外の世界

 トロール族の若者達が、同席など恐れ多いと退室した部屋の中。


「お久しぶりです、アマリリス殿。こちらは手土産の、東の国の清酒です」

「おお、すまんなアシュレイ坊。いやあ、こいつを温泉で雪を見ながら一杯やるのが。実にオツなものでな……」 

「はは……いまだに私を坊主と呼ぶのは貴女くらいなものですな。いや、気恥ずかしい」

「ふふん、我にとっては主などいくつになっても童よ」


 アシュレイ様とアマリリス様が、旧知の友人と話すように再会を喜び合っていました。


「……なんだか、頭がバグりそうな会話だな」

「ええ、本当に……」


 ゲンナリとそう呟くレイジさんに、私も同意します。

 高齢に差し掛かるアシュレイ様が、見た目は(かなり譲歩して)十歳程度にしか見えないアマリリス様に坊主坊主と子供扱いされている光景。


 そのちぐはぐな様子に頭を抱えていると、どうやらひと段落したらしい二人が席に着いたので私達もそれに倣います。


「……さて、改めて名乗るとしよう。我はアマリリス・ルアシェイア。昔は魔王などと呼ばれて大層イキり散らしていた、現このティシュトリヤの里長じゃ」


 そう、真剣な表情に戻って告げるアマリリス様。

 話を始めるその前に……どうしても、聞いておきたい事があった私が、そっと挙手をします。


「あの、失礼ながら、アマリリス様の種族というのは……」

「お、この牙が気になるのじゃな。左様、我はノーブルレッドと言う……『吸血鬼』なる存在じゃ」


 ま、厳密に言えば色々と違うがの、と肩を竦めて語る彼女。


「……待って欲しい。あなたは今、、とおっしゃいましたね?」

「って、あんたは知っているのか、俺たちが別の世界から来たって!?」


 兄様の言葉にハッとして、食って掛かるレイジさん。他にも、ミリアムさんやハヤト君、スカーさんに斉天さん……この場に残っている皆、驚いた表情を浮かべていました。


「うむ、存じておる。詳しい話を知ったのはつい最近、おかしな小僧を拾ったおかげではあるがの」

「おかしな小僧……ですか?」

「ああ、そやつは三月ほど前にこの街にふらっと現れて以来、老いぼれドラゴンの庵で本ばかり読んでおるよ。興味があるならば、老いぼれの所に案内するついでに紹介してやろう」


 そう、どこか不機嫌そうに頬杖を付きながら語るアマリリス様。


「全く……あやつめ、わざわざこの我があししげく通うて様子を見に行ってやっとるというのに、書物ばかりに興味を割きおって……」


 苛立たしげに呟きながら、アイニさんが淹れてきた香茶を啜り……そこで、ハッとしたように椅子に座り直す。


「……こほん。話の続きをせねばな。さて……あの老いぼれの所に行く途中に寄ったと言うことは、おそらく『白の書』と、先王アウレオリウスの足跡に関してじゃな?」

「はい……あの人が居なくなる数日前に、『白の書』を紛失したと聞きました。それに、文献でも彼がその書を欲していた事が記されていて……」


 そう前置きして……先日、離宮の書庫で見つけた先王アウレオリウスの手記について、彼女に説明します。



「……結論から言うと、先王アウレオリウスの狙い、自らの妹の胎の内に生じた胎児に、白の書に封じられていた光翼族の魂を降すというその目論見は、成功していた。そしてそれは、お主が一番よく理解している……じゃろう?」

