三国合同会談
「――というのが私、イリス・アトラタ・ウィム・アイレインが聞いてきた、エルダードラゴンロード様のアクロシティにまつわる話でした」
そう締めの言葉を残して私は語り終え、席に着く。
北の辺境へと赴き、聞いてきたこの世界『ケージ』の成り立ち。私達が見聞きしてきた必要なことは、全て語り終えた。
しばし、シン……と静まり返る大講堂内。
やがて……皆を代表するように、フェリクス皇帝陛下が重々しく口を開きました。
「……なるほど。それが本当ならば、現在のアクロシティには権利を主張する正統性はなくなったな」
「連中が簒奪者であるというならば、話は変わってくる。彼らには、簒奪したアクロシティ、その機能を掌握できないのだからな」
――アクロシティは、この世界を守る要であり、最も尊重すべき存在である。
そんなこの世界での常識として罷り通っていた認識は……いまや、完全に瓦解した。
「その際に、正統な後継者足り得るのは……」
「……はい。私でしょう」
皆の視線を受け、私は頷きます。
今を生きる人々に『十王』が不当に略取した権限を返却し、アクロシティをこの世界を守る管制塔という正しい形へと戻す。
それが、リィリスさんから今代の御子姫を継いだ私が、やらなければならない使命。
「なるほどな、てっきりノールグラシエから出家してシスターさんになったのかと思えば、そんな理由があったか」
「うむ、我が国の姫『イリスリーア』では、中立としてアクロシティの管理者の座に座ることは不可能。なればこそと中立を守るため、彼女は我が元から去り、『御子姫イリス・アトラス・ウィム・アイレイン』となった……どうか、少女の決意を尊重してやって欲しい」
アルフガルド陛下が、その頭を下げて頼み込む。
「……私、フェリクス=フランヴェルジェは特に異論はない。アルフガルド陛下や、そちらの御子姫様の人となりはよく理解しているつもりだ……実直にすぎることもな」
「ふむ、お主らが良いというなれば、私、巫女長である壱与も特に反対は致しませぬ、お好きになさい」
「……ありがとうございます」
皆、そう言って認めてくれたことに……私は僅かに頭を垂れ、三国の代表に感謝の意を示すのでした。
「これで、我々にアクロシティと交戦する大義名分は成り立った訳だな」
「だが……アクロシティと争う前に、一つ解決しなければならない事がある」
「ああ。やはりアクロシティと争う上で、問題となるのは経済上の問題か」
フェリクス皇帝陛下の言葉に、うなずくアルフガルド陛下。
――アクロシティが握っている、貨幣の造幣権。
これは各国がそれぞれアクロシティから独立した際に、貨幣制度をそのままスライドしたせいでもあるが……アクロシティが中立の立場を守っていた今日までの間は、問題が表面化することはなかった。
そして、その共通貨幣の使用が制限され、供給が途絶えれば、各国はたやすく混乱するであろう事も明白だった。
「ですが……逆に考えると、これはチャンスでもあると思います」
そう私が皆へ向けて告げた言葉に、両陛下とも頷き返す。
「確かに……これまで一都市が各国の経済の要を独断で抑えられる形で牛耳っていたこと自体が、そもそもの歪み、問題だったのだ」
「混乱は避けきれないでしょうが、制度を整備し直すのには絶好の機会か」
そこに痛みは伴うことになりますが……それでも、いつかはどうにかしなければならなかったこと。
「だが、問題はだ。鋳造所を我々で抑え、管理・運営を各国共同管理にするか、あるいは各国それぞれの新たな通貨を制定するか……」
そんな話になったとき、私はチラッとここまで静かに話を聞いていたフォルスさんに目配せする。彼は……大丈夫、任せて欲しいと頷いた。
それに頷き返すと……議論が途切れたのを狙って、私が、口を開く。
「アドバイザーとして出席しているフォルスさん、新興商会の長として、何か意見はありませんか?」
「ええ、まさにそんな話が振られるであろうと、用意していますとも」
そう言って、フォルスさんが手を上げて会場内に合図を送る。
するとフォルスさん旗下の商会員たちが、手にしたファイルから綴じられた資料を、各国代表へと回していく。
「まず、これは一案であり、やはり問題点は残る事は承知しています。まあ、案の一つ、こういう物もあると思っていただければ」
そう言って一つ咳払いすると、フォルスさんは資料を開くよう皆に指示を出します。
