真竜強襲

「こんな時だけど……綺麗」


 陽光に、白く煌く氷の大地。

 丸みを帯びた地平線の彼方まで、山の向こうまで見渡せる高度から見る光景に、思わずポツリと呟いた。


「……ですが、これから向かう先はすでに、戦争が始まっているんですよね」

「だな、まるで嘘みたいな話だけどよ」


 しんみりと呟いた私の言葉に、前で真龍の手綱を握るスカーさんの返事。竜の背にまたがる四人で皆黙り込む。


「……すまんムニン、急いでもらっていいか?」

『よっしゃ、それじゃトバすから、御子姫もマスターも、しっかり捕まってろよ!』


 スカーさんに急かされたムニンさんのそんな言葉と共に、凄まじいスピードで流れていく世界。


 ですが、周囲に風の結界を纏うことで私たちは外気を感じることもなく、快適な乗り心地に驚いていると……


「きゃ!?」


 突然、傍にモフモフな感触。

 見るとそこにはいつの間に待機していたのか、真っ白な毛皮の存在……スノーが私に寄り添うように伏せっていた。



「あらスノー、ここに居たの? てっきりハヤト君たちと電車の方にいるのかと……」

『そのチビ、多分こうなると察してたんだろうよ』

「でも、これから危険になるんだけれど……ああ、ごめんなさい、水臭かったね」


 抗議するように、私の肩を肉球でてしてし叩くスノーに、苦笑しながら謝る。


「そうね……あなたも、私を守ってくれるのね。頼りにしてるわ」


 そんな私の声に……わふっと一つ返事を返すスノーなのでした。





 ――そんな風に竜の背に揺られて数刻。


 竜たちの厚意により、短い時間ですがその背で仮眠をとっていた私たちでしたが……


『おぅ、着いたぜ。着いたが……』


 そんな声に、目が覚めた。


 通常の電車では数日掛かった道程をあっという間にすっ飛ばして、見えてきた港湾都市。そこには……



「……交戦中!?」


 しかも、よく持ち堪えてはいるが、形勢はだいぶ悪い。


 ……原因はおそらく、制空権を押さえている四隻の飛空戦艦。


 ノールグラシエは紅の騎士服を纏う魔導騎士【赤炎】を軸に無数の魔法による火線で対抗していたが、やはり分が悪いのは否めない。


「フニンさん、ムギンさん、地上に援護お願いできますか?」

『了解しました』

『ドラゴンブレス、使うぜぇ!?』

「はい、お願いします!」


 そう私が返事をした直後、アクロシティの飛空戦艦周囲の空気が軋んだ。


 これこそ、本来の竜眼の能力『凍てつく波動』


 竜眼に空間ごと魔力を奪い取られたアクロシティの飛空戦艦二隻が、動力停止のため浮力を失った宙を傾ぎ、落下していく。


 そして……その奪った魔力が竜気となって、フギンさんとムニンさんの口元で魔法陣となって輝き出した。


『『ドラゴンブレス……ッ!!』』


 フギンさんの口から幾条もの閃光が放たれて海上の敵艦を貫き、ムニンさんの口元からは周囲を紅く染め上げるほどの巨大な閃光が、敵飛空戦艦の残る二隻を飲み込んで消える。


「凄い……」

『へっ、あたしらはナリは小さいけど最新型でね』

『カタログスペックでは大型の古竜エルダーにも引けを取りませんよ』


 そう、自慢げな二機の真竜。

 眼下では、上空からの砲火が止んだ事で、地上部隊と船団の砲火が勢いを回復していた。


「そのまま、内海をぐるっと回って各国を援護してきましょう、できますか!?」

『お任せを』

『っしゃあ、撃って撃って撃ちまくるぜ!』

「スカーさん、兄様!」

「ああ、任せろ!」

「心得た……!」


 そう言って、機首をめぐらせる二人に合わせ、東に向けて進路を変える二機の真竜たち。





 そのまま先にアクロシティ側に捕捉されないように低空で海上を駆け……やがて見えてきた東の大陸、港湾都市『ツシマ』。



「対象、飛空戦艦! それで少しは楽になるはずですが、深追いはしないで一撃離脱でお願いします!」

『承知した』

『任せな!』


 再度放たれた二匹の竜の炎。

 無数に分裂しうねる嵐となって、斜め下から襲い掛かるその『ドラゴンブレス』は、飛空戦艦の船体を致命的なまでに傾がせた。


「ソール、機首を海上の敵艦直上に寄せられるか!?」

「ああ、任せろ。頼むぞフギン」

『任せてください』


 結界を纏い高速で飛行するフギンさんが、砲火を弾きながら眼下で砲撃を繰り返すアクロシティの軽巡洋艦上空を掠めるように飛ぶ。


 すれ違った刹那、飛び降りた小さな影は……レイジさん。

