離反

 ――積層型閉鎖都市アクロシティ、その屋上。 



 半径数十キロに及ぶ巨大な塔の頂上、その中心に、彼らは忽然と姿を現した。




「この下が、アクロシティ中枢部のあるセントラルフレームだ。クロウ、遠慮なく天井をぶち抜いてくれ」

『ブレスはツカワなくてイイのかヨ。使っタホウがハヤくオワるゼ?』

「いい、それはこの後来るであろう連中のために温存しておけ」

『へいへィ……』


 そう生返事して、両手に備えた爪を振り上げて、力を込め、虚無を纏い、振り下ろす。


 だがそれは、強固な結界に阻まれて表面をそこそこ抉った程度に抑えられてしまう。


『イヤイヤ、ヤッぱこれ、硬スギんジャネーノ?』


 いくらなんでもブレス抜きは時間がかかると抗議の視線を相棒に送るも、無視されてしまった。



 ――あるいハ、待ってイルか、ダネェ。



 それは、あの、自分のによく似た少女だろうか。


 相棒は気付いていないようだが、その纏っている雰囲気からめっきりと毒が減った。

 それは……それだけ、『娘』に絆されてしまっている事に他ならない。


 そして、それは決して相棒だけの話ではなく――


『マ、俺ハそれならソレでイイんダケドナ』

「何か言ったか、クロウ」


 耳聡く、あちこちに『傷』を増産していた相棒が振り返る。


『イイヤ、まアチョット急ぐかねぇって言っタダケサ』


 そう誤魔化すと、俺……クロウクルアフなどと名付けられた竜は、再度その爪を振り上げるのだった。








 ◇



「フレデリック司令……アクロポリス天蓋に、強力な魔力反応を感知!」

「なんだと!?」

「パターン照合……『死の蛇』です!!」


 声を恐怖に震わせながらのその報告に、騒然となる司令部。

 さもありなん、このアクロシティはそもそも、外的の侵入を想定した造りにはなっていないのだから。


「バカな、一体どこから……いや、まさか」


 あり得るとすれば、このアクロシティの絶対防空圏を誤魔化す何かを有していたか、だ。


「奴め、以前撃墜した我らの飛空戦艦から、友軍の認識ビーコンを抜き取っていたか……ッ!?」


 もはや、奴の侵入を許した以上は、人同士で争いをしている場合ではない。

 一縷の望みを賭けて、最高執政官『十王』へと直訴しようと通信機を手にとった。


「最高評議会へ、もはや各国と争っていていい状況ではありません、早急に和睦と死の蛇への対応をしなければ、このアクロシティ自体が滅びます!!」


 切迫した事態に声を荒げながら、そう報告する。だが……


『命令は変わらん。そのまま三国を牽制し、戦線を――』


「ふ……ざけるなァ!!」


 乱暴に通信を切り、配線を引きちぎり、流れてくる定例文を黙らせる。


 呆気に取られている周囲に、私は――



「――全ての、アクロシティ外に展開している無人兵器群の稼働を停止しろ。リソースは全て天井に取り付いた死の蛇へ。それ以外の存在は全て友軍として設定しサポートをさせよ」

「……は?」


 配下の、戸惑いの声。

 だが、もはや最高評議会にはついていけそうにない。私は、私のやりたいようにやる。たとえ、次の瞬間には殺されようともだ。


「ようやく理解した。私が守るべきは、古い老人のエゴなどではなく、この街、ひいてはこの世界だ。外の世界に目もくれず、夢想の内に生きて、もはや定例文しか話さぬ老害など知ったことか!!」



 有り体に言えば、私はキレていた。


 ――あるいは、もっと早く決断できていれば、このような事態にはならなかったかもしれない。今更遅すぎる話ではあるが。



「皆へ、最後の命令だ。絶対防空圏をこれから二時間の間停止せよ。衛星砲『天の焔』は別名あるまで停止。そして、貴公らは全ての責任を私に押しつけて、管制室から離脱しろ」

「し、司令?」


 戸惑う副官を他所に、アクロシティ外へと向けた放送のスイッチを入れる。そして……




「聞こえるか、御子姫イリス・アトラタ・ウィム・アイレイン!!」




 ……そう、呼びかけたのだった。






 ◇


『―― 聞こえるか、御子姫イリス・アトラタ・ウィム・アイレイン!!』


 急遽、アクロシティの無人兵器がその動きを止めた。上空に居た飛空戦艦も、やがてゆっくりと下降して、海に静かに着水していく。


 そんな中、響き渡る声は……よく知っている人の声でした。


「この声は………」

「忘れもしねぇ……フレデリック!」


 憎々しげにアクロシティ方面を睨みつけるレイジさん。そう……それは確かに、以前一戦交えたフレデリック首相のものでした。


『私、アクロシティ無人戦闘兵器管制室司令、フレデリック・ウルサイスは……三国へ差し向けた兵器全てを破棄、加えてこれから二時間、アクロシティ絶対防空圏“天の焔”を停止する』


