進む道

 

 会場内で再会したローランド辺境伯様たちを案内し終えた私は、ノールグラシエ首都からの専用列車到着の報告を聞き、レイジさんと共にリュミエーレ駅へと来ていました。


 兵たちが厳戒態勢で警備している駅の入り口で、叔父様や兄様の到着を待っていると……すぐに、二人が兵たちの先導のもと、私達がいる場所へとやって来ました。


「おお、イリスリーア。すまなかったな、急な役目を与えてしまって」

「いいえ、私こそ、この数日よく考えることのできる時間をいただけて、本当にありがとうございました」


 そんなふうに和やかに挨拶し……ですが、すぐに表情を引き締める。

「それで……陛下、人の耳がない場所で話したいことがあるのですが」

「……分かった、『青氷』の詰所で部屋を借りよう」


 そう即断した叔父様に連れられて、私達は駅内にある人払いした部屋へと案内されたのでした。






「……なんと。教皇猊下が、太古より生きる真竜の長であったと」


 教皇猊下の正体を説明したところ、叔父様は驚愕した様子で私の話に耳を傾けていました。


「はい。そしてそんなティベリウス教皇猊下は、全てを承知でございました。おそらく全面的に、こちらを支持してくださるでしょう」

「そうか……中立で民の信仰厚い教団の支持が得られ、我らの側に理があると証明なさっていただけるならば、ありがたい限りだ」

「では……」

「うむ。なんせ世界の主を標榜し、実際に民にそう信じられている者達とやり合うのだから、簒奪者の誹りも下手をしたら被るやもしれん。使える伝手はしのごの言わずに使わんとな」


