かしましいお風呂と、この世界での私の立場
事の起こりは、ヴァイスさんと会話したその日の晩。
私が自由に出歩けるようになった晩、開催された祝勝会に参加していた私達と、いつの間にか混ざっていたミリィさん……どうやらフィリアスさんと意気投合したらしいです……は、宴が進んで皆さんにお酒が入ってきたのを頃合いに、乱痴気騒ぎになった際に巻き込まれぬようにと、ヴァルター団長さんの心遣いによって私とミリィさん、団の数少ない女性であるフィリアスさんと、彼女に付き従い一緒に居た一人の女性だけ、宴の席から退散させられました。
右腕をミリィさんに、左腕をフィリアスさんに拘束され、吊るされるようにしてなすがままに歩いていた私はきっと昔の宇宙人の写真みたいな感じだったでしょうか。あれよあれよと私達の借りている宿泊施設の女場の脱衣所に連れ込まれ、今進んでいる事態に気が付いたのは、周囲で三人がすでに下着姿になった頃でした。
確かに、以前の温泉で自分の体を見ることには慣れました、が、それはあくまで自分の物だからです。未だに他の女性の裸体を見るのはまるでのぞき見しているようで罪悪感が激しく、そのあられもない光景に慌てて目を閉じ、後で一人で入るからと逃げようとした結果……
「あ、あの、一人で入れますので、また後で皆さんが上がった後で……なんていうのは」
「駄目です。転んで頭でも打ったら大変ですので。イリスちゃんのお兄様にもよろしく頼まれたので観念してください」
謀りましたねお兄様!?
すでに下着姿となり、髪を解いて自然に下ろしたフィリアスさん……こうして見ると、どこかのお嬢様らしい清楚な見た目のお姉さんですが、そのわきわきと手を蠢かせ迫ってくる様はとても台無しです。
「ほらほら、観念するにゃ、浄化魔法があるならともかく、使えない今、流石に三日もお風呂入ってないのは同じ女として看過できないにゃ」
すでにすっぱりと一糸まとわぬ姿になったミリィさんの追撃の言葉に、うっと反論に詰まります……それは私もずっと気にしていました。殆ど寝ていたここ数日は、濡らしたタオルで拭いては居ましたが、毎日欠かさずお風呂に入っていた日本人の感覚として、そろそろ少し気持ち悪い気がしますし、匂いも気になっていました。
「精一杯、身の回りのお世話をさせていただきますね」
救いを求めて最後の一人……以前戦闘中に第二班で見た魔法使いの一人、黒髪を肩のあたりで切りそろえた小柄な彼女を見ましたが、無情にも申し訳なさそうに頭を下げます、が、その手にはすでに髪とお肌のお手入れの用品の詰まった手籠を下げており、こちらも逃がす気はないと全身で主張しています。
全員敵でした。
あっという間に、身に着けていた簡素なワンピースがすぽんと胴から剥ぎ取られます。一対三、しかも一人はレイジさんやソール兄様並みの身体能力のフィリアスさんが相手となって、まるで抵抗できません。瞬く間に下着まで剥ぎ取られ、浴室に連行され、気が付いたら洗い場へと座らせられていました。
――どうしてこうなりましたか……っ!
