決戦②
二機の『竜騎士』に、完全に押さえ込まれているクロウクルアフ。
全ての『傷』を、即座に消滅させられる私の存在。
単純な戦闘力で、彼に追いつくほどの成長を見せたレイジさん。
そして……三方向から迫る各国精鋭部隊。
趨勢は決したように見えたこの場ですが……
「ああ、そうだ、認めよう。ここまで這い上がって来た事に、敬意を評そう」
そう、ククッ、クククッ、と笑い声を上げるリュケイオンさん。その様子に、皆が警戒して武器を改めて構え直す。
直後……これまでと比べても恐ろしく酷薄な、感情全て内に封じたかのような目を上げた。
「だが僕は、それでも今更止まれない、押し通る。それでもお前が止めたいというならば……力づくで来い、御子姫」
そう言って、スッと手をあげるリュケイオンさん。その先には……兄様とスカーさん二人と交戦中だった、邪竜クロウクルアフの姿。
「お前の力も使わせて貰うぞ……『ドラゴンアーマー:クロウクルアフ』」
そう、平坦な声でリュケイオンが呟いた直後――彼を中心に、空間が爆ぜた。
ただそこに佇んでいるだけで、心臓を握られているような圧力。
ボロボロの外套のような外装と、その端から覗く漆黒の甲冑を纏った手足に、まるで仮面を被ったような白い兜。
その手には、形はレイジさんが持つ『アルヴェンティア』に酷似した、禍々しい瘴気を放つ大剣が握られていた。
「そりゃ、当然あるよな……っ!」
「クロウクルアフの元が、真竜ですからね……!」
同種の力を振るうソール兄様とスカーさんが、冷や汗を浮かべながらこちらと合流し、向き直る。
『これが先史文明、絶頂期の真竜の本当の力……御子姫様、私の後ろに』
「ありがとうございます、フギンさん、それにムニンさんも。でも、二人は大丈夫?」
『ええ、まだ保ちます』
『それに、出し惜しみしてる場合じゃねーぜ、御子姫サマよ』
そうムニンさんの指し示した先……そこには。
「まだ増えるか……」
「マジかよ、冗談きついぜ……」
愕然と呟くのは、ソール兄様とスカーさん。
右手に持った剣の刀身に左手を添え、横向きに捧げ持った竜騎士姿のリュケイオンさん……その周囲の地面から、次々と這い出してくる黒い影。
それは次々と今のリュケイオンさんと同じ姿を取って、辺りを埋め尽くしていく。
「なんだ、この影!」
「油断するな、かなり強いぞ!」
影のうち手近な一体を切り伏せたレイジさんが、呆気に取られているハヤト君の前に割り込んで、彼めがけ振り下ろされた刃を受け止める。
「くっ……こんなバフ盛って貰ってなおキツいな……っ!」
自身も影の一体からの攻撃をかわした後、すり抜けざまに斬りかかるハヤト君の刃は……それでも装甲を削っただけで倒しきれていない。
「――っ、のやろっ!?」
そこから『クローキング』に繋いだハヤト君が即座に繰り出した『アサシネイト』が、今度こそ一体の影を霧散させる。
だが……その時にはもう、何体もの新たな影が出現しているのです。
「イリスちゃん、さっきみたいに消せないのかにゃ!?」
「ごめんなさい……すでに試しているのですが、あれには効かないです!」
「どんどん増えていますわねぇ……厄介ですこと!」
私の周囲で牽制射撃を行い影を寄せ付けないようにしているミリアムさん。
そんな私たちを守護するように、近くの影を切り伏せた桔梗さんが、忌々しげに呟きながら次の影に向かい紅いオーラを纏う刀『有須零時』を構え直した。
私の力が通りが悪い理由……それは、おそらくあのクロウクルアフの特性。
今は同化したリュケイオンさんを核としているせいでしょう。闇を纏いながらも、その判定が光翼族扱いなために、ファントムたちを浄化したルミナリエの波動が通らないのです。
そして、今も広がり続けている増殖。それは外縁部で動き始めた各国の部隊も飲み込んで、さらに遠くまで行こうとしている。
――それは、どこまで?