 彼は『アドヴェント』状態の紅い紋章をまるで翼のように背に展開し……


「『砲閃火』ァ!!」


 カッ、と赤い光が奔る。

 直後、巡洋艦は膨れ上がる業火に飲み込まれ、中に搭載していたオートマトンごと爆砕していった。


 そのまま、飛んで来た破片を蹴って高度を稼ぐと、海洋上を滑空するレイジさん。

 さらにもう一隻の巡洋艦の甲板に降り立ち、その上を駆けながら足元を切り裂いて同じように業火でなぎ払うと、あらかた飛空戦艦に痛手を与えて戻ったソール兄様が船へと寄せたフギンさんの背へと舞い戻る。


「っし、ここはこんなもんで大丈夫だろ、南に行こう」

「……お前、すっかり人間やめてるな」

「いや、こんなすげぇ竜のマスターなお前に言われたくねぇよ」


 呆れたように苦笑するソール兄様に、同じく苦笑を返すレイジさん。


 横あいから敵陣を横断した間に私達が落としたのは、アクロシティ側の飛空戦艦五隻に、巡洋艦七隻。


 交戦する東の諸島連合海軍に気を取られている隙の横合からの不意打ちの勢いのまま、瞬く間にそれだけの戦力を削ったことで、湾内奥に追い込まれていた連合諸島艦隊は隊列を組み直すため前進を開始する。


 それを確認し、私達は次、南のフランヴェルジェ帝国側へと駆け抜けるのでした。




 そうして通過して来た南のフランヴェルジェは、虎の子の自国で開発した飛空戦艦を投入し、制空権を手放さずに戦っていました。


 軍事国家の意地とばかりにアクロシティと互角以上に渡り合っている南大陸の様子に安堵しつつ、背後をついたアドバンテージのままに数隻の飛空戦艦を落としてから、本来の目的地である『コメルス』へと転進する。







 あらかた戦況確認も終わり、コメルスの街へととんぼ返りして来た私たち。

 地上から驚愕の表情で二頭の竜を見送る兵達の視線を受けながら降り立ったのは、この街で最も頑丈な施設……大陸縦断鉄道始発ターミナル。


 以前は見なかった巨大な砲塔が並ぶ、その屋上へ降り立つ。


『うへぇ、流石にぶっ込みすぎたか』

「ありがとうございますムニンさん、それとフギンさんも」

『いいえ、それが私たちが仰せつかった役目ですので。ムニン、おまえは後先考えずポンポン撃ちすぎだ』

『ちげーよ砲撃戦型のオレの方が火力たけーからだろ!?』


 口から煙を吐きながら、ぼやくムニンさんと、そんな彼女に注意しているフギンさん。

 私はここまで乗せてきてくれた彼女の首元を撫でながら、礼を述べる。



「イリスリーア様!?」


 階下から登ってきた集団からかけられた、驚愕の声。

 その声の主は、この施設を管理する『青氷』のトップであるクラウス・ヴァイマールさん。


「クラウスさん、戦況はどうなっていますか?」

「は……はい! 先程のそちらの竜どのの助力もあり、現在は派遣されてきた「赤炎」と共に戦線は抑えこめています」

「負傷者は、どうなっていますか」

「それは……現在、手が回りきっているとは言えない状況で」

「分かりました、骨折している者は骨接を、破片を受けている者はそれを摘出した後、止血だけして全部私の方へと回してください」

「……助かります! 皆聞いたな、殿下の言う通りに負傷者の搬送を!」


 そこまで伝えたクラウスさんが、私の方へと目配せしてきます。その意を察した私は、彼に向かって頷く。


「重症な者には伝えよ、諦めるな、御子姫様がいらっしゃった、君たちは助かると!」

「は……はい!」


 そう言って、大急ぎで走っていく兵士たち。


「何か、手伝うか?」


 そう心配そうに声を掛けてきたのはレイジさん。ですが、もう私も弱いままでいるわけにはいかないから、大丈夫と微笑んでみせる。


「いいえ、皆は次の襲撃に備えて、今は休んでいてください。スノー、護衛をお願いね?」


 私の声に、わぅ、と一言返事を返すスノー。

 すう、はあ、と深呼吸して、兵に案内されるのにしたがって歩き出す。


 ここはすでに戦場で、私は誰よりも動ける治癒術師。そして皆の希望を背負う御子姫を継いだ者として、皆が見ている前で弱気は見せられない。



 ――思えば、あの人……リィリスさんがいつも泰然自若とした笑みを浮かべていたのも、こんな心境だったのかもしれないと、今更ながらふと思う。



 だから……



「……ここは、私の戦場です」



 そう、周囲の者たちを安心させられるようにと微笑んでみせると、前を見据えて歩き出すのでした――……

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