三人分のシャワーのような魔道具と、四、五人は入れそうな浴槽。こじんまりとした銭湯のような風情のそこで、ぼーっと何も目に映らないところへと視線を投げます……少し目線をずらすと、そこは
「あぁ! 枝毛が出来てるにゃ……」
悲痛な声が背後のミリィさんの口から洩れます。自分の髪……ではなく、私の髪のシャンプー中です。泡で包み込むように、ひと掬いずつ柔らかく包み込むように。あまりに丁寧に行われているため、現在他の方の倍近い時間こうして洗い場を占拠していますが……ということは、枝毛は私の髪でしょうか。それならそこまで悲しげな声を出さなくてもいいと思うのですけれど……
「あー……大変だったもんねぇ、痛んじゃったかぁ。レニィ、あとで……明日にでも毛先を整えてあげてくれるかな」
「はい、お任せください、お嬢様」
大変……その言葉に、こちらに来てからの出来事に想いを馳せます。こちらに来てトラブルに次ぐトラブルで、しかもこの前に至っては爆発に巻き込まれるなんて経験もしましたので、流石にこの体も少々痛んだ部分が出てきているようです、というか……
「あの、でしたら邪魔でしょうし、短くして貰えると」
「「「それは却下 (にゃ)」」」
「えぇ……?」
全員一致で否決されてしまいました。私の髪なのに、選択権は無いのですね……まぁ、私も『彼』だった時に……こほん、客観的に見て、こんな綺麗な長髪の子が短くするなんて言ってたら反対しそうですが……ゲームの際に見る分には良かったとしても、こうして現実になった世界では、腰まであるこの髪は日常でかなり邪魔になることも多かったので、残念です……
「それでは、御見足をお清めします。少し、足を上げますね……はい、私の膝の上に。くすぐったかったら言ってくださいませ」
退屈と、人に体を洗われる心地良さに、ぼーっとしながら言いなりになっている私。背後では、ミリィさんが、長い髪を包む泡を、体になるべく落ちることのないように、手に貯めたぬるま湯ですすぐ様に丹念に落としています。
フィリアスさんは隣の洗い場で自分の体を洗っていますが、つい先ほどまではそこにミリィさんがおり、フィリアスさんに髪を梳かれていました。何故か、かわりばんこらしいです。
体の方は、先程一緒に居た黒髪の女の子……といっても今のこの私よりは年上ですが、多分『僕』だった時に比べると年下でしょうか……レニィさんが、その手指と柔らかな布でこれまた丹念に磨いています。自分の体の筈なのに、一人でできると伝えようとしたところ「仕事を取らないでください」とぴしゃりと諫められ、なぜか自分では何もさせてもらえずに、されるがままで奉仕されていることに罪悪感を覚えますが、それ以上に半端じゃなく心地良いです。ここ数日は濡らした布で軽く拭くだけだった肌が、丹念に磨き上げられていく感触が心地よい……体の前まで何もさせてもらえなかったのは結構な羞恥プレイでしたが……まるで数日の間に堪った澱が洗い流されていくようで……
ようで……
…………
……………………ふにゃあ
……はっ!? 少し意識が飛びかけてました!
だめです、これ、すごく楽で、気持ちよくて、ダメな人になりそうです。っていうか。
「……あの、フィリアスさん?」
「ん? どしたの?」
「……この、レニィさんでしたっけ、その……」
「ああ、んふふー、どう、この子、洗うの上手で気持ちいいでしょ?」
「え、ええ、すごく……」
先程からとても甲斐甲斐しく世話を焼いてくれている彼女、その指使いは優しく、適度な力でまるで宝石を磨くように繊細な手つきで私の体の隅々まで磨き上げ、浄化魔法の使えないため数日分溜まってしまったであろう老廃物を丁寧にこそぎ落とし、磨かれた肌の上を適量のぬるま湯が洗い清めていく爽快感に、全身の筋肉を弛緩させていました。きっと、今の私の顔はだらしなく緩んでいるのだろうなぁと思いつつも、全身を優しくじんわりと覆う暖かさ、心地良さに勝てる気がしません。
私のその言葉に、私の足の指の間をその細い指で磨き上げていたレニィさんが、顔を赤くしてはにかみながら「ありがとうございます」と軽く会釈します。
「その子、私の侍女の経験があるからねぇ。私がまだ傭兵になる前、子供の頃からの付き合いなの。家がなくなった時に、その子とディアスっていう執事だけ私たちについて来てくれて」
「お嬢様は、とても煩かったのでいつのまにか上達してしまいました」
「いいじゃない、こうして役に立ってるんだから」
とても気やすい様子に、言葉以上の信頼関係を感じます。なるほど、そういえばゼルティスさんとフィリアスさんの兄妹は元は貴族の出だと、説明を受けていました。侍女という事は、彼女のほうもそれなりに良い所のお嬢様な可能性が高いと思われますが、となるとそんな彼女にこうして身を清めさせることを全て任せてしまっているこの扱いはまるで。
