決戦①

 

 アクロシティを憎む『死の蛇』の手により、過去、記録にないほどに密集して開かれた、普通ならば絶望するほどの『世界の傷』。


 そこへ、何十重にも私たちを取り囲み、包囲の輪を狭めてくるのは……『ファントム』と呼ばれる、不定形な影の魔物。


「しかし、どうするのお姫様ぁ、このままじゃジリ貧よぉ?」

「この数は、さすがにいつまで押さえておけるか分からんな!」

『……ワウ!』


 私やミリアムさんら後衛の直衛として、周囲から迫るファントムを押し止めてくれているのは、桔梗さんと斉天さん、そしてスノー。


「さすがに、私もこの数は捌ききれませんね、何か手立てはあるのでしょう!?」


 悪魔を操り、獅子奮迅の活躍でファントムたちを処理していたフォルスさんですが……こちらも、ジリジリと後退していた。


 ですが、私はこの状況にあってなお、心は凪いでいました。




 今ならば分かる……あれは過去、創造魔法で助かった人の分だけ、その苦痛だけを押し付けられて生まれた虚数生命体であると。


 ――ただ、誰かを助けるための代償として、苦しむために生み出されてきた、そういう存在だと。




 ならば……傷を癒す、それこそが私の役目なのだから。



「――『祈りを、紡ぎましょう』」



 トン、と白光の杖で、床を突く。

 その振動に、周囲に拡散した波動に、周囲のファントム全てが私の方へと向いた。



「――『子守唄を、奏でましょう』」



 もう一度、杖で床を突く。

 次に放射されたのは、光。

 それが黒い波の間を疾り抜けると、まるで苦痛が消失したかのように皆驚いて、我が身を見下ろすファントムたち。



「――『だからもう、終わりましょう?』」



 その苦痛は、もう抱えている必要は無いのだから。




 私から放射状に広がった光の波が、昏い闇を纏ったファントムたちを光へと還元していく。


 苦痛という『負』を背負わされた彼らが、『無』へと還っていく。


 それだけに止まらず、周囲の『傷』の怨嗟も何もかもを呑み込んで、浄化していく。



 ――これが、光翼族の完成形。ルミナリエが有していたという『世恢の翼』。



 天に還っていく光を見送りながら……私は、その奇跡の光景をジッと見上げていたのでした。






「この力……よもや、リィリス以上の……!?」


 レイジさんと激しく打ち合いながら、愕然と呟くリュケイオンさん。その声に、ようやく見上げるのをやめて、彼へと向き直る。


「……ようやく追いつきましたよ。お父様?」

「……っ」


 私の言葉に、明らかな動揺を表情に浮かべたリュケイオンさん。



「馬鹿な、僅か数ヶ月前はただの塵芥に過ぎなかった者達が、よもやこれほどの……」

「当たり前だ! お前がずっと過去に囚われていた間ずっと……イリスは、お前や、お前たちを助けようと頑張っていたんだぞ、この馬鹿野郎が!!」


 ギンッ、と音を上げて、レイジさんの『アルヴェンティア』が、リュケイオンさんの手にしていた漆黒の魔剣を跳ね飛ばした。


「貴様……そうか、あの時の剣士! 貴様が『アドヴェント』を受けた……!?」

「はっ、ずいぶんアウトオブ眼中だったみたいだが、ようやく思い出してくれたみたいで嬉しいぜ『お義父さん』よォ!!」

「ぐぅ……!?」


 パリン、と硬いものが砕ける破砕音。

 レイジさんの放った渾身の『リミティションエッジ』が、リュケイオンさんの纏った黒いハニカム模様の障壁を粉々に砕き、飛び退った彼の肩を浅く切り裂いた。


 ――以前、まるで歯が立たなかった障壁が、砕かれた。


「馬鹿な……」

「馬鹿はお前だ、この……馬鹿野郎!!」

「がっ!?」


 障壁を今回は容易く砕かれ、愕然とするリュケイオンさんの頬に、背後から姿を現した影……ハヤト君の拳が、めり込んだ。


「貴様、あの時の小僧!?」

「何でだよ! 何で、姉ちゃんとお前が戦う必要がある! 協力しようと思えばできるだろうが!!」

「不可能だ、僕は、あのお姫様と違う! こんな世界どうなろうと、いっそ滅べばいいと――」

「世界がどうなってもいいってなら……なんでてめえは、闘技島でイリス姉ちゃんを助けたんだよ、あの時!!」


 ハヤト君の言葉に、口籠るリュケイオンさん。

 しかし、すぐに気を取り直したように……あるいは自分に言い聞かせているかのように、口を開く。


「そんなもの、僕が必要だったものを手に入れる囮が欲しかったからでしか――」

「んなわけあるか、馬鹿野郎――ッッ!!!」


 ――ゴッ!


