聖戦

 

 その日――絶対不可侵だったはずのアクロシティが、光に包まれた。


 北の魔法王国、ノールグラシエが密かに召抱える魔法使いが使用したと言われている、光の道を形成する大魔法。

 それによってアクロシティ四方に出来た光の道を駆けて進むのは、北のノールグラシエ、南のフランヴェルジェ、東の諸島連合……そして西、闘技島イスアーレスの闘士たちを中心に、『放浪者』が中心となって立ち上げた新鋭の商会が合流し結成された、有志連合。


 それらが、不可侵だったはずのアクロシティ天頂から湧き出た『世界の傷』が生み出した魔物たちを蹴散らしながら、光の道を進んでいく。


 これは、この『ケージ』世界におけるそんな歴史的光景の中、観客のいないアクロシティ天頂で繰り広げられていた、戦闘の記録だった。







 ◇



 ティティリアさんにより拓かれた道を渡り、世界全ての勢力が結集してアクロシティを守らんと、『死の蛇』……そして『傷』へと立ち向かう各国。



「……ごめん、私はこの『ウイニングロード』を維持するのが精一杯。皆を送り届けたら、必ず合流するから」

「この子は、あたしたちが必ず守るよ」

「後から、絶対送り届けるからね!」


 そう言って、ノールグラシエ魔導船『デルフィナス』に残ったティティリアさん、桜花さん、キルシェさん。

 そんな彼女たち三人に見送られ、私たちは二機の竜の背に乗せてもらい、一足先に決戦の舞台中心へと飛んだ。




 レイジさん。

 ソール兄様。

 スカーさん。

 ミリアムさん。

 ハヤト君。

 斉天さん。

 今回どうしてもと同行を申し出た、ソラさん。

 そして……私の直衛として、横で刃の如き毛並みを逆立てているスノー。


 そんな竜の背から降り立った、私を含めた八人と一匹に加え……


「やれやれじゃな。ソラ、本の虫なお主がノコノコこのような場所にしゃしゃり出るなど、自殺もいいところじゃぞ」

「……すみません。彼らを巻き込んでしまった一員として、僕には見届ける義務があるんです」

「ふん……変なところで律儀な奴じゃ、まあ良い、手伝ってやろう」


 そう尊大な声が聞こえてくると共に、ソラさんの肩から飛び立つ一匹の蝙蝠。

 それはみるみる姿を変えて……見知った幼い少女ではなく、二十代の大人の女性のような姿をした女性へと変化した。


 それは、協力を申し出てくれた、魔王アマリリス様。



 ――更には。



「うっぷ……全く壱与様ときたら、送ってくださるのはありがたいですがぁ、この乗り心地はどうにかなりませんの?」


 まるで乗り物酔いをしたような蒼白な顔で空間の裂け目から這い出し現れたのは、巫女服の上から今回は千早まで纏った、見た目だけならば大和撫子を体現したような女性……東の斬り姫、桔梗さん。




 ――そして、もう一人。


「罪滅ぼしという訳ではありませんが……今回は、貴女の味方として馳せ参じられたこと、嬉しく思いますよ……猫の手も借りたいところでしょう、悪魔の手などは入り用でしょうか?」


 まるで影から染み出すように現れたのは、西で指揮を取っていたとばかり思っていた……悪魔使い、フォルスさんの姿でした。




 そうして騒乱の中心へと強行突破を敢行した私たちが降り立ったのは、見渡す限りの白い床が広がる場所……アクロシティの天板。


その中心に、確かに彼らは待ち構えていました。



 巨大な、絶えず目に見える姿が変貌する竜。

 そして……それを従えた、黒い三枚羽の光翼族。



「来たか……つくづく、面倒な奴らだ」


 そう冷たい口調で言い放つ、彼……『死の蛇』リュケイオン。


 そんな彼と……周囲、次々と世界の傷から魔物たちが這い出してくるその中で、ついに対峙することとなったのでした。





「……それで、君たちが来たからって何かできるとでも?」


 そんな挑発するような彼の言葉に、ピクリと私、レイジさん、ソール兄様の肩が跳ねる。


 三人がかりで何もできなかったのは、つい三か月前。その苦い記憶は、まだまだ新しい。


 だけど……



「……はい。そのために、色々と積み上げてきました」


 余裕ぶって手出ししてこない彼の眼前で、私は手にしていた錫杖を、眼前の空間へと掲げる。するとその先端が展開して、形を変えていった。




 元々は、私の魔力を吸い上げ刃とする理力の刃を展開する機構。ですが、以前の闘技島での戦闘で、痛いほど身に染みました。


 ――やはり、前に立って刃を振るうのは向いていないのだ、と。


 なので機構を組み直して弄ってもらい、私の魔力を過剰に吸い上げて私の魔法をオーバーロードさせ、周囲へと魔法効果を強化・拡散する杖へと改造して貰ったのが……私の前に自律浮遊し展開する、この『アストラルレイザーⅡ』。




