フレデリック・ウルサイス
突然の、北、東、南の三国への侵攻の指令。
そして一方的な降伏勧告。
現場の者たちの意見は聞かれもせずに行われた、その顔も知らぬ執政官たちの暴挙への返答は……三国全てからの徹底抗戦の構えと、現在の最高執政官『十王』への三国からの徹底した糾弾だった。
曰く、もはや現在のアクロシティに公平性は無い。
曰く、『十王』にはその椅子に座る資格は無い。
曰く、三国及びアイレイン教団は、現在のアクロシティ最高執政官を『簒奪者』と定め、即時解散を申し入れる。
もはや一切従う気はないという、その回答。
それを後押ししたのは、彼らが正当後継者であると推す、御子姫『イリス・アトラタ・ウィム・アイレイン』の存在があった。
――だが、これだけならばまだ、御子姫を不当に神輿に据えた簒奪行為だと、主張はできたのだ。
それを不可能にしたのは……公正な世界の守護者、『真竜』がその麾下に入っていたこと。
突然、当の御子姫を背に乗せた二機の真竜が戦場に飛来して、我々アクロシティ側の陣営を強襲した、先日の一件。
それは、我々にとっての『詰み』を意味する出来事だ。
件のアクロシティ正当後継者の名乗りを上げた御子姫は、すでに真竜にその正当性を認められて、もはや今のアクロシティに大義は潰えた。趨勢は、戦う以前から決したも同然であった。
なるほど、戦わずして勝つ……果たしてあの少女がそこまで考えていたかは不明だが、あの優しい少女らしい、素晴らしい一手だった。
――だというのに。
私――元西の通商連合国首相であり、今はアクロシティ防衛部隊の司令として招集されたこの私、フレデリック・ウルサイスは……陳情のために最高執政官へと繋いだ通信機を、ギリギリと軋むほどに握りしめていた。
『命令は変わらん。そのまま三国を牽制し、戦線を維持せよ』
通信機から変わらず繰り返される、そんな定型の指令。
「申し上げますが、もはやこれまでとは状況が違うのです。我々にこの戦闘を継続する正当性は……」
『命令に変更は無い』
それだけを告げて、一方的に断ち切られた通信。
この期に及んでそんな指令だけを繰り返す最高執政官たちに、ついには頭に青筋を浮かべた私は、手にした通信機を思い切り床へと叩きつける。
砕け散り、破片が天井に当たるほどの勢いで叩きつけられた通信機の破砕音に、無人兵器管制室のオペレーターが、目を丸くして私の方へと注目していた。
「……ふ、フレデリック司令?」
「……すまない。私は少し頭を冷やしてくる。君たちはそのまま戦況の監視を」
そう、彼らのどこか感情の薄い視線から逃げるように、司令室のドアに手を掛けて……そんな時ふと頭に浮かんだ、馬鹿な考えを口に出す。
「今から、おかしなことを言う。聞き流してくれてもいい。思うところがあれば、私に気にせず決断してくれてもいい……なんなら、告発してくれても構わない」
一度話すと決めたら、止められない衝動のまま、口の端に出す。
「今から一時間の間……君たちの除隊申請を無条件で許可しよう。他国に亡命するための船も出す」
それは、最後通告。だがしかし、退室しようとする者は誰もいない。
――やはり、居ないか。
皆、何をこの人は言っているのだろうという疑問の目で、フレデリックを見つめている。除隊を申請する者など、一人もいない。
それは……決して、フレデリックへの信頼などではない。
ここに住む者達は、アクロシティの決定を最上としそれに従う……
「そうか……諸君の忠誠に感謝する」
それだけ告げて、管制室を後にする。
――我ながら、なんと、寒々しい言葉か。
忠誠など、そこには皆無だというのに。
感謝など、微塵もしていないというのに。
外の世界の哲学者に、人を『考える葦である』と例えた者がいるという。人間は孤独で弱いが、考えることができることにその偉大と尊厳があると、そういう意味らしい。
だが、このアクロシティでは。
