宴の席で

 イリス達がお風呂に行っていた際、宴会に残っていた男性陣の話と、ジェネラル戦でイリスが意識を失った後の回想になります。

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 イリス達女性陣が先に宿泊施設へ帰るのを見送った後、私達……私とレイジは、酒宴の盛り上がってきた宴会場の間を縫い、目的の人物……ヴァルターさんのところへと来ていた。


「……稽古をつけて欲しい?」

「ああ、あんたは俺達より強い。だから……俺達に戦い方を教えて欲しい。この通りだ」


 レイジの言葉に、私も合わせて二人で頭を下げて頼み込む。


「言っておくが、この前の戦闘の件はお前たちに落ち度はない、あんなもんを用意していたなんて誰が想像できるものでもないし、俺の采配ミスの責任だ。むしろお前たちはよく堪えてくれたと礼を言わなければいけないほどだから、気にすることは……」

「いえ、それもありますが……何かあった際に、もっと何かできたのではないか、と後悔したくないんです。できるだけのことはしておきたい、だから……」


 私達は、もっと経験を積まなければいけない。何が出てきても対応できるように。何故ならば、あれだけ苦戦したこの前の敵、ゴブリンジェネラルは、レベルキャップ解放前、最初期のレイドボスでしかないのだから……









 ◇


「『リリース』……っ!!」


 イリスの最上位範囲回復魔法の終了直後、頭上に光の円環を浮かべながら目の前の巨体に斬りかかる。あの小さな体が爆炎に飲まれた際は背筋が凍ったが、どうやら一緒に居た……業腹な出来事であったが、今朝のあの男がその身を盾に守ってくれたらしく、その彼は重傷を負って倒れている。そのことに感謝は尽きないが、その彼を放置してこちらに魔法を飛ばしてきたという事は、すでに魔力は残っていないのだろう。そうでもなければ優しいイリスお兄ちゃんが、そのような人を放置しておけるはずが無いはずだ。


 ……どれだけ心を痛めているのだろう。イリスはもう体力的にも精神的にも限界だ、これ以上長引かせるわけにはいかない。ここでもう終わらせなければいけない。


 ゴブリンジェネラルの反応は鈍かった。先程まで死に体だった相手が完治して襲ってきたのだから面食らうのもやむなしであろう。それでもこちらの攻撃を受け止めるが、不意を打たれバランスを崩したそのガードは種族特徴解放済みの今の私にはあまりにも軽い。


「ぜぇああぁぁあ!!」


 咆哮とともに、圧倒的な質量の奴の剣が、私の細剣に弾き飛ばされる冗談のような光景が映る。がら空きになった胴体に、今までを遥かに凌駕した雷光を蓄えた拳が突き刺さり、激しい音と光をまき散らして炸裂する。


「『エッジ・ザ・ライトニング』!!」


 体勢を崩した隙に新たな技を発動させると、私の携えた剣の刀身がみるみる紫の半透明な幅広の刀身に包まれ、そのサイズを大型化させる。雷光を纏った掌打に弾かれ、衝撃にたたらを踏んだ奴の体へと、紫電の封じ込められた長剣状の結界を纏った細剣をえぐりこむように突き入れる。効果中は現在の私の実力でも、高レベルの強力な魔剣並の切れ味の刃となる、つい最近脳裏に流れ込んできた新技だ。

 これは鋼線をより集めた極太のロープのような頑強な左腕で防がれたが、構うものか、そのままギリギリと力任せにネジ込むと、膨大なエネルギーを蓄えた刃が徐々に進み始める。

 ず、ずず、と、肉が焼ける匂いが充満する中、とうとう奴の体に刀身がめり込んだ瞬間、雷光を封じ込めていた剣の形を取っていた結界がその形を崩壊させ、ため込んだエネルギーを剣先一点に炸裂させ、奴の体内を迸り、灼く。その苦痛からであろう、耳をつんざくような咆哮が奴から放たれるが、ここで終わりではない。