 そんな宣言に、周囲のざわめきが大きくなった。

 それは……実質的な、無条件降伏。だが、何故……そんな疑問は、すぐに答えが与えられました。


『現在、我らアクロシティの防衛圏を突破した死の蛇クロウクルアフが、アクロシティ天蓋にてその防御を破ろうとしている最中だ。そして我々単独に、これに対処できる戦力は存在しない』



 そこで、ひとつ深々と溜息を吐いた、フレデリック首相の声。


『虫のいい事は重々に承知はしているが、その上で頼みたい……どうか、この街を、世界を頼む』


 そう締め括ると……アクロシティからの通信は途絶え、また沈黙しました。


「……いかがしますか、御子姫様」


 そう尋ねてくるアルフガルド陛下に、私はアクロシティ天頂を見据えながら、迷い無く頷く。


「行きます。どの道捨て置けませんし……何より、私は彼をもう一度、信じてみたいと思います」


 ギュッと、手にした錫杖『アストラルレイザー』の柄を握り締める。



 ――以前敵対していたとはいえ、立ち塞がった彼の羨望の叫び声は、決して嘘ではないと思えたから。



「……レイジさんは、甘いと思いますか?」

「いいや……お前は、それでいいと思うぜ」


 そう言って私の頭をグリグリと撫でてくる彼に、ふっと頬を緩めるのでした。




「……皆の者、聞いたな! 各国へも通達。今から三十分後、我らノールグラシエ魔法騎士団は、アクロシティへと打って出る! 我こそはと思う勇士は皆、港に仮設された魔導船『デルフィナス』発着所へと集合せよ!!」


 アルフガルド陛下の指示が、伝令によって慌ただしくコメルスの街へと駆け巡っていく。

 そんな中、最前列で控えていた二人が一歩前に出て跪いた。


「この私、ローランド辺境伯レオンハルト、最後まで陛下にお供します」

「私、魔導騎士団『青氷』団長クラウス・ヴァイマール。我らが役割に掛けて、必ず皆をアクロシティまで送り届けましょう」

「うむ、二人とも、頼りにさせてもらうぞ。さて、私は皆のところへ指示を伝えに行く、お主らは共をせよ」

「「はっ!!」」


 そうして、アルフガルド陛下は二人を従えて立ち去っていく。


 そのあとに、続いて私の前へと出てきたのは……


「もちろん、私たち傭兵団セルクイユ、ここまで来たら最後まで手伝うよ」

「我が剣、我が姫様に捧げたものゆえ、必ずお力になりましょう」

「それに……ヤツが居るってんなら、黙ってらんねぇからな。皆、こっちに来ている。今一度、共に戦うとしよう」


 そう告げたのは、レオンハルト様に同行していた、フィリアスさんとゼルティスさん、そしてヴァルター団長。


「んじゃまあ、俺らは手分けして、カチ込みたい連中を集めてくるわ」

「ありがとうございます、ヴァルターさん、ゼルティスさん、フィリアスさん。どうか、よろしくお願いします」


 そう頭を下げる私に向けて、軽く手を上げて方々へと駆け出す彼ら傭兵団の三人。

 その背を見送ってから……私は、海の向こうに見えるアクロシティ天頂へと視線を向ける。


 確かにそこに感じるのは、私を呼ぶ『傷』の気配。




 ――あと、たった三十分。




 ついに……『死の蛇』との、『あの人』との決戦の時が、訪れようとしていたのでした。











 ◇



 ――これでいい。


 無人となった管制室、

 私……フレデリックは、もはや自分がやるべき事は全て済んだと、天井を仰ぎ見ていた。



 ――だが、何故だ?



 何故、私は生きている。


 勝手な、事実上の無条件降伏。

 機密兵器の、勝手な運用。


 やっている事はもはやクーデターにも等しいというのに、何故、私はいまだに生きているのか。


 てっきり、離反の意思を示した瞬間に殺される……それくらいの覚悟を持っての行動だったにもかかわらず、何故、私は放置されているのか。




 ――あるいは、もはやそのような手間を掛ける必要も無いほどに、私の行動は彼ら『十王』にとってはだったか。




 そんな答えが脳裏をよぎり、ぞくりと体を震わせる。


 だが、何故?


 このアクロシティに、死の蛇に対抗し得る兵器など、それこそ直上、天に浮かぶ『天の焔』くらいしか――



 ――いや。逆に言えば『天の焔』が、制限を外れて自由に使用できるならば。



 だが、あれは過去に、都市防衛以外の運用は封じられている。

 すでに都市内に入り込んだ死の蛇を撃つことなど、不可能だ。


 だがそれが可能なのは、今は敵方に居るあの姫君のみ――




「――いや、居る。もう一人存在している……!?」




 思い至った、一つの可能性。


 それはあまりにも悍しい、かつて世界を憂い、今なお世界を支える者に対して敬意を欠いた、冒涜的な行為。


 だが……このアクロシティには、のだった――……

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