「はい……それはもう」


 私の方に話を振って来たアマリリス様に、私も頷きます。


「私の事も、ご存知だったのですね?」

「うむ……他でもない、我が、きゃつの妹御に……その腹の子に禁呪『ソウル・リンカーネート』を施術した張本人じゃからの」

「そ、そうだったんですか!?」

「当然じゃろうが。あれはもう遺失していて、我にしか使えるものはおらんし、墓まで持っていくつもりじゃ。誰かに教えるつもりもないがの」


 彼女の言葉に驚きはしたものの、あらためて言われると、むしろ納得でした。

 遺失魔法ロストスペルの禁呪など、一体どこから持ち出したのかと思っていましたが……遙か昔から生きている魔王様ならば、知っていて不思議はありません。


「で、では先王が書を持ち出したと言うのは……」

「当然、我も関与しておる」


 アイニさんの質問に、弁解はしないという様子で頷く彼女。


「それが必要と唱えるあの先王の話に、我も賛同した。共犯者じゃよ、あの兄妹と我はな」



「それと……おそらくは主が気にしている事に関しても、答えておこうかの」

「わ、私……?」

「そうじゃ、顔に出ておるぞ、両親二人の関係が気になって仕方ない、とな」


 そう、私の方へと優しい目を向ける彼女。


「我から見ての、私見の話ではあるが……決して、主の母は望まぬ子を授かった訳ではないと思うておる。あの娘は、自分の意思で決めて先王の計画に協力しておったのだ……とな」


 そうでなければ、協力以前に我の手であの不貞の輩を引き裂いてくれておるわ、と、からから笑うアマリリス様。


「……お主が胎の中に宿った事を、あの娘は我に幸せそうに、誇らしげに語っておった。それだけは確かじゃったから、我も最終的には折れて助力する事にしたのじゃからな」

「そう……だったんですね」


 倫理的には、許される事ではないのかもしれない。

 だけど、アマリリス様の語った両親の話は、確かに私の胸の内を軽くしてくれました。


 しかし……すぐに彼女のその表情が、沈痛な面持ちに曇ります。


「じゃが……誤算があったのじゃ。あの書には、悪用を避けるために、正式な使用法に則り使用した際に発動する呪いが施されておった」

「呪い?」

「うむ、おそらくは里に持ち込んだ光翼族が仕込んでいたのであろう……使用者を『外の世界』へと強制的に放逐する呪いがの」

「外の世界、ですか?」


 それは……あの人、リィリスさんの夢にも出てきた言葉。


「うむ。ちなみに『こちら側』については、老いぼれ竜は『ケージ』と呼んでいるのう」

「ケージ……檻、ですか?」

「そうじゃ。侵食虚数世界がこちら側の世界全てを覆うのを防ぐため、外部に『幻想ファンタジー』に属するものが漏れぬようにシャットアウトしている、隔離された檻。お主らが『アイレイン』と『アーレス』と呼んでいる二柱の存在によって、隔離された世界……それがこの『ケージ』じゃ」


 サラリと語られる、衝撃的な話。

 シンと静まり返る部屋の中、私は、疑問に思ったことを問うために口を開きます。


「では、その外の世界というのは……」

「うむ。この世界が、先王の小僧が言う『奈落』を世界に広めぬよう隔離するためのケージとして、切り離される前にあった世界……」


 そこで一口、茶を口にして舌を湿らせるアマリリス様。それはまるで、私達に心の準備をさせるかのように。


 そして……彼女の口が、ゆっくりと開かれます。




「――その名を、『テラ』と言う」




 ……静寂。空気が、ひどく重くなった気がした。


「……は?」


 不意に出てきたその名前に、間の抜けた声が私の口から漏れました。そしてそれは、この場に集う私たち『プレイヤー』皆同様に。


「む、聞こえなんだか? 外の世界、その名を『テラ』と……」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

「テラって、その名前は……!」

「ああ、それじゃまるで……!?」


 騒然となる私たちですが……彼女の声には、嘘や冗談の類は一切見受けられませんでした。


 ――漠然とした予感は、思えば今までもあったかもしれません


 ですが、今回とうとう明言されたショックが、理解を阻害していました。


「その通り――あるいはテッラ、ガイア、アース、地球……様々な呼び名はあるが、『外の世界』と言うのは紛れもなく、の事じゃ」


 アマリリス様はそう、真っ直ぐこちらを見て、告げたのでした――……

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