「代われソールッ!!」


 雷撃に撃たれその体を跳ねさせて硬直した奴に向けて、そこへ飛び込んできた、こちらも種族特徴解放済みのレイジの剣が、先程の私の傷つけた腕へ薙ぎ払われる。


「まずは腕の一本も吹っ飛びやがれぇ!!」


 叫びと共に放たれたそんなレイジの剣が、とうとう鋼の皮膚を食い破り、皮膚、筋肉をぶちぶちと引きちぎりながら埋まっていった。


「ようやっと届いたぜ、デカブツ……っ!」


 ここまで散々溜まっていたらしく、狂暴な笑顔を湛えたレイジの剣から纏った闘気が放たれ、その傷跡は見る間に内側からあふれる青い輝きに飲まれその腕を巻き込んで炸裂した。今まで殆ど傷つけられなかった腕が半ばから千切れ跳び飛んでいく。ゴブリンジェネラルがここにきてようやく苦悶の声を上げ、手にした武器を滅茶苦茶に振り回す。


「弩、放て!」


 後方からフィリアスさんの指示が飛び、私たちが相手の武器の射程外に跳び退った丁度そのタイミングで、奴に矢の雨が降り注ぐ。そのほとんどは表皮で弾かれたが、そのうち数本は奴の体に突き立った……うわ、エグい構造しているなあの矢。内部が空洞になっているらしく、矢頭の方に空いた穴からだくだくと血が流れ、出血を強いている。 


 その後抜刀した傭兵たちが牽制し、できた隙を私達が突く。片腕を失ったやつの左半身側は隙が大きく、攻める機会はずっと増えた。


 行ける……そう思った瞬間だった。耳と、視界の端に、予想外の物が飛び込んできたのは。





「ぅぅぅぁぁぁあああああああああ!!」


 血を吐くようなイリスの、絶叫というには弱々しい慟哭。視界の端に、かすかにいつもよりずっと弱いヒールの光が瞬く……そんなバカな、確かにもう限界だったはず!


 目を向けると、淡い光に包まれている重症を負っていた今朝の男と、完全に力を失った様子で崩れ落ちていくイリスの体。限界を超えて治癒魔法を使ったことは明らかで、この世界で魔力を絞りつくしたらどのようなことになるのか私たちは知らず、想像もつかない。


「イリス! くそ、邪魔をするな……っ!」


 駆け付けようにも、目の前には強敵が居る。うかつに背を向けるわけにはいかない、焦りが生まれ始め、注意散漫になった隙に頭上から断頭台の刃のような剣が迫ってきていた……避けるのは難しい、耐えれるか? どうにか受け流そうと盾を構えたその時。


「そこまでです!!」


 凄まじい速度で駆け付け、一瞬で私の前に躍り出た彼……ゼルティス、だったか。が、その双剣で刃を弾き飛ばし軌跡を逸らし、土煙が舞い上がる……どうやら予想よりずっと早いが、周囲は掃討完了したらしい。


「……すみません、少し気を逸らしていました。助かりました」

「構いません……ここは私が。姫……妹御のところへどうぞ。そちらの彼と、あとフィリアスもついていってあげるんだ」

「し、しかし一人では……」

「そうだよ兄貴、さすがにそれは!」


 いくら何でも、私とレイジ、それと傭兵たちでようやく抑えていた相手を、主力である私達三人を欠いてと言うのは無謀に思え、フィリアス嬢が半ば悲鳴のような避難の声を上げる。


「いいえ、大丈夫ですよ」


 私達の反論をぴしゃりと跳ねのけ、笑みさえ浮かべ気負うことなく彼が告げる。


「……私が、最も頼りにしている人が間に合いましたから」


 次の瞬間起きたことは……正直、私の目ですら追いきれなかった。何か黒い影が飛び込んできたかと思った次の瞬間、黒と赤の暴風が吹き荒れ、奴、ゴブリンジェネラルが背面をズタズタに切り裂かれて苦悶の声を上げた、そうとしか認識できなかった。


「……よう、すまねぇ遅れちまった。以降、全員俺の指揮下に入れ」


 暴風……ヴァルター団長が、いつの間にか私達を背に庇うように立っていた。飄々と普段通りに話しているだけだが、その纏った闘気の密度に思わずぞくりと背筋が震えあがる。そして、その手に持っている戦斧。あれは……


「アルス……レイ……だと!?」


 呆然と呟くレイジの声に、私も同じ思いだった。禍々しい赤い光の刃を備えたそれは、レイジの持っているそれに形状以外そっくりだった。


「ん? こいつのこと知ってるのか? しかし少し違うな……『アルスノヴァ』。使うのは久々だが、こいつを俺が抜いたからには大船に乗った気で居な。それより、嬢ちゃんの方を頼む」