――このアクロシティを飲み込むくらい?
――それとも……四大陸のもっと遠くまで?
指を噛み、どうすればと必死に頭を巡らせていると――不意に袖が引かれる感触。
「おっと……分かっておると思うが、こいつは、ちょいと放置しておくとマズいことになるのう」
「……アマリリス様?」
「なるほど、侵食と増幅、『傷』の魔物の基礎行動だが、まずはアレを止めねばどうにもならんぞ?」
私の横に立つ小柄な影……魔王アマリリス様。
そんな彼女の視線の先では、生み出された影が、ノールグラシエ側の突入部隊先頭に居た傭兵団『セルクイユ』、その先頭に立つヴァルターさんやゼルティスさん、レオンハルト様やクラウス様らとぶつかり合い、押し留められていた。
だがしかし、影はいまだに増え続けているのだ。
場を侵食して生み出されるという性質上、どうやらさほど密集して生み出す事はできないらしいこの影だが……その発生が止まる気配は無い。このままでは広域に拡散しながら際限なく増えていく可能性が高い。
そうなれば……精鋭が集っているこの場はまだしも、外縁で戦闘中の一般部隊は壊滅してしまうだろう。
「でも、どうすれば……」
「何、ここは任せてもらおうか」
尊大に告げ、踵を返すアマリリス様。
「やつの無制限の拡散は、我が封じよう。じゃが、あまり長くは持たぬぞ?」
「……お願いします!」
「うむ、承った」
そう言って、後退するアマリリスさんは、途中でソラさんの手を引きずっていく。
「ちょ、アマリリスさん? こんな時になんですか!?」
「ソラ、お主も付き合え。我は施術中は無防備になってしまうが、お主は護りの魔法が得意なのじゃろう?」
「はぁ……」
釈然としない様子で引き摺られているソラ共々、後方へと後退したアマリリス様が、その手にした杖を構える。
『――我、闇を統べる赤の王、魔王アマリリスが命じる』
彼女が、トン、と手にした杖で床を突くと、そこから広がるのは、見た事無いほど複雑怪奇な真紅の魔法陣。
併せて彼女の姿は大きくなっていき……見た目二十代半ばくらいの、ドレス纏う大人の女性へと変貌していました。
『これよりここを夜と定める。闇は闇に、光は光に、互いに侵食する事を禁ずると、夜の大精霊の末裔たる我が名に於いて命ずる……!』
――そうアマリリス様の魔法が発動した瞬間、世界が闇に変貌した。
周囲は昼空のまま、このアクロシティ直上の空だけが夜に染まる。
そして……リュケイオンさんの分体はその明確に昼夜で区分けされた境界を超える事ができずに、拡散が止まった。
「ぐっ……やはり、引きこもりにいきなりのハードワークは堪えるのぅ……ッ!」
「だ、大丈夫ですかアマリリスさん!?」
苦しそうな彼女の様子に、狼狽るソラさんでしたが……
「うろたえるで無い。負荷が若干、予想以上だったけ……だから10分じゃ、ここより10分間、我の意地に掛けて留めよう、そこまでにお主らが何とかせい……ッ!」
「……わかりました!」
青い顔で汗を額から流しながらも術を維持するアマリリス様に、私はそう返答してリュケイオンさんへと向き直る。
正直、どう攻略すべきか未だ見当はついていませんが、悲観して諦めるにはまだまだ早い。
そうして――まだ誰も諦めた目をしていない仲間たち、皆で頷き、武器を構えて直すのでした――……
◇
『…………ん?』
『どうしましたか、ムニン』
――ここは、フギンとムニン、真竜だけの作戦遂行用の意識接続領域。
その中で……ふと空を見上げたムニンが、疑念の声を上げた。
『……いや……上で何か動いたような。気のせいか?』
『ならば、眼前の目標に集中なさい、決して油断していい相手ではありませんよ』
『いや、だが……そうだな、悪い』
そんな意外にも素直に謝ったムニンも、この時の事は一時的に意識から締め出した。
そうして眼前の難敵に対処するため『スキッドヴラドニル』の新たな火砲へと、装填開始するのだった――……
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