飛空戦艦やオートマトンなどの、高度に機械化された無人兵器。もはや、戦に命を張る必要は無い。
上からの指示に、ただ唯々諾々と従うことだけを求められている政治形態。個々人の思想など必要とされていない。
そこに『考える』ことは求められず、もはや、このアクロシティに『人』は居ないのだ。それは考えることをやめた、ただ弱いだけの葦に成り下がった者が暮らすディストピアに他ならない。
故にフレデリックには、闘技島で戦った、自らの意思で道を進む若者たちが眩しく見えた。それは目に痛いほどで、決して認められない眩しさだった。
「だが……あそこで道を乗り換えていれば、違う未来もあったのだろうか」
頭上、積層都市の外壁で小さく区切られた青空を眺めながら、なんとなしに呟く。
それはもはや、言っても詮無いこと。
自分は、最高執政官『十王』の手足として人工的に作られた『モノ』……『ウルサイス』という末端の部品の一つ。そう生きてきてしまった。
今後悔していたとしても、それはもはやそうして生きてきた選択の結果でしかないのだから――……
◇
「イリスリーア!」
怪我人の治療もひと段落して、ようやくできた休憩時間。風に当たりにターミナル屋上へと上がってきた私は、名前を呼ばれ振り返る。そこには……
「あなた、御子姫様でしょう?」
「おっ……と、すまんな、つい癖で」
王妃様に窘められて、慌てて言い直すアルフガルド陛下。
そんな様子に、クスッと思わず噴き出しながら、少し脇に逸れて場所を開ける。
「構いませんよ、皆がいない場所では、以前のままで」
「うむ……すまんな、イリスリーア」
照れて頭を掻くアルフガルド陛下に、クスクスと笑いながら隣に並び、海……その奥に薄く見える積層閉鎖都市を眺める。
「ユリウス殿下は、元気にしていますか?」
「うむ。自分も役に立ちたいと、アンジェリカ嬢を始めとする聖女の方々について回ってその仕事の手助けをしておる。あやつは将来、私などよりずっと優しい王になるだろうな」
「ですが、イリスお姉様に会いたいとも時々ぼやいていますわ。時間ができたら会ってあげてくださいな。あの子にとってあなたは、立場はどうあれ『お姉様』なのですから」
「アンネリーゼ王妃様……はい、必ず」
そう、お互いの近況を報告し合い、笑い合う私たち。
ですが、やがて話が尽きていくうちに、重い空気が漂い始めます。
「……やはり、返答はありませんか」
「うむ。アクロシティは依然、あらゆる通信を封鎖し沈黙を守っている」
深々と溜息をついた陛下が、私と同じくアクロシティを眺めて、ポツポツと語り出す。
「……相手側の司令、フレデリックめは、頭は回る奴だ。このような事を続けても先などないということくらい、わきまえている奴だと思っていたが」
そんな陛下の言葉に、以前に闘技島で戦った時を思い出す。あの時、撃墜される間際に彼は……
「……あるいは、あの方も今の状況を苦々しく思っているのかもしれません」
「フレデリックが?」
「はい……あの人とは闘技島では敵対しましたが、心のどこかでは……アクロシティの支配に抗う人々に、憧憬のようなものを抱いているように感じられましたので」
別れ際の彼の叫び。
あれは、ままならぬ自分の立場への慟哭に思え、今でも心の片隅に引っかかっていました。
「そうだな……分かった、何か奴に連絡を付ける手段が無いか、探してみよう」
「お願いします、アルフガルド陛下……お体、気をつけてくださいませ、叔父様」
「ああ、お前もな、イリスリーア」
私たちはそう笑い合って、またそれぞれの持ち場へと歩き出すのでした。
しかし、この時の仕込みは陽の目を見ないまま……この三日後に、事態は急変するのでした。
――そう、あの人の登場によって――……
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