地下で蠢くモノ
坑道の崩落にイリスとレイジの二人が巻き込まれる中、辛うじてハヤトを回収した私は、運良く……と言って良いものか、その崩落した瓦礫によってあの敵と分断され、難を逃れていた。
だけど……来た道は埋まってしまい戻る事もできず、二人の安否も確認できない。そんな中、かすかに感じた空気の流れを希望に、二人の捜索と出口の探索を行っていた。
……ハヤト少年はまだ立ち直れていない。声を殺しながらも、いまだに涙を流しながらついて来ていた。
――当然、言いたい事はある。だけど、それを押し殺し、慰めるようにその頭に手を置いた。
「……気にするな。アレのような存在をお前と情報共有していなかった私達にも非はある。お前は、自分のできる範囲で最善の事をしようとしただけで、事実さっきの一撃は最高のタイミングだったのも疑いようは無い……『普通』の敵だったら、だけどな」
そうだ、今回の件は、情報共有を怠った私達にも責任がある。以前に奴のような相手と交戦経験のあった私達と違い、こいつは、その存在すら知らなかったのだから。
「でも……っ!」
だが、良かれと思って起こした行動が今の窮地を招いたという事実を、仕方がなかったと済ませられる程……こいつも、私も、成熟してはいない。
「本当は、兄ちゃんも思ってるんだろ!? お前のせいた、お前が悪いって!! だったら、そう言ってくれた方がずっと……っ!!」
――図星を突かれ、一瞬で頭に血が上った。気がついたら、その胸倉を掴み、壁に叩きつけていた。
「……そうだ……と、言って欲しいのか、お前」
「がっ……は……っ」
……自分でも、驚く程に冷たい声が出た。ギリギリと締め上げられた事で、呼吸を塞がれハヤトが苦しげな呻きを上げる。
「なら、お前のせいだ、お前が余計なことをしたからあの二人が崩落に巻き込まれたのだと、そう責められれば満足か……っ!?」
私は聖人君子には程遠いという自覚はある。お前が悪い……内心、そう思っているに決まっている。
どれだけ表面を取り作っても、胸の奥深くには、イリスとレイジが崩落に巻き込まれて落下した原因であるこいつに、恨み言くらいは当然渦巻いている。
……一時の情に絆されて、戦えない子供をこんな場所まで連れて来るべきではなかった。世話になった人が心配だからという子供に同情し、好きにさせた結果がこのザマだと。
――だが、そんな結果論で人を責めた所で、何の役にも立ちはしない。
胸倉を掴まれ、睨みつけられて怯えた目をしたその少年の様子に、あっという間に頭に上っていた血が冷めた。怒りはすぐに罪悪感に変化していく。
「……馬鹿馬鹿しい、そんな無駄な事に労力を使うくらいなら、二人を探しに行った方がずっと良い。さっさと歩け」
掴んだ襟を離し、突き飛ばす。これ以上やっていると、本当に取り返しのつかない所まで責めてしまいそうだ。
分かっている、こいつの言っている事は。私も内心恨みがましく思っている。しかし、それを認めてしまえば、私は私をまた許せなくなる。
ふぅ、と、一つため息をついて気を落ち着かせる。
「……お前は、私達の役に立ちたくて戻って来たのだろう? だったら、結果こそこうなったけど……ありがとう、な?」
「……うん」
踵を返して歩きだすと、背後から慌てて立ち上がり、涙を拭ってついてくる気配を感じた。横目でチラっと見ると、目を赤く腫らしながらも、唇を噛んでこれ以上泣くまいとしているのが見えた。
……臆病ではあるが、やはり男の子だ。弱くは無いみたいねと思い、ふっと笑いが漏れた。
――そう、こんな状況だというのに、笑う余裕が何故かあったのだ。
「……それに」
ハヤトが追いついた時、ポツリと呟きが口から漏れた。
「……それに、何だ、兄ちゃん?」
「……いや、何でもない」
自分でも良く分からないのだ。私は……二人が生きていると、何故か確信している。
あるいは心が折れない為の現実逃避であって、錯覚なのかもしれない。だがしかし、なぜか微塵も二人の生存を疑っていない。
それどころか、おぼろげながら、おおよそどの方向に居るのかさえ何となく分かる気がするのだ。
(……まさか、ゲーム時代のパーティシステムの名残……か?)