「なんだか……んっ……貴族のお姫様とかそういう扱いされてるようで恥ずかしいですね……」
何気なく呟いた私の言葉に。
「「……え?」」
「……え? あれ?」
フィリアスさんとレニィさんが、虚を突かれたような顔でこちらに振り返りました……何言ってんだこいつ、みたいな。いえ、それよりはずっと柔らかい雰囲気ですが、そんな表情で見つめられて身を縮めます。
「……何か変な事、言いました?」
恐る恐る、上目遣いになってなにか不作法があったろうかと尋ねます。
「変な事と言いますか……」
「……だって、イリスちゃん、貴族のどころか、正真正銘この国のお姫様だし。ねぇ?」
「はい。『イリスリーア・ノールグラシエ王女殿下』……ですよね?こうしてお世話させていただき光栄です」
その言葉が脳を滑っていき、たっぷり数十秒ほど経過した後。
「……………………え?」
私の口を突いて出たのは、そんな間の抜けた声だけでした。
宝石姫、魔法大国のお姫様、確かに、ゲーム時代はそういう設定が付与されていました。しかし。
「まさか……こちらでもそうだなんて思いませんでした」
「そうにゃぁ……ちょっと頭がこんがらがって来たにゃ」
私たち転移組二人は頭を抱えます。よもや、こちらでもしっかり公的にそういう立場であるとは、一体どういう事なのでしょう。
「記憶が混濁している……という団長の言葉は本当だったのね。数年前から行方不明なのはちょっと上の方の貴族の間では有名だし、見た目はそのまま、種族は変わっている、なんてよっぽどのことがあったのは確かでしょうけれど」
「……姫様、おいたわしや……何でも、困ったことがあったら申し付けてくださいね?」
涙を目の端に浮かべ、静かながら断固とした雰囲気で言うレニィさんに、ちょっと気圧されます。
「というわけで言うのが遅れちゃったけど。流石に女官とまではいかないでしょうけれど、レニィは今後イリスリーア殿下の侍女、付き人としてお預けしますので、好きに使ってあげてください」
「え、えぇ!?」
「だって、ねぇ、とりあえずイリスちゃんの身分は隠す方針だそうですが、一緒に行動する以上、もし何かの拍子に身分バレた場合、ひどい扱いをしていたなんて評判を万が一にも立てるわけにもいかないですし。保護したという名目を掲げるにしても最低限は体裁を整えておかないと。私も時間がある限りできるだけ護衛につきますし。なにより男所帯で一人にさせておくわけにもいかないでしょう?」
私の立場が公的にそうなっている以上、もし万一何かがあった場合大問題となります。場合によっては全員処刑……なんてことになったらと思うと……
「そ、それは、そうですけど……」
「大丈夫、この子も了承済みだし、乗り気だから。」
「はい、またお世話させていただけるなんて……今度は、誠心誠意使えさせていただきます、殿下」
……あれ、今、『また』……って言いました? 何か引っかかりを覚えましたが、真剣な顔でこちらを覗いてくる彼女にやっぱり要らないという事もできません。
「そ、それでは……あまり無理をせずに、よろしくお願いします……ね?」
「はい、畏まりました」
落ち着いた顔に、明らかな喜色を浮かべた様子に、それ以上の追求はできませんでした。
「ところで、接し方で少し悩んでるのだけれど、殿下として対応するのと、イリスちゃんとして対応するの、どちらがいいかしら?」
「えっと、できれば後者で……お姫様扱いはちょっと……」
そんなフィリアスさんの問いかけに、私は反射的にそう答えます。少なくとも記憶は一般庶民の物である以上、お姫様扱いは精神が削れそうです。
「ん、了解です。よろしくねイリスちゃん。泡流すから目瞑ってねー」
「は、はい、こちらこそ……わぷ」
ばしゃぁ、と体に残っていたお湯が洗い流されます。ぷるぷると水気を首を振って飛ばそうとしていると、濡れた髪の毛はミリィさんが手早く軽く水気を絞ってアップにまとめられ、すぐさまくるくると布が巻かれました。
ようやく体が全て洗われ終わり、改めて鏡を覗き込むと、数日の寝たきり生活でくすんでしまった輝きを取り戻し、可憐な玉体を取り戻した姿が映っています……少し、痩せたでしょうか。お腹をつまんでみても、前より更に薄い気がします。もともと痩せすぎなのです、少し頑張って食べないとですか……ねぇ。
「ようやく隈も消えたようで、良かったですね、無事元気になられて」
「まだ、本調子ではないですけどね……ご迷惑おかけしました」
後ろから私の肩に手を置いて、鏡を覗き込んでいるフィリアスさんの言う通り、ここ数日、衰弱から目の周りを覆っていた痛々しい隈は、すっかりその姿を消していました。こう見ると、外見上はすっかり回復したようです。
