかねばな」


 そう言って、訥々と説明し始めた彼女曰く……


 この世界ですでに滅亡した、ヴァンパイアの盟主。

 純白の髪と白い肌、真紅の眼が特徴的な彼女達ノーブルレッドは、基本的には自然発生した、種なのだそうです。


「……じゃが、我の同族は皆、我が物心つく前に先立った。我は生まれた時点ですでにただ一人、この世界にひとりぼっちのノーブルレッドじゃ」


 そう、寂しげに語るアマリリス様。

 ですが、彼女の口にした有り様。それはまるで……


「似てるとは思わんか、我らは?」

「……そうですね。多分、似ていると思います」


 この世界に、単独で存在する種族。

 私の場合……リュケイオンさんの登場や、アンジェリカさんの覚醒もあって……最近はすっかりそんな寂しさも感じなくなっていましたが、確かに私と彼女は似ているのでしょう。


 それを……彼女の場合は、何百年も。


 それは果たして、どれだけの孤独に耐えて来たのでしょう。


「じゃから我は、我と同じ孤独を知るお主と語りたかったのじゃ」

「それは勿論構いませんが、語るとは何を?」

「うむ……恋の話、つまりコイバナじゃ!」




 ……あ、星空がとても綺麗です。空気が冷え切って、澄み渡っているからでしょうか。





「えっと、恋……ですか?」

「なんじゃお主、我の見た目がこんなじゃから、我が恋も知らぬ童女などと思っておらんか?」

「いえ! そんな事は……」


 ちょっと思ってました。見た目の印象って怖い。


「今の我はかように小さき姿じゃが、これはしばらく血を口にしておらんゆえ、し、省エネ? のためにこの姿を取っておるだけじゃ。真の我はな美女じゃぞ?」

「そ、そうなんですね……」

「うむ……と言うわけで、我とコイバナに興じてもらうぞ!」


 里長の責任を果たす時間外なのか、どこかおかしなテンションになっている彼女に……私は、苦笑いするしか無かったのでした。







「それでな、それでな! あの阿呆、『では僕と一緒に外の世界へ来てくれませんか?』などと言うておいて、我が脚を運んでも書の方にばかり夢中になりよって構いもせん! 朴念仁にも限度があろう!?」

「は、はぁ……」

「そうか、お主もそう思うか!」


 曖昧に笑い返事をしたら、どうやら肯定と受け取ったらしく上機嫌に酒を呷るアマリリス様。


 ……さてはこの人、あまりお酒強くないですね?



 ずっとお酒を手放さないからてっきり強いのかと思い込んでいましたが、なんだか少し言動が怪しい。


「ですが、意外でした。魔王様の恋の相手が、私達と同郷の『放浪者』だったなんて」


 とはいえ、定期的にあししげく通っているのだとのことですので、納得でもありました。


「ふん……魔王と呼ばれようが、我とて女じゃ。同族もなく永く生きておったら、寂しさから子孫の一人も欲しくもなる」


 しみじみ、と言った様子でそう語り、杯を一息に呷るアマリリス様。


「ま、そう思って熱をあげとるのがあの若造なのじゃから、我も本格的におかしくなって来とるのかもな」


 からからと笑いながら、彼女はもう一度、手酌で満たした杯を呷るのでした。





「じゃが、かと言って焦って変な男を選んではならんぞ。自分を安売りするのはいかん」


 そう説教じみた事を言う彼女でしたが……すぐに、意地の悪い笑みを浮かべる。


「……ま、その点はお主はあの赤毛の坊主と相当に熱々なみたいじゃし、大丈夫そうじゃがの?」

「なっ……!?」

「そりゃお主らは隙あらば見つめ合っておるからの、見ていれば丸わかりじゃな」

「あう……そ、そうなんですか?」

「うむ、熱くなって敵わんから、少し抑えてくれるとありがたいレベルじゃなぁ」


 ケラケラと、童女のように笑う彼女でしたが……不意に、その表情が真剣なものへと変化する。


「その体に、元あった魂が気になるか?」

「……え?」

「どうにも、先程の話からずっと上の空じゃったろう、お主。実際に施術した我が言える義理ではないかもしれんが……その体を奪ったのではないかと、気にしておるのか?」


 全て見透かすような彼女の言葉に、私は言葉を継ぐ事ができませんでした。


 ……図星だったから。


 そんな私の様子を見たアマリリス様は、頭をガリガリと掻いた後……急に、胡座をかいて頭を下げました。


「……すまんかった。お主にはひどく重い重責を背負わせる一端を担った事、申し訳なく思う」


 そう真剣な表情で謝罪した彼女でしたが……すぐに顔を上げ、真っ直ぐにこちらを見つめながら、話を続けます。



「その上で……他ならぬ我が保証してやろう。お主の入ったその体の元の魂と、書に封じられとった主の魂は、お互い補完し合い、一つの魂となっておる。そこに奪ったの奪われたのは存在せんと」

「そ……そうなんですか?」

「当たり前じゃろう。施術したのはまだ妹御の胎へ着床直後、まだまだまともな頭さえ出来とらん頃、自我など芽生えるずっと前じゃぞ?」

「た……確かに」


 以前の『玖珂柳』としての記憶と、『イリスリーア』となった以降の記憶、両方ある私ですが……気付いたら無意識に、別の人物と思い込んでいた気がします。


 統合した『あの日』に、私達は一緒の存在なのだと再確認した筈だったのに、です。


「紙の表裏と一緒じゃな。その両面に何が書かれていようが、に過ぎぬ。そこに違いなど無いのじゃ」


 なるほど、彼女の言葉は、ストンと今の私の腑に落ちました。


「じゃからお主がするべきは、後悔ではなく、受け入れて開き直る事じゃよ……とまぁ、年寄りの説教と思って甘んじて聞き入れよ」

「いえ、ここでアマリリス様と話せて良かったです。おかげで少し気楽になりました」

「そーか、そーか。ならば良いのじゃ。これでようやく我も、気掛かりじゃった事が全て解消されたわ」


 そう、上機嫌に最後の一杯を空にする彼女。


「まぁすぐには性格的に難しいかもしれんがなー、お主はー、見るからにクソ真面目そうじゃし!」


 なんだか少し、言動が怪しくなってきているアマリリス様が、がっくんがっくんと頭を揺すりながら、私の腕に体重を預けてからからと笑います。


「そ、そんな事は……ない、とは言えませんけど」

「そうじゃろうそうじゃろうー、ぬしはー、何事ももうすこし楽しまねばソンじゃぞー」


 いよいよ呂律が回らなくなり始めているアマリリス様。支離滅裂にもなり始めていて、そろそろ潰れそうだなぁと眺めていると。


「我は……ずっと、運命を捻じ曲げてしまった主の事が気になっていたのじゃ……どうやら幸せは手に入れたようで、ホッとしたのじゃよ……」


 眠ってしまったのか、彼女はそれっきり静かになってしまう。

 その言葉に、温泉の温もりとはまた違う、温かな物を胸に感じながら……私はそっと彼女を石に預けて、酔い潰れた彼女を運ぶために、アイニさん達を呼びにいくのでした――……







【後書き】

カリスマとはブレイクするもの。それが吸血鬼嬢ならばなおのこと。

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