「各国それぞれ通貨を制定する場合であれば、私に案があります。もっとも、これは私たちが居た世界の制度について纏めただけではありますが……」
「ああ、そうか。お主らは『放浪者』であったな」
フォルスさんの言葉に、納得の声を上げるアルフガルド陛下。
「はい。我々の世界は、数多の国が混在し、さまざまな貨幣制度が共存していた世界ですので、参考にはなるかと」
「参考にできる意見があるのはありがたい、拝聴させて貰おう」
「はい、では……」
そう言って、私たち『テラ』の貨幣制度について説明するフォルスさん。各国代表も、その話を食い入るように聞いていた。
そうして、フォルスさんの話も終わりに差し掛かった――そんな時でした。
「――大変です!!」
バン、と開け放たれた大講堂の扉と、慌てた様子で駆け込んでくる――まだ年若い『青氷』の魔法騎士。
その尋常ではない様子に緊張が走る中、彼は声を荒げて報告する。
「コメルスの『青氷』本部から緊急入電! アクロシティからコメルスと……フランヴェルジェ帝国、諸島連合それぞれに向けて、無数の艦船が発進したのを確認、それと降伏勧告が届きました!!」
そんな報告を受け……皆が、冷静に席から立ち上がった。
「……やはり来たか」
「まあ、でしょうね。我々が留守の間を狙って来るのは予想できました」
「うむ……皆、自国の戸締りはきちんとして来たか?」
「無論だ。帝国機甲兵団、予備役含めて全て臨戦体制で待機しているとも」
「ええ、勿論じゃとも。諸島連合武士団、祈祷師団、全て港に展開しておる」
「西からは残念ながら参戦はありませんが、逆にアクロシティへと派兵された時に備え、牽制として闘技島の有志を乗せた旗艦プロメテウスが待機しています」
そんな会話をしながら、立ち上がる各国代表……アルフガルド陛下とフェリクス皇帝陛下、そして諸島連合の巫女長壱与様と、フォルスさん達海風商会のメンバー。
彼らの目には、焦りはない。
ただ、来るべき時が来た……そんな、覚悟がついた者の目であった。
仕掛けてくるならばこのタイミングだろう……そう各国で連絡を取り合い、兵力をアクロシティ最接近都市に配備していたのだから。
「このため、現在大陸縦断鉄道は特別警戒態勢で待機させておる。緊急時用の高速車両も準備できている。急ぎ移動しよう」
「やれやれ、覚悟はしていたが、せっかくの教団総本山まで来て観光もできんとはな」
アルフガルド陛下の指示に、肩を竦めながら追従するフェリクス皇帝陛下。
「確認しておくが、車両に不備は無かったな?」
「はっ、我ら鉄道管理を司る『青氷』の威信に賭けて、間違いなく!」
「よし……ならば、出陣だ!」
そう、速やかに会談を切り上げて、退室していく各国代表たち。
私とレイジさんも、それに続いて中庭に出た、そんな中……
「イリス!」
「イリスちゃん、俺らも!」
そう言って駆け寄ってくるのは、ソール兄様と、スカーさん。
「兄様、スカーさん! アルフガルド陛下と、フェリクス皇帝陛下には?」
「大丈夫だ、先に行くと伝えて来た」
「ってわけで、いつでも行けるぜ」
「分かりました……フニンさん、ムギンさん」
『はっ』
『ここに居るぜ』
私の声に、私の背後に控えていた二人の真竜が姿を表す――幻体ではなく、本来の真竜の姿で。
「私たちは、先に向かいましょう。いま一度、その翼をお貸し願えますか?」
『ええ、勿論です』
『好きな場所に運んでやるぜ、なんならあのアクロシティの天辺だってなあ!』
「あはは……流石にそれは」
威勢の良いムギンさんの言葉に苦笑しながら、騎手であるスカーさんに手を借り、彼女の背へと飛び乗る。
レイジさんも同様に、ソール兄様が騎手を務めるフギンさんの背に飛び乗ると……二機のドラゴンが、ふわりと宙に舞った。
そんな折、背後から掛かった声。振り返るとそこに居たのは、教皇ティベリウス……パーサ様。
「御子姫イリス様、私どもも、後詰めの聖女たち支援団を連れて後から参ります。決して無理はなさらぬよう」
「はい、分かっています……行って参ります、パーサ様」
「ええ。あなた達も、御子姫様を宜しくお願いしますね」
『お任せください、翁』
『んじゃ、行ってくるぜ!』
風を纏い、ぐんぐんと高度を上げていく二機の真竜。そうして今度こそ、私たちは大空へと舞い上がったのでした。
向かう先は、アクロシティ最接近都市、コメルス。
決戦の時は、もうすぐそこまで迫っていたのでした――……
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