ゲーム時のシステムは完全に消えてしまっている。それは間違いなく初日に確認済みだ。
しかし、システムは無くても、まるでパーティを結成しているかのように、もしかしたらその繋がりは残っているのかもしれない。
今更ながら湧き上がるその疑問に、答えをくれる者は、当然ながらどこにも存在しなかった。
ひらすら奥へ。探索を再開して既に半刻が経過し、だいぶ下へ潜ってきた頃。
「……こいつは」
「……なぁ、何だよこれ、やばくないか?」
私達が今居るのは、元々巨大な地下空洞だったらしい切り立った崖の中ほどに伝う、人工的に整地されたらしき細い道のような場所の上。
どうにか通行可能そうだと恐る恐る進んでいく中で、眼下の空間が仄かに明滅している事に疑問を感じ、目を凝らした先。
そこに広がっていた光景は……
「……ゴブリン……には見えないな、あれはもう」
おそらく別の坑道を潜った先であろう、眼下の広い空間。そこを埋め尽くしていた光っていた無数の影。
細かな結晶にところどころ覆われ、まるで眠ったようにじっと蹲っていたのは、遠目からでも明らかにシルエットのおかしい、ゴブリンのようなサイズの何かだった。その数100は優に超えるであろう、無数の影だ。
元は曲がりなりにも『亜人』と呼ばれ、異形ながらも人の形をしていたはずの彼等は、身体の所々が瘤のように膨れ上がり、中には四肢が増えているように見える者さえ居る。
すでに人型すら保てていないそれは、もはや
「……なるほど、道中で全く遭遇しなかったわけだ」
声が震えた。嫌な汗が顔を伝う。
幸い、動き出す様子はない。今は見つかっていないからなのか、それとも本当に眠っているのか……あるいは、あれはまだ変化途中の
「……まずいな、もし、あれが町に全て攻めてきたら、果たして今度は守り切れるかどうか……」
「兄ちゃん達でも無理、なのか?」
「……あとから、私達が世話になっている傭兵団の皆が来るから、合流すればまだ可能性は……いや、いくらなんでもこの数は抑えきれない……」
そして、その場合無事に終われる確証も無い。間違いなく団員にも大量に被害が出る。
――この全てが、以前戦った奴のように、結晶に強化されているのだとしたら。
その危険性は、身をもって熟知している。それが、下手をすればこの前のゴブリンジェネラル討伐戦の時並みの数が居るのだ。
それは、もはやレイドボスどころではない。大規模戦闘……『レギオンレイド 』か。あるいは、小規模な戦争だ。
以前のあの時はこちらの方が個々の戦闘力は上だったが、今回はむしろ分が悪い……例え町の全戦力を動員できても、到底足りない。
ならば軍……それこそ、領主に掛け合って私兵でも投入しなければ。だが、今から呼びに行って、事情を説明して、助力を願って、準備を待って連れてきて……はたして、そんな悠長なことをしていて間に合うのか……?