 凄まじく鈍い音を上げて、ハヤト君の頭が、彼が襟を掴んで引き寄せたリュケイオンさんの頭へとめり込んだ。


「が――ッ!?」

「バレバレなんだよ! 囮なんてそんな必要、あの時のどこにあったってんだよ、あァ!?」


 衝撃に蹲るリュケイオンさんの頭を、ハヤト君は両手で掴み、固定し……


「てめぇは! ただ!」

「が、は――っ!?」


 再度、額が切れて血が吹き出すのも厭わずリュケイオンさんへ向けて叩きつけられる、ハヤト君の頭。


「ただ、てめぇは! ……娘を、イリス姉ちゃんを、てめぇの娘をさぁ! 見捨てておけなかっただけだろうがよ、なぁ!?」


 自分も衝撃にフラフラしながらも、ハヤト君はリュケイオンさんの襟を掴んで、ガクガクと両手で揺さぶる。


「一緒にさ、母ちゃん助けりゃいいだけじゃねえか。何でそんな意地張ってんだ、馬鹿野郎……」


 そう、昂った感情により涙まで浮かべながら、リュケイオンさんの胸を叩くハヤト君。


 ……あの闘技島の出来事で、ハヤト君は他の誰よりもリュケイオンさんと交流があったと聞きました。


 敵として相対するのは初めてな分、ハヤト君は皆よりも彼、リュケイオンさんを敵とは思えないのでしょう。


 そんな、必死に問いただすハヤト君に……リュケイオンさんが、くしゃりと顔を歪めたのが見えました。


 ですが……まだ、彼を止めるまでには届かない。



「……クロウクルアフ、『ドラゴンブレス』だ」

『――?』

「いいからやれ、薙ぎ払え!!」


 ハヤト君を振り払い、上空に退避したリュケイオンさんが手を掲げ、何か言いたげなクロウクルアフへと指示を出す。


 急速にチャージが始まる、邪竜クロウクルアフのドラゴンブレス……別名『魔力相転移砲』。


 放たれてしまえば――足元のアクロシティも、ただでは済まないでしょう。


「――兄様ッ! フギンさん!!」

「ああ!」

『お任せを!!』


 響く、兄様とフギンさんの声。

 兄様の纏った浮遊追加鎧装『ドラゴンアーマー』が、青い光を放って変形し、私たちを守る巨大な盾のように展開しました。



 直後――世界が真っ暗な闇によって眩く染まるという有り得ざる事象が、私たちの目の前を埋め尽くした。


 それは、世界の一部を消し去る破滅の闇。


 だが……世界は依然として、光が差し込んでいた。

 頭上に浮かんだ、巨大な極光の盾によって。



 魔力がある世界から無い世界への相転移によるエネルギーを使用したドラゴンブレス……それは、通常の守護魔法は前提となる相転移に引きずられ、ひとたまりもなく砕かれる。


 それに対抗するための……『ドラゴンブレス』を防ぐための防御魔法。

 それが、『ドラゴンアーマー:フギン』。それがこの、位相変動盾『ディメンジョンスリップ』でした。


『くっ、やはり先史文明時代の生き残り、ご老体のくせに出力は確かですね……!』


 だが、その反動はやはり大きく……クロウクルアフの一射目を防ぎ切ると同時に、微かではあるけれど、兄様の纏った『ドラゴンアーマー:フギン』がパチッと不吉な軋みを上げる。


「フギン、大丈夫か!?」

『ええ、少なくともエネルギー切れまでは保たせますとも、私の意地に賭けて』

「……頼む! お前が私たちの生命線だ、なんとしてでも保たせてくれ!」

『承知しました!』


 そう声高らかに叫んで、強大な邪竜クロウクルアフに立ち塞がる兄様とフギンさん。そして……



『なぁに、倒しちまえば問題ないんだろう!!』

「あー……なあムニン、それ、俺らにとって死亡フラグ扱いなんだわ」

『なんだそりゃ、知らねぇなあ!!』


 ガハハ、と大笑いを上げながら、ドラゴンブレスを放った直後のクロウクルアフに、無数の火砲を空間に展開し、掃射するムニンさん。


 ――拠点防衛兵器『スキッドヴラドニル』。テイアの守護者たる真竜が有する、決戦兵器の一部。


 それに限定的にアクセスし、空間の裏側に折り畳まれて眠っていたというそれを展開する、管制機体『ドラゴンアーマー:ムニン』の能力……だそうです。


『ええぃ、チマチマ撃つなんざ性に合わねー!?』

「は? いやいや、これをチマチマって」


 盛大に、街一つ吹っ飛びそうな爆発が上空で無数に炸裂する光景を前に思わずツッコミを入れるスカーさんでしたが――


『空間破砕相転移砲、ぶっ放せ!!』

「いやちょっと待てやァ!?」


 スカーさんの制止も虚しく、前面に展開された砲身から、クロウクルアフのそれに匹敵するほどヤバそうな閃光が放たれて、射線上にあったクロウクルアフの翼を根本から吹き飛ばす。


 ――もっとも、すぐに再生しましたが。ですが、その失った分の質量は、確かに減少しているように見えました。




そうしてクロウクルアフを押さえ込んで健闘している、二機の『竜騎士』。


「……ああ、認めよう。お前たちは、本当によくここまで食い下がってきたものだとね」


 頼みのクロウクルアフが押さこまれている光景に、そう、忌々しげに吐き捨てるリュケイオンさん。

 そんな彼の視線の先には……周辺の『傷』の魔物を突破して、今まさに集結しつつある各国の主力部隊の姿があったのでした――……

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