「は、はい、すみません、お願いします。行くぞレイジ」

「お、おぅ」


 若干後ろ髪をひかれながらも、彼の纏う空気は私達を離脱させるに十分すぎた。軽装かつ脚力で優るレイジが一歩先を走り、倒れ伏しているイリスの下へ急いで向かう。背後では、今まで以上に激しい戦闘音が再開された。


 不思議と……あの人が負けるなど、微塵も想像できなかった。







「息は……ある、か?」


 一足先にたどり着き、抱き起しているレイジ。フィリアス嬢はもう一人、全身に酷い火傷を負っている男にばしゃばしゃとポーションを惜しみなく投下している。


 レイジの腕の中で、あまりにもぐったりと力の抜けているイリスの様子に、嫌な予感が募る。、ひっ、ひっ、と、しゃくり上げるような呼吸をしている小さな体……違う、これは呼吸ではない!


「どけ、レイジ! それは違う、呼吸じゃない!!」

「んな!? あ、これがあれか!?」


 ……死線期呼吸。これはただ心臓が急に止まったせいで筋肉が痙攣し呼吸しているように見えるだけだ。

 レイジの腕からイリスの体を奪い取り、硬い地面に仰向けに寝かせる……やはり、胸の上下は見られない、口元に手をかざしても呼吸は感じられない。事態は一刻を争う!


「レイジ! 心肺蘇生頼む!」

「あ、あぁ、任せろ!」


 即座に、心臓マッサージに入るレイジ。武道をやっていたレイジは私達よりずっとこうした行為は反復練習を積んでいるはずで、私がやるより任せてしまった方が良い。それより、今はやらねばならないことがある。


 両手の間に、ぱりっと電光を発生させてみる……いけそうだ、元々『ソール』は雷属性を得意としている。攻撃技でしか使用していなかったが、こうして手の内に電撃を発生させるのは問題なさそうで、やろうと思えば細かく調節するのは可能そうだ。


 ……今私が試みようとしているのは、向こうの世界のAEDの再現だ。だが、電圧は? 電流は? どれくらいの力であれば、細胞を傷付けずに心臓の痙攣だけを止められる? 機械であれば自動で診断して判断していたものを、今は自分の勘と感覚だけで掴まなければいけない。


 幸い、何度か使用の講習を受けてはいた。そしてたまたま、『お兄ちゃん』が入院していた時に、相手が子供だと思って面白半分で医者の言っていた情報を記憶の片隅に覚えている。思い出せ、思い出せ……っ!!


「レイジ、代われ!」

「あ、あぁ。任せた!」

「フィリアスさんでしたね、周囲の視線を遮って! レイジも!」

「え、あ、うん、わかった!」

「あ、ああ、任せろ……!」


 矢継ぎ早に叫びつつ、フィリアスさんが、自分の外套を脱いでカーテン代わりに視界を遮り、目を逸らしつつレイジもそのまねをし自分の外套を仕切りにしたのを確認してから、イリスの上着を肌に傷をつけないように注意を払って剣を一閃し、切り裂く。

 この際丁寧に等と言ってはいられない、下のブラウス等も襟をつかんでボタンをぶちぶちとむしり取り、下着類も引き裂いて前胸部を露出させる。心臓の止まった体は不気味なほど青白いが、まだ体温は少し温かい。その右鎖骨下と左のわき腹の下に手を当てる。


 大丈夫。


 やれる。大丈夫だ。


 細心の注意を払い、両掌に魔力を微調整して集めていく。慎重に。ここをしくじるわけにはいかない。慎重に、慎重に調節を続ける……ままよ!


「……まだ、連れて行かせるものか! 帰ってこい!!」


 バチィ!! という激しい音と共に、ビクンとイリスの華奢な体が跳ねる。すぐさま心臓マッサージを再開させる……成功したかは、祈るしかない。どうか……どうか目を覚ましてくれ。一心不乱に心肺蘇生を続行する。そうしてしばらく圧迫を続けていると……


「……かはっ!? ……けほっ……かはっ……」


 手の下で小さく肺が震え、イリスが弱々しく咳き込んだ……掌の下で弱々しいながらも心臓の鼓動の再開も感じられる。


「成功……か?」

「……ああ、息は吹き返した……な」


 はぁぁ……と、二人で深く深く、ため息をつく。電撃で僅かに火傷した肌にポーションを振りかけ、未だぽろぽろと涙を流し、こん、こんと小さく咳き込んでいるイリスを横向きに寝かせ、呼吸しやすいようにしてやる。