「よし、それじゃイリスちゃん、お風呂に運ぶねー。あ、レニィもお疲れ様、お世話は引き継ぐから、ゆっくり体を洗ってからこっちに来なさいな」
「はい、それではお言葉に甘えて」
「え、あの、このくらいの距離なら自分で……わひゃぁ!?」
あれよという間に軽々抱き上げられて、驚いて足をバタバタさせますが、身体能力の差かまるで小揺るぎもしません
「だーめ、濡れて滑るところを杖も無い足の不自由な子に歩かせるなんてできないです。転んだら大変ですし。いいからお姉さんに任せなさい」
「うぅ……」
すたすたと湯船まで運ばれる私。そういえば脱衣所に入って以来自分の足ですら歩いていないくらいお世話されっぱなしです。そんな葛藤をよそに先に足だけ湯船に浸かったフィリアスさんが、そーっと私の足先だけ湯に浸けます。
「……どう、熱くない?」
「大丈夫……みたいです」
日本の熱いお風呂に慣れている身としては、少々ぬるめでしょうか。先日の温泉くらいの熱さの方が好みですが……
「そう、それじゃ入れていくわね」
ゆっくり、ゆっくり、こちらの様子を伺いながら湯船に沈められていきます。そうして、肩より少し下まで湯に沈んだところで、ようやくここまで感じていた疑問を口にします。
「……なんで膝の上に抱かれてるんですかぁ!?」
そう、私を湯船に浸からせる際に一緒に入ってきたフィリアスさんに、何故か腕の中にすっぽり包まれた形です。これ以上ないほど密着した裸体の感触。敏感な背中に、張りのある柔らかな感触を感じ真っ赤になって喚きます。
「いいじゃないですか、女同士減るものでもないですし。なんだか離したら小さくて沈んじゃいそうですし」
うっ、と言葉に詰まります。確かに、この浴槽は私の体には少々深く、今の不自由な体では気を抜いた拍子に沈んでしまいそうで……彼女の言葉も一理ありました。気遣いを疑ったことを恥じ、渋々ながら引き下がります
「あー……なんだか丁度いいサイズで抱き心地半端ないですねー……肌理細かくてすべすべで張りもあって手触りも最高ですし……若いっていいなぁ」
「分かる、よーっく分かるにゃ……堪能したら変わってくれにゃ」
「あ、あの、やっぱり離してくれませんかっ!?」
前言撤回です。ものすごく私利私欲混じりです!?
なんだか意気投合している二人に、このままでは二人に抱っこし回されると慌てる私を軽くスルーして、フィリアスさんがぎゅーっと後ろから抱きしめ体を押し付けてきます……胸、胸がっ!?
……胸、が。
視線が、ミリィさんのそちらに誘導されます。細身ながらグラマラスでもあるその胸部は、圧倒的質量を以て視覚を攻撃してきます。
自分の胸元に視線を落とします。……平原、ですね。よく言ってなだらかな丘陵地帯、くらいでしょうか。
「どうかなさいましたか?」
固まった私の方を見て、心配そうに声をかけてきた、ようやく自分の体を洗い終えて浴槽から移動してきたレニィさんの方を見ます。小柄な彼女……とはいえ、それでも私に比べれば身長はあるでしょうけれど、それでもこの中では一番私に背丈の近い……のその部分は、トランジスタグラマーというのでしょうか、しっかりと二つの山が自己主張をしています。
「あ、あの、なぜそのように涙目で睨まれてますか、何か粗相でも……?」
怯えを浮かべ問いかけて来る彼女に、はっと我に帰ります……きっ、気にしてません、気にしてませんともっ!
「まぁ、ほら、そんな悲観的にならなくても、イリスちゃんはまだまだ今後成長すると思いますし。以前見たことのあるお母様の肖像でももう少しは……少し、は……」
尻すぼみに消えていくフィリアスさんの声……なんでそこで黙るんですかっ!? 確かに、記憶の中にある『母さん』は見た目とても幼げでしたけど!
……いえ、落ち着きましょう、男性の記憶の方が強い私にとって、きっと小さい方が何かと楽です。そんな他の人と比べて悲観する必要なんてありません。冷静に考えたら全くないのです。
「……ま、何とかなるよ」
「だから、気にしてないですってばぁ!?」
同情的な目を向けられ涙目になった私の絶叫が、浴室に響き渡るのでした……
【後書き】
今まで何度か出てきた、「宝石姫」関連の話がようやく本人の耳に。
あまりそこまでがっつりお姫様扱いはしないと思います……多分。
余談。今回イリスの名前の伸びてた理由ですが、この世界のノールグラシエの王族は、魔法国家らしく、作中の詠唱に使われている言葉の、その人の象徴する属性の魔法に使われてる単語が名前の後ろにくっ付くことになってます。
イリス『リーア(光)』
アウレオ『リウス(界)』
今回出てこなかった兄様はソール『クエス(雷)』という事になる感じです。
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