 深々と、安堵の息をつく叔父様。

 ですが……私は今から、そんな叔父様に更なる心労を与えかねない事を報告しなければならない。


「それで……叔父様、明日の会談の前に、話したいこと――そして誠に身勝手なお願いがあるのですが……」

「……申してみよ」



 私の目を見るなり、ただならぬ事態であると察した叔父様が、私の発言を促します。



 ――これは、必要なこととして、自らの意思で選んで決めたこと。


 ――この先、自分にできることとして自分で選んだ、将来歩んでいこうと思っている道。



 それを、私はここまで庇護してくださったアルフガルド叔父様へと打ち明けたのでした。







 ――そうして、私は自分の思いの丈を叔父様へと語り終えたとき……部屋には、ただただ重苦しい沈黙が落ちていました。




 そんな中……体感では何時間にも思える沈黙の後、叔父様が口を開きました。


「……一つだけ、お前の口から聞かせてくれ。それは、誰に強制されたとかではなく、お前自身の意思なのだな?」


 難しい顔をしていた叔父様……いえ、アルフガルド陛下が、ようやくその言葉を発する。


 その視線をまっすぐに見つめ返し……私は、はっきりと頷きました。


「はい……この数日、教皇様に……その本体であるパーサ様に相談はしましたが、全て自分で決めた答えです」

「そうか……険しい道になるぞ?」

「はい、覚悟の上です」

「そうか……分かった、好きにしろ」


 それだけ告げて、陛下は深々と溜息を吐く。

 一方で……



「悪いな、ソール。俺は……イリスについていく」

「全くだ、お前たちはいつもそうやって、自分たちで決めてさっさと歩いていく」


 やれやれ、といった様子で肩をすくめる兄様でしたが……その拳を、レイジさんへと突きつけた。


「二年だ」

「……は?」

「あと二年で、ユリウス殿下が最短で王位を継げる成人年齢になる……待っていろ、私もでやる事が済んだら、必ずお前たちに合流する」

「……ああ!」


 そう言って笑い合い、拳をぶつけ合うレイジさんとソール兄様。

 そんな二人の様子に、強張っていた表情筋をどうにか緩めた私でしたが……そこへ、ようやく顔を上げたアレフガルド陛下が声を掛けてきます。


「……イリスリーア。たとえお前が何者になったとしても、私は変わらずお前の叔父なのだ……もしも疲れたら、いつでも帰ってこい」

「……はい。行って参ります、叔父様」


 突然勝手な頼み事をした私に、それでも優しい言葉をくれて、優しく抱きしめてくれるアルフガルド叔父様。


 私はそんな叔父様の胸へ顔を埋めると、決意……あるいは決別の言葉を告げたのでした――……








 ◇


 翌日――三国合同会談当日。


 会場となる附属医科大学の大講堂では、各国から四季の祭事にも劣らぬそうそうたる顔触れが集結していた。




 開催国であるノールグラシエ王国からは、国王アルフガルド陛下とアンネリーゼ王妃殿下、そして先王の遺児であるソールクエス殿下の姿。

 更にはどのように説得したのか、アドバイザーとして物語にある魔王アマリリス様が急遽参加しており、列席した皆を驚かせていた。




 同じく共同声明を発しこの会談の主催したフランヴェルジェ帝国からは、実に構成部族のうち有力な者半数を供にして現れたフェリクス皇帝陛下。その横には、行方不明になっていたはずの帝弟、スカーレット殿下の姿もあった。



 そして、東からは……



「……やはり、連合首長殿は参られませんか」

「申し訳ありません、なにぶんご高齢なため、外出も儘ならぬ身です故」


 アルフガルド陛下の言葉に、同行していた数人の巫女のうち、もっとも年嵩のいった一人が深々と頭を下げて謝罪する。


「いえ、それは致し方ないでしょう。ですが、まさか名代として貴女様がいらっしゃるとは……巫女長、壱与いよ様」


 そうアルフガルド陛下が声を掛けたのは、幾重にもヴェールを纏い、顔の見えない女性……巫女長、壱与。


 それは、おそらく公の場に現れたのは初めての存在。


 普段は巫女庁の奥深くに篭り、姿を現すことさえも稀だという彼女は、噂では諸島連合設立当初から生きているとまで言われる神秘の人物だった。


「……風向が、妖しくてな。こちらの方が暖かいと思い、冷気を避けて参った次第じゃ」

「……は?」


 存外に歳若い少女の声で紡がれた、彼女……壱与の言葉に、怪訝な声を上げるアルフガルド陛下。

 当然ながら、北国であるここノールグラシエより、農業国家である諸島連合の方が温暖だ。


 不思議な事を曰う壱与に首を傾げつつも、彼女がもはや何も語るまいと口を閉ざしたため、皆がそれ以上の追求は諦める。


 その他に西からは、現在活発な活動をしているアクロシティの支配に抗議する団体の代表である、海風旅団のリーダー、フォルスと、その秘書である星露シンルゥの二名が列席していた。








 ◇


 ――そして、最後に会場入りしたアイレイン教団。



 おそらくは……ここが、もっとも会場内の人を戸惑わせたに違いありません。


 なぜならば、私……ノールグラシエ王女、イリスリーア=ノールグラシエと認識されていたはずの私が、特注である紅の聖騎士衣装を纏ったレイジさんに先導されて――中立であるはずの教団の、代表である聖女たちの先頭に立ち、姿を表したのですから。




 ……私は、この後の話についての公平性を期すために、ノールグラシエ王国の席へは着いていませんでした。


 そしてこれ以降、私がノールグラシエ王家を名乗る事もできなくなるでしょう。





殿……どうぞ、この席へ」

「ええ、ありがとう、ティベリウス教皇猊下」


 先に待機し、恭しく差し出された教皇猊下の手を取って、誘導されるまま、椅子を引かれるままに聖女の方々の中心……へと腰掛けます。


 途端に、ざわつく会場内。


 それもそのはず……中立勢力として、どこの国の盟主の下にも属さぬはずの教皇猊下が、姿のですから。


 その例外――すなわち、アクロシティの主人。


 それを、教皇猊下が直々に認めた。これは、そういう意思表示でした。




 本当に不思議なもので……こちらの世界に来たばかりの頃、つい少し前までの私は、どうにか教団に捕まらないよう避けて回っていたというのに。


 あの時はまだ、まさか自分がこの席へと座ることになるなどとは、露にも思っていませんでした。





 ――こうして私自身が最大の渦中の人物となった中、三国合同会談は幕を上げたのでした――……

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