 そこでようやく戦場を向くと、いつの間にか戦闘音は止まっていた。そちらも丁度完全に決着がついたらしく、ゴブリンジェネラルの巨体はヴァルターさんに真っ二つに断ち割られ、地響きを上げて地に沈んでいった。


 ……強い。それも、圧倒的に。レイジは今朝聞いた時には勝てるかわからないと言っていたが、今はそれを訂正せざるを得ない。……今の私達では、勝てない。


 彼に傷らしい傷はない。武器の差はあれど、それだけではないだろう。きっと、彼の今まで積み上げてきた技術、研鑽は私達よりずっと……ああ、そうだ。思い出した。確か彼は……







 ◇


 目の前で飄々としながらも、こちらをどこか見定めるようにしている彼に、以前感じた疑問を叩きつける。


「……闘王ヴァルター。あなたは、魔導王アウレオリウスらと共に、『死の蛇』の討伐を成功させた偉大な戦士……英雄に数えられている一人、ですね?」


 ゲーム内では先王の治世の時の過去の出来事として語られていた、突如北大陸を襲ったという災厄。例の『世界の傷』から突如現れ、幾つもの街を瞬く間に焼き払った天災。その討伐を指揮した当時の国王と肩を並べて戦ったという、剣闘王にして傭兵王。 生きながらに物語で語られる存在だ。ゲームの時もイベントで何度か名前を目にしていた。信じられないが、この飄々としたオッサンの正体がおそらくそれだ。


「……随分あいつのことを他人事のように言うんだな。いかん、あいつの手紙にも信憑性が出て来ちまう」

「……え?」

「……いいや、なんでもない。それより、偉大とか英雄とか止めてくれケツが痒くならぁ。俺は、自由気ままな傭兵団の団長、他の生き方を知らない馬鹿、それ以上でもそれ以下でもねぇよ」


 本当に勘弁してほしいらしく、実に嫌そうな何とも言えない顔で拒絶した彼が、ふと沈痛そうな面持ちで話を続ける。


「……『死の蛇』に関しちゃ、討伐じゃなく撃退だがな。それも、こっちは散々にやられた上で、ようやく手傷を負わせて引かせた位だ。おかげで手塩にかけた団は壊滅、残った連中もほとんど離散して、今ようやくまた形になって来たところだよ……それがまぁ、ここだ」


 だから、『棺桶』セルクイユか。こんな稼業ではいつどこで命を落とすかなんてわからない、それを彼が誰よりも理解しているから、棺桶に入る覚悟のある奴だけが蓋を叩けと。傭兵王などという通り名を持つ彼は、きっと誰よりも仲間を見送って来たから。


「あー、止めだ止め。せっかくの戦勝祝いが湿っぽくなる。……お前達くらいの実力者に鍛えてやるってのもおこがましいが、訓練相手になってやるのは構わんぞ。ただし……」


 どん、とエールのジョッキを自分とレイジの前に置く彼。


「覚悟を見せてもらおうか、俺に目にもの見せてくれたら面倒見てやるよ」

「お、おぉ? 良く分からねぇが……飲み比べだったら受けて立つぜ、これでも大学じゃ負けたことねぇから覚悟しろよオッサン!!」


 嬉々として飲み比べの挑戦に応じるレイジ。そういえば根が体育会系の玲史さんはこういう勝負事は大好きだったな……


「お、団長と飲み比べとは根性あるなあの若いの」

「馬鹿いえ、無謀ってんだよ」


 その勝負の成立に、周囲の傭兵たちが沸き立つ……馬鹿レイジ、すっかり余興に担がれてるじゃないか。しかも誰もレイジが勝つと思ってはいない。相対するヴァルターさんの顔には、意地の悪い色は見られない。おそらくこれはただのバカ騒ぎの口実だ。あきれ顔で肩をすくめると、こちらに気付いた彼はにかっと豪快に笑っている。


 まったく、これだから男ってのはもう。好きにすればいい、明日地獄を見ても私は知らない。


 そう、無関係を決め込んで、軽めの果実酒を自分のペースで舐め始めた。

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