――無理だ。どう考えても時間が足りない。大部隊を動かすのであれば、然るべき事情と、相応の準備期間が必要だ。
「……駄目だ、勝てる目が思い浮かばない、最悪、町を捨てるのも視野に入れないといけない……」
「……そんなに、やばいのか……あれ」
呆然と眼下を見下ろすハヤト。あの町は、こいつにとってはひと月もの間お世話になった場所だ。それが、町を捨てなければいけないほどの窮地だと聞いて、心境はいかほどのものか。
何か声をかけようとして、しかしなんと言えばよいのか分からず、言葉を飲み込んだその時。
「……あの、もし……?」
「――っ!? 誰だ……!」
完全に眼下の状況に気を取られていて、注意力が落ちていた所に背後から突如かけられた声に、心臓が止まるかと思うほど驚いた、が、辛うじて声を押し殺せた。
慌てて振り返った視線の先には……
「驚かせて申し訳ありません、私……」
「……姉ちゃん!?」
ハヤトが、抑えた声で驚く。
視線の先に居たのは、20代前半くらいの、ゆるく編んで一本にまとめた長く豊かな金髪を、肩から流して身体の前へ垂らした女性だった。
おそらく聞いたもの皆美人と答えるであろう、華やかに整った顔を柔和に緩め、淑やかに微笑んでいる。
緑を基調にした、まるでドレスのようなレースをふんだんに使用したローブの上に、華美になりすぎない程度に刺繍による装飾が施されたケープを羽織ったその姿……まるで某錬金術師のゲームの住人のような出で立ち。
……そういえば、薬屋なのも相俟って、NPC掲示板ではよく「~のアトリエ」とか揶揄されていたな……となんと無しにぼんやりと考える。
(何か、すごい敗北感が……)
私達の使っているアバターは、自分達で好きなだけカスタマイズできたのだから……アバター制作に費やした努力と情熱次第とはいえ……私やイリスが類稀な美形なのはある意味当然だと言える。
だかしかし、目の前のこの人はこの世界の住人。ゆえにこの容姿全て天然物だと言うのが信じられない。
……私も、元の世界じゃかなりの美少女だって自負はあったんだけどなぁ。何あのメロン。腰は細いし足長っ。スタイル良すぎでしょ。
そんな内心の葛藤? などお構い無しに、目の前の彼女は、嬉しそうにほわっと表情を緩め、両手を合わせて話しかけて来る。
「……ああ、良かった。あなたも、ハヤト君も無事だったのね」
心底ほっとしたように、私達の顔、それに怪我の有無をそれぞれ確かめて深く息を吐く彼女。
ちらっと横目でハヤトを確認すると、何やら照れてそっぽを向いている……まあ、年上の女性に憧れる年頃であろう少年には、さぞ毒に違いないだろ、こんなお姉さん、と心底同情する。
「……あの、あなたは、ハヤトのことはともかく、私のことまでご存じなのですか?」
「ええ、その事もお話ししないといけませんが……ここは少々場所が悪いです、まずは他の皆と合流できるところまで移動しましょう。ついて来てください」
そう言って踵を返し、足音を殺して移動を始めた彼女……ハヤトも姉ちゃんと呼んでいたし、ゲーム時代の外見とも合致する。私達の探し人であった、アイニさんに相違ないだろう。
そして、彼女は「他の皆」と言った。普通に考えたらはぐれたイリスとレイジだ。
……そうか、無事だったのか。
確証を得られた事で、安堵の息をつく。であれば、着いていくしか選択肢はない。
「あ、ガンツさん? ……はい……はい。二人とも、無事見つけました、いまから……はい、それでは」
先を行くかのは、耳に手を当て、何者かと会話しながら進んでいる。おそらく『通話のピアス』という遠方の者と会話するための魔道具だ。
ゲーム時代はそれぞれの町でレンタルでき、秘密の連絡を取りたい際によく使用されたが、現実となったこの世界ではそのような店は存在していなかった。
商隊と行動を共にしている時に、その有用性から真っ先に、どうにか用立てて貰えないか相談を持ちかけたが、芳しい返事は貰えなかった。市場に出回っている様子も無かったそれを有している彼女は、一体……
「よかった、無事だったのか、姉ちゃん……だけど、あの様子って」
「ああ……どうやら、無理に連れてこられたわけじゃなさそうだな」
……どうやら彼女、見た目通り、ゲーム時の評判通りの優しくて綺麗なお姉さん、というだけの女性ではなさそうだ。
【後書き】
補足になりますが、イリス・レイジサイドでは言及が無かった通り、現状、パーティの感覚(仮称)を有しているのは、ソールだけです。
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