 それが確かに稼働したのを確認した私は、改めて両手を胸の前でパンと叩く。その手を離したとき、私の内に現れたのは、翼と同じく純白の光を放つ白光の杖。


 そして……私が全力で戦闘する意思を示した事で、背に白い光翼が展開すると同時に、頭上に回転する光の輪が浮かび上がる。


 その光は周囲へと広がって、仲間たちへと変化をもたらした。



 人族であれば、その手足に妖精の羽根のような光を。

 天族であれば、その背に三対の翼と光輪を。

 魔族であれば、その背に巨大な悪魔の翼を。



 各々の内に秘められたその力を解きほぐし、顕現させる。


 これが、教団で授かった『ルミナリエの光冠』。


 エインフェリア、セレスティア、ノスフェラトゥ……それら三種のルミナリエの加護を強く受けた上位種族、その力を賦活して顕現させる、女王の冠。



 そして、それはバージョンが繰り上がったレイジさんも例外ではなく……彼はその背に『アドヴェント』の紋章を浮かべ、皆の先頭に立ってリュケイオンさんと対峙します。


「……そうか。お前が」


 何を考えているのか、レイジさんを一瞥した後、目を瞑って黙り込むリュケイオンさん。

 しかし、その手を掲げ、それに合わせて背後のクロウクルアフがこちらへと向き直る。それは、無言の敵対の意思表示。


「リュケイオンさん、話を! お願いです、一緒にリィリスさんを助けて、この世界を……!」

「止まれないんだよ、たとえ彼女が生きていると知ったところで、今更」


 ピシャリと、こちらの呼びかけを拒絶する彼の声。


「僕はさ……約束を破ったんだよ。彼女を助けもせず、その願いを叶えもせず、大勢の不幸を撒き散らしては自分と同じ目に合わせてやったと悦びに打ち震え今は世界を滅ぼしたくて仕方ないんだ。それを、今更、どの面を下げて『君を助けに来た』って?」


 それは、彼の本心であり……身を蝕む苦しみの吐露。


 お前はもう人の世には帰れない。

 幸せになるなど許さない。


 そうして彼を縛る、莫大な呪いが、今の私には見える。




 ならば、そんな世界の怨嗟を一点に凝縮した力を抱えて、身動きが取れなくなっているというのならば……


「……分かりました」


 スッと、彼の目を真っ直ぐに見詰め……それを、告げる。


「一度、あなたを、物分かりが良くなったら協力してもらいます」



 ポカン、と呆けた顔で固まるリュケイオンさん。

 私は、その表情を見て、こう思ったのです。




 ――してやったり、と。




「……く、はは……良く言ったイリス!」

「んじゃ、ま、お姫様の頼みとあらは、全力でそれを実行しないとなァ!」


 兄様とスカーさんが、笑いながら手を掲げ、叫ぶ。


「それじゃ、まあ……やるぞフギン!」

「ああ、力を貸せ、ムニン!」

『それでは、誓約者殿。我々の力、お預けします!』

『しっかり気張れよ、マスター!!』


『『形態:竜騎士ドラグーン……!』』


 フギンとムニン、二人の真竜がそんな声を発した瞬間――その姿がまるで兄様とスカーさんの影と溶け合うようにして、姿を消してしまう。

 次の瞬間そこにあったのは……まるで包み込むように浮遊する追加装甲と長い機械の尾を纏った、兄様とスカーさんの姿。



 その姿を見て……これまで無反応だったクロウクルアフが警戒したように、ピクリと反応する。



「……あの時の脆弱な人間どもが、そうまでして食い下がるとはな。呆れたしつこさだ」

「生憎、私も必死なんです。拗らせて聞き分けの悪いを持ったせいで」

「……いいだろう、聞き分けの悪いガキには折檻してやらないとな」

「その言葉、そっくり返してやりますよ、この


 ピタリと、そんな彼の眉間に白光の杖の先端を突きつけて、最後の戦闘準備を紡ぎます。


「……『ここに全ての集う道照らす光。有れ』……この一戦に全てを賭して、照らせ、『聖戦ジハド』……ッ!!」


 私が有する、あらゆる仲間たちを支えるための力。

 それら全てが限界まで高められ、捻り集まって集い、今ここにひとつの形を為して、頭上に戴くルミナリエの光冠の輝きへと載って周辺へと降り注ぎます。



 ――第魔法『聖戦ジハド



 その光によって、今まさに『死の蛇』との決戦が、幕